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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
300マイルのカバジェロ
70/189

2 ☆

「無免許で公道を走るのは違法だから絶対に真似しないでね。あなたはくれぐれも気をつけて、セイジ」

                     しおん

 東京都内某所。各省庁のビルが立ち並ぶ、いわば国の中枢の場所に、光安本部ビルはあった。なずなが政権を獲得してから、かつて()()と呼ばれた組織の在り方は、大きく変貌していた。

 完全に警察という枠組みから独立した、薺が直々に命令権を持つ、実力組織であった。

 旧公安よりも更にその実態は隠されており、国民の中の大半が、光安という組織そのものを知らないと言う方が多い。

 彼らは今日もまた、薺が作る平和の日本の為、その名に光を宿しながら、暗躍しようとしていた。

 数百名は下らない人員が集う作戦本部には、病院の中で盗撮された金髪の少女の全身が、超巨大スクリーンに映し出されていた。その少女は右腕をバンドで固定した、隻腕の皇女。


『――作戦目標。クエレブレ帝国皇女、ティエラ・エカテリーナ・ノーチェの確保、暗殺だ』


 厳つさを全面に押し出すように、説明を続ける男の低い声が、ティエラを見る光安の魔術師たちの鼓膜を震わせる。


『この女は先月の七月七日、東京都内で起きた局地的落雷を起こした魔術師として、現在特殊魔法治安維持組織シィスティムの観察下に置かれている。病院での治療が終わり次第、処分を決めるそうだ』


 そこまで慎重に一人の少女を扱ったのも、やはり彼女の皇女と言う身分があるという事が大きいと、光安の男は言う。


『しかし薺総理はこの女こそ、この国の平和を脅かした存在として、極秘の抹殺を決定した。我々光安は隻腕の皇女――標的暗号名、妖精シャナ抹殺任務を実行する。以降抹殺対象の名はシャナと呼ぶように』


 金髪の乙女シャナ、と形容されたティエラに関する資料が、光安の魔術師たちの手元のデバイスへ、次々と転送されてくる。

 前述の通り、抹殺の相手は一国の皇女。一つでも間違えばそれは国際問題になる。そして光安の活動は、国民の目には極力触れられてはいけない。よって皇女の謀殺は、極秘裏に、何処の誰にも悟られることなく行われる。

 クエレブレ帝国には、皇女の死の知らせを偽装した形で通達する。


『現在シャナは、東京都内に住む一般人の家とその付近にある病院とを行き来している。我々光安は病院付近にてシャナを待ち受け、一旦身柄を拘束する。そして、搬送中の車内にて殺害を実行する』


 一見では簡単そうな任務。それはすでに、光安が何人もの政治犯や薺の意向に反する者――それらはすべて薺曰く、国の平和を脅かす存在として、抹殺して続けてきた過去がある。全てはこの国の平和とそれに連なる完全な魔法国家化の為。

 故に、今回も大儀はこちらにある。だからこそ、失敗は許されない。

 

『総員、気を引き締めて任務にあたれ。諸君の健闘を期待する。妖精の粉を、総理の元へと届けよう』


 そうした敬礼ののち、一斉に立ち上がった光安の魔術師たちが、ただ一人の少女抹殺の為に、動き出す。


                 ※


 ――同時刻、ヴィザリウス魔法学園、地下演習場。

急ぎの用件かも知れない。或いは、ただの暇つぶしの話し相手をさせられるか。五分五分の確率のまま、誠次は香月と共に八ノ夜はちのやとのリアルタイム通信を行う。

 隅のベンチの上から、じゃんじゃんと鳴るラスボス登場のテーマソング。そんな電子タブレットを取り、起動する。

 テレビ通話モードであった八ノ夜の上半身姿が浮かび上がったのは、すぐのことであった。


『すぐ繫がって良かった天瀬。香月もいるのか?』

「はい。今は海外ですか?」


 香月が誠次の肩に顔を寄せながら、八ノ夜に聞き返す。


『ああ。ただ、あまり時間がない。手短に、しかし確りと、聞いていてくれ』


 真剣な表情で話す八ノ夜の背後に靡くヤシの木の光景は、誠次にとってルーナとクリシュティナと百合ゆりと共に見覚えのある場所だった。おそらく八ノ夜は、ハワイにいるのだろう。


