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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
300マイルのカバジェロ
81/189

11

「堂上……アンタは俺の大切なものを、二つも傷つけた。この借りは返す」

                  そうすけ

          

 早朝の東京駅のリニア車乗り場に、一人の少年がいる。金髪の髪をした、若き魔法生だ。

 彼は車両が到着するまで、電子タブレットを落ち着きなく眺め、友人へ連絡を送り続けている。

 しかし、返信はない。

 

天瀬あませの野郎。心配かけさせるなっての……」


 耳に装着したワイヤレスイヤホンで最新のJポップを聞きながら、志藤颯介しどうそうすけは呟く。

 大阪行きのリニア車は、間もなく東京駅に到着する。夏休み中だろうか、年端もいかない子供が両親と両手を繋ぎ、目の前を通っていく。


「――待たせた、颯介」


 少しすると、音楽の先から聞き覚えのあるクラスメイトの女子の声がした。

 顔を上げれば、私服姿のルーナとクリシュティナが立っていた。


「おう。迷わなかったみたいだな」


 電子タブレットをしまいながら志藤が言うと、クリシュティナがこほんと、何かを誤魔化すような咳ばらいをする。


「大阪にも茨木市があるなんて……危なかったです」

「関東にあるのは茨城県だ……」


 やはり危うく、反対側へと向かいかねない事態となっていたようだ。

 ロシアからやって来た二人の女子は、まだこの国にへ来て一年も満たない。東京内の事は

それなりに理解したようだが、都心の外となるとまだまだ手に余るらしい。

 そこで、付き添いとして、自分が共に大阪まで行くこととなった。――もっとも、大阪まで行くのは自分の希望でもあるが。


「誠次と連絡は取れるのか? 私が連絡しても、反応がないんだ……」


 ルーナが心配そうにしている。

 志藤もまた、芳しくはない表情で、首を横に振っていた。


「俺もだ。名古屋組が最後に見てから、何処にいるのかも分かってないらしい」


 志藤たちは剣術士と隻腕の皇女が新大阪空港に着き、且つ、クエレブレ帝国のジェット機が新大阪空港に無断着陸する朝九時ちょうどに、新大阪空港前の駅に到着するリニア車に乗る。


「今は、戦闘中と言う事でしょうか……」


 クリシュティナも心配そうにして、志藤の前で呟く。

 その時ちょうど、愛知県経由大阪府行きのリニア車は、到着した。

 それが到着した際の風を浴びながら、志藤はため息を一つつき、顔を上げる。


「とにかく急ごう。天瀬アイツには、お前たちの魔法ちからが必要なはずだ」

「道案内を頼む、颯介」

「ありがとうございます、颯介」


 志藤の言葉に、二人とも頷き、三人はリニア車へと乗り込んだ。

 間もなく発車した大阪行きのリニア車は、到着予定時刻九時丁度に、狂いのないダイヤで、到着することになる。


       ※


 局地戦の後の滋賀県の林道には、いくつもの血が滴っていた。

 それを辿るのは、黒いスーツを着たこの国の魔術師のエリートたち。


「こんな林の中にある血の跡を辿るなんて、まるで猛獣狩りの気分ですよ」


 朝日は高く上りつつあり、気温も上昇している。

 若いながらも枝から落ちてしまった緑色の葉を踏みしだき、特殊魔法治安維持組織シィスティムの隊員は苦笑交じりに言う。


「ある意味ではそうかもな。腹と右腕を負傷しながらも、ここから離脱したようだ」

「目的地は新大阪空港と分かっているんです。そこで待ち伏せして、一気に叩くのでは?」


 隊員の一人がそう提言するが。


「空港にはすでに光安が部隊を展開している。その前に妖精とやらを捕まえれば、光安に対して我々特殊魔法治安維持組織シィスティムが利権を得れる、良い取引材料になるからな」

「はあ……。案外がめついんですね、新崎しんざき局長も。ちょっとショックです……」


 女性隊員がため息交じりに言うが、「そうは言ってやるな」と、男性隊員が注意をする。


「遠く東の果ての島国まできて政治利用されるクエレブレ帝国の姫君とやらに、今頃剣術士が良い夢でも見させてやっているところだろうよ。あとは逃げ着いたところで、俺たち特殊魔法治安維持組織シィスティムが、奴が最後まで守ろうとした妖精を攫う」


