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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
涙雨にあなたの真理は霞んでしまう
87/189

「出来ればあなたのことを、裏切りたくなどはなかった……」

                  ありさ

 それはまるで、どこからともなく現れ、獲物を狩るカラスのように、白亜の魔法学園へとやって来た。

 どこから来たのかも、何処へ帰っていくのかも、明らかではない。どこへ進むのか、どこで立ち止まるのか――特殊魔法治安維持組織シィスティムの部隊、数十名規模の隊員たちが、事前通達もなしにヴィザリウス魔法学園へと乗り込んできたのだ。


 茜色の空が彼方に沈み、夜を迎え始める真夏の魔法学園。

 弁論会開催を翌日に控え、教師陣が最後のミーティングを行う中央棟の職員室に、明かりは灯っていた。ここには現在、ヴィザリウス魔法学園のみならず、アルゲイル魔法学園の教師も少数であるが、滞在し、ミーティングに参加していた。


「コーヒーどうぞ」


 新米担任教師である向原むかいはらがコーヒーをせっせと配膳する中、職員室のドアが音を立てて急に開く。


「何事だ?」


 魔法生のいたずらかと、一斉に開いたドアの方を見る教師陣であったが、現れたのは複数人の()()()たちであった。

 

「失礼します。お話し中すみません。我々は特殊魔法治安維持組織シィスティム。わけあって、この学園への緊急立ち入り捜査を開始しています」


 男性特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員が、すでに魔法学園中で開始されている捜査を、事後通達と言う形で教師陣に告げる。言ってしまえばこれは、今更学園側に捜査を断ることも出来ないようにするための、狡猾なやり方ではあった。

 

「……」


 他の教師陣が呆気に取られる中、机に直接腰を下ろし、だらしない姿勢で腕を組み、コーヒーを呑気に啜っているのははやしであった。


「急ですね。一体何の用でしょうか?」


 アルゲイル魔法学園の女性教師が問いかける。

 その間にも、特殊魔法治安維持組織シィスティムはまるで監視をするかのように、ドアから入って横一列に並び、魔法の才に優れた魔法科担当教師たちに向け、目を光らせる。


学園ここの責任者は、どなたでしょうか?」


 物腰自体は未だ柔らかく、特殊魔法治安維持組織シィスティム側は訊いてくる。


八ノ夜はちのや理事長なら最上階の理事長室だ。ただ、あの人は今回の弁論会にはあまり関わっちゃいない。弁論会の事についてなら俺たちが請け負うが?」


 コーヒーカップから口を離し、林は「あの人、魔法嫌いだから」とも付け足す。


「……それ、魔法学園理事長としていいんですか?」


 アルゲイル魔法学園の教師陣がそっとツッコむ中、特殊魔法治安維持組織シィスティム側もやや面食らったようだ。


「構いません。では申し訳ありませんが、数名の人員をこの職員室に残し、我々は理事長室へと向かいます」

「へえ。弁論会とは関係ないってことか? 生憎、こちとら今年の弁論会は平和になるはずだからと、去年のアル学のように特殊魔法治安維持組織シィスティムの警備は依頼していないはずだが?」


 相変わらず不真面目な学生のように、机の上に寄りかかりながら、林が飄々とした態度で特殊魔法治安維持組織シィスティム側に告げる。

 林の後ろに机を挟んで立つ向原が、呆れたようなため息をついたのも、セットだ。


「……すみませんが、捜査にご協力頂きたい。場合によっては、貴方方一人一人に事情聴取をお願いするかもしれないことを、理解して頂く」

「ここへ来た理由は言えない、ってか」


 林は肩を竦め、会話を切り上げる。

 ようやくほっとできる向原であったのだが、予断は許さない。

 二名ほどの特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員が職員室に残り、残りの人員は理事長室へと向かっていた。