『ハワイと日本の時差はおおよそ19時間だ。こちらは夕方。そちらは昼過ぎで間違いはないな?』

「はい。正午を回ったところでしょうか」


 誠次は八ノ夜と会話する。やはり八ノ夜は、なぜかハワイにいるようだった。様子や姿を見るに、バカンスではなさそうだったが。


『よし。天瀬、今からとあることをお前に頼みたい。前もって言っておくが、それは激しい戦闘になる恐れがある。そして今回の一件は、お前とってハイリスクローリターンでもある。今までの比ではない難しい戦いになることも、覚悟してくれ』

「……」

『それを踏まえ、今から私が言うことをやってくれるかどうかは、お前に任せる』


 八ノ夜の言葉に、誠次は口を結ぶ。 


『この方は、クエレブレ帝国の現皇帝、シエロ・エステバン・ノーチェ陛下だ』


 八ノ夜が向こうでデバイスをずらすと、席に座ったアロハシャツ姿のエスパニョール系の欧州人が、そこにはいた。体格はあまり大きくはなさそうで、こちらに向けて手を振っている姿はとても一国の長には見られそうにない。


ノーチェ……」

『気付いているとは思うがこの御方は、ティエラ・エカテリーナ・ノーチェの実の父親でもある』


 八ノ夜は画面を自分の顔に戻しながら誠次へ話を続ける。

 

「ティエラさんの身柄の件についてでしょうか?」


 どうして八ノ夜とクエレブレ帝国の皇帝が共にいるのだろうかと考えたところ、そこにしか行き着く答えはなかった。だとしても、魔法学園の理事長が皇帝と共にいる事への驚きは、あった。


『ああ。本来、彼女の身柄は病院の許可が出次第、特殊魔法治安維持組織シィスティムに預けられることになっていた』

特殊魔法治安維持組織シィスティム……」


 誠次は眉間を寄せるが、八ノ夜は淡々と続けた。


『連中は腐っても司法組織だ。少なくとも取り調べはあくまで正当な手段で行われる()()()()()

「はずだった?」


 誠次の聞き返しに、今度は八ノ夜が眉根を寄せる番であった。


『光安だ。ティエラ・エカテリーナ・ノーチェの身柄を、光安が奪取しようとしているとの情報が、直正なおまさ氏より届けられた』

「光安がティエラさんの身柄を……?」


 昨年の秋に受けた光安による取り調べ紛いの拷問を思い出し、誠次は思わず、左手を頬に添えていた。あの時の痛みは忘れず、身体の奥底に残っている。


『現状の特殊魔法治安維持組織シィスティムは、光安の言いなりの状態だ。ティエラ・エカテリーナ・ノーチェの身柄は、ほぼ必ず光安に引き渡されるだろう。そうすれば彼女を待っているのは、過酷な拷問か、処刑か』

「な、なぜそんなことを?」

『光安を操っているのはなずなだ。そして薺は、国際魔法教会を心酔している。ルーナ・ヴィクトリア・ラスヴィエイトとクリシュティナ・ラン・ヴェーチェルの件を見ても、リジルという武器を渡した国際魔法教会が、ティエラに対し何もしないはずがない』

「しかし、ヴァレエフさんがそんなことを許しはしないはずですっ!」


 マンハッタンで対面した老王の厳しくも優しい表情を思い出し、誠次は思わず声を荒げる。

 しかし画面の先の八ノ夜はなぜか、複雑そうな表情を浮かべているのだ。


「……天瀬。私とヴァレエフ・アレクサンドル。……お前は、どちらを信じてくれるんだ?」

「……っ」


 その質問と、こちらを試すように見つめるサファイア色の目はいつだって卑怯だ、と喉まで出かかった言葉を堪え、誠次は黒い瞳のまま、俯く。


「俺は……っ」


 目をぎゅっと瞑った誠次の目の前に、寂しそうな表情を浮かべて立っていたのは、国際魔法教会本部で()()したヴァレエフの姿だった。そして、彼の後ろに見えるシルエットは、幼いころの自分の家族の姿。これは演習場が見せる、まやかしの光景なんかではないはずだ。

