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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
ミルキーウェイで会いましょう
42/189

はたらくお姫様 ~メイドインプリンセス~ (小話) ☆

そりゃあティエラさんも怒りますわ……。

 夏真っ盛りのとある日の放課後。授業終わりの誠次せいじとの特訓を終えたルーナは、いつも以上の上機嫌で、自分の寮室に戻ってきた。


「ただ今戻ったぞ、クリシィ!」


 動きやすい運動服姿にて、玄関できちんと靴を脱ぎ、廊下を歩く。


「聞いてくれクリシィ! 今朝浴びたシャワーの際に使ったいつもと違うシャンプー、効果ありだ! さりげなく誠次に近寄ったら、なんだかいい匂いがすると言われたんだ!」



 るんるんと口ずさみそうな笑顔で、リビングにやって来るルーナであったが、クリシィの姿はない。


「クリシィも是非使ってみてくれ! 抹茶の匂いのシャンプーなんだ!」

 

 ならばと、キッチンの方を振り向くが、そこにも大切な友だちの姿はなかった。


「……クリシィ?」


 まさかと思い、リビングのソファ前にある机に目をやると、そこにはロシア語での書き置きが一つあった。


【アルバイトに行ってきます。夜ご飯はすでに作ってありますので、冷蔵庫にあるのを出して、レンジでチンしてくだい。

 追伸。手前のマヨネーズ、もうすぐ賞味期限切れですので、使うのならお早めに】


 と、綺麗な字で書いてあった。


「そうか、今日はアルバイトか」


 一人でしんみりと書き置きを読み終えたルーナは、リビングにある風呂の追い炊き装置で風呂を沸かし、黒いガーターストッキングに包まれた足で冷蔵庫に向かう。

 タッチで冷蔵庫を開けると、中にはサランラップに覆われた皿に、炒飯が盛られていた。その周囲をぎっしりと取り囲んでいるのが、いつ不足しても困らないようにしている、マヨネーズたちである。

 ルーナは冷蔵庫からクリシュティナ手作りの炒飯と、もうすぐなくなりそうなマヨネーズを取り出し、冷蔵庫のすぐ隣にある電子レンジに冷やされた炒飯を入れる。


「……」


 風呂もまだまだ沸かないため、四角い機械マシーンの中で光に照らされ、ぐるぐると回って温められていく炒飯をじっと見つめ、ルーナは無言で立って待つ。

 温め終えた皿をそっと触って熱くないから確かめ、スプーンも用意してリビングへ。白い湯気が立ち、すでに美味しそうなそれをそのまま食べるかと思いきや、ルーナはマヨネーズをにゅっ、にゅっ、と乗っけていく。


「……だって、せっかく買ったから使いきらないと勿体ないし……」


 ぶつぶつと呟き、そんな言い訳をしながら、それでもきちんと最後まで使い切る。オルティギュアの姫は無駄遣いを禁ずる。ルーナは出来上がった特製マヨネーズ炒飯に、コバルトブルーの瞳をきらきらと輝かせる。彼女から見たそれはまるで、ある種の芸術品のようだ。


「……頂きます」


 座布団の上で正座をして、両手を合わせて頭を軽く下げ、ぱくっと一口。少し温めすぎたかとも思った炒飯も、冷えたマヨネーズによって程よく冷却され、口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。曰く、ジューシーなチャーシューと黒胡椒にマヨネーズのコクが合わさった時、ルーナは幸せいっぱいな表情で頬を緩める。


「やはり、クリシィの手料理は天下一品だな」


 もぐもぐと咀嚼し、ルーナはぼそりと呟く。しかし肝心のメイド少女は、今は駅前の喫茶店でアルバイトに精を出している最中だ。


「……」


 (マヨネーズのせいであるが)急激に冷めた炒飯をじっと見下ろし、ルーナは手をピタリと止める。

 思えば、自分と同じくクリシュティナも誠次へ付加魔法エンチャントをしたれっきとした少女の一人だ。それはマンハッタンでの戦いの際に行われたことだが決して、戦うためにやむをなく、と言うわけでもないはずだ。

 