「なんだか、物々しいですね……」

「なんかあるんじゃねえかとは思ったが。とびきり面倒臭いことになりそうだな、こりゃ……」


 向原がぼそりと呟き、林も思わずタバコを取り出すために胸元のポケットに手を添える。

 が、周囲の教師陣が睨みを効かせ、林はバツが悪そうに手を引っ込めていた。


         ※


 学園内の至る所に突如として現れた特殊魔法治安維持組織シィスティムの隊員たちにより、魔法生たちは騒然としていた。


「一体どうしたのでしょう、綾奈あやなちゃん……?」

「なんか、めっちゃ睨んでない……?」


 運よく空いている席を見つけ、食堂で一緒に食事をしていた千尋ちひろ綾奈あやなが、小声で話し合う。

 丁度夕食時で混雑している食堂へやって来た数十名規模の特殊魔法治安維持組織シィスティムらは、何も言う素振りもなく、その場で銅像のように不気味に待機しているようだ。時より耳に手を添えているあたりはどこかからかの連絡を待っているようであるが。

 

「こうなったら、早く寮室戻った方が良さそうね」

「そうですね。あ、せめてこれだけはっ」


 ぱくりと、デザートを二人して口に放り込み、もぐもぐと口を動かしながら、まるでハムスターが御馳走を巣に持って帰るかのような挙動で、綾奈と千尋は席を立つ。

 ちょうどそれと同じタイミングで、食堂に突如やって来た数十名の特殊魔法治安維持組織シィスティムらは、耳元から手を離し、大きな声を出す。


「現在、ここヴィザリウス魔法学園に凶悪犯が潜伏している可能性があります! 魔法生たちはどうか落ちついて下さい!」


 張り詰めた表情を見せる特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員の口から出た言葉に、ざわざわと、周辺で魔法生たちによるどよめきが起きる。


「犯人は我々特殊魔法治安維持組織シィスティムが責任を持って逮捕します。ついては、魔法生の皆さんには、犯人逮捕への些細な情報でもいいので、ご協力をお願い致します」

「現在逃亡している犯人の名前は雨宮愛里沙あまみやありさ。二十歳の女性であり、元特殊魔法治安維持組織シィスティムでもあります」


 別の隊員がそう言うと、二階建ての食堂棟の床から天井まで伸びるほどの大きなホログラム画像を出力し、雨宮の特殊魔法治安維持組織シィスティム在籍時の証明写真を出力する。

 全身の立ち姿が映っているものであり、スーツ姿が凛々しい銀髪の女性であった。


「元特殊魔法治安維持組織シィスティムって……」

「そんなお方が凶悪犯で、この学園にいるのでしょうか……?」


 綾奈と千尋も、呆気にとられてしまい、その場から動けなくなってしまう。


「この女はすでに数名の元同僚とも魔法戦を行い、負傷させ、また自らも負傷してこの魔法学園に逃げ込んだ可能性が高い。自らの保身の為ならば平然と君たち魔法生を取り込み、逃亡のための道具に使うことも辞さない危険な人物だ」

「繰り返しますがどんな些細な情報でもいいので、我々特殊魔法治安維持組織シィスティムへの情報提供をお願いします」


 そうは言われたものの、現在食堂にいる魔法生は、雨宮の事などつゆ知らず。皆不安げな表情で顔を見合わせ、小声の会話が止まらない。

 食堂の出入口はいつの間にか封鎖されてしまい、綾奈と千尋は、仕方無しに席に再び座る。これでは事実上の軟禁状態である。


「なにもなしか……」


 この場での隊長格らしき男性がそう呟くと、すぐに次の指示を出してくる。


「では、申し訳ないが男子生徒は男性特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員へ、女子生徒は女性特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員の元へ一列に並んで下さい。今から軽い幻影魔法を用いて、聞き取りを行います」


 至極当然のようにそんな事を言う特殊魔法治安維持組織シィスティムらに、反発の声はすぐに上がっていた。


「な、なんでそこまでされなくちゃいけないんだ!?」

「部屋に帰してよ!」


 当然、特殊魔法治安維持組織シィスティム側もそのような反対意見は予想済みだったのだろう。今この瞬間までは穏やかであった口調に、静かながら怒気が含まれているような声を、響かせる。


