3
「ああ言ったバイクの名前だが……今咄嗟に付けた!」
みさと
七海家から病院へは、ティエラ・エカテリーナ・ノーチェは首都バスを使って一人で移動していた。
動かない右腕を見ても見られても、こちらも相手も互いに嫌な気分になると思うので、それは黒い私服の下に隠し、窓際の座席に座っていた。
時刻は正午過ぎ。バスは空いており、ティエラを含めて数名しか乗っていなかった。
「綺麗な街並みですわ……」
独特の四季の色々を映す無駄のない建造物の列。窓の外に広がる東京の姿を眺め、ティエラは思わず呟く。右側の座席に自然に座ったのも、動かなくなった右腕を隠す為の心理の現れだったのかもしれない。
「……?」
一般道路を走るバスのすぐ横に、先程からぴったりと着いてきている一台の車に、ティエラは視線を向ける。車内の様子はスモークで遮られ、誰が乗っているのかはよく分からなかったが。
妙な不気味さを感じ、ティエラはそこから視線を逸らしていた。
バスは、間もなく病院前へと、着く。そこでは無数の悪意が待ち構えていることなど、隻腕の皇女は露知らずに。
病院前に到着する前に、バス停をいくつか経由する。そのうちの一つにバスが停車すると、ティエラが座っている席の目の前のドアが開いた。バス停で待っていた利用客を中に入れるためだ。
「よいしょ、と……」
バスステップを上ってきたのは、大きな荷物を持った老婆であった。
苦戦しているようなので、ティエラは咄嗟に立ち上がり、荷物を持ち上げを手伝おうとしたが、動かない右腕を思い出し、思いとどまってしまう。
「手伝いましょうか?」
「まあ、ありがとうね」
最終的には、職場に向かうらしき青年がティエラの目の前で老婆に声をかけてやっており、事なきを得た。
「……」
青年と目が合ったような気がしたティエラは、左手で自分の右手をさすり、気落ちした面持ちで、再び席についていた。
※
「目標地点までの時間はっ!?」
『計算不能。法定速度を、大幅にオーバーしています』
ヴィザリウス魔法学園の敷地を抜け、誠次と七海を乗せたバイクは国道を疾走する。バイク備え付けのハイブリットナビは優等生すぎて、話にならない。前面シールドに投影されるマップも、バイクの速度に追いつけてはいなかった。明らかにこのバイクは、八ノ夜によって改造されている特別仕様である。
前髪の下の目立つ青い目をゴーグルで隠し、レヴァテイン・弐を納刀し、両腕で誠次はハンドルを押さえつけながら、後ろにいるヘルメット頭の七海へ大声を出す。大声でなければ、風の音でなにもかもがかき消される。
「七海! 俺の服の胸ポケットから、電子タブレットをとって起動してくれ!」
「は、はい!」
背中から誠次の腹部に両手でぎゅっと抱き着いていた七海は、手探りで誠次の腹と胸元に手を這わせ、胸ポケットに手を突っ込んでくる。そこからペンタイプの電子タブレットを取り出していた。
「暗証コードはっ!?」
「0558。ここはだ!」
「この数字、意味あるんですか!?」
「とある願掛けだ! 無くしてもまたすぐ見つけてくれるかもしれないとな!」
「はあ……」
七海は言われた通りに数字を打ち込み、誠次の電子タブレットを起動する。
「できました!」
「ありがとう! そのまま連絡先の欄から、八ノ夜理事長に繋げてくれ! ――曲がるぞっ!」
「きゃっ!」
誠次が運転するハイスピードのバイクが、道路に火花を散らしながら曲がる。
口元を歪ませる誠次に、七海はぎゅっとしがみついていた。
「……先輩って、二人乗り慣れていますか?」
「いいや。女性を乗せるのは二回目だ」
「それでも、慣れているみたいです……」
姿勢が安定してきたところで、七海の声が耳元で聞こえてくる。
「前は自転車で自然がいっぱいなところだったから、ギャップが激しいんだけどな」
まるで整列をしているように建ち並ぶ都会の高層ビル群が過ぎていく光景に挟まれ、誠次は呟く。
「わあ……。それって、素敵です!」
「でも、自転車でにけつは法律違反だぞ? いくら女性が後ろに乗るとは言え、俺は渋々だった」
「……くす。今も立派な法律違反だと思いますけど? 無免許にスピード違反も追加です」
「そ、それはそうだけど……」
「ごめんなさい天瀬先輩。今は、こっちに集中しますね!」
そうして、どうにか電子タブレットを八ノ夜と繋げた七海は、誠次の腹部からホログラムを出力する。
『乗りこなせそうか、天瀬?』
「こいつは相変わらずの暴れ馬ですが、なんとかっ!」
口を開くたびに、口の中の水分が一瞬で乾いてしまいそうなほどの風を浴びながら、誠次は答える。
『そうでなくては困る。安心しろ。美人魔女ナビゲーターがしっかりサポートしてやる』
「冗談を言い合っている場合ではないはずです!」
