8 ☆
ボーイミーツガールの原点。
拘束されている誠次を救うため、ルーナはファフニールに跨がり、ティエラへ空中戦を挑む。
「彼女が誠次が言っていた、もう一人の竜使いだったのか!」
雲を切り裂き、星空を翔るファフニールのすぐ後ろを、ニーズヘッグが喰らいつく。漆黒の両翼が夜空に雲の線を描き、猛スピードで接近してくる。
バチバチと、電流が流れる音がしたかと思えば、後方でニーズヘッグが口を開け、こちらに向けて雷撃を放とうとしてくる直前であった。
「ファフニール!」
「アア!」
ルーナが声をかけ、ファフニールは急旋回をする。ここら辺は誠次を乗せていた際とは違い、ほぼ阿吽の呼吸であった。
放たれた雷撃は雲を貫き、ファフニールの尾を掠め、星空の果てへと消えていく。
「あの竜はなんと言っている?」
「分カラヌ。我トハ異ナル竜言語ダ」
ルーナがファフニールに訊くが、ファフニールには答えられなかった。
「コノ高度デアレバ、支障ハキタサヌダロウ」
雲の上に到達したファフニールは、両翼を大きく広げて、躰を急停止させる。言われなくてもファフニールがなにをするかを分かっていたルーナは、鱗にしっかりと掴まり、ファフニールと共にニーズヘッグを睨む。
「人への気遣いか。お前がそんなことを気にかけるとは」
遙か下では、多くの人が夜明けを待ち望み、夜を必死に耐えている。
彼らへの被害を抑えようとしているファフニールに、ルーナがぼそりと声をかける。
「……何処カノ馬ノ骨ニ言ワレテナ」
ファフニールが口内で火炎を滾らせ、それをニーズヘッグへ向け放つ。こちらの攻撃も、雲を蒸発させる威力である。
ニーズヘッグは、蛇が地を這う動きのように、空中で躰をくねらせて、ファフニールの炎を回避する。
「互イニ遠距離攻撃デハ埒ガ明カヌト言ウワケカ」
接近するニーズヘッグに対し、ファフニールは両手を広げて、迎え撃つ。
互いの竜が接触を果たし、腕と腕を掴み合い、互いの肩を噛み合う。接触の瞬間、竜に乗る二人の少女は、今までにない衝撃に悲鳴を上げていた。
「っく! グングニールがあれば、私も共に戦えるが!」
ルーナが呻く。誠次のレヴァテイン・弐となった自身の得物は、当然ながらもう手元にない。
「ヌオ!?」
ニーズヘッグが強靱な足を使い、ファフニールの腹部を蹴り飛ばす。
蹴られたファフニールは、体勢を崩され、両翼を広げて落下の勢いを殺そうと足掻く。
「貰いましたわ!」
ティエラが指をさせば、そこへ向けニーズヘッグが雷撃を放つ。
「ファフニール!」
「掴マッテイロ、姫ッ!」
ファフニールはほぼ反転姿勢となりながらも、しがみつくルーナを気遣ったまま、翼を使って直進する。間一髪、直撃する寸前で雷撃を躱す。
「しまったっ!」
ルーナの表情が強張る。
ニーズヘッグが放った雷撃は、地上にまで向かう。無数のビルが建ち並ぶ都会の真ん中で、星空の夜から降り注ぐ雷を、地上に住む誰が予測できるものか。
「ティエラ! この戦いはやはり無理がある! せめて演習場で一騎打ちをさせてくれ!」
「戦っておきながら、敵前逃亡ですのルーナ!? あの男の命が危ういですのよ!?」
「……!」
ファフニールに跨がるルーナは、くちびるを震わせ、なにかを否定するかのように、首を左右に振る。
「ファフニール……私は……どうすれば……」
「姫ガ望ムノナラバ、我ハソレニ応エルマデ」
姿勢をようやく安定させたファフニールが、ニーズヘッグから逃げながら、答える。
「分かった……ここで仕留める!」
このまま彼女を野放しにするわけにはいかず、ルーナは苦しい戦いを続ける事となる。