「……まさか、二人とも同じ男子を想い、尽くすことになるとは……」


 くすりと微笑み、ぱくっともう一口マヨネーズ炒飯を食べる。国王でもあった両親が聞いたら、きっとびっくり仰天するだろうなと思いながらも、二人ともきっと許してくれるだろうと思えた。

 風呂から上がったら、バラエティ番組を見ながら食器の洗い物と部屋の掃除をする。洗い物や掃除とと言ってもそんなに殊勝な事ではなく、全て機械に頼ったものではあったが。

 

「クリシィまだかな……」


 一人でぽつんとその時を待っていると、間もなく足音は聞こえてきた。

 

「――ただ今戻りました」

「クリシィっ!」


 制服姿で肩掛け鞄を肩にかけ、両手には何やら働いている喫茶店のお洒落な紙袋を持っているクリシュティナが、帰ってきてくれた。

 ルーナは明るい表情で、クリシュティナを迎えていた。


「お店で余ったお菓子、今日もいくつか頂きました。紅茶を淹れて、一緒に食べましょうルーナ」

「ありがとう。毎度、美味しいものばかり持ってくるから楽しみなんだ」


 顔の近くまで持ち上げてにこりと微笑むクリシュティナに、ルーナも嬉しく応じる。

 二人の寮室に、ダージリンティーとアッサムティーの上品な香りが立ちこめる。ルーナとクリシュティナ、それぞれ好きな紅茶だ。


「――それで、今日は莉緒りおさんが大活躍していたのですよ」


 クリシュティナはお菓子を机の上に並べながら、今日のアルバイトでの出来事を楽しげに話してくる。

 いつもは自分の感情をあまり表には出さないタイプの彼女も、ここでの学園生活、友だちと過ごした思い出を語るときは、いつも笑顔だった。


「……あの、クリシィ……」


 美味しいお菓子をいくつか頂いた所でルーナは、そっと秘めていた想いを告げる。


「なんでしょうかルーナ」

「私も、アルバイトをしたいんだ……」


 薄々その気は気付いていたのだろうか、向こうは大して驚かず、しかし険しい表情であった。


「仮にも一国の姫の身分であった貴女が、働くだなんて……」

「君は私に将来()()()()になれと言うのか。家計簿がマヨネーズで圧迫され、誠次を困らせるだけのぐーたら主婦になれと言うのか!?」

「いえ、なにもそこまでは言っていませんけれど……」


 クリシュティナはため息を一つ溢す。

 そして、なにやらじっと考えるような仕草をして、改めて顔を上げていた。


「……確かに、このままではルーナはただのお荷物です」

「……え?」

「掃除洗濯家事料理も完璧。おまけに慎ましく一歩引いて殿方を支えるスタイル。しかしチャイナドレスが着こなせて、時には大胆。私には、それがあります」

「あの、クリシィ……?」


 まるで今まで溜めていた何かを溢れ出さんばかりに、クリシュティナはすまし顔で言い続ける。彼女の、お菓子を食べる手が止まらない。

 ルーナは若干……いやかなり引いていた。


「そして何よりも……」

「何よりも……?」


 まだなにか、自慢できるところがあるのだろうかと、ルーナはごくりと息を呑む。


「私の付加魔法エンチャント能力は、正直言って強いです! 無敵とかもう無敵ではないですか!? 誠次が必要とするわけです!」


 赤い瞳に確かな自信を宿し、とにかく押し通そうとするクリシュティナに、ルーナは冷や汗を流す。


「なっ!? わ、私の付加魔法エンチャントだって強いぞ!」


 掃除洗濯家事料理等で負けているところは素直に認めているルーナであったが、付加魔法エンチャント関連の所で負けたくはない、妙なやきもきとした気持ちがあった。ルーナにとっても、クリシュティナにとってもそれは、自分と誠次を繋げる大切なことなのだから。


「私は心配なんですルーナ。ルーナがこのままでは、ただマヨネーズをちゅうちゅう吸っているだけの人になってしまわないか!」

「うぅ……そ、そこまで言わなくてもいいじゃないかっ! クリシィのばかぁーっ!」


 遂には涙ぐんでしまったルーナの前で、クリシュティナはそっとダージリンティーを継ぎ足す。毒は吐くが、気配りは忘れないヴェーチェル家の流儀である。


(姫。女中ノ様子ガ明ラカニオカシイ。アレデハマルデ、クロスギル・ラン・ヴェーチェル)