 やがて発見した、明らかにどす黒い血が溜まっている、地面。そこに根を張り、横から天高く伸びる木の幹にも、まるで巨大な生き物――空を飛ぶ、翼の生えた何かのような、生き物のような血は、べったりと付いていた。


「それとももう、妖精の守り手クエレブレが天を飛ぶための羽は、ひき千切られた後なのかもな」


        ※


 堂上どのうえ井口(いぐち)の罠に掛かり、負傷した誠次は、多量の血液を失い、京都府と大阪府の境にまで着ていた。当然、未だに頼りの綱である八ノ夜はちのやとの連絡はとれない。

 怪我の回復の為、クリシュティナの姿が脳裏に思い浮かぶが、それすら腹部と右腕から巻き起こる激痛によって、かき消されていく。腕はともかく、やはり腹部の傷が致命的であった。内臓をやられたのか、内部出血までも引き起こしており、それがどうにもならなかった。

 切りどころが、致命的に悪かったのだ。


「……すま、ない、ティエラ……」

「謝らないでください……」


 ブリュンヒルデを自動運転オートドライブにし、自動で動くシートに座っているのだが、もはやそれすらも厳しい状態だ。

 掠れるような声で、誠次はこの時、後ろに座るティエラに謝罪をしていた。

 一方でティエラは、左手でぎゅっと誠次の腹を、強く抑え続けている。


「君を守ると、誓ったのに……。俺、は……()()……ほかの人までも守ろうとして……結果的に……負傷、した……」


 あの時、道路に倒れていた少女の元へ駆けよらなければ、このような事態はまだ防げていたはずだ。

 それも踏まえ、何もかもが、堂上の術中に嵌められたと悟り、誠次は悔しく口を結ぶ。


「また……?」


 ティエラはまるでなにかの願いを込めるように、高温を発する誠次の背中にぎゅっと頭を押し付け、訊いてくる。

 誠次が装備していたレヴァテイン・ウルは二本とも鞘ごと、もはや負傷した身体では装備することが不可能となり、ティエラの力を借りて、ブリュンヒルデに取り付けている。そうするのと同時に、三人の少女から受け取った付加魔法エンチャントも切れ、それにより辛うじて保っていた誠次の意識は、ますます遠くなっていた。


「すべてを、守ろうとした……。でも……俺は、魔法が使えなくて……それなのに、やろうとして……」

「弱気にならないでください、誠次……。貴男のお陰で、私は生きていられています。ルーナも、皆さんも……」

「……()()()()……」


 それでも、もう誠次には、謝る事しか出来なかった。

 無言で、感覚の鈍い左腕を持ち上げ、ブリュンヒルデにそっと添える。東京から出発してまもなく、三〇〇マイル。誠次の血が付着した電子メーターは、その数字を刻もうとしているところだった。

 そして誠次は、ブリュンヒルデの自動運転を解除すると、手動運転に切り替え、交通量も多くなってきていた道路を、横に逸れていく。


「誠次? 一体何を……?」


 誠次の背中から顔を上げたティエラが、驚いた様子で誠次を見つめ上げていた。

 

 瓦礫の山が周囲に広がり、何かが腐ったような腐敗臭が、生暖かいそよ風によって運ばれてくる。

 大阪に辛うじて辿り着き、人目のつかぬ郊外の廃墟に、ブリュンヒルデを止めて中に入った。工事中、と言うわけでもないこの廃墟は、まるでつい最近激しい戦闘が行われた後の戦場の後のような、生々しい血痕が幾つも付着していた。微かに、火薬の臭いまでくすぶっている。

 そして、それらに新たな赤い色を誠次は継ぎ足していた。


「誠次……っ!?」


 そして誠次は、ブリュンヒルデの上からずるりと音を立て、倒れるようにして、地面に崩れ墜ちる。

 驚くティエラもまた、ブリュンヒルデのシートから降り、誠次の元へ駆け寄った。


「……確りしてくださいませ、誠次っ!」


 ティエラは負傷した誠次の全身を見つめ、しかし不用意に動かすことも出来ず、左手をそっと、仰向けの誠次の頬に添える。

 皮肉なことに今の誠次は、追い詰められたあの日の佐伯と同じ、天を見上げる姿勢だった。廃墟の崩れた天井には、ぽっかりと穴が開いており、嫌味なほどに眩しい天が、遂には届くことが出来なかった天が広がっている。