二体の竜が夜空を舞う遙か下。ニーズヘッグが放った無慈悲な雷の行く先。そこにはちょうど、ティエラが熱中症で搬送された病院があった。落雷は間一髪、病院の敷地内の駐車場に落ちたが、周辺の建物は凄まじい電流と電圧に耐えきれず、瞬く間に夜を照らす電気を失った。
「予備電源を早く!」
「患者さんの容態に急変が!」
「先生っ!」
住み込みで勤務するナースたちが、明かりを灯す汎用魔法《グィン》を使い、停電状態の廊下を慌ただしく走って行く。
治癒魔法の技術開発も進んだとはいえ、まだまだ科学に頼ることも多い医療の場で、電力供給の停止はこの時代でも死活問題であった。
「なにが起きたんだ?」
「男の子が、駐車場に雷が落ちたって言っていて……」
「はあ!? 外は晴れているんだろう!? 雷なんか落ちっこない!」
白衣を慌ただしく身に纏い、医師の男性が廊下を走る。
「怖い……」
病室では、突然の暗闇に怯える少年少女たちが、身を寄せ合うようにしていた。開けてはいけないと生まれた時から言われているが、こうなればカーテンを開けて、星空の光を部屋に引き寄せる。
「お星様、綺麗だね……」
「うん。明るくて、怖くない」
夜の世界に煌々と輝く星空は、少年少女たちの不安を、ほんの少しだけ和らげていた。
「み、みんな大丈夫ですか!?」
事情の為に病院にいた私服姿の七海が、《グィン》を使って明かりを灯し、子供たちの元へ駆け寄る。
「凪お姉ちゃん……」
「大丈夫だよ。お医者さんも、電気すぐに点くって言ってたから」
女の子が七海の腰にぎゅっとしがみつき、七海は片手でその子の頭を撫でて安心させてやる。
「――ッ!?」
その直後、七海を再び襲う、頭が割れんばかりの頭痛。《グィン》も解除し、七海は悲鳴を上げてその場に倒れ込む。
「凪お姉ちゃん!?」
子供たちが心配そうに、倒れた七海を見つめる。
直後、またしても雷撃が付近に落ちたのか、体を震わせるほどの爆音と震動と共に、分厚いカーテンの隅からフラッシュが起こる。夜の雷に耐性のない子供たちは悲鳴を上げ、中には床の上に蹲る子までいた。
「また……声が聞こえる……?」
このままじゃ、みんなの容態が心配だ……。もうすぐで退院できるのに、また身体を悪くしたら、病院のベッドの上に戻されてしまう。友だちもいなく、そんなところにずっといるのは、きっと嫌なはずだから……。
ベッドの手すりを支えに、よろよろと立ち上がった七海は、逃げるのではなく、向き合うようにして、言葉に耳を澄ませる。
「お願いです……。私の声が聞こえるなら、今すぐにこんなことをやめて下さい!」
声の主がなんであるのか、それは薄々と勘づいていた。同時にそれはあり得ないことだろうとは思ったが、果たして。
「――っ!?」
帰ってきたのは、怒号であった。しかし、やはり言葉は辛うじて聞き取れる。あの時と同じ、何かに対して怒り震えるような、怒鳴り声で。
「魔法学園の、体育館……?」
天から響く正体不明の声は、七海をそこに導くように、言っていた。
※
「きゃっ!?」
「今、電気がついたり消えたり……」
一方その頃、ヴィザリウス魔法学園の談話室でも、異変は起きていた。電力供給が安定していないのか、至る所の照明が不安定な点滅を、時間差で繰り返す。
一向に戻ってこない誠次を待ち続けるクリシュティナは、天井を見上げた後、カウンター席で心羽と話していた。
「せーじ遅いね……?」
「はい……。でも、彼が何も言わずにいなくなるとは、思えません……」
不安そうな面持ちでクリシュティナが注文したアールグレイティーも、グラスの半分までの量となってしまっている。
赤い双眸は、やや少しの不安を抱きながら、落ちつきなく目の前の紅茶と男子トイレとを行ったり来たりを繰り返す。
「――あ、クリシュティナちゃん見つけた」
「誠次くんは、まだなのでしょうか?」