「静粛に! 全ては明日の二大魔法学園弁論会を平和的に行うためでもあります! 凶悪犯が潜伏している可能性が高い今の状況では、直前であっても、二大魔法学園弁論会の開催も危うい。犯人逮捕への献身的な協力こそが、君たち魔法生のとるべき最良の行動のはずだ」


 その言葉の途中から、男性の背後に控えていた特殊魔法治安維持組織シィスティムの隊員たちが、ちょうど女性と男性で別れて、食堂の端に並び立つ。

 怯えていたヴィザリウス魔法学園の他クラスの女子生徒が真っ先に席を立ち上がり、大人しく特殊魔法治安維持組織シィスティムに従う素振りを見せると、それを見た友だちや、アルゲイルの魔法生たちも後に続いていく。


「大丈夫です。すぐに終わりますから、安心して下さい」


 なによりも。多くの魔法生たちにとって、世間的な目で見た特殊魔法治安維持組織シィスティムとは未だに、信頼に値する組織なのだから。


「え、帰れないってこと……?」

「ほぼニ四時間テレビの深夜のおちゃらけ007が見られないのですか……?」


 不満そうにくちびるを尖らせる綾奈に、千尋も口に手を添えて悲しみに暮れている。


「いや千尋、そんなの見てるの……?」

「面白いですよ? なんというか、こう、とてもお下品で!」

「千尋の笑いのツボは昔から分かんない……」


              ※


「事前連絡もなしか?」


 魔法学園の理事長室にて、呆れるような言葉遣いで八ノ夜は、腰の手を添えて三名の特殊魔法治安維持組織シィスティムを見る。その真ん中にいた、金髪の長い髪を束ねた出で立ちをした若き特殊魔法治安維持組織シィスティムの隊長は、軽く頭を下げてから口を開く。


「私は特殊魔法治安維持組織シィスティム第一分隊隊長、日向蓮ひゅうがれんと申します。突然の隊員たちによる学園への侵入について、ご理解とご協力を頂きたい」

「気の良い話ではなさそうだな、日向。久しぶりに会った理事長への挨拶が、それなのか?」


 慣れない人ならばそれだけで尻込みをしてしまいそうな鋭利な鋭さを放つ、凛々しい魔女としての側面を併せ持つ八ノ夜の視線であったが、日向はその瞳を冷静に見つめ返す。


「確かに、かつての私はヴィザリウス魔法学園の魔法生。そして貴女は、新任の理事長であった」

「……」

「しかし今は、特殊魔法治安維持組織シィスティムの隊長と、多くの魔法生の安全を受け持つ理事長と言う身分です。どうか、間違いなき選択をして頂くよう、求めます」


 八ノ夜美里に対して臆することもなく、日向は答える。

 これには八ノ夜も、内心で驚くべきことであった。


「言うようになったな、日向」


 日向の背後には、女性隊員近藤こんどうと男性隊員佐久間さくまがまんじりともせずに、背中で手を合わせて立っていた。


「本日の午前中、我々の組織から一人の脱走者が出ました。その人物は女性であり、脱走の際に同部隊の仲間と魔法で交戦し、負傷させた凶悪な人物です」

「その女性はなぜ脱走したのだ?」


 八ノ夜が問い掛けるが、日向は表情を変える事なく、「詳細についてはお教え出来ません」とだけ先に述べる。


「その逃走犯が、このヴィザリウス魔法学園に潜伏している可能性が高いのです。周辺の監視カメラ映像を調べても、この学園にその女がいることはほぼ確実でした」


 日向はそこまで言うと、薄い黄色の瞳を、八ノ夜へと向ける。


「その女性を匿っているのであれば、早急にその身柄を特殊魔法治安維持組織シィスティムに明け渡して頂きたい。その女性は今や、危険人物に他ならない」

「悪いが、知らんな」


 八ノ夜がかぶりを振る。

 そうして日向と八ノ夜は無言で見つめ合うが、先に口を開いたのは、日向の方であった。


「事態は一刻を争います。逃走犯を至急、確保する必要があります」

「まるで私が意図的にその逃走犯とやらを匿っているとでも言いたげだな? 見知らぬものを探せと言われても無理な話だ。海賊の宝探しでもあるまい。そもそも理事長であるこの私が、特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員たちが自由勝手に学園内を捜索する許可も出していないだろう」