『中学生の時は転びまくって泣きべそまでかいていたのにか?』
「ちょっと!? 今それは言わなくてもいいはずではっ!?」
せめて後輩の前では格好いい先輩でいたいものであったが、思えば初めて図書館で出会った時から、七海とはへんてこな出会い方をしてしまっていたため、もはや意味もない。
「――先輩っ! 前をっ!」
ヘルメットで籠った七海の焦声をすぐ後ろから受け、誠次はすぐに前を向く。それは、まるで向こうから迫ってくるような錯覚だ。赤いランプを灯す赤信号が、待ち構えていたのだ。
「っち! 時間がないっ!」
ティエラ保護のため、一時も無駄には出来ない状況。法律違反ならば、無免許運転の時点で犯している。そこへスピード違反やヘルメット無着用。銃刀法違反にその他もろもろも追加していれば、もはやほぼ誠次の中で割り切っていた。
「……このまま行くっ!」
ならば、これから行うことは、もはや誠次にとって些細な迷いを覗かせる程度でしかなかった。
「行くぞ、レヴァテインっ!」
誠次は目元に装着していたゴーグルを額の上まで持ち上げ、青い瞳を光らせる。ゴーグルを装着したままの時間と空間の歪んだ青い世界では、行動に支障をきたしそうであったからだ。
続けて背中に装備しているレヴァテイン・弐の片割れを、背中に曲げた右腕で抜刀し、温存していた香月の付加魔法能力を使用する。青信号で都会の真っ昼間。当然、横断歩道は多くの人でごった返し、歩行者でさえ横切るのは困難な状態だ。
「香月っ!」
瞬間、眼前に広がった青の世界。車進行停止の赤いランプさえも青に見え、誠次はその指示に従うかのように、赤信号の道路を直進する。
「せ、先輩っ!?」
背後の七海が誠次の腹部で腕を結び、ぎゅっとしがみついてくる。彼女はもはや言葉にならない悲鳴を上げていた。
「確り掴まっていろ!」
人の群れの中。バイクが通れる僅かな隙間を選択し、針の穴に糸を通すような繊細な軌道で、誠次と七海を乗せたバイクはスクランブル交差点を駆け抜けていく。人々が近付くバイクを見て驚き、直前で身動きできずに硬直してくれるのは、誠次にとって幸いだった。
「え……。す、凄い……」
通り過ぎた交差点を二度見する七海からすれば、それは一瞬の出来事だったのだろう。無事に横断歩道を駆け抜けたバイクは、再び幅広な道路を、それでも速度制限を超過したスピードで、駆け抜ける。
『お、そうだ天瀬。そのバイクには名前がある』
「名前?」
(自称美人魔女)ナビゲーター八ノ夜が、思い出したかのように告げてくる。
『白ノ盾乙女だ。覚えておけ。略してブリュンヒルデでいい』
「それこれを運用するにあたって重要ですか!?」
『勿論だ。これから丸一日。目的地まで、およそ300マイルを共にする相棒だぞ?』
「……わかりました。頼むぞ、ブリュンヒルデ」
渋々であるが、誠次はブリュンヒルデにそっと声を掛けていた。
八ノ夜のバイク改め、白いブリュンヒルデは、誠次と七海を乗せて、東京の真昼の道路を駆け抜ける。
「病院はもうすぐだ。光安の手に渡る前に、なんとしてもティエラと接触しなければ。……平気か七海?」
赤信号直進から一言も発さなくなっている背後の七海へ、誠次は膨大な量の風を浴びながら、声を掛ける。風さえなければ、馬力に比べて驚くほど静音のブリュンヒルデは、会話の声量を抑えてでも聞こえるはずだった。
「七海?」
誠次が二度声を掛けると、放心状態だった様子の七海は、ハッとなって意識を取り戻す。
「は、はい……っ! 正直怖くて、顔上げられません。ごめんなさい先輩……」
「構うな。振り落とされないようにだけ、注意してくれ」
「はい! ちゃんとしがみつきます!」
身体を密着するように前へ前へと押し出し、七海は誠次にしがみつく力を更に強くする。そうでもしなければ、やはり吹き飛ばされてしまうほどの速度であった。
『おや? 後ろに乗っているのは香月ではないのか? てっきり先輩後輩プレイでもしてるのかと思ったが』
顔をすっぽりと覆うヘルメットを被っていたためか、香月と勘違いをしていた八ノ夜は、映像の中からでもこちらを覗こうと背伸びをしたり顔を横に傾けたりしているようだ。
「なんですかそのプレイは……。七海凪さんです」
レヴァテイン・弐を背中の鞘に納刀し、青い光を遮断するゴーグルを再び目元に装着した誠次が説明する。
七海は誠次の背中を這うようにしてどうにか顔を横に出し、八ノ夜に向け「こんにちは……」と小声で言う。
それを見た八ノ夜は、一瞬だけきょとんとしたような表情を見せてから、ほくそ笑んでいた。
『どうして君がそこにいるんだ?』
「ごめんなさい……。本当に乗るべきは、香月先輩だったかもしれません……。けれど、最後にティエラさんと会って話をしたくて……天瀬先輩に無理を言って……」
七海が返答する。