女子寮棟から同じく私服姿の篠上と千尋もやって来る。
クリシュティナは席を立ち、二人を迎える。
「あれ、ルーナはどこです?」
「それがルーナも途中で何も言わずに抜け出しちゃって」
「仕方がなく、私と綾奈ちゃんで探しに来ていたんです」
篠上も千尋も心配そうに、周囲をきょろきょろと見渡している。
「いくらなんでも遅すぎませんか?」
千尋が男子トイレのドアを見つめて言っている。
「しかし、男性のそのような生理現象とやらは、長くなるものなのかもしれません」
「いや……たぶん、そうじゃないと思うけど……」
真剣に考えるクリシュティナに、篠上がツッコむ。
「ううん……。でも、せーじの音と匂いしないんだよね……」
「「「音と匂いで分かる……?」」
髪の耳を立て、鼻をすんすんと鳴らす心羽に、三人の女子が唖然としていた。
ひとまず知り合いの男子に、男子トイレの偵察を頼もうと、誰かを探す四人の頭上の照明が、またしても不規則な点滅を繰り返す。暗闇と光の点滅に、篠上と心羽は周囲と同様に悲鳴を上げ、千尋とクリシュティナは不安げに上を見る。
※
『さあ今日は、千葉ラビットパークへ取材にやって来ています! なんでも今話題の、必ず結ばれるデートスポットのご紹介です! 案内はこの僕、大垣耕也が務めます!』
その時、日曜日夜のバラエティ番組を視聴していたのは、彼女にとっての習慣であり、なんらおかしな行動ではなかった。
寮室のテレビ画面の前で、淹れたての紅茶とお菓子を用意し、友人である桜庭を部屋に招いていた香月は、ホログラムで浮かぶテレビ画面を食い入るように見つめていた。
「七夕特集なんだー」
桜庭も緑色の目を輝かせ、興味津々そうにテレビを見ている。
『すごいいっぱいの人ですねーっ! それでは、着いて来て下さいよ皆さん!?』
「一体どんなものなのかしらね」
いよいよ番組が盛り上がりを見せるその時、香月はそわそわと、お菓子を食べる手を止める。桜庭がいる手前、表情には出さないが、内心で期待に胸を膨らませる香月の目の前で、カメラがラビットキャッスルを映している。
――ブツリ。
テレビに興味がない香月のルームメイトの悲鳴が聞こえたのと、部屋が一瞬で暗くなったのは、同時の事だった。停電である。
「うわっ、びっくりしたっ!」
桜庭はすぐに自分の電子タブレットを起動し、香月のルームメイト、すなわちクラスメイトたちに「大丈夫!?」と声をかけている。
「こうちゃん?」
「……」
電気はすぐに復旧し、周囲は明るくなる。その間、微動だにもしなかった香月は、目の前に再び浮かんだホログラムテレビ画面を、じっと見つめていた。
『ワンランク上の化粧品。私はこれ!』
流れていたのは、アイドルであるサクラちゃんがイメージキャラクターを務める化粧品のCMだった。
「……」
一番見たかったシーンを飛ばされた香月は、原因不明の停電に今シーズン一番の怒りを覚えたとか。
ラビットパークの施設を気にする者もいれば、テレビ出演していた俳優の方をお目当てにしていた者もまたいる。
「なんでやー!?」
自分の寮室にて、タンクトップ姿の火村は、停電から復旧したホログラム画面を見つめて、頭を抱えて絶叫していた。
※
星空から降り注ぐ雷は、もれなくニーズヘッグが吐き出す憤怒の電流によるものであった。
前方を羽ばたく茶褐色の鱗の竜へ向け、容赦のない雷撃をまき散らす。
「このままでは、街にも被害が!」
焦るルーナは、後方を睨み、迫るニーズヘッグとそれに乗るティエラの姿を視認する。
「ファフニール。誠次はどうやって、ニーズヘッグを撃退した?」
「レーヴァテインヲ用イタ」
「やはり……そうだろうな……」
今の自分にはもうない武器の感触を思い出すように、ルーナは空気を掴んだ右手で握り拳を作っていた。