 八ノ夜は不服げな表情を隠すことはせず、日向を睨む。

 

「勿論、貴女にも拒否する権利はある。だがそうすれば、特殊魔法治安維持組織シィスティムは強制捜査を行い、この魔法学園を虱潰しに捜索する。そうすれば当然、翌日に控えた二大魔法学園弁論会のスムーズな開催は困難となるでしょう。多くの魔法生が待ち望んでいた、大切な会のはずですが」

「今この瞬間ですら強制捜査を行っているように、私は思うが?」

「それは貴女の捉え方次第でしょう。そして、同時によくよく考えて頂きたい。魔法生たちの安全という、貴女が順守すべき問題を」


 一歩も引く素振りも見せぬまま日向は、まさに売り言葉に買い言葉の状態で、八ノ夜に告げる。


「今のところはまだ、捜査自体はしておりません。さて、理事長。いかが致しましょう?」


 最終的な決定権は貴女にありますと、日向は無表情のままで、八ノ夜に問う。

 八ノ夜はサファイア色の瞳を、じっと日向に向けたまま、口を開く。


「ヴィザリウス並びにアルゲイルの魔法生たちの身の安全を保障しろ。捜査も、魔法生や職員たちの許可を取った上で行い、魔法生や当人に拒否されればすぐに引き下がれ。そして、彼ら彼女らが準備を行った二大魔法学園弁論会の邪魔もするな。それが約束できるのであれば、こちらとしては最大限の譲歩と言う形で、特殊魔法治安維持組織シィスティムの捜査を認めよう。そして、私の学園で起きた異常事態だ。捜査には私も同行する」

「……っ」


 注文の多い言葉に、日向の眉がぴくりと動くのを八ノ夜は見た。

 やはり、作り物の張り詰めた表情というのは顔に出るものだ。それは彼がまだ若いことに、起因していた。


「……了解しました。理事長のご協力に、感謝します」


 表向きの気持ちを全面に押しだし、日向は深く頭を下げる。後方に控える二人の隊員も、同じく頭を下げる。


「正直言って、驚いたよ。まさかお前がそこまで成長したとはな、日向。この私もあと少しで言い負かされるところだったかもな」

「……」


 僅か六年の歳の差。しかし当時、こちらは魔法生で、向こうは学園の理事長。ただ、その魔法の才能は圧倒的な差がある。

 口調こそ穏やかだが、八ノ夜は硬い表情を崩す事はなく、日向を見つめる。


「重ねますが、事態は一刻を争います」

「……しかし、同時に僅かな焦りも見て取れる。これはお前が学生の時とは違っているな……。なにが冷静沈着なはずのお前をそこまで焦らせている、日向?」


 鋭く、また勘の良い八ノ夜にそんな指摘をされ、日向は一瞬だけ硬直する。脳裏に浮かぶのは、自身の右腕としてずっと傍にいた女性の姿だ。

 そんな些細な反応でさえ、八ノ夜には見透かされ、彼女の見解が間違ってはいないことの証明となる。ハッキリ言えば、傍にはいたくない女性だ。


「……さあ。もうじき台風が来ますから、無意識のうちに焦りもしましょう。何もかもを吹き飛ばすあの激しい風と、なにもかもを洗い流すあの凍てつく雨を前に、焦りを持たない人間など、いないと思いますが」