「俺が行っても、もう……足手纏いになる……。もう、君を……守れなく、なった……」

「そんなことはありません……っ! 貴男がいなければ、私は……っ!」


 遂には、ぽたぽたと涙を流し始めるティエラの姿を、不謹慎だが、誠次は美しく感じてしまう。

 自分の事を必要としてくれたティエラの為に戦いきったことで、誠次は改めてそれを実感し、血の味がする息を呑んだ。恨むとすればそれは、ここまで来ておきながら、易々と敵の罠に嵌った自分の、不甲斐なさだろうか……。

 電子タブレットも電波が通じず、クリシュティナを始めとした援護は望めない。ここが大阪のどこなのかも、もうよくわかっていなかった。


「ティエラ……。俺の、ブリュンヒルデにある俺の電子タブレット……。その地図に、新大阪空港が、記されている……」


 天井に空いた穴から差し込む陽の光を浴びる白亜の機体を見つめ、誠次は言う。

 しかしティエラは、そちらを意地でも見る気はなく、誠次へ視線を向け続ける。赤く腫れてしまっている顔を見れば、誠次もこの上なく、申し訳ない思いでいっぱいだった。


「やめてください、誠次……っ」

「時間がない……。クエレブレの飛行機は、間もなく新大阪空港に着くはずだ。君一人でも、行ってくれ……。まだ、見つからずに、行ける可能性はある……」


 血塗れの自分の腹部をじっと見つめてから、改めてティエラを見つめ、誠次は言う。


「俺は駄目だ……。最後まで、守り切れなくて、申し訳ない……。ただ、ここまで、君を守ることが出来た……」

「誠次……誠次……っ!」


 ティエラは動かすことの出来る左手で、なおも誠次の腹部の傷を抑え続ける。

 しかし誠次は、首を横に振る。そして、ティエラを睨みつけていた。


「行くんだ……っ! 君を待っている人たちの元へと、帰らなけらばならない……。ここまでの多くの人の行為を、無駄にする気か……っ!?」


 廃墟の中で、誠次の怒号が響く。


「……っ」


 びくんと身体を震わせ、涙を流し続けるティエラは、そっと立ち上がり、ブリュンヒルデから誠次の電子タブレットを取り外す。

 そして、陽の光の下で振り向き、今一度誠次を見つめる。

 

さよならアディオスとは言いません。必ず、今度は私が、貴男を守りに戻ります。それまで、どうか安静にしていてくださいっ!」

「わかった……」


 叶う事のない約束であった。誠次は殆ど、反射的にそう答え、去り行く金髪の乙女(シャナ)の背中を見送った。

 ティエラは、誠次の電子タブレットを持ち、徒歩で新大阪空港にまで向かうようだ。


「うぅ……っ」


 ティエラが去り、一人きりになった途端、とてつもない恐怖心と、不安感が、誠次に襲い掛かる。

 まだ、死ぬわけには、いかない。左手で腹を抑えながら、誠次は起き上がろうとするが、出来なかった。身体が重く、もう動かない。

 誠次は300マイル。この距離までを共に走った白いバイクを、虚ろな黒い目で見た。まるでそれは、この世のものではないかのように、不自然なほどに綺麗な美しい白い装甲を保ったまま、誠次のすぐ横に立っていた。


「ブリュンヒルデ……ここまで、よく共に戦ってくれた……」


 返事などあるはずもないが、誠次は、傍らに立つ白盾ノ乙女へと、語り掛ける。


「不甲斐ない乗り手で、申し訳なかった……。あの時に、もう少し、用心していれば……こんな結果は、避けれたと言うのに……っ」


 悔やんでも悔やみきれず、誠次は尚も己の不自由な身体に抗い、だるような夏の気温の中、立ち上がろうとする。

 

計算不能アンキャルキレイト……」

「死にかけの身体でも……せめて、囮も出来るかとも思ったが……もう、それすら、出来ないみたいだ……」

「目的地は、もう少しです――」


 相変わらずの機械的な声に、誠次は力なく苦笑する。言われなくてもわかっているさ、と心の中で訴えて、そっと目を閉じた。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。ティエラは無事に、空港まで辿り着いたのだろうか。