「……っ」
瞳を瞑ってじっと考えたルーナは、そっとファフニールに声をかける。
「私を降ろしてくれファフニール。ここまでよくやってくれた」
「正気カ姫。地上ニハ”捕食者”ガイルデアロウ? 向コウガ地上戦ニ持チ込ム確証モナイ」
「このまま戦い続けて街に被害を出すわけにはいかない。向こうを引きずり落とすしかない」
ルーナはファフニールに合図を送り、目についたとあるビルの屋上――ヘリポートを指定する。
ファフニールは最後まで渋ったが、主であるルーナの命に従い、ニーズヘッグが追う中、ビル付近で速度を落とす。
「いいこだ」
竜の鱗にそっとキスをしたルーナは、ファフニールの速度の変化を感じた次の瞬間、ファフニールの背中から手を離す。
風に身を任せるようにして、星空に舞ったルーナは、宙返りをしながらヘリポートへと降り立つ。
すぐに眷属魔法の魔法式を再展開し、それを消去する。そうすると、遙か高くを飛んでいたファフニールは、白い魔法元素の粒子となって消えていく。
直後、頭上を漆黒の竜が飛んでいき、ルーナは腕で顔を覆う。
「私はここだ!」
ルーナが声を荒げ、未だに夜空を舞うニーズヘッグとティエラへ声をかけた。
ティエラは、竜から降りた宿敵を信じられない面持ちで見つめる。
「舐めているのですの……? 地上に降りるのなんて……」
ルーナの頭上でニーズヘッグに跨がったまま、ティエラは言う。余裕の笑みを帯びていた表情は一瞬で曇っていた。
それもそのはずであった。こちらが追い詰めているとばかり思っていた目の前の少女は、自ら竜から降り、こちらを真っ直ぐな目で見つめ上げているからだ。
「あり得ない……あり得ませんわっ!」
――違う。そんな目ではなかった。あの日、こちらに向けたコバルトブルーの瞳は、そんな戦いの際に迷いを見せている目ではない。一切の感情も抱かない、冷徹な目。
それこそがあの日ティエラが見上げた、忘れることの出来ない、生まれて初めて味わった屈辱の思い出。
今では立場が逆転し、自分がルーナを見下ろすのはいい。――だが、ルーナが迷いある目を向けるのは、間違っている!
「どうしてです!? なんで迷っているのですルーナ! あの日私に向けてきた貴女の目は、そんなに迷いのあるものではありませんでしたわ!」
「改めて君に言いたいティエラ! 私は日本に来てヴィザリウス魔法学園で……みんなや誠次と出会って変わった! 変わることが出来た! 君も変わるべきだ!」
「必要ありません! 私は、クエレブレ帝国の誇りのために、ただ負けたままではいけませんのですわ!」
ティエラの叫び声と共に、ニーズヘッグが雷を口の中で蓄える。
「やめてくれティエラ!」
ルーナは防御魔法を発動し、それを自身の正面へと向けた。
竜の雷と、ルーナの防御魔法が接触し、眩いスパークを発生させる。人の身のルーナは、それだけで吹き飛ばされそうになる。
しかし防ぎきり、ルーナは再び顔を上げる。煤がついてしまった横顔は尚も、月光を受けて淡く綺麗に照らされていた。
そんなルーナの変わっていない美しい姿に、ティエラはぎりりと歯を噛み締める。
「貴女のその余裕こそが……憎いですわっ!」
「私の居場所は今、ここにある! この大切な居場所を守るためならば、私はなんだってやってやる!」
ルーナはすぐに、攻撃魔法の魔法式を展開。魔法文字を手早く打ち込むと、空中を旋回するニーズヘッグへ向け《フレア》を放つ。
飛来した火球のうち、最初の一、二発は躱したニーズヘッグであったが、三発目に胴体に直撃を受ける。
雄叫びをあげたニーズヘッグは、ルーナへ向け慈悲無き雷撃を放つ。
「させるか!」