『ノーチェのことか。酷な話だが、ノーチェはもうこの国には……』
視線を落とす八ノ夜に同調し、ブリュンヒルデを駆る誠次も酷な現実に視線を落としかけるが、
「く、クエレブレ帝国に送り返すつもりでしたら、なおさらなんです。……こんな日が来るのは、私もどこかで分かっていました……けどっ」
七海は声を張り上げていた。ヘルメットのせいで、その表情は定かではないが。
「せめて……せめて最後に会って、ちゃんとお別れの挨拶がしたいんです。それで電子タブレットのメールアドレスを渡して、いつか……いつかお友だちとして、またやり取りがしたいんです! ティエラさんが、全ての罪を償い終えた後に!」
「……」
七海の心からの願いを、目の前の誠次はじっと黙って聞いていた。
八ノ夜もまた、何かを思うように、サファイア色の視線を落としていた。
『七海。今回の相手が誰だか、本当にわかっているのか? 連中は腐っても日本の国家組織だ。そんなのを相手にする危険性を――』
「覚悟はしています」
風を浴びながら答える七海は、誠次の腹部に回している両手に込める力を、強くしていた。
「私はもともと、あの七夕の日に八ノ夜理事長さんと天瀬先輩に命を助けられたようなものです。それが今では、陸上部に入って友だちと一緒に走れる足もあります。その恩を、ティエラさんを一緒に助けることで返したいんです」
七海の願いを聞き受けた誠次と八ノ夜は、しばし無言となる。
やがて、口角を上げた八ノ夜は、誠次を見た。
『……天瀬。やれるな?』
「……はい。分かっています!」
その言葉と共に、ハンドルグリップを握る力を、誠次は今一度強くする。
「ありがとうございます、天瀬先輩っ!」
「また赤信号だ。突破するぞ!」
「はい!」
誠次と七海を乗せたブリュンヒルデは、青い閃光を撒き散らし、人の群れの中心を突っ切っていた。
「もうすぐ病院に着きます!」
「よし!」
第一目標である、ティエラの保護。果たしてティエラはまだ無事なのだろうか。そう思っていると、ティエラの通う病院が周囲のビルをかき分けて、誠次の視界に姿を現していた。
「あれは……っ!」
同時に、息を呑む。白い外観の真下に広がる大型駐車場。そこへ、何台もの黒い車が停車しており、まるで何かの総会会場のように、同じような黒いスーツを着た大人たちが大勢、待機している。
誠次は思わず停車を戸惑い、ブリュンヒルデを加速させたまま、病院の前をひとまず通り過ぎる。
「凄い怖そうな人たちが、いっぱいましたね……」
「あれは全て光安だ。……すでに先を越されていた」
彼らはティエラの通う病院を調べ、すでに大勢の人員を配置させている。
忌々しげに彼らを睨んだ誠次であったが、しかし同時に、分かった事もあった。
「しかし、あれほどの人数でまだ病院に待機していると言うことは、まだティエラは光安に身柄を拘束されていないはずだ」
「なるほど。良かったです……」
背中にぴったりとくっつく七海が胸を撫で下ろす様子が、背中越しに鮮明に伝わってくるが、まだ安心は出来ない。
誠次は病院の周辺を大きく回るように左折を繰り返す。今は目立たないように、交通規制に従う自動運転に切り替え、ブリュンヒルデのスピードを抑えて。
「問題はここからだ。ティエラはまだバスに乗って移動の途中のはずだ。そのティエラを乗せたバスが病院に到着すれば、ティエラはすぐにでも光安によって捕らえられてしまうだろう」
「バス停は駐車場の目の前の道路にあります。到着すれば、まず駐車場で待ち構えていた人には気付かれてしまうはずです」
七海の説明を受け、誠次は逡巡する。つまりは現在バスに乗って移動中のティエラと、どうにかして病院に辿り着く前に接触しなければならない。
香月の付加魔法能力がある今ならば、強引に押し通ることも不可能ではない。しかし、ある程度の危険は伴う。
「――あ、あのバスでは!?」
七海が後方から指を突き出し、視界の真横から伸ばされたその先を、誠次は追って見つめる。
ティエラが乗っていると思わしき大型バスは、病院から二ブロック信号を挟んだところで、直進を続けていた。間もなく、病院の駐車場からもその姿が露わになる事だろう。バス停はすでに病院前までしかない。
あれにティエラが乗っている。確証したのは、そのバスの真横にぴったりとつき、まるで誘導するように並走している光安の車がいたからだ。
「すでに光安に見つけられていたか……!」
信号待ち間の真横の道路から、目の前を通り過ぎていくバスを見た誠次は、ブリュンヒルデを急発車させる。間違いなく奴らのプランは、病院前のバス停に停まったバスから降りるティエラを、直接確保するものだろう。
せめて赤信号でバスが一時止まってくれれば、その隙にティエラを保護できそうだが。
(すべて青か……っ!)
