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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
300マイルのカバジェロ
69/189

1

「やはり俺に黒いものは相性が悪いみたいだ……」

                       せいじ

 八月の中頃になった。八月いっぱいまでとなっている魔法学園の夏休みも、後半戦に突入している。

 四〇度を今日も平気で超えていく猛暑日では、今日も魔法学園の冷房設備の有難みを感じざるを得ない。

 ましてや、男が四人も揃っている魔法学園の一室の中では。


「どうだ、いけそうか天瀬……?」


 ヴィザリウス魔法学園の男子寮棟の一室。中腰の姿勢で床を睨む天瀬誠次あませせいじに声をかけるのは、同じクラスの男子、神山かみやまであった。


「……っく。手強てごわい!」


 誠次は部屋の中でレヴァテイン・ウルを構え、油断なく辺りを見渡していた。

 今回の敵は、この神山たちが寝泊まりする寮室の中にいた。構造自体は誠次たちの部屋と同じなのであるが、なにぶんものが散らかっており、全体的に片づけができない印象だ。脱ぎっぱなしの服は散らかっているし、お菓子のごみも床の上に落ちていたりしている。掃除機もかけていないのだろう、隅にはほこりやなにかが積もってしまっている。

 そう。この環境とはつまり、にとってはまさしく天国パラダイスのようなもの。

 黒光る滑らかな楕円形のフォルム。それはあまりにも素早く、一つ一つが動いているのかさえハッキリとしないが、高速移動と壁への張り付きを可能にする屈強な六本の足。危機察知能力を限界まで高めた、胴体に勝るとも劣らない長い二本の触覚を宿した、アイツだ。

 男子寮棟の廊下を歩いていた誠次に、部屋から飛び出してきた神山が、その討伐を依頼してきた。彼は泣き顔で、寮室移動の際の掃除をしていたら、出てきたとのことであった。


「ヒィィィィィッ!」


 神山のルームメイトであるぽっちゃり男子、三ツ橋みつはしは、二段ベッドの上に飛び乗ったらしい。普段はそんなことなど体育の授業でも全くできていない彼であったが、人間追い込まれればきっと高く飛翔することだって可能なのだろう。

 ――奴のように。


「ゴッフィー岡本ーっ! 大丈夫かーっ!」


 そしてもう一人のルームメイトが、北久保きたくぼである。彼は奴が地面を張っているという状況にも関わらず、必死に水槽の水を取り替えようとしている。どうやら、夏のサッカー部の大会でしばらく留守にしてしまっていたらしい。試合には一つも出られなかったようだが。


「素早い! 奴はどこだ!?」


 一瞬で物が積み重なった箇所の影に隠れられ、誠次は奴を見失う。


「頼むぞ天瀬! お前のその剣は、奴を斬るためのものだ!」

「いいや違う! 俺のレヴァテインは、仲間を守るためのものだ! 決して命を奪うようなものでは――っ!」


 そそそ……っ。

 部屋の隅で片足立ちをしている神山にそう叫び返した誠次の足元に、なにか、くすぐったいような感触があった。

 恐る恐る足元を見れば、奴の二本の触覚が、誠次の私服の半ズボンから覗く足にちょんちょんと、「こんにちわ!」していた。


「貴様ーっ! 治癒魔法の用意は出来ているかーっ!?」


 途端、レヴァテインを床に向かってぶんぶんと振り回す誠次に、三ツ橋が「落ち着くのだ天瀬っ!」と声を張り上げる。

 

「――何度もノックしたんですけど、まだですか?」


 がちゃりと、部屋のドアが突然開いたかと思えば、そこから入ってきたのは、移動がスムーズに行われているか確認する係でもあった、生徒会執行部会計の水木みずきチカであった。

 奴は、新鮮な風の気配でも感じたのか、玄関に向かってカサカサカサカサと移動を開始する。


「は、駄目だ!」


 我に戻った誠次が慌てて奴を追いかけるが、ご存知の通り一度命の危険を感じた奴のスピードとは、まるで天からの加護を受けているかの如く、素早い。

 どうあがいても追いつける間合いではなく、黒光りの奴は、玄関で立ち尽くす水木に向かって猛スピードで向かっていく。


「え、ひゃ、ちょっと嘘っ!?」


 高速で接近する奴に、折り畳み式デスクトップパソコンを手に持つ水木は、硬直する身体で動けないでいる。

 