 誠次が驚いて立ち止まっていると、彼らは、くるりと振り向いて、遠ざかっていく。


「待って! みんなっ! 行かないでっ!」


 暗闇の中、誠次は咄嗟に左手を伸ばして彼らを追いかけようとする。


「俺を……置いていかないで……っ」


 必死にもがく誠次の後ろから、そっと伸ばされた手が、誠次の汗ばむ右手に添えられる。

 はっとなった誠次が振り向けばそこには、うんと頷く香月がいた。

 そのアメジスト色の瞳をじっと見つめた誠次は、落ち着いて頷き返す。


「……俺はいつだって、誰かを助けたり守ったりするために戦ってきました」


 答えを待つ八ノ夜の元へ、誠次はゆっくりと視線を戻す。右手には相変わらず、香月の白い手が添えられていた。自分が戦った結果、守れて、救えた人がいる。その為に戦うことは間違っていないはずだ。何よりもこうして傍にいてくれる香月を初めとした仲間たちの存在が、誠次の戦う意味となる。


「そんな自分を信じて、これからもそうしていきます。リスクもリターンも関係ありません。今は、ティエラさんを守ります」


 誠次のその言葉に、すぐ隣に寄り添うようにして立つ香月は、嬉しそうな笑顔を見せていた。


『ありがとう天瀬。そう言ってくれて、感謝する』


 早速だが、と八ノ夜は作戦を告げる。


『事態は一刻を争う。私たちの目的は、ティエラ・エカテリーナ・ノーチェをクエレブレ帝国へと送り返すことだ――』


 クエレブレ帝国皇女、ティエラ・エカテリーナ・ノーチェ()()作戦は始まった。まずは何よりも、光安より先に一刻も早くティエラの身を確保しなければならない。

 八ノ夜から作戦の説明を受けながら、誠次は魔法学園の階段をジャンプで飛び降り、昨年まで自分たちが使っていた教室がある、一学年生の学年階まで向かう。

 今現在病院にティエラがいるとは限らない。よって、ティエラの現在地を知るはずの少女、七海凪ななみなぎにティエラの居場所を教えて貰う必要があった。彼女との図書館での会話で、ティエラが実家にいるという事は知っていた。

 背中と腰に剣を装備した先輩が廊下を駆け抜ければ、後輩らは驚いて道を空けていく。

 後輩をかわしながら誠次が辿り着いたのは、この夏から七海凪が所属している陸上部女子の活動場所である、グラウンドであった。これもまた、図書館での会話で、本人が嬉しそうに「走れるようになったんです!」と報告してくれていた。

 今は曇り空であるが、真夏の日差しの陽気で外での活動など、地獄ではないのだろうかと思うほどの外気温の中、誠次は熱の籠るグラウンドに私服姿で足を踏み入れる。

 午前の部活だったのか、昼になり、今はハードル等の器具の後片付けの最中であるようだ。後輩である一学年生は、それらを率先して行う係だ。


「すまない。七海凪さんはいるか!?」


 誠次が大声で声をかければ、陸上部の女子たちは驚いた様子で、こちらを一斉に見つめてくる。


「――あ、天瀬先輩っ!?」


 周りと同じ練習着姿の七海は、ミニハードルを両手に、せっせと片づけを行っている最中であった。

 外に出る機会も必然的に増えているのか、ショートパンツと半そでから出ている肌は、やや小麦色に日焼けしている。

 誠次は七海の元まで近づくと、なぜか無意識のうちに、彼女が持っていたミニハードルを受け取っていた。


「こ、こんなところに、どうしたのですか?」

「驚かせてすまない七海。時間がない。ティエラさんの居場所を教えてほしい」


 誠次は説明もままならず、七海からティエラの居場所を聞き出そうとする。


「ティエラさん?」

「もしくは、ティエラさんへこちらから連絡は出来そうか?」


 誠次が問うと、七海は難しそうな表情を浮かべていた。


「ティエラさんの持ってきていたタブレット、なぜか使えないようなんです。今度私が新しいのプレゼントしようと思ってました」

(デンバコが使えない……。やはり、ルーナとクリシュティナと同じ状況か……!)