 長い金髪の髪をゆったりと振り向かせ、日向は努めて冷静に、告げていた。 


        ※


 突如として寮室に現れた特殊魔法治安維持組織シィスティムの青年たちに、とある女性の顔写真ホロを見せつけられる。

 魔法生たちはそれぞれ、知る由もない女性の姿を見ては「誰これ」や「可愛い」や「デカい」などと言った感想を述べるだけで、大した情報もない。

 一部の、かつて特殊魔法治安維持組織シィスティムに強い憧れを抱いていた、少年を除いて。


「その女の人は……」


 雨宮の写真を男子寮室で見せつけられた天瀬誠次あませせいじは黒い目を見開いていた。


「知ってんのか?」


 誠次の隣に立ち、同じく写真に目を凝らしている志藤しどういてくる。

 そして、まだ若い特殊魔法治安維持組織シィスティムの隊員が、反応した誠次を睨む。

 誠次からすれば、雨宮の姿は、およそ一年前の北海道にて、姿だけは知っていた。オーギュスト魔法大学で起きた心羽ここはの使い魔のイエティとの戦闘において、一瞬だけであったが、共に戦った特殊魔法治安維持組織シィスティムの女性だ。その人は日向ひゅうがの部隊員のようで、バッジを見ても確か副隊長クラスだった気がする。


「名前は知りませんが、姿は。なぜ、この人は組織からの脱走を?」

「仲間を襲う敵の事など知らんな。それを捕まえて調べ上げるのが我々の仕事だ」


 すでにカウンター席から立ち上がっていた誠次の問いを、特殊魔法治安維持組織シィスティムは軽くあしらう。仲間のはずなのに、それはずいぶんな物言いだと、誠次は感じた。


「この女はどこにいる? 知っている情報を教えて貰おうか」


 誠次が雨宮を知っていると聞くや、声音に凄みを含めて、特殊魔法治安維持組織シィスティムの隊員の男は訊いてくる。


「……」

 

 すでに怯えてしまっている小野寺おのでらを庇いつつ、誠次も頬に一筋の汗を垂らして、特殊魔法治安維持組織シィスティムに言葉を返す。


「知りません。去年に一瞬だけ、姿を見た程度です。その人は、副隊長ですよね? どうして、そんな人が逃げたのですか?」

「知らんと言っている。もう少しは態度を弁えた方が長生きするぞ、子供」


 高圧的に接してくる特殊魔法治安維持組織シィスティムに対し、誠次も眉をひそめる。

 しかし、これ以上はなにも言う事もせずに、押し黙る。

 男性隊員が無言で誠次を睨みつけている間、もう一人の男性隊員が、何やら耳打ちをしだす。特殊魔法治安維持組織シィスティムは軽く頭を下げると、何やら耳元にあるデバイスを使って、仲間と連絡をしているようだ。

 

「女子寮棟か――了解した。こちらは大丈夫だ。今からそちらへ向かう」

「では引き続き、なにか些細な情報でもいいので、私たちにお知らせ下さい」


 仲間に呼ばれたのだろう、寮室にやって来た二人組の特殊魔法治安維持組織シィスティムは、誠次たちの前から姿を消した。どうやら、女子寮棟へ向かっていくようだ。普段ならば、男性教師も入らないような場所なのだが、特殊魔法治安維持組織シィスティムにしてみれば構いなどしないようだ。


「……そんな。元特殊魔法治安維持組織シィスティムが、仲間を傷つけて、脱走するなんて……」


 呆気にとられる小野寺の隣で、誠次はあごに手を添え、北海道での記憶を呼び戻していた。

 

「……」

「その女性のこと、天瀬さんはご存知だったのですよね?」

「ああ。昨年の北海道で起きた、なずな総理に対するクーデター未遂事件の時に、一瞬だけ共闘した」


 イエティたちの相手を率先して務め、日向を含めた自分たちの進路を切り開いてくれた。その時に感じた日向との信頼関係の厚さは、記憶には残っているほど印象にあったのだが。