「逃げろ水木!」

「きゃあああああっ!」


 叫ぶ誠次の後ろで、なぜか女性のような悲鳴を上げて顔を覆いだす神山。


「フ。……どうやら、ここまで、か」


 一方で自身の身から脅威が去ったことを悟った三ツ橋は、汗ばんだ顔に張り付いた前髪を、さっと手ではらってため息をつく。


「な……っ」


 動けないでいる水木の目の前まで到達した奴が、飛翔の為に一瞬だけ姿勢を屈めたその直後、頭上から降り注いだ四角形の立体物が、その儚くも多くの人間を苦しめた生涯に、終止符を打った。


「よいしょ、と。水槽に水溜めすぎて重たかったから、ここでちょっと休憩するわ!」


 水を満タンまで入れた水槽を置いた、北久保の一撃であった。

 

「嘘ー……」


 立ち止まり、誠次はなにか虚しい思いで、水槽の下から延びる触覚がぴくぴくと動き、やがて止まるのを見つめていた。


「あ……」


 水木も、ようやく我に戻ったようで、じっと北久保の方を見つめていた。


「ん? どうしたの?」


 北久保がきょとんとして水木を見上げているが、水木は慌てて首を左右に振る。


「なんか変な空気。って、新しい寮室に早くこの水槽運ばないと!」

「ちょっと待ってください」


 急いで水槽を持ち上げようとした北久保を、水木が咄嗟に制する。

 そして彼女は、くるりと振り向き、すたすたと部屋を後にしていた。おそらくとも言わず、彼の残骸を、見たくなどなかったのだろう。

 きょとんとする北久保は、彼女を見送ってから、三人の男子の方を見た。


「ちょっと頼む。誰かこの水槽持ち上げるの手伝ってくれない?」

「……わ、分かった」


 正直とてつもなくやりたくなかったが、神山も三ツ橋もこの分では動けないだろうと思った誠次が、水槽を挟んで北久保の隣にしゃがむ。彼は、奴をその水槽で仕留めたことを、本当に知らないのだろう。


「ど、どこまで持ち運ぶんだ?」

「一つ上の階!」

「り、了解」

「毎度サンキューな天瀬っ!」


 なるべく端の方を持ち、誠次は北久保と共に水槽を持ち上げ、表面張力の段階まで水を入れた水槽を、一緒に運び出す。

 

「神山。あの、絨毯の上にじんわりと広がって見える汚れとはつまり――」

「なにも言うな三ツ橋。ここまで来たら、あとは俺たちの仕事のはずだ!」


 脅威が去った今、ネクタイを締め直し、神山はじんわりとかいた汗をぬぐう。

 

「神山。君は……」


 後始末を行おうとする神山を見つめ、三ツ橋は感動の視線を送る。

 神山はその視線を感じ、恥ずかしそうに、口角を上げていた。


「まあ、俺からアイツらに一つ言えることといえばそうだな……」


 私服の半ズボンのポケットに手を突っ込んだ神山は、ひと夏の奴との激闘を終えた二人の戦士が水槽を運ぶ後姿を思い描き、照れくさそうに笑う。


「水、向こうの部屋で汲めばよくね……?」


         ※


 一見、白く平和に見える世界でも、その下に暗い闇は広がっている。本来は美しい群青のはずの太平洋の海色がそう見えてしまうのは、致し方ないのかもしれない。

 窓の外に広がる雲海を眺め、八ノ夜美里はちのやみさとはサファイア色の綺麗な瞳を、思わず細めていた。

 マンハッタンにギルシュを送り届け、八ノ夜はちのやはホノルル行きの飛行機へ乗り込んでいた。


(アレクサンドル……。最後に会ったときとは、明らかに様子が変わっていた……)


 豹変した老王の姿を思い出すだけでも背筋が強張る思いで、八ノ夜は落ち着きなく座席の下で足を組み替える。

 