が、運は誠次に微笑んではくれなかった。病院方向の信号は軒並み赤から青に変わったばかりで、どう計算しても、病院まではスムーズに辿り着く。
「っく、こうなったら……! ブリュンヒルデ! 自動運転解除!」
『自動運転を解除します。交通規制に従い、安全運転を心がけましょう』
ブリュンヒルデのハンドルをしっかりと握る事により、切り替えが出来る手動運転に戻した誠次は、ナビゲーターの指示を早速無視し、アクセルを全開にし、ティエラを乗せたバスの横を猛スピードで通り過ぎる。――その瞬間、バス車内にいる窓際のティエラと目と目が会ったような気がした。彼女は、唖然とした面持ちで、口を開けてこちらを見つめていたようだ。
病院があるブロックの一つ手前の裏路地で、誠次はそこに隠すようにブリュンヒルデを急停車させた。
「君はここにいてくれ!」
呆気にとられた様子の七海を乗せたまま、誠次はブリュンヒルデから飛び降りる。
「天瀬先輩!? どうする気ですか!?」
ブリュンヒルデに跨ったまま、ヘルメット姿の七海が心配そうに聞いてくる。
「直接バスに乗り込む! 君は自分の身が危険だと判断すれば、ここからすぐに逃げてくれ!」
「直接って……向こうは動いてますよ!?」
「任せてくれ――っ!」
路地裏から走って表路地へ飛び出した誠次は、まだ人通りも多い白昼の中、背中と腰からレヴァテイン・弐を同時に抜刀し、連結させる。
「間に合えっ!」
すぐ真横にいた営業途中のサラリーマンが慌てて放り投げた鞄が、ごくゆっくりとした軌道を描いて、まるで無重力空間のように宙を舞う。
歩道の上を走りながら青い光を拡散させた誠次は、遅いながらも迫り来る走行中のバスへ向け、迷う間もなく車道に飛び出して向かう。バスのタイヤのわずかな汚れやシミが見える程度には、バスの速度は誠次から見て落ちている。
自分だけが速度の自由を許された青の世界の中で、高身長のバスの横に回り込み、そこから飛び跳ねながら、レヴァテインを透明な車窓に向け、振るう。先程通り過ぎた際に、この座席に人はいないことは、すでに確認済みだ。
レヴァテイン・弐の青い魔法の刃は、本来開けることを想定していないバスの分厚い車窓を、易々と突き破った。誠次は空中で身体を捻り、割った窓からバスの中へ、破片を飛び散らせながら飛び込む。
一回転をしながら車内に降り立った誠次は、ここで香月の付加魔法能力を一時的に切る。
通常通りのスピードに戻った車内では、茫然とした様子でこちらを見つめるティエラが、腰を浮かしていた。
「あ、あ、ありえませんわ……!」
「ティエラ! 君を迎えに来た!」
新手のバスジャックかと、疎らにいた他の乗客らが誠次を怯えた様子で見つめる中、誠次はティエラの元へ歩み寄る。
「な、なぜ貴男がここに……!? 窓とバス停を、勘違いしましたの!?」
唖然とするティエラは、まだ何が何だかよく分かってはいないようだった。
「何をしていますの剣術士!? 無茶苦茶ですっ!」
「運転手! バスを止めてくれ!」
ひとまずバスを止めようと、誠次は前方にいる運転手へ向け声を掛けるが。
「む、無理だ! 後ろと前を走る変な車が、このまま進めと!」
「なに……――光安かっ!」
どうやら、一般車両に紛れていた光安の覆面パトカーとも言うべき車両に、こちらの突入の瞬間が見られていたようだ。このままバスごと無理やり病院前まで運び、是が非でもティエラの身柄を確保する気でいるようだ。
ならばと焦る誠次は、戸惑うティエラの両肩を掴み、目と目を合わせて告げる。
「落ち着いて欲しい。時間がないティエラ。君の命は今、危ない状況に置かれている」
青い瞳で誠次が睨めば、ティエラは身体をびくりと震わせる。
「その目の色は……。いえ、どういうことですの……?」
それでも落ち着いてくれているのは、彼女の皇女としての素質か。ティエラは真剣な表情と紫色の瞳で、誠次を見つめ返す。
「君が本来取り調べを受けるはずだった特殊魔法治安維持組織に代わり、光安と言う組織が君の取り調べを行うことになった。光安は日本の国家実力組織ではあるが、犯罪者には過酷な拷問も辞さない連中だ。ましてや、リジルを扱った君は命の危険すらある。光安の指導者は国際魔法教会と繋がりを持っていて、任務に失敗した君を抹殺する可能性が高いんだ」
「あ、ありえませんわ! 国際魔法教会が、そのような事を……」
誠次に両肩を掴まれているティエラは、左手を口元まで持ち上げて、身じろぎする。
「俺も信じたくはない……。しかし、前例があるんだ。国際魔法教会はともかく、光安は信用できない! 俺も奴らによる拷問は受けたし、何度か戦闘も行った。このままでは君の命の保証はされない。俺は君を守りに来た。一緒に来てくれ!」
前と後ろをぴったりとついた光安の車両によって強制的に進むことを余儀なくされ、揺れ動くバス車内でまた、ティエラの瞳も大きく揺れ動く。
「は、放しなさいっ!」
だが、ティエラは誠次の肩を掴む両手を、無理やり引き剥がしていた。
「ティエラっ!?」
「わ、私には責任があります! どのような罰も、それは私の犯した罪の報いとして……甘んじて受け入れますわっ!」