「とてもあの人が、自ら仲間を裏切るなんて思えないが……」

「にしても副隊長クラスが裏切るなんて、特殊魔法治安維持組織シィスティムもいよいよごたごたしてきたな」


 志藤が言う。

 嵐のように到来し、また嵐のように去っていった特殊魔法治安維持組織シィスティムが去った後、誠次たち八人の男子は、どこか気まずそうに視線を落とす。テレビから流れる、スポーツ大会解説の熱狂したアナウンサーの掛け声だけが、大きく響いていた。

 誠次は志藤を見つめ、志藤もまた誠次と目を合わせ、現在の特殊魔法治安維持組織シィスティムの状況を鑑みて、また目を伏せる。


「雨、降って来たみたいだな」


 悠平ゆうへいが窓を叩き始める雨粒の音を聞き、そんなことを言う。

 明日にかけて続く本格的な夏の嵐は、すぐそこまでやって来ていた。

 

        ※


『生徒の皆さん。ヴィザリウス魔法学園の教師、向原琴音むかいはらことねと言います。現在、ヴィザリウス魔法学園にて特殊魔法治安維持組織シィスティムが特別警戒を行っています。特に用事のない魔法生は、速やかに用意された寮室へ戻り、出歩かないようにしましょう』


 すでに寮室にいる魔法生たちにも、特殊魔法治安維持組織シィスティムがやって来たことを知らせるアナウンスが、それぞれの部屋に響いている。


『また、ただ今より特殊魔法治安維持組織シィスティムが各部屋を訪問し、簡単な事情聴取を行います。魔法生の皆さんには、ご協力をお願いしますとのことです』


 そんな放送は、男子寮棟女子寮棟関係なく響いていた。

 女子寮棟の一室。アルゲイル魔法学園からやって来た二学年生の女子用の部屋の中から、三人の女性がドアを開け、廊下の様子を窺う。


「まさか、私がここにいることがもうバレたなんて……」


 ドアから周囲を窺い、騒動の渦中の女性、雨宮は呻く。

 かつて所属していた組織の事を、決して侮っていたというわけではないが、それにしても早すぎる。余程の執念を、感じさせるものだ。

 身体はまだ完全には回復出来ていない。まともな魔法戦などもってのほかで、一対一で戦っても勝機はないだろう。

 だが、かといって、後ろにいる二人の恩人の女子を巻き込むわけにはいかない。


「貴女たちは部屋の中で隠れていて!」

「でも、雨宮さんは……っ!」


 部屋の外に飛び出そうとする雨宮を、あやが追いかけようとしてくる。


「――見つけたぞ!」


 直後、響く掛け声と、飛来する攻撃魔法の光。

 雨宮は咄嗟にドアから離れ、廊下の方に飛び出す。

 廊下に立っていた特殊魔法治安維持組織シィスティムが放った攻撃魔法は、スライド式のドアに命中し、小規模な爆発と火花が起きていた。


「「きゃあっ!」」


 目の前で奔る暴力の閃光に、玄関にいた理とはるかは悲鳴を上げてしまう。


「協力者か!」


 特殊魔法治安維持組織シィスティムが目ざとくその悲鳴を聞き、玄関でもつれ合うようにして倒れている二人の少女にも、魔法式を向けていた。


「させない!」


 雨宮が咄嗟に妨害ジャミング魔法を放ち、特殊魔法治安維持組織シィスティムの魔法を強制的に中断させる。

 数刻前までは多くの魔法生が行き来する何気ない空間だったはずの、ヴィザリウス魔法学園の廊下。そこは今や、かつての仲間を討ち果たさんとする特殊魔法治安維持組織シィスティムと、彼らから逃げ惑う女性が繰り出す魔法により、激しい魔法戦の場となっていた。