「魔法世界の平和と秩序の為になど……」


 時刻は昼過ぎ。

 飛行機は日本への中継地点であるホノルルに止まり、八ノ夜も今日はこの島で過ごすことになる。夜間のフライトは出来ないためだ。

 空港のラウンジを素通りし、ホテルへ直行する。夏のハワイは日差しがとても強く、サングラスをつけなければ日光により目がおかしくなりそうなほどである。黒いサングラスを装着し、必要最低限の荷物が入った肩掛け鞄を持って、空港の外へ出た直後の事であった。


「――失礼、ミス」


 英語で突然、謎の男性に声を掛けられる。

 こちらが空港から出てくるのを待ち構えていた風の男性は一回りほど年上。日本人ではないが、色白な肌や顔つきを見るに、現地アメリカの人でもないだろう。こちらと同じくサングラスを装着しており、状況が状況だったため、八ノ夜は無条件で警戒せざるを得なかった。異国の地で味方はいない事は、分かりきっていた。


「なんでしょうか?」


 英語で返答する八ノ夜に、アロハシャツ姿の男性は「別のところでお話をしたい」と持ちかける。


「すみません。急いでいるもので」


 当然、八ノ夜はやんわりと断ろうと、にこりと口角を上げて軽く頭を下げる。


「……お願いだ、ミス八ノ夜」


 それでも男は、八ノ夜を引き留めようと、なんと空港前で膝を折って地面に座り込む。所謂日本語で言う、土下座というものだ。


「……え?」


 はるばるハワイまでそのような行為をされて、これにはさすがの八ノ夜も絶句をするしかないが、男はサングラスを取り、皺の寄った目元の瞳で八ノ夜を見つめ上げる。


「どうか私の娘を、救ってほしい! ポルファボール アリョーダ」


 その言葉は英語ではなく、スペイン語であった。


 空港内にあるカフェのテーブル席に座り、八ノ夜は謎の男の話を聞くことになった。男の尋常ではない様子と、何よりも八ノ夜を個人的に待っていたことが、八ノ夜を引き留める大きな要因となっていた。

 ガラス窓の外で道路のヤシの木の葉が風を受けて揺れる中、八ノ夜は注文したコーヒーを一口飲み、男と会話をする。


「情けない姿を失礼。私の名前はシエロ・エステバン・ノーチェ。スペイン領クエレブレ帝国の、現皇帝だ」

「ぐふっ」


 思わずコーヒーを吹き出しそうになり、八ノ夜は慌ててそれを飲み込む。

 この目の前に座るアロハシャツ姿の(土下座までしてきた)男性が、一国の長たる皇帝を自称したこと。また、真顔でそう言ってきたことに、驚きが大きかった。


「失礼……しました……けほっ」

「構わない。そうは見えないとは、よく言われるし自覚している……」


 クエレブレ帝国の皇帝、シエロはしょんぼりと肩を落とす。見た目だけならばどこにでもいるような、ただのハワイ観光客の一般人のようである。言ってはなんだが、覇気もオーラも感じられなかった。


「私は家臣に恵まれて、国を治めることが出来ている……。気弱な皇帝さ……」


 コーヒーにせっせと大量のミルクと砂糖を入れ、シエロは切なく言う。

 

「貴方の皇女むすめさんが日本で起こした事件は、御存知でしょうか?」


 取りあえず目の前に座る冴えない男性の言うことを信じてみることにして、八ノ夜は質問する。


「ティエラが日本で行った事は決して許されないことだ。クエレブレ帝国からも外交ルートを通じて、日本国政府に謝罪の意を伝えた。損壊した物の復興支援も惜しまないと」


 シエロは机におでこをこすり付けるほどの勢いで、八ノ夜に謝罪をしてくる。


「ティエラがあそこまでしてしまったのも、全ては私が情けない皇帝だからだったのだろう。私の代わりに自分が確りしなければと躍起になって、やりすぎてしまったのだろう……」