「なんだと……? このまま死んでも構わないと言うのか!?」
「それでこの国で私が犯した罪が償えるというのであれば、私は自分の命をも差し出す覚悟です!」
迎えに来た誠次から距離を取るように、ティエラは後退って言う。
「君の死が償いになると言うのかっ!?」
誠次がそう叫び返せば、ティエラは身体をびくんと震わせて、思わず後退る。
怒鳴ってしまった誠次は、相手の身分を咄嗟に鑑みて、しかし焦る思いで言葉を振り絞る。
「確かに貴女が犯した事件の重大さは大きい。命の危険だった人もいる。だが、自分が誇り高きクエレブレ帝国の皇女だと言うのならば、帝国で待つ人々の為にも……何よりもあの日に君が犯した事件によって傷ついた人のためにも、生き続けるべきだ。今貴女の死を望んでいるのは、貴女を上から操っていた者たちだ。そんな奴らの為に貴女が死ぬことはない! これは償いの賜死などではなく、無意味な惨殺だ!」
「で、ですが私はあの天の川の日に貴男の身をも危険に晒しました! そんな貴男にまたしても助けられる資格など、私にはありません!」
瞳をぎゅっと瞑ったティエラは、首を左右に振るう。
そんなティエラに、誠次は諦めずに揺れ動くバス車内で近づき、彼女の肩に再び手を添える。
「クエレブレ帝国皇女っ! 運命に抗ってまだ生きたいか、なにも成すことなくこのまま死にたいのか、今はただ素直な自分の心に従え! 俺だって、これは自分の心に従って選択した行動だ。貴女のような女性を、光安なんかによって拷問をされたり、殺させたくはなかった!」
もはや身分も立場も、プライドも恥も、過去の遺恨でさえ忘れて。そう言った誠次がティエラを見ると、その奥の席で座っていた若い男性が、攻撃魔法の魔法式を展開している光景が見えた。
「させるか!」
誠次は咄嗟に右腰のレヴァテインを引き抜くと、ティエラ越しにそれを投げつけ、男の右肩に突き刺す。
「ぐはっ!?」
「治癒魔法で治療しろ!」
すでにバスの中に追っ手はおり、ティエラ確保の機会を窺っていたようだ。時間はない。
ティエラはと言うと、先程のバス停で老婆を手伝っていた男のまさかの正体に、青ざめた表情をしていた。
「ティエラ・エカテリーナ・ノーチェ。これが最後のチャンスだ。俺と一緒に逃げてくれ! そして、君は生きてクエレブレ帝国へと帰るんだ。シエロ・エステバン・ノーチェ皇帝陛下も、それを望んでいる!」
「お、お父上が……っ!?」
驚いたティエラは左手を持ち上げ、胸に添える。
「この救出作戦は、貴女のお父上の意思でもある。俺は貴女のお父上の意志をも尊重し、貴女を救うと決めた」
「でも、この国の国家組織を相手にするなんて……貴男が……っ」
「心配するな。相手の強大さも知っている。逃げるのは容易ではなく、これは楽な戦いではない……それでも今はただ、貴方を俺に守らせてくれ」
「私は……っ」
尚も迷いを見せるティエラであったが、その時。不意にバスが急停車し、大きな振動が起きた。
「きゃあ!?」
棒立ちだったティエラはバランスを崩し、踏ん張っていた誠次の元へ倒れ込んでくる。
「っ!?」
誠次はティエラを受け止め、背中からバス座席間の通路に倒れていた。
痛みから瞑っていた目を開けると、至近距離でティエラの目と目が合う。
「あ、し、失礼しましたわっ!」
慌ててがばっと上半身を起こし、ティエラは誠次の身体の上から立ち退く。
誠次はすぐに立ち上がり、「こちらこそすまなかった!」と言い、バスの運転手の元へ急いで向かう。
「運転手、一体どうしたんだ!?」
「ヒィっ! ま、前の車が、急に止まったんだっ」
(窓を突き破って中に突入してきた誠次にも)怯えるバスの運転手が、切羽詰まった様子で言っている。
「なんだと? まだ病院には着いていないはずだ!」
訝しむ誠次は運転手が座る運転席のすぐ横に歩み寄り、そこからバスの大きなフロントガラスを覗く。
確かに、目の前を走っていた一般者風の光安の車両は、道路の途中で止まっている。病院が見える、少し前で。
病院まで誘導せずに、ここで捕らえる算段かとも一瞬思ったが、それは違った。光安の車両の更に先に、一つの人影が立っていたのだ。
「な、七海!?」
「――危ねえだろうがテメエ! 何考えてやがる!?」
光安の車両より、運転席から私服姿の男が窓から身を乗り出し、道路の上で立ち塞がったヘルメット姿の七海へ罵声を浴びせる。
七海は罵声にびくりと身体を震わせながらも、道を譲ろうとはしなかった。
「ご、ごめんなさいっ!」
「ごめんですんだら警察いらねえわあほんだら!」
「ナギがいるのでして!?」
ティエラも誠次の背後までやって来て、共に一人の少女の姿を見る。
「運転手、ドアを開けてくれ!」
「あ、ああ……」
「すまなかったな。俺が割った窓の弁償金は、ヴィザリウス魔法学園八ノ夜理事長あてで請求してくれ。馬鹿弟子がまた一つやらかした、とな」
バスの後ろの方へ向かい、投げつけたレヴァテインを出血している男から回収した誠次に、運転手は恐怖からか、言われた通りバスの前方ドアを開ける。
ぷしゅう、と言う音と共に、ドアは開き、誠次はティエラを促した。