 心の中で誠次は呻く。まるで嵐の前触れのように、国際魔法教会から支給されたはずのティエラの電子タブレットは、使えなくなったようだ。確実に国際魔法教会は、口封じのためにもティエラを抹殺しようとしている。疑念は確信へと変わった。


「あの、ティエラさんなら、私の実家か、病院のどちらかにいると思います」


 気が付けば、七海が誠次の目の前に立ち、そう告げていた。

 誠次は頷いていた。


「なら、すまないが実家に連絡をしてみてくれないか? ティエラさんがいたら、代わってほしい」

「は、はい。部室にあるので、デンバコ取ってきますね、天瀬先輩」

「君の分の片づけは、俺が代わりにやっておこう」


 七海は急いで走りだし、グラウンドの敷地横に建てられている陸上部の部室棟へと向かっていく。

 その間誠次は、周りの女子に聞きながら、七海が行う予定だった器機の片づけを手伝っていた。

 少しして、七海は電子タブレットを耳にあてながら走って戻ってきていた。


「――そうなの!?」


 遠くから聞こえた七海の声音は、あまり芳しくはなさそうであった。

 誠次の元まで戻ってきた七海は、電子タブレットから顔を離し、申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「今さっきバスに乗って病院に行ってしまったそうです。一人で」

「……っく。間に合わなかったか!」


 状況的には、悪い流れであった。いつ光安の魔の手がティエラに襲い掛かるかも分からない状況で、ティエラを一人きりにするのは、非常にまずい。

 あせる誠次は「分かった」と告げ、七海に礼をし、足早にその場を後にしようとした。


「――あ、あのっ!」


 立ち去ろうとする誠次のレヴァテインが納められた背を、七海の声が呼び止めていた。

 