 遠のいていく意識の果て、暗闇の中、確かに響いたのは、力強い、女性の声だった。


 ――諦めず、目覚めなさい、スルト。

「……っ!?」


 負傷した腹部と右腕に再び奔った激痛に、誠次は衝動的に目を開ける。

 朦朧とする意識の中で、金色の髪が、揺蕩たゆたっていた。

 

「――誠次!」


 ティエラ・エカテリーナ・ノーチェ。再び目を覚ました誠次は、彼女の名を呼ぼうとしたが、口の中が渇ききっており、言葉が出ない。

 彼女は、こちらの身体を起こそうと、左手だけで上半身を引っ張り上げようとしているところであった。


「な、なぜ……っ?」


 痛みで顔を歪ませながら、また驚きであっと口を開き、誠次は戻ってきたティエラを見る。

 ティエラは、額に汗を滲ませ、また左手には誠次の血の跡を滲ませながらも、その手で誠次の上半身を起こし、瓦礫の上に背を添えるようにしていた。


「行けと、言ったはずだ……。それなのに、なぜ……」

「お忘れになりましたの誠次……? 指切りげんまんです」


 不敵な笑みを浮かべるティエラはそうして、無人コンビニエンスストアで買って来たと思わしき物が入っているビニール袋から、包帯を取り出す。


「医学の心得は多少はあります。気を失っている間に、消毒はしましたわ。痛みで起こしてしまったようですけれど」

「そんな……っ。クエレブレの航空機は、もう間もなく来るはずだ……」

「では選んでくださいませ、誠次」


 ティエラは真剣な表情で、苦しく呼吸をする誠次の顔を覗き込む。


「私と共に、新大阪空港に向かうのか。それともここで何も成せずに死ぬのか。或いは……()()()()()()か、選んでください!」


 物騒な後者を聞いた瞬間、誠次は呆気に取られ、ティエラをまじまじと見る。


「ティ、エラ……」

「今はただ、私に貴男を守らせてください……。貴男が死んでしまえば……ナギとルーナを始めとした、貴男の周りの人々に示しがつきませんわ」


 まるでバスの時のやり取りを、そのまま返され、誠次は何も言えなくなっていた。


「私がクエレブレの民を持つのと同じく、貴男にも、大切な人々が大勢いるはずです! その人たちの為にも、貴男をここで置いていくことなど、出来ませんわっ!」

「でも……この怪我じゃ、もう、どうにも……っ」


 諦めようとしてしまっていた誠次の腹に、ティエラは包帯の端を置き、そこへ誠次の左手を持ち上げて、抑え付ける。

 右腕の代わりに、ティエラは自身の身体を動かし、誠次の後ろへと回り込んで、包帯を巻いていく。白い布には、すぐに薄赤の血の色が滲みだした。

 誠次も誠次で、ティエラによって巻き付けられていく包帯を、左手でぎゅっと抑えていた。

 ティエラは、何度も何度も、誠次の周りを往復し、包帯を巻いていく。


「では、針千本を飲みますか……?」


 後ろに回りこみ、誠次の身体に包帯を回すティエラは、こちらの意識を保つ為なのだろうか、そのような事を聞いてくる。


「いや……すまないが……飲め、ない……。無理だ……」

「でしたら……私と共に行きましょう、誠次」


 ティエラはそうして、誠次の右腕にも包帯を巻いていく。

 誠次もまた、ティエラの指示を受け、左手を回して自身の右腕を押さえつける。


「すまない……。君に、召使いのようなことを、させてしまって……」

「いいえ。私こそ、貴男にずっと助けられてばかりでしたもの」

「しかし、君には姫と言う立場が……」

「私は召使い無き姫。自分で出来ることは、自分でいたします。それが、最愛の人を守る事に繋がるのでしたら、尚更――」


 目の前まで身体を戻したティエラは、誠次の目と鼻の先で、くすりとぎこちなく、また恥ずかしそうにして、微笑む。


「ティエラ……」

「仰ってください誠次……。()()()()()()()()()()()。それはせめて、今だけでいいです――」


 戸惑う誠次の右手に、固く、冷たい感触があった。

 痛みは和らぎ、ただ動かなくなったその手元を見ると、そこにはティエラが持つレヴァテイン・ウルの片割れの柄が、あった。ティエラが引き抜き、差し出してきていたのだ。

 そうして、再び顔を上げて見つめた先では、ティエラが唇を動かし、このような事を言う。


「貴方さえ一緒にいてくれれば、他になにも望まない。……そうと言ってくれれば、私は、貴男に力を授けますわ。――魔法の、力を」


 ティエラの言葉に、誠次は黒い目を大きく見開く。


「駄目だ……俺の、付加魔法エンチャントは、君の立場では……」


 誠次が言おうとした言葉を、ティエラは遮って、続ける。