「七海は君と話すために俺と共に来た。彼女と話してやってくれ」
「でも、光安と言う組織が前と後ろの車に……」
「奴らは俺に任せろ。君は行け!」
二人の邪魔はさせないと約束し、誠次とティエラは共にバスの外へ出る。
すると、それを見たのか、憶測通りバスの前と後ろを挟むように緊急停止していた車から、それぞれ二人づつの計六人の男が、一斉に飛び出した。
「走れティエラ!」
誠次はティエラの横を併走しながら、腰と背中からレヴァテイン・弐を抜刀し、一時的な二刀流となって、前後の光安の男らに片方ずつを向ける。
「ティエラは殺させない! 二人の邪魔をするなーっ!」
叫んだ誠次がレヴァテイン・弐から放った青の光が、男たちを歪んだ時間の世界へと誘った。
ティエラはその隙に、光安の真横を通り過ぎる。
「お、追いかけて来ないのですの!?」
走り続ける光安を振り向き、驚くティエラであったが、光安らが見ている世界では、きっとまだティエラは目の前を走っている光景が広がっているのであろう。
「ティエラさんっ!」
顔にすっぽりと嵌まったヘルメットを空ける間もなく、七海はバイザーを持ち上げ、上がる息でティエラの元まで駆け寄る。
ティエラもまた、七海と左手を合わせて立ち止まった。
「ナギ! 貴女まで来て……私は本当に……」
「ティエラさん。ティエラさんは今、とても危ない状況にいるんだって!」
噛みそうになりながらも、七海は必死に言葉を紡ぐ。
「だから、どうか天瀬先輩と一緒に逃げてください!」
七海は汗ばんだ髪がヘルメットによって挟まった顔を上げ、ティエラの揺れる紫色の瞳をじっと見つめ返す。
「私は、そんなティエラさんの事が大好きで、大切なお友だちだって思ってます。だから、だからこそ、生きてクエレブレ帝国に帰って下さい! そして全てが終わったら……それはいつになるか分からないけどきっと! きっと! また遊ぼうねっ!?」
なぜか泣き出しそうになってしまって、七海は、早口で言い切る。
しかしそれは、ティエラも同じだった。
「ナギ……っ。私は……この国で貴女と出会えて……本当に良かったです……っ」
紫色の瞳を潤わせ、声にならない気持ちを押し出そうと、首を左右に振る。
「時間がありません。天瀬先輩と一緒に早く! こっちです!」
顔を引き締めた七海は、ティエラの左手を取り、ブリュンヒルデが止まっている路地裏へ向けて走り出す。
一方、ようやくティエラが七海と再会した瞬間まで時が追いついた光安らは、慌てて振り向き、ティエラの身柄を拘束しようと一斉に向かおうとするが。
「行かせるか!」
誠次は光安らの背を一気に追い越し、目の前に立ち塞がる。
彼らからすれば誠次は、一瞬で目の前に現れたかのような錯覚を受けるものだ。
「っく……おのれ剣術士! またしても我々に立ち塞がるつもりかっ!」
先頭の光安の男が、誠次目がけて属性攻撃魔法を展開する。
赤い魔法式が、男の持ち上げた右手から生まれ、円形の線を描いていく光景がスローモーションで見て取れる。
誠次はすぐに左手のレヴァテインを右腰の鞘に収め、男の懐まで接近。魔法式を作り出す右手を掴み挙げ、足をかけて男を転倒させ、アスファルトの上で組み伏せた。
「なっ、何が起こった!?」
気付けば天を見上げていた男は、遅れて感じた背中の痛みに絶叫する。
続けて向かって来ていた男の腹を誠次は右手のレヴァテイン・弐の柄でうち、怯ませ、背中を叩いて地面に倒す。
「我々の治安維持行動の邪魔をするつもりかっ! 剣術士め!」
「――っ!」
さらに向かってきた男の拳を一歩引いて躱し、反撃にその手を掴んで引き寄せた誠次は、男の関節を逆の方向に曲げて抑え込む。
「人殺しをする治安維持だと!? ふざけるな!」
「この国に仇す犯罪者に、もはや人権などない! あの女は犯罪者だ!」
見れば、バスの後方に停車した車から降りた光安の男ら残り三名が、一斉にこちらに魔法式を向けている。
誠次は「治癒魔法で治療しろ!」と叫びながら、拘束していた男の腹部へ膝蹴りをし、地面に倒す。そして、すぐに三人の男へレヴァテイン・弐の刃を向ける。
「止めておけ! 魔法文字を一つでも打ち込んだ場合、貴様らの右手は斬られる事となる!」
腰からもレヴァテイン・弐を抜刀した誠次は、両手を合わせて剣を連結させ、威嚇した。
「構うな、撃て!」
誠次によって倒されていた最初の男が仲間らに指示を出す。それを受け、光安らは一斉に魔法式に魔法文字を打ち込み始めた。
「警告は、行った――!」
それを確認した誠次は、軽く息を吐き出し、男らへ向け突撃する。
まずは苦もなく右端の男の右腕を浅く斬り上げ、真ん中の男は素通りし、左端の男の右腕をも斬り降ろす。青い燐光が残光でもって軌道を描き、誠次のとった行動を八の字で宙に描いていた。
双方からの出血を確認した誠次は、改めて真ん中に立つ男の背後に接近し、香月の付加魔法能力を一時解除する。
世界は青から、正常に戻る。
「――下手に動くな。左右を見ろ」
「えっ、な、なんだと!?」
元の世界へと戻り、頬に一筋の汗を流す男の視線が、右と左を交互に行き交う。