「どうした?」

「ティエラさんの身に……何か起きそうなんですか?」


 七海は不安そうな面持ちで、立ち止まって振り向いた誠次を見つめる。

 誠次は口を結んでから、黒目の視線を七海へ向け、慎重に口を開く。


「……彼女に危機が迫っている。一刻も早く、彼女の身の安全を確保しなければならない」

「そんな……」


 七海の青い瞳が大きく揺れ動き、彼女の動揺の大きさを表している。


「もはやこの国にいては、彼女の命の保証は出来ない。本国へと帰さなければならないんだ」


 説明している時間も惜しかったが、七海には、言っておかなければならないだろう。何よりもの。当事者として。また、何よりもの――、


「やっと友だちに、なれたのに……。遊ぶ約束とか、リハビリの手伝いとか、いっぱいしたのに……」

「七海……。辛いだろうが、これはティエラの為にもなんだ。……彼女はもう日本にはいられない」


 誠次も視線を落としながら、声を掛けていた。


「でしたら……私も、連れて行って下さい」

「なに?」


 視線を上げた次の瞬間には、七海は胸に手を添え、真剣な表情をしていた。


「足手纏いかも知れません……。でも、ティエラさんとこのままお別れなんて、したくないんです……。お願いします、天瀬先輩!」


 そうして、七海は深々と頭を下げる。


「七海、友を思うその気持ちは分かる。だが相手は光安と言う国家権力だ。君を不用意に巻き込むわけにはいかない。目をつけられれば、君も危険に巻き込まれかねない!」

「危険なのは、天瀬先輩だってそうじゃないですか!」


 七海は自分の胸に手をぎゅっと押し当て、誠次を見上げて言う。


「先輩と一緒でしたら、私どんなに危なくても平気です!」

「だが、今回は本当に危険だ……。作戦も急造のもので、上手くいくかは俺にも分からない」

「……でしたら、私は一人で病院に行きます」

「そ、それは……」


 誠次が狼狽するが、七海が止まる気はなかった。

 このはまるで、一年前の自分のようだ、と誠次は変に既視感のようなものを感じていた。


「と言うよりも、もう行きます! わ、私一人でだって、友だちは助けます!」


 ぷんすかと頬を膨らませ、七海は立ち尽くす誠次の横を通り過ぎようとする。


「わ、分かった七海! 一緒に行こう! 一人ではとても危険だ!」

「あ、ありがとうございます、天瀬先輩……」


 誠次が慌てて七海の後を追おうとすれば、七海はほっとなって全身の息を吐き出し、立ち止まる。

 本当は怖くて、恐ろしかったのだろう。事実、彼女の両足は震えてしまっている。

 それを敢えて指摘する必要もなく、誠次は七海の手を取る。


「ひゃっ。あ、天瀬先輩っ!?」

「こうなれば急ぐぞ。時間がない!」


 誠次は最後に「騒がせてすまない、失礼した!」 と言い残し、七海を連れたまま、陸上部女子たちが見守る中を走って去っていく。

 誰もがこの先輩剣術士と後輩魔術師の一幕を見つめていたため、しんと、グラウンド中が静まりかえってしまっていた。


 七海の手を取って走り出した誠次は、空いている左手で電子タブレットを起動していた。通信相手は、別で行動をしていた香月だ。

 すぐ後ろでは七海が息を切らしながら走っており、それでも立ち止まろうとはしていなかった。


「香月、そっちの準備は出来たか!?」

『ええ。出来ているわ』

「それと一つ、とても言い辛いんだが……」


 誠次はこちらをじっと見つめてくる香月と視線を反らしかけながらも、どうにか香月と視線を合わせる。


「なにかしら?」


 画面の先で香月が首を傾げる。


「……どうしてもティエラに会わせなくてはいけない人が一人いる。()()()()()()()()()、すまないが……」

「……」


 香月は一瞬だけ、悲しげに瞳を伏せるが、すぐに目を開けてくれた。


『……ええ、わかったわ。その代わり、約束して』

「約束?」

『あなたが守るべきものを守ったら、私の所に無事に帰ってきて。そしたら、二人でお出掛けするの。お洒落なカフェとか、お買い物をして、二人きりで楽しむの』


 つまりはデートのことだったが、具体的に語る香月のしたいことは、その三文字の言葉で納めるには、足りなかったようだ。


「……必ず」

「彼女さん……ですか?」


 後ろを走る七海が、だとすればと、申し訳なさ気に尋ねてくる。

 誠次は逡巡し、自嘲気味に、口を開いた。


「俺に彼女はいない。でも……大切だと思う人たちは、沢山いる。そんな人たちの期待には応えたくて、戦っているんだ」

「沢山の人からの期待なんて……私だったら、プレッシャーで押しつぶされちゃいそうです……」

「それが普通だ。俺だって、重圧に押しつぶされそうな時は沢山ある。余裕な時なんて一度だってなかったさ。でも、仲間がそれで喜んでくれるならば、戦う意義はある」

 

 ――例えそれが行く着く果てが、もはや自分の望む姿ではなかったとしても……。

 不意に自然と浮かんできた言葉を飲み込み、誠次は前を向いていた。

 やがて誠次と七海は、香月が待っていてくれた、学園のとある地下施設に到着する。

 灰色のコンクリートが照明を受けて広がるここは、魔法学園の教職員や来賓者が使用する用の乗用車が停まる、地下駐車場であった。並んでいる車を見るに高級車が多いことからも、魔法学園の教職員の懐事情の温かさが、如実に分かる。ビルのような棟の地下という事で、なんてことはない商業デパートの地下駐車場のような場所であった。