「ルーナは良くて、私は駄目なのでしょうか……? ルーナも私も、誇り高き姫という身分は同じです。そして、貴男に対するこの思いも……!」


 ティエラは切なそうに目を細め、そして、痛みも引いた誠次の右手に、自身の左手を添えてくる。

 

「誠次。あとは貴男のお気持ち次第です。どうか、受け取ってくださいませ……」

「でも、そうすると、俺は君のことが必要になる……」

「ご安心を。私が国へ戻って貴男と同じく使命を果たし終えた際には、必ず貴男の元へと、私は戻って参ります。今はこの状況を乗り越える為にも、どうか、私の魔法ちからをお使いください」


 ティエラに全てを委ねられ、血の味がする息を飲んだ誠次は、ティエラの血塗れの手を、そっと握り返す。


「あり、がとう……ティエラ……。約束通り、俺は、君を守る――」


 諦めかけてしまった己に対し、決して諦めることはなかったティエラ。そんな姫は再び騎士の元へと舞い戻り、自分を守るはずの存在へと、力を与えた。

 針千本を飲むことを拒み、まだ戦い続けることを選んだ誠次の身体は、再び力を宿し、動かなくなった右腕と身体は、一時的にその機能を回復した。


          ※


 誠次とティエラが逃げ込んだ廃墟は、数日前までは、薺に反するレジスタンスが隠れ家として使っていた地下メトロの一部であった。

 大規模爆破により破壊された地上の建物には、誠次とティエラの現在位置を傍受した特殊魔法治安維持組織シィスティムの隊員らが、多く集結しつつあった。

 さしずめそれは、人に迫害を受けた竜が最後に逃げ込んだ洞窟へ、焼き討ちを仕掛けに行くかのようだ。

 散開しながらそんな廃墟に突入した特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員たちは、瓦礫の奥へと向けて、勧告を行う。


「剣術士。武器を捨て投降しろ! もう貴様に逃げ場はない!」


 男が拘束魔法の魔法式を展開し、廃墟の奥へ向けて叫ぶ。誠次のものらしき血痕は間違いなく奥まで点の筋で続いており、ここに隠れているのは明らかだった。

 破壊されたコンクリート片や、家具の残骸に身を潜ませながら、何人もの特殊魔法治安維持組織シィスティムがじりじりと距離を詰めていく。互いに離れた位置からアイコンタクトを取り合い、いつでも二人の少年少女へ向け魔法を放てる準備を行う。

 それでも、迂闊な攻撃はしない。それはこの場が、場慣れしている隊員でも臆するほどの激しい損傷が物語る廃墟である事と、剣術士の力への警戒から来る、徹底した作戦だ。


(回り込め。挟撃するぞ)

(了解)


 廃墟の中を進んだ特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員たちは続々と配置につき、誠次とティエラを扇状に追い詰める。

 合図の元、特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員たちは一斉に瓦礫の陰から飛び出し、誠次目がけて攻撃魔法の魔法式を構築、完成させる。

 一斉に発射された魔法が、誠次が隠れている瓦礫を吹き飛ばす。瓦礫の後ろ側にいる人など構いはしない威力は明らかで、廃墟内で鼠色の煙が舞い上がる。

 口元を腕で抑えながら、反撃を警戒して防御魔法を発動しつつ、何名かが確認のために誠次らの元へ近付く。

 ――その瞬間であった。

 濃い青――あおい閃光が、この場に集結していた特殊魔法治安維持組織シィスティムの魔術師たちに、一斉に襲いかかった。


           ※


 別の車に乗り換え、大阪湾に浮かぶ新大阪空港に向かっていた堂上どのうえ井口いぐちの元に、剣術士追尾に向かっていた第四分隊の隊員らからの通信が入る。

 途中、寄り道をして売店でソフトクリームを買っていた堂上は、それを口に咥えていた。


「もひもーひ? っむ」


 溶け始めているソフトクリームをそっとすくいながら、助手席に座る堂上は電子タブレットを見る。


「どうしました?」


 相変わらずマニュアルで車を運転する井口が、視線を横に向け、堂上を見る。


「部隊が、壊滅した」


 堂上はソフトクリームをもぐもぐと食べ、そのようなことを言っていた。


「……は?」

「うーん……。車、止めようか」


 堂上の命令を受け、井口は車を歩道に寄せて止める。新大阪空港に直通している道路までは、あと少しで着くところであった。あとは、海を埋め立てた道路を直進すれば、広大な面積を誇る空港へはたどり着くのだが。