咄嗟にルーナは《プロト》を発動し、ニーズヘッグの雷撃を正面から防ごうとする。しかし、竜の放つ攻撃は強力であった。
青白い電流が連続してルーナの防御魔法に襲いかかったとき、ルーナの発動したプロトは呆気なく破壊され、ルーナの白い肌に軽度の火傷の痕がついた。
「っ!?」
「どうでしょうルーナ!? 人間だけでニーズヘッグに勝てると思って!?」
確かに、目の上で飛び回る竜と、宿敵を名乗る少女は強い。これほどの強さを誇る相手に見覚えがないとはつまり、ここ数年で驚異的なまで実力を高めていたのだろう。
「……ティエラ」
痛みを感じるルーナは膝をつき、空に優に佇むニーズヘッグとティエラを見上げる。
「……一つ訊きたいティエラ」
「なんですの?」
「もしもこのまま私が降参したり、もしも負けたら、誠次はどうなる?」
「そこまであの剣術士のことがお気に入りですの?」
ティエラは面白ろくなさそうに、人差し指をくちびるに添える。
「そうですわね……。私の下僕にでもしてあげましょうかしら。召使として、こき使って差し上げますわ」
そんなティエラの言葉を聞いたルーナは、ほくそ笑んでいた。
「そうか……それを聞けて、良かったよ」
「な、なんですの……?」
立ち上がったルーナに、ティエラは眉根を寄せる。
「やはり私は、君に勝たねばならなくなったと言うわけだ!」
ルーナは《フォトンアロー》の魔法式を展開し、構築。照準をニーズヘッグへ向けて放つ。
「甘いですわ!」
ニーズヘッグはティエラを乗せたまま、空中を踊るようにして、光り輝く魔法の矢を全て躱してみせる。
それでもルーナは諦めずに、空を舞う竜へ向け、魔法の矢を放ち続ける。当たるとは思っていない。ただ、誘導できれば良いのだ。
《フォトンアロー》の照準を徐々に下にずらしていけば、ティエラの指示を受けたニーズヘッグが、ビルの下へと高度を下げる。
(今だ……っ!)
竜の視野は分かる。互いに姿が見えなくなったところで、ルーナは攻撃魔法を止め、走り出した。
下降したニーズヘッグが再び上昇し、ルーナのいた場所をつけ狙う。
「いない!?」
ルーナはすでに、屋上から姿を消していた。
ニーズヘッグが、何かを察知したように、上を向く。
「私はここだーっ!」
魔法を使い、ニーズヘッグより空高く翔んでいたルーナは、月を背に、ティエラ目がけて急速で落下する。
「……え!?」
身体をルーナによって掴まれたティエラは、ニーズヘッグから引きずり落とされる形で、ルーナと共に落下する。ビルの窓が何枚も後ろを通り過ぎる最中、空中で縺れ合う二人の姫は、真っ逆さまの態勢で地上へ急速で向かっていた。
「正気ですのルーナ!?」
「怖いのか?」
「……っく。ニーズヘッグ!」
膨大な量の風を浴びながら、不敵に微笑むルーナに対し、ティエラは使い魔を呼び寄せる。しかし、いくら竜と言えども、この落下速度には追いつかないだろう。ファフニールを使役するルーナは、そう直感していた。
落下しながらも、ルーナは冷静に魔法式を組み立てる。落下する術者の身体に追いつこうと、魔法文字が回転しながら高速で追いかけてくる。
「《ウェルテクス》!」
ルーナが発動した風属性の魔法が、二人の姫の落下地点で激しい風を巻き起こす。
「掴まれ!」
「きゃっ!?」
ルーナは怯えるティエラに手を伸ばし、身体を引き寄せ、抱き抱える。
「は、離しなさいルーナっ! 一体何をする気ですの!?」
ルーナの胸元でジタバタともがくティエラへ、ルーナは落ち着き払った声で告げる。
「君を助けようと思う。このままでは、君はぺちゃんこになってしまうぞ?」
「っ!」
やがて、魔法の風の領域に身体が突入すると、逆巻く風によってその速度を落とす。風の中でルーナは宙返りをしてみせると、ティエラをお姫様抱っこの要領で抱き抱え、優雅に道路に着地する。