 コーヒーの上に白い山が出来上がるほど砂糖を積み、それをずずずと音を立てて飲む皇帝ちちおや皇女むすめが幻滅するのも無理はないだろう、と八ノ夜は思った。


「そもそもなぜ、決闘なんて言う名目で、日本行きを許可したのでしょうか?」


 八ノ夜の問いに、シエロは至極申し訳なさそうに、元からあまり大きくはない身体を更に縮こまらせる。


「気が強いが、可愛い一人娘だ。善悪の区別は出来る聡明な子だったはずだが、それがまさかあんな事をするとは……」


 そこから更に、皇女としてのプライド。そして何より、ガンダルヴル魔法学園の教育方針と、国際魔法教会の支配が起こした今回の事件だったのだろう。

 八ノ夜はブラックコーヒーを口に付けながらそう推測し、シエロとの会話を続ける。


「それで、娘さんを守ってほしいと言うのは一体?」


 シエロははっとした様子で顔を上げ、深刻そうな表情で八ノ夜を見てきた。


「先に言ったとおり、私たちクエレブレ帝国は日本への謝罪のために、連絡を取り合おうとした。だが、待てども日本政府からの正式な返答はなかったのだ」

「日本政府が、クエレブレ帝国の要請を無視していると?」

「そうなるな。そこで我々は仕方なく、国際魔法教会に頼ることにした。……いや、そうするしかなかった。遠く離れた極東の島国にいるティエラと直接連絡を取り合えるのは、今や国際魔法教会だけだったからな」


 実の父親との直接連絡する手段さえ、国際魔法教会はティエラから取り上げていたようだ。他でそのようなことは聞いたことはなく、言うなれば、ティエラ・エカテリーナ・ノーチェにはそこまでする意味が、国際魔法教会にはあったと言うことになるはずだ。ルーナとクリシュティナと同様、特別な少女。

 またしても無言で推測する八ノ夜の前で、シエロは項垂れていた。

 

「ところが、国際魔法教会からも返答はなかった。ティエラの容態は分からずじまいだったのだ」

「国際魔法教会も、ティエラ・エカテリーナ・ノーチェ皇女の身を隠そうとしていると……」

「やはり其方も、そう思うか。私もその意思に気づけぬほど愚かな皇帝でも、父親でもない」


 今度はミルクの入れすぎでもはや真っ白となっている手元のコーヒーを、苦くはないだろうかと慎重に口をつけながら言うシエロの前で、八ノ夜は顎に手を添える。


「日本政府と国際魔法教会。その二つが、ティエラ・エカテリーナ・ノーチェ皇女の身柄を取り合おうとしている。或いは、両者が手を組んでもおかしくはない……」

「なんと……」


 これにはシエロも絶句する。

 これはあくまで推測である。だが、ルーナ・ヴィクトリア・ラスヴィエイトとクリシュティナ・ラン・ヴェーチェルの件もあり、このまま国際魔法教会がリジルを渡したティエラを放っておくはずがない。

 八ノ夜の脳裏には、なずなとヴァレエフ両者の顔が浮かんでいた。


「頼むミス、八ノ夜美里はちのやみさと。私は一刻も早く娘の無事を確認して、国へ連れ戻したい。日本政府とも国際魔法教会とも連携が取れない以上、頼りになるのは娘が向かった学園の理事長である、其方だ」

 

 頭を下げて頼み込まれるが、八ノ夜は慎重であった。そもそも――、


「私がハワイにいて、貴方がそれを偶然見つけて、娘の保護を頼む。いささか話が出来すぎではありませんでしょうか?」


 まるで私がここにいることが分かっていたようだ。と言った八ノ夜に、シエロは俯きながら答える。


「数日前から、我々クエレブレ帝国はティエラ保護のために独自行動を開始していた。ロシアのガンダルヴル魔法学園に遣いを送り、私自身も、アメリカ合衆国マンハッタンの国際魔法教会本部に赴いたのだ」


 だがしかし、とシエロは悔しそうに口を歪ませる。


「国際魔法教会は一切取り合ってはくれなかった。そこで私は埒が明かないと判断し、単身で日本に渡ろうとした。マンハッタンに従者を残してな。その従者が偶然にも、其方を見つけたのだ」