「天瀬くん」


 香月は、地下駐車場の奥の方にいた。

 

「香月、すまない。助かった」


 駆け寄った誠次へ、香月は微笑んで首を左右に振る。


「ううん。それよりも頑張って」


 続いて香月は、誠次の後ろに控えるようにして立つ、七海へ視線を向ける。

 七海は一歩前へと進み、申し訳なさそうに、頭を深々と香月へ下げていた。


「ごめんなさい先輩。私、どうしてもティエラさんに会いたくて……っ。本当でしたら、天瀬先輩のその、力になるんでしたよね……?」


 屋上で香月と同じく銀髪の少女、ルーナからの付加魔法エンチャント能力を受け取っている姿を見ていた七海は、そんなことを香月へ言う。


「ええ。でも、構わないわ。私も友だちと会えなくなるのは寂しく思うし、会って来て頂戴」


 頭を下げながら言う七海に、香月は優しく声を掛ける。


「その変わりに天瀬くんの事、お願いね。すぐに無茶をするから、その時はあなたが守ってあげて。追い詰められたりピンチになってきたら、高確率で魔法ちからを貸してくれっ、って決め顔で言ってくるから」

「おーい……。そこ馬鹿にしてないか……」


 しょんぼりと肩を落として、誠次がぼそりとツッこむ。


「そんな……私は足手纏いになってしまうかも……」


 自信なさ気に俯きかける七海の手を、香月は両手でとっていた。

 あっと驚く七海の目の前で、香月はアメジスト色の視線を向ける。


「貴女の事はルーナさんとクリシュティナさんから聞いたわ。とても勇敢で、勇気のある女の子。迷ったときは、どうか自分の魔法を信じて。魔法は夢を叶えるわ」

「……はい」


 気を引き締めた七海は、力強く頷く。


「安心してくれ。ティエラのことも七海のことも、俺が守る」


 誠次が張り切って言うと、香月はくすりと微笑んだ。


「ジンクスがあるとすれば、あなたが守ると言った人は、必ず守られることね」

「今は、それにあやからせてもらう」


 誠次も苦笑し、早速、香月が用意してくれた乗り物の隣まで歩み寄る。

 八ノ夜がティエラ救出の為に指定した乗り物は、八ノ夜の愛用の白いバイクであった。大きくてごつい車体では、二人乗りも不便はないだろう。

 ごくりと息を呑んだのは、後ろに立つ七海である。落ち着かない様子で、まさかまさかと誠次と香月の両者を交互に見る。


「こ、これに、乗るんですか……?」

「ああ。中学生の頃に一回だけ私有地で乗り方を教わったけど、本格的に運転するのは勿論初めてだ」

「え……」


 誠次も誠次で、不安がないわけではない。それでもティエラを救うためには、この馬を乗りこなさなければならなかった。


「一応聞きますけど、免許証とか、ないですよね……?」

「ああ、無免だ」


 その間にも誠次は、子供の頃八ノ夜に冗談半分で教わったバイクの乗り方を思い出しながら、シートにそっと手を添える。白い外殻に目立った汚れはなく、美しいフォルムはそこに跨がる者を待ち、静かに停車していた。初めてこれに乗った時は、この馬力に振り回され、よく怪我をしたものだった。

 そこから少し大きくなり、度胸も筋力もついた今ならば、少しはうまく扱えるはずだ。


「竜にだって乗ったんだ。バイクを乗りこなすのも、可能なはずだ」

「り、竜って……」


 バイクを眺めながらそんなことをしれっと言う誠次に、七海は絶句していた。


「ヘルメットは、一つしかなかったわ。あとはこのゴーグル」


 香月が差し出した白いバイクヘルメットとゴーグルのうち、誠次はヘルメットを七海へと渡していた。


「これは君が被っていてくれ」

「は、はい……!」

 