「な、なんだ!? 痛いっ!?」
「手が、いつの間にっ、斬られっ!?」
そこでは、誠次によって右腕を斬られた男が二人とも悲鳴を上げ、右腕を抑えて蹲る光景があった。諄いようだが、誠次が背中にレヴァテインを添えている男にとっては、一瞬のうちに味方が二人とも斬られ、その人斬りがすぐ後ろで剣を背中に添えてきていると言う状況だ。
「いくつか質問に答えてもらう。正直に答えてくれ。俺には思考を読み取り、嘘をも見通す力がある。少しでも詭弁を述べれば、貴様も周りの男と同じ運命……いやそれ以上の苦痛を味わうと思ってくれ」
「わ、分かった……!」
完全にこちらに戦いている男に、誠次がついた嘘は簡単に通用していた。
「貴様らは光安で違いないな?」
「ああ……」
男は両手を頭の上まであげ、無抵抗の意を示している。
「クエレブレの皇女の身柄を拘束し、その後はどうする気でいた?」
「そ、それは……」
「答えてくれ」
首筋に顔を寄せた誠次が耳元でぼそりと声を掛ければ、男の全身は震えていた。
だくだくと流す汗をアスファルトに落としながら、男は震える声で答える。
「……クエレブレ帝国皇女は、我々の車で搬送の途中、不慮の事故により死亡するシナリオだ……」
「搬送中の事故を装った抹殺だと……? 取り調べも、行わないのか……!?」
これにはさすがの誠次の動揺を隠しきれず、思わず身じろぎする。
ティエラが起こした七夕の雷事件の件などもはや関係なく、これは一方的な口封じのための謀殺作戦であったのだ。
「こんな作戦……誰が命令した!?」
「……光安は例外なく、薺総理のご意向の元、任務を実行する」
「薺紗愛……っ」
かつて北の大地で出会った幼女姿の彼女を思い出し、誠次は歯軋りをする。
「何故総理はティエラ・エカテリーナ・ノーチェの命を狙う?」
「し、知らない……。俺たちはただ、クエレブレ帝国の皇女の身柄を捕らえ、抹殺せよと指令を受け取っただけだ! 妖精抹殺が、我々の任務だっ!」
「シャナだと……? ――っく!?」
気付けば、左右の男らが治癒魔法を右腕に施し、再び立ち上がろうとしている。タイムリミット、であった。
「両手を頭の後ろで押さえて、地面に伏せろ!」
光安の男は誠次に言われた通り、地面にうつ伏せで倒れ込む。
そこから誠次は無言で、逆手に持ったレヴァテイン・弐の刃を、男の背中に突き刺す。
「ぐあっ!?」
「安心してくれ。斬りどころは悪くはない。落ち着いて、治癒魔法で治療しろ」
誠次はその隙に、急いでティエラの元へ戻ろうとするが。
「……あ、足掻いても無駄だ剣術士。妖精抹殺のため、すでに光安は包囲網を敷いている。犯罪者風情が逃げ切れると思うな……。お前が何処へ行こうとも地の果てまで追いかけ、必ずお前を追い詰めるだろう……!」
うつ伏せで倒れたまま、男が恨み節を効かせて叫ぶ。
「地の果て、か……。……それならば、まだ逃げ場はある」
誠次はほくそ笑み、青い光を撒き散らしながら、その場を離脱する。
二人はすでに、ブリュンヒルデを停めてある路地裏に向かったようだ。
「二人とも無事か!?」
ビルの角を走って曲がり薄暗い路地裏に到着すると、誠次は思わず足を止める。
「な、何をしているんだ二人とも……?」
そこでは、ティエラが七海の魔法学園の夏服を、七海がティエラの私服を着替えた後であった。
誠次は驚きながらも、二人のすぐ近くに停めてあるブリュンヒルデの元まで駆け寄る。
「む、昔読んだおとぎ話で、犯人がすり替わる時に、こうして服を交換していたんです。これで少しでも時間が稼げればと、思いまして……!」
七海は赤く染まった顔で誠次に向けて言う。二人とも服のサイズは同じくらいだったようだ。
「そんなことをすれば、君が危険だぞ!?」
「私以上に、ティエラさんと天瀬先輩の方が危ないですから、私にも、これくらいは出来ます!」
背中のファスナーを持ち上げ、ティエラの私服姿に着替え終えたヘルメット姿のままの七海は、バイザーを下ろす。さすがに白地のガーターベルトまでは交換できなかったが、身長以外の体系は似通っていた二人は、遠くから見ればそれっぽくは見える。身長の方も、七海はヘルメットを被ったままで、ちょうどいい高さになっている。
「君は、やはり勇敢な女の子だ」
ブリュンヒルデに飛び乗るように跨がりながら、誠次は七海を見つめて言う。
「いえ。天瀬先輩には、まだまだ及びませんけど……」
それでも七海は、勇気を込めるように、胸に手を添えて深呼吸をしていた。
「でも私も、天瀬先輩みたいに誰かを助けられる人になりたいんです。私はこれからまた路地に飛び出して、光安の注意を出来るだけ引きます。天瀬先輩とティエラさんは、その隙に逃げて下さい」
「ナギ……」
七海の私服に着替え終えたティエラは、七海の元へ駆け寄り、左手を腰へ回してぎゅっと抱きつく。
「貴女の事は、絶対に忘れませんわ。帝国に戻って、この身の罪を償い終えたらその時は、絶対に貴女の元へ第一に向かいますわ」
「うん……。そしたら、一緒に遊ぼうね、ティエラさん」
「はい! 必ず!」
最後に……いや、必ず再会するためにも、約束の抱擁を力強く交わし合う、七夕の日に出会えた二人であった。