「電波が悪いな。ノイズが走っている。井口クンのデンバコはどう?」

「私のですか」


 井口は特殊魔法治安維持組織シィスティムのサマースーツの胸ポケットから、自身の電子タブレットを取り出して起動してみる。水色の半透明のホログラム画像が出力されるのだが、そこには逐一、ノイズが奔っている。電波も不安定なのか、接続も遅かった。

 そして何より感じるのは、この、胸がざわつく妙な空気。夏の祭りの太鼓の音のような、身体の芯を揺さぶるような、妙な空気が、辺り一面に漂っている。


「この音……」


 井口は呟き、白い雲が広がる天を見上げる。

 堂上もまた、この妙な震動と、空気のざわつきの原因を、察知したようだ。


「雷が、急に降ってきている……」

 

     ※


 ちょうどその頃、大阪湾上空にて、今まさに一機の国内線旅客機が、新大阪空港の管制官の着陸許可を貰おうとしていた。

 流れるような業務だ。いつも通りのフライトも終わりを迎え、コックピットでは機長と副操縦士が談笑していた。


「そう言えば今度、夏の党代表選挙だな」

「またなずな総理の圧勝でしょうね。他にやれそうな人もいませんし。かく言う僕もそっちに投票するつもりですし」

「まあ、間違いないな」


 異変が起きたのは、そのときであった。

 コックピットレーダーに、高速で接近する謎の機体が映り込み、機内に英語の警報が鳴り響く。


「なんだ!?」

「所属不明機です! 後方、六時の方向から!」

「このコード……軍用機か!?」


 ニアミスの距離で真下を通り過ぎた所属不明機は、新大阪空港に真っ直ぐ向かっているようだ。

 管制官の混乱した声がヘッドセットから流れてくる中、雲を貫いた所属不明機の尾翼には、クエレブレ帝国の赤い国旗が描かれていた。

 ――そして、さらに警報は続く。それは別のものであり、今度は橙色のランプが点滅する。


「この警報アラートは……落雷警報ライトニングアラートです! それも当機からのものです!」

「なんだと!? 管制官からの付近での雷雲の情報はなにもなかったはずだろ!?」


 飛行機が空港付近で着陸準備に入る状態となれば、空港の管制官から予め空港周辺の異常気象の情報が送られてくるのが通常であった。


「目視でもレーダーでも雷雲の確認が出来ません。それなのに、雷が、どこからともなく降っている……!?」

「オオサカエア――っ!」


 機長が通信機に息を吹き込んだ途端、今まで何事もなく管制官とのやり取りを可能にしていた、精密機械である通信機から、けたたましいノイズ音が聞こえてくる。


「電波が、死んでいる……」


 その状況で尚、前を行く見たこともない軍用機は、新大阪空港の滑走路に着陸しようと、可変式の羽を動かし、滑走路の上でホバリング運動を開始していた。

〜しっかり者に育ちました〜


「お父様っ!」

てぃえら

         「な、なんだい、ティエラ……?」

              しえろ

「また水道の水を出しっぱなしです!」

てぃえら

「大切な資源、節約を心がけてください!」

てぃえら

         「あはは……ティエラはしっかり者だな」

               しえろ

「笑い事ではありません!」

てぃえら

「こんな事では、国が傾いてしまいます!」

てぃえら

          「大丈夫だよティエラ」

                しえろ

          「この島は、海から見て、ちゃんと平行だ」

                しえろ

「そういう事ではありません!」

てぃえら

          「あ、あはは……。軽い冗談のつもりなのだけど……」

                しえろ

「お、お父様……」

てぃえら

           「苦労していたんだな……姫」

                るーな

「貴女がそれ言いますの……?」

てぃえら

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