「誰が上手いことを言えと言ったファフニール……」


 遂には身体の中のファフニールにまでそう指摘されてしまった黒シュティナは、お菓子を次々と口に入れ、それをアッサムティーで流し込んでいる。

 

「クリシィ……。きっと、疲れているんだな……。そうだ、そうに違いない。今日はもう寝てくれ……。片付けは全部私がやる」

「そうでしょうか。では、そうしますね」


 黒シュティナは立ち上がると、ベッドまで一直線に向かい、ばたんきゅーと倒れる。先程まで起きていたのが嘘のように、一瞬ですやすやと寝息を立て、眠りについていた。


「……」


 ルーナは戦慄したまま、黒シュティナが眠りにつく様を遠くからそっと見守っていた。


「まさか……あの優しかったクリシィがああなるまで心配させてしまうとは……」


 そうだ。自分はもう姫ではない。ここ日本で成人して大人になったときに、そんなことでは通用しないのだ。このままではクリシュティナの言うとおり、ただ傍にいる誠次に頼りきりの自堕落姫になってしまう。そんなのは嫌だ。


「……やはり、アルバイトしよう!」


 両手でぎゅっと握り拳を作り、ルーナは誓っていた。


「むにゃ……頑張って下さいルーナ……」


 枕をぎゅっと抱き締めて、クリシュティナは寝言を言っていた。


        ※


「お疲れ様です、南野みなみのさん」


 クリシュティナのアルバイト先である駅前の喫茶店の閉店作業を、南野と言う先輩女性アルバイトと共に行っていた桜庭は、サイドテールの髪を解いて一息つく。


「お疲れー桜庭ちゃん。にしても、今日も混んだねー」

「そうですね。くーちゃんも具合が悪そうでしたし……ちょっと心配」

「あー言い辛いんだけど、くりちゃんのアレ、ウチのせいかも……」


 頬をぽりぽりとかきながら、茶髪のポニーテールにチェック柄のシャツを着た南野は、言い辛そうに苦笑している。


「? なに、したんですか……?」

「いやあの……新商品の試作品一緒に食べたんだけど……お酒がすごく効きすぎてて、ね……」


 どことなく赤ら顔の南野は、足取りもおぼつかないようだ。


「普段からお酒飲むウチでもキツかったのに、くりちゃんヤバいっぽいけど、そんなにだったんだよね……」

「ロシアのだから、お酒が強かったのかもですね」


 桜庭はあははと苦笑しながら、店の戸締まりを確り行う。

 そんな桜庭の肩に、南野はいよいよ自分の頭を乗せて寄りかかる。


「お姉ーさんももう駄目だーっ! ヴィザ学の寮で寝かせてーっ!」

「ええ!? 無茶言わないで下さい!」

「なんでー? 彼氏いるからー? ってか絶対いるよね桜庭ちゃんは!」

「見た目で判断しないで下さい……。いませんってば……」


 桜庭はほんの少しだけ唇を尖らせて、南野の肩を支えて歩いてやる。


「嘘だーっ。絶対いるってー!」

「いませーん!」


 夏の夕暮れは、今は力及ばない二人の女性の影を色濃く作り出していた。


          ※


 クリシュティナは制服姿のまま、ベッドの上で目が覚める。


「うぅ……頭が痛い……」


 いつの間にか、朝になっている。それに、昨日の記憶が殆ど残っていない。電子タブレットを確認すると、日曜日にはなっている。


「ルーナは、どこへ……」


 隣のベッドに目をやるが、ルーナの姿はなかった。先に起きて身支度等の準備をするはずのメイドよりも早起きが得意な彼女のことだ、先に起きてシャワーでも浴びているのだろう。


「私も、シャワーを浴びないと……」


 身体中が汗でべたついて気持ちが悪い。ぼさぼさの栗毛色の髪のまま、クリシュティナは風呂場に入り、シャワーを浴びた。

 ルーナは寮室のどこにもおらず、クリシュティナはあくびをしながら、ロングヘアーをドライヤーで乾かしていた。


(クゥーン)