二人のそれを見守っていた誠次は、そっと声をかける。
「七海。光安は危険だ。危なくなったらすぐに逃げるんだ。人目に付く場所ならば、さすがに光安も表だって暴力は振るえないはずだ」
「は、はい……。そちらこそ、どうかお気をつけて!」
七海はヘルメットで重たそうな頭を、深く下げていた。
「皇女。手を」
ティエラはそう言った誠次に向けて左手を伸ばそうとしたが「その前に」と、改めて誠次に頭を下げる。
「またしても私の命を救っていただき、感謝いたします、天瀬誠次」
「こちらこそ、先ほどからの皇女相手の無礼をお詫びする」
嫌味でもなく、相手が一国の皇女であることを、誠次はたびたび思い出してしまっていた。
しかしティエラは、くすりと微笑み、首を左右に振る。
「構いません。同い年ですし、ティエラと、また呼び捨てで結構ですわ」
「ありがとう。では生きるために、協力し合おう。戦いはまだ始まったばかりだ」
「……お願いしますわ、誠次」
ぎゅっと、互いの手と手がようやく繋がる。――それは騎士と姫、ただただ人を救いたいという正義の思いと、まだ生きて己の使命を果たしたいという高貴の思いが、繋がった瞬間だ。
七海の私服姿のティエラが差し出した左手を、ブリュンヒルデに跨がった誠次は握手をするように取り、彼女をシート後部へと引き上げる。
ティエラは長い足をブリュンヒルデに跨がらせ、左手だけを誠次の腹部に回していた。しかし、どうしたものかと細長い指は、誠次の腹部の前でくねくねと。
「えっと……」
「遠慮しなくて良い。左手だけなんだ。ぎゅっと掴まっていないと、振り落とされる。こいつはじゃじゃ馬がすぎるしな」
「こ、心得ましたわ……。し、失礼いたします……」
ぎこちなかった左手が力を帯び、誠次の腹部を脇腹に駆けてぎゅっと抑え込む。
一方で、七海とはここでお別れとなる。
「ここまで一緒に来てくれてありがとう七海。助かった」
「そんな……。私こそ、ありがとうございました!」
「どうか気をつけてくれ」
「はい。私、天瀬先輩と一緒にティエラさんを助けるために行動できて、光栄でした!」
七海はそう言い残し、先に一人で路地を飛び出す。
「あの娘は、とても勇敢で優しい素敵な人ですわ……。力に溺れた、私とは違って……」
彼女の後ろ姿を見つめ、ティエラは後悔しているように、背中から呟く。
「……俺も見習わないとな」
またしても多くの人を斬った感触を重く残す右手の拳をぎゅっと握り締めてから開き、誠次はそう呟いていた。
――……今は、前に進まなければ。
「――いたぞ! あの服だ!」
「――一人か!?」
「――こっちだ!」
やがて、先程誠次と対峙していたと思わしき追跡組の光安の男らが、誠次とティエラが乗ったブリュンヒルデが隠れる路地裏の先を、横切っていく。七海が向かった先は、病院側のようだ。
「よし! 七海が作ってくれたこの隙に行こう」
「本当にナギは、あのままで大丈夫ですの?」
ブリュンヒルデのスロットルを開ける直前、背後のティエラが心配そうにそんなことを言う。
再び目元にゴーグルを装着した誠次は「大丈夫だ」と告げる。
ゴーグルが覆った視線を見上げた先は、かつて七海が通ってもいた病院のとある一室。そこでただ一つ開いていた窓の奥で、きらりと光るものがあった。
(頼むぞ……!)
誠次はそれをじっと見つめてから、深く頷く。
光はぱちぱちと瞬き、返事をしてくれたようだ。七海は、これで安全だろう。
「行こう。妖精の話の詳細は、走りながら説明する」
「ふぇありぃてぃぇる?」
ティエラにスペイン語訛りで聞き返され、誠次はややぎこちなく、ゴーグル下の口角を上げて微笑んでいた。
「君の護衛作戦。名付けて、フェアリーテール作戦。今しがた、付けさせてもらった」
「ではどうかお願いいたしますわ、天瀬誠次。祖国クエレブレへの帰還の為。ふぇありぃてぃぇる作戦をお願いいたします!」
ぎゅっと、背中に密着したティエラの全身の熱を感じ取る。言いづらそうにではあったが、こちらに合わせて言ってくれたことは、なんだか少し嬉しかった。
誠次は両手でブリュンヒルデのハンドルを握り締め、頷いた。
「七海の思いを無駄にはしない! 君を必ずクエレブレ帝国へと送り届ける!」
目的地までは東京から300マイル。ブリュンヒルデに跨った誠次と隻腕の皇女ティエラ対、光安との300マイルに渡る全面対決が、始まった。
~俗に言う? ハムスターの頬袋現象~
「ティエラさん!」
なぎ
「ナギ!」
てぃえら
「お別れの挨拶が言えてよかった……」
なぎ
「今、ヘルメットを外しますね」
なぎ
「私も、とても嬉しいです……」
てぃえら
「よ……む……むぐ……」
なぎ
「う……痛っ」
なぎ
「な、ナギ?」
てぃえら
「……ヘルメット……外れないです……」
なぎ
「光安ちょっとタイム!」
せいじ
「この娘のヘルメット外すのを手伝うんだ!」
せいじ
「なんだと!?」
こーあん
「早くしろ剣術士!」
こーあん
「さっきの位置覚えておくからな!」
こーあん
「ちゃんとそこからやり直しだぞ!」
こーあん