「すごい、ですわ……」
一瞬だった出来事に、ティエラは驚愕して、ルーナを見上げる。
月の光を受けて立つルーナは、ティエラへ向けて微笑みかける。
「これで私の勝ちでどうだ?」
「え……」
ようやく、今自分を抱いている女性がライバルであった事を思い出したティエラは、慌ててルーナの腕から離れようとする。
「な、な、なんて真似を、ルーナっ!」
「こら、あまり暴れるなっ」
「きゃっ」
ルーナが手を引っ込めると、ティエラはアスファルトの上に尻餅を着いてしまう。
痛々しく背中をさするティエラは、すぐに立ち上がり、ルーナを睨む。やや遅れて到着したニーズヘッグは、ティエラの背後に着陸し、物言わずに佇む。
「まさか……これで、勝ったと思っているのでして……?」
「……それが一番良い。お互いに傷つく必要もない」
ルーナがそう言ってティエラを見るが、頭を垂れ、戦闘の衝撃で髪留めも外れたティエラは、ぶるぶると全身を震わせる。
「貴女は変わってしまった、ルーナ・ヴィクトリア・ラスヴィエイト……。あの日受けた私の屈辱は……こんなものでは晴らせませんわっ! 貴女は、ただ勝利を追求する貴女は、こんなものではないはずですわ!」
前髪を垂らしたティエラは、右手をニーズヘッグへ向けて掲げる。
「ニーズヘッグ!」
命令を受け、ニーズヘッグは静かに身体を屈めると、口内にて怒りの雷を蓄え始める。
「っ!?」
本能的に危険ななにかを察知したルーナは、咄嗟にバックステップを行い、ティエラから距離をとる。
「貴方に負けた私は怒りに燃え、うずくまって来ましたの……」
ニーズヘッグの口から吐き出された青白い雷を纏った巨大な黒い物体を両手に構え、ティエラは迫り来る。
「……っ!?」
それは風を斬る音と共に振られ、ルーナの目の前で白銀の髪が舞う。
「裏切りの竜から生まれし竜殺しの魔鎌よ、今一度心臓を斬り裂け――リジル!」
ティエラが装備していたのは、身の丈以上の大きさはある巨大な黒い鎌であった。
月の光を拒むかのように反射させ、ルーナへ向け、鎌の刃を振り下ろす。
間一髪のところで再び攻撃を躱したルーナであったが、リジルの尖端はアスファルトを突き砕き、まるでハンマーを叩きつけたかのように、硬い地面を粉砕していた。
(私のグングニールと、誠次のレヴァテインと同じ!?)
吹き飛ぶ破片を顔に浴びながら、ルーナは内心で焦る。あの軽さであの威力は、間違いなかった。彼女もまた、特別な力を持っている。
「さあルーナ……。地を這いつくばった私の怒り、受け取りなさい!」
怒りに燃えるティエラがリジルと呼ばれる鎌を振りかざし、焦るルーナへ襲いかかる。
地上からはティエラ、上空からはニーズヘッグの攻撃を受け、ルーナは次第に追い詰められる事となった。
~親方ー! 空から魔術師がー!~
「誠次、俺が助けに来たぞ!」
そうや
「あなた誰ですの!?」
てぃえら
「私はルーナを呼んだのですけれど!?」
てぃえら
「聡也! 八ノ夜理事長を呼べ! あの人ならこの状況をすぐに理解できる!」
せいじ
「受け入れてますの!?」
てぃえら
「こうなったら。と、とにかく《パルス》!」
てぃえら
「はっ! それは滅びの魔法だ!」
せいじ
「えっ?」
てぃえら
「あーっ!? 目がーっ! 目がーっ!」
そうや
「あの魔法全然目関係ないのですけど!?」
てぃえら
「これを使え! 男らしくなりやがって!」
せいじ
「なんですのその台詞!?」
てぃえら
「そしてどこからグレネードランチャーを!?」
てぃえら
「で、でも目が見えないっ!」
そうや
「聡也ーっ!」
せいじ
「……私はどうすれば良いのだ……」
るーな