「おや白虎パイフー? 一緒にお風呂に入りたかったのですか?」


 鏡の前で使い魔に語りかけるように、クリシュティナは鏡の世界の自分と会話をする。

 

「明日、一緒に入りましょうね。身体を洗ってあげます」

(ゴロゴロ……)


 嬉しそうに喉を鳴らす白虎に、クリシュティナも微笑んでいた。


「……それにしても、休日の朝からルーナは一体どこへ?」


 誠次のところだろうか、と思いながら、クリシュティナは朝食を食べに食堂に向かうことにする。手作りが出来ないこともないが、一人なので、食堂で済ませてしまう気だ。

 ちょっとだけ贅沢な気分でエレベーターを使って移動し、食堂へ続く直線通路を歩いていく。


「おはようくりちゃん!」「おはよー」

「おはようございます」


 途中クラスメイトや顔見知りとすれ違えば、挨拶を交わす。

 その直後、進行方向上の曲がり角から、二人組の男子が廊下を全力疾走をして来た。

 一人は小野寺真おのでらまこと。そしてもう一人は、レヴァテイン・ウルを背中と腰に装備している天瀬誠次あませせいじである。


「せ、誠次?」

「クリシュティナかっ!」

「天瀬さん、手短に!」


 驚いて立ち止まるクリシュティナの前で、息を切らす誠次と、油断なく周囲を警戒する小野寺が立ち止まる。

 

「朝からどうされたのですか……?」

「騒がせてすまない。それよりも、志藤しどうを見なかったか?」

颯介そうすけですか? いいえ見ていません」


 友人を駆け回って探しているという誠次に。クリシュティナは首を横に振る。

 頬に一筋の汗を流す誠次は、「分かった」と言い、何やら私服の胸ポケットに入れてある電子タブレットをそのまま起動する。ホログラム画像は、胸から顔の高さでちょうど出力されていた。


「こちら天瀬誠次と小野寺真。ポイントデルタにも志藤はいないようだ……!」

『ポイントロメオで目撃証言だ! 夕島ゆうじまが今空間魔法で追跡している。急いで向かってくれ!』


 なにやら、悠平ゆうへいと通信をしているようだ。志藤颯介が見つかったらしい。


「急ぎましょう、天瀬さん!」

「ああ。絶対に逃がさないからな、志藤っ!」


 誠次と小野寺は頷き合い、共に再び走り出す。


「鬼ごっこ、でしょうか……?」


 困惑するクリシュティナは首を傾げたまま、走り去る誠次と小野寺の後ろ姿を見送っていた。

 食堂でのんびりと朝ご飯を食べれば、その際に思い出したお買い物のために、クリシュティナは私服姿で一人で街中へ繰り出す。やはり暑いが、麦わら帽子のお陰で顔への日差しは避けられる。


「この国の暑さにも、だいぶ慣れてきましたね」


 商店街を歩きながら、クリシュティナは呟く。以前は外に出ることさえ拒んで引きこもりたくなるほどの熱であったが、次第に適応されているようだ。

 この調子で、もっとこの国と、周りの人とも馴染みたい。沢山の思い出を作りたい。クリシュティナは、今は心からそう思うことが出来た。


「……今日の夜ご飯はルーナの大好きな、ビーフストロガノフ、マヨネーズ乗せですね」


 そうと決まれば材料の調達だ、と張り切るクリシュティナの目の前に、何やら賑やかな人だかりが出来ていた。普段通るときはそこまで賑わっているとは言い難かったこの商店街で、老若男女が揃って円を作っているこの光景は、珍しい。

 一体何事かと、人混みの中心の様子を窺おうと、クリシュティナは麦わら帽子を片手で押さえてその場で背伸びをしてみる。

 果たして、そこに広がっていた光景は、クリシュティナの度肝を抜くものであった。


「ひ、姫様っ!?」


 日本では封印している呼び名を使ってまで叫んだクリシュティナの視線の先、亡国オルティギュア王国の姫、ルーナ・ヴィクトリア・ラスヴィエイトその人は、人混みの中心にいた。

 