 緑色の閃光が、雨宮の後方から飛来し、彼女の左の太腿に命中する。


「ああっ!?」


 前後を挟み撃ちされる形となった雨宮は、後ろから放たれた魔法により負傷し、ただでさえ満足には戦えないでいた身体と共に、悲鳴をあげる。


「脱走者を補足した。これより確保する!」

「《エクス》!」


 息を荒げる雨宮が放った攻撃魔法が、迫り来る特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員に命中し、吹き飛んだ身体が窓ガラスに当たり、ずるずると落ちていく。


「雨宮……! やはり裏切ったのか!」


 後ろから迫り来る特殊魔法治安維持組織シィスティムの言葉に、雨宮は懸命に首を横に振る。


「違います! 私は、真実を伝えようと!」

「《エクス》!」


 しかし、かつての仲間から放たれた攻撃魔法が、雨宮の目の前にまで迫り来る。

 立つことが出来ない雨宮は、廊下に女性座りで座り込んだまま、迫る白い弾丸を前に、思わず目を瞑ってしまう。

 そんな攻撃から雨宮の身を守ったのは、部屋から飛び出した理が発動していた防御魔法であった。


「っ! やはり協力者はまだいたか!」

「ハアハア……っ!」

 

 飛び出し、雨宮の前に立ったはいいものの、両脚はがくがくと震え、息も荒い。

 生まれて初めて行う、授業でもない魔法戦を前に、理は心底の恐怖を感じていた。しかも、相手は魔法戦のプロ、特殊魔法治安維持組織シィスティムだ。


「小野寺さんっ!」


 雨宮の悲鳴。

 こちらを包囲する特殊魔法治安維持組織シィスティムが一斉に手を掲げ、自分と、理とを魔法の光で照らしだす。かつての仲間たちから向けられる容赦のない魔法の光を前に、雨宮は左脚を抑えながら、沈痛な声を漏らす。


「ここまで、なの……!?」

「理ちゃん! 雨宮さん!」


 そして、彼女もまた、傷つけられようとしている人を決して放ってはおけない、優しい心の持ち主であった。

 玄関にいたはるかもまた飛び出し、懸命に防御魔法を発動しようとするが、恐怖に震える心と体では上手くいかない。

 はるかもまた、生まれて初めて経験する本格的な魔法戦を前に、授業で学んだことなど全くもって実践出来てはいなかった。


「あ、理ちゃん……っ!」

「う……っ!」


 座り込む雨宮を挟み、背中越しにはるかの悲鳴を聞いた理もまた、どうにも出来るわけがなかった状況を前に、項垂れかけてしまう。

 ――こんな時に、彼が、いたら……。

 そんな淡い夢想の思いは、しかし、突如として響いた第三者――特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員側の悲鳴が聞こえてきたことで、叶った事を悟る。

 ただ、その姿かたちは、彼女が想像していたものよりも、少し変わっており――、


「な、なに!?」


 苦しそうな息をする雨宮が、血飛沫が上がる廊下を見る。

 震える身体のはるかが見つめる先、文字通り血路を切り開く少年の姿は、漆黒の剣を構えたものであった。


「――はるか、理。無事か?」


 星野一希。自身の身の丈以上はある長い太刀を構えた、アルゲイル魔法学園の少年が、窮地を迎えていた三人の女性の元へ、駆け付けていた。

~ある日、それは第一分隊永遠の謎~


「隊長、質問が一つあります。よろしいでしょうか?」

ありさ

          「どうした?」

             れん

          「今後の連携の為にも」

             れん

          「なんでも聞いてくれ」

             れん

「では、訊きます」

ありさ

「隊長はどうして、そのような髪型なのでしょうか?」

ありさ

          ((き、気になる……っ!))

             さくま&こんどう

          ((でかした、雨宮!))

             さくま&こんどう

「私、とても気になります」

ありさ

          「そうか……」

             れん

          「俺の髪型、か」

             れん

          「……」

             れん

「……」

ありさ

          「……そのうち、な」

             れん

「はい、楽しみです」

ありさ

          ((ええー……))

             さくま&こんどう

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