 両手でヘルメットを受け取った七海は、慣れていない手つきで、それを頭にすっぽりとはめ込む。

 等身的に見てもヘルメットは大きく重そうで、事実七海は「重たい……」と小声で呟いていた。

 その間、誠次はバイクに跨がり、ゴーグルを顔に嵌め、器機系統のチェックを行う。


「乗れそうか七海?」

「は、はい……!」


 七海は腰高のシートに跨がろうと、頑張って背を伸ばす。

 しかしどうにも苦戦しているので、誠次が手を差し伸ばし、七海の手を取って引っ張ってやる。


「確り掴まっていてくれ。急ぐからな」

「はい。失礼します……先輩……」


 七海は前屈みの姿勢で、誠次の腹に遠慮がちに両手を回し、脇腹付近を掴む。

 脇腹のこそばゆさを感じていると、次いで首筋にこつんと七海のヘルメットがあたる感触。七海の大きな女性らしさの象徴は、背中に装備したレヴァテイン・ウルの鞘がうまく受け止めてくれている。


「それから、これは私からのおまじない」


 香月がバイクに跨がるこちらを見つめ、右手で魔法式を発動する。

 その術式を見た誠次は、腰のレヴァテイン・ウルを引き抜き、その魔法式――付加魔法エンチャントの中央に入れる。


「セイジ……頑張って!」


 誠次をセイジと呼ぶ香月は、赤く染まった頬で力強く、こちらを見つめ上げていた。

 この力は、節約していかなければいけない。レヴァテインの時には出来なかった魔素マナ出力調整を、レヴァテイン・ウルの時には行い、誠次はレヴァテイン・ウルを再び腰の鞘へと納刀する。

 誠次の青い瞳もまた、ゴーグルによりうまく隠れていた。


「行ってくる。必ず帰ってくるよ」


 フルオートバイクを起動した誠次は、香月に微笑みかけると、そのままスロットルを開ける。


「ぐっ!?」


 想定していた以上の馬力を発揮し、八ノ夜のバイクは暴れ馬の如く、誠次の両腕から全身にかけて、果てしない振動と衝撃を与えてくる。


「ひゃあ……」


 後ろの七海は恐怖で何も言えないようだ。


「曲がれっ!」


 車体を傾けながらハンドルを捌き、バイクは高速で大きな旋回を開始する。暴れる車体を両腕に込めた力で無理やりにでも制御し、誠次と七海を乗せたバイクは、いよいよ地下駐車場の地上へと続くスロープを、駆け上がる。


「頑張って……セイジ。あなたが全てを守り終わるまで、ずっと待ってるんだからね……」


 青い光を残して旅立つ、白いバイクに跨った騎士の姿を、香月は期待と不安が入り混じった表情と声で、見送っていた。


挿絵(By みてみん)


付加魔法エンチャントver


挿絵(By みてみん)

~地獄耳竜、推参~


「先輩、竜さんに乗ったことがあるんですか?」

なぎ

         「ああ。七夕の前日にな」

                せいじ

「凄いです! 景色とか、どうでしたか!?」

なぎ

         「景色はいいけど、乗り心地はな……」

                せいじ

         「お世辞にもいいものじゃないぞ」

                せいじ

         「棘は刺さりそうだし、つるつるして滑りそうだし」

                せいじ

         「緊急時以外、あまりお勧めはしない」

                せいじ

「ホウ、随分ト言ッテクレルデハナイカ、小僧」

ふぁふにーる

         「ファフニール!? 一体どうしてここに!?」

                せいじ

「散飛ノ途中ダ」

ふぁふにーる

         「散飛中だったのか……!?」

                せいじ

「左様」

ふぁふにーる

「ソレヨリモ次ニ我ノ背ニ乗ル時ハ、覚悟シテオクガイイ」

ふぁふにーる

          「ファフニール冗談だ! 待ってくれファフニールっ!」

                せいじ

「竜ニ冗談ハ通用セン」

ふぁふにーる

「何ヲ隠ソウ、竜ダカラナ!」

ふぁふにーる

           「竜関係あるのかそれー!?」

                 せいじ

「さんひって、なんだろう……?」

なぎ

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