「そして貴方はハワイで待機して、私を待っていたと」

「正直、無謀な策ではあった。情けない話ではあるが、娘の保護のためには、我々クエレブレ帝国だけの力ではとても不可能だ。協力者が必要だった。なにせ私は、娘の正確な居場所すら知らず、連絡も取れないでいたのだから」

「それでも私を見つけられたのは奇跡に近いですよ」

「まこと、娘への愛が成せる業さ……」


 フッ、と微笑む皇帝陛下である。

 そこまで娘を想うのならば、そもそも国際魔法教会の手になど渡すなと言いたくなった八ノ夜であったが、世界各国で国際魔法教会の支配力は根強いものがある。むしろ支配力の弱い日本が珍しい部類だ。


「失礼、通信です」


 八ノ夜はシエロに断りを入れ、ジーンズのポケットから取り出した自分の電子タブレットを起動する。


本城直正ほんじょうなおまささんから……?」


 今は遠く離れた日本の地より、魔法執行省大臣の男性より、メッセージが届いていた。宙に浮かぶ画像をタッチして、八ノ夜は文面を確認する。


「うむ。美味である!」


 シエロはその間、注文していたメロンソーダをストローを使って、美味しそうに飲んでいた。

 その目の前で、八ノ夜は思わず急に立ち上がる。

 

「……ミス? 一体どうしたのだ?」

「シエロ()()()()。……どうやら事態は、一刻を争うようです」


 直正から告げられたのは、光安による大阪の作戦行動。そして、それに続く新たな動き――。


「いかんな。一刻も早く、日本に向かわなければ」


 シエロは腰を浮かしていた。


「今日のフライトはもう終わりです。最短でも、向こうの時間で着くのは明後日になるでしょう」


 今日はもう飛び立つことのない空港の白亜の機体たちを睨み、八ノ夜は悔しく呻く。どれだけ急ごうにも、最短での日本への帰国は明後日の朝になる。


「クエレブレ帝国のジェット機ならば、国際法も乗り越えられるぞ。緊急事態だと告げればいい」

「帝国のプライベート機ですか……」


 シエロの言葉に、八ノ夜はあごに手を添え、素早くプランを練る。

 現在日本におり、外部との接触と連絡を絶たれているクエレブレ帝国の皇女、ティエラ・エカテリーナ・ノーチェの身が危ない。一刻も早く保護し、敵の魔の手から逃す必要がある……。

 それが遠く離れた島国にいる状況でも、八ノ夜は覚悟を決めた。


「ご息女の安全は守りましょう。ご息女には()()()、過ちを償って貰わなければ」

「犯した罪を償うのは当然だとも。私も妻に浮気がばれたときは……っていや、なんでもない。しかして、ミス。今から飛行機を飛ばしても一日はかかる。事態は一刻を争っている状況だ。その間の娘の安全はどうする?」


 心配そうにこちらを見上げるシエロに、八ノ夜は軽く微笑む。それは、彼女が日本で魔法学園の理事長として自信と誇りを持って職務をする際に、また、魔法が使えない最愛の弟子を前にしても、よくする表情であった。


「ご安心を。遙か古来より、姫君を守るのは白馬にまたがった騎士ナイトと相場が決まっていますから」

「……騎士カバジェロ、だと?」


            ※


 夏休みの真っただ中。今日も誠次せいじは、レヴァテイン・ウルを扱いこなす特訓を行う。軽めの昼食を取り、昼休みの特訓だ。

 今日は、香月こうづきが一緒に地下演習場に来てくれている。と言うよりは、お互いに部活動をしていない為に、高確率で香月と一緒に始めることが多い。

 演習場を使用中に切り替え、幅広な地下演習場で早速、誠次はレヴァテイン・ウルを用いた戦闘訓練を実施する。


「――じゃあ次は古典。助動詞ね」

「あ、ああ!」


 リアルホログラミングされたモンスターを斬りながら、頭に聞こえてくる香月の言葉に、誠次は息を切らしながら返答する。

 市街地を想定した戦闘空間では、目の前に再び、”捕食者イーター”を模した黒い影のモンスターが出て来たところだ。燃え盛り崩壊した仮想市街と、仮想モンスター。そして、手触りの感触。これらはすべて、魔法学園の演習場に備わっているVRによるものだ。地下シェルター同様、これらはすべて人間側に装着する専用の装置も必要なく、まさに仮想空間の中に迷い込んだようであった。


「る、らる、す、さす、しむ」

「下二段活用っ!」

「正解」


 同時に、車を飛び越え、モンスターの頭部を切り飛ばし、誠次は地面に着地する。信号機の影に隠れていた敵が飛び出したのは、その時だった。

 誠次は肌触りもそっくりそのままなアスファルトを転げ、モンスターによる遠距離投擲攻撃を回避する。


「あの、香月っ!?」

「じゃあ次の古典の勉強よ、天瀬あませくん」


 ぜえぜえと息を紡ぐ誠次が、何処かへいるであろう香月に大きな声を出すが、香月は取り合わず、()()を再開する。


「紫式部が書いたとされる最古の長編小説で、主人公が色々な女の子に手を出してはその気にさせたりして、女の子をとっかえひっかえするお話の名前は?」

「……」

「5,4,3,2……」


 時間制原付きであった……。

 誠次は連結させたレヴァテイン・ウルを斬り払い、車ごとモンスターを一刀両断にする。アスファルトにもリアルな切り傷が奔り、破片が宙を舞った。


「ま、まさか。げ、源氏物語か!?」

「正解」

「出題の仕方どうにかならなかったのかそれ!?」

「事実じゃないかしら。次もまた、そんな女の子からモテモテな()()()くんが出てくる源氏物語からの出題よ」

光源氏ひかるげんじくんのイントネーションが悪意あるな! 天瀬誠次あませせいじくんみたいに言うな!」


 誠次の叫び声は刃と共に放たれ、またしても目の前のモンスターを斬り裂く。


「そもそもっ! 戦闘訓練しながら勉強なんて滅茶苦茶だ!」

「でもあなた出来てるじゃない?」

「恐れ多いが、身に覚えがあるからな!」

「自覚しているようで結構」


 香月の満足そうな声が耳元で響く。きっと、何処かで不敵に微笑んでいるに違いないと、彼女の顔がすぐに思い浮かぶ。

 やがて市街地のモンスターを全滅させた誠次は、映像が徐々に切れていく様子を見つめた。

 後ろから歩いて来た香月は、タオルとスポーツドリンクを持って立ってくれていた。


「お疲れ様、天瀬くん」

「……ありがとう」


 彼女からタオルとスポーツドリンクを受け取っただけでも疲れが取れるような気がして、誠次は汗ばんで火照った身体を冷ましていた。

 ――それは偶然の事だったのだろうか。いつもは戦闘訓練中は電源を切っていたはずの電子タブレットに、師である八ノ夜からの電話回線が繫がったのは。

~外より部屋の中で恐怖はより深まる~


「俺たちの部屋に奴が出ないのもきっと、日ごろから掃除をしてくれる小野寺のおかげなんだな」

せいじ

「もう当たり前の光景でつい忘れていたけど」

せいじ

「ちゃんと感謝しないとな!」

せいじ

          「ただいまです」

             まこと

「おかえり小野寺!」

せいじ

「いつもありがとうな!」

せいじ

          「うわ……」

            まこと

「? どうしたんだ小野寺?」

せいじ

          「もう、男性アイドルは、勘弁です」

            まこと

          「ポスター剥がすのも、かなり苦労したんですからね!?」

            まこと

「あ、あれは最終的にレヴァテインでかりかりして剥がした!」

せいじ

「うちわだってほら。暑い中必死こいて学園中に配ったじゃないか!」

せいじ

          「カサカサカサ……」

              やつ

「あ、天瀬さん……」

まこと

          「なんだ、小野寺?」

              せいじ

「背中のレヴァテインの柄に、黒光るものが……」

まこと

          「ぎゃあああああ!?」

              せいじ

「きゃあああああ!?」

まこと

          「ただい……ぬわあああああ!?」

              そうや

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