「おお、クリシィ!?」


 ――なぜか、白と黒のひらひらとしたメイドドレスを着て。

 ルーナはこちらを一瞬で見つけると、手を大きく振っていた。


「なぜそのようなお姿を!? 姫がメイドだなんて……もうわけが分かりません!」

「へー。最近のメイド喫茶はそんな設定もあるんだ。……そそるぜ」

「そそりませんっ!」


 すぐ横にいた若い学生風の男の呟きに、クリシュティナは虎が噛みつく勢いで返す。

 学生はおっかなびっくりに、「す、すいません……」と頭を下げていた。


「こらクリシィ。大切なお客様を怖がらせてどうする。今の私は、メイドだ!」

「天国のヴィクトル様とディアナ様が見ておられたら卒倒そっとうしますよ、ルーナ……」

「いいや。民のために尽くす事こそが一国の姫たる矜恃きょうじ。お父様もお母様も、きっと健やかに見守ってくれることだろう」


 なにより、とルーナはクリシュティナを指さす。


「君が私に言ったではないか!? このままでは働かない私は……どうしようもない自堕落姫になってしまうと!」

「い、言っていませんそんなことっ!」


 クリシュティナは慌てて首を左右に振る。そんなことは今まで一度たりとも思ったことはなかった。


「君がここに来たのも何かの運命だクリシィ。私に君をご奉仕させろ!」

「メイドがご主人様を逆指名したぞ!」「最近のメイドカフェは進んでいるな!」「めいどかふぇとはなんじゃ?」


 周囲の人々が一斉に歓声を上げる。もはや知らんぷりをして逃げることも出来なくなり、クリシュティナは麦わら帽子をぎゅっと掴んで顔を隠すようにし、店内に入店した。


「運が良いなクリシィ。私が直接ご奉仕するのは三人目だ」

「すでにお二人をお相手したのですか?」


 店内には外と同じく老若男女様々なお客さんがおり、ルーナと同じ衣装を着たメイドさんたちが、忙しそうに働いていた。ルーナの効果が絶大なのだろうか、あまりの繁盛具合に、メイドさんの人数も足りていないようだ。

 ルーナによって案内された隅の席にクリシュティナは座ると、早速ルーナはぺこりと頭を下げてきた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「え……」


 絶句するクリシュティナであったが、ルーナは「ふふん」と微かにどや顔を浮かべている。

 続けてルーナは、敬語を用い、クリシュティナと会話を始める。


「最初の二人組の時と比べれば、私も手慣れたものです。二人組のお嬢様だったのですけれど、金髪にサングラスを掛けたいかにもなお人と、ずっと本を読んでいる同い年ぐらいのお嬢様でした」

「その口調あまりにも慣れないのですけれど、ルーナ……」

「なにを仰いますかお嬢様。今の私はメイドです。お嬢様にご奉仕する身分ですので、なんなりとお申し付け下さい」


 クリシュティナはちょうど喉が渇いていたにも関わらず、差し出された水には手をつけられずに、震える手でテーブルに埋め込まれているメニュー表をタッチ操作する。


「それでは……メロンソーダを、お願いします」

「かしこまりました、お嬢様」

 

 にこっ、と微笑んで、ルーナは席を後にする。

 ルーナが背を向けて厨房へ入っていくのを見たクリシュティナは、頭を抱えていた。


「一体、どこでなにを間違えてしまったのでしょう……?」


 ちらりと、クリシュティナは店内を見渡す。本来の王家に仕える身分というオルティギュアのメイド像とは、あまりにもかけ離れた光景がそこにはあった。手でハートマークを作って、何やらポーズをとっていたり。一緒に写真撮影をしていたり。

 それこそクリシュティナからしてみれば、一体どこでなにを間違えたのか、と言えるものだが、文句を言うつもりやいちゃもんをつける気はない。問題は、ルーナともあろう人がここでメイドとして働いてしまっている状況だ。


「お待たせいたしましたお嬢様。では、今から美味しくなる魔法をおかけしますね」

「ま、まさか、()()()()()()()()()()()()()、なるものですか!?」

「い、いえ。普通に氷結属性の魔法で飲み物を冷やすのです、お嬢様」


 魔法世界にメイド喫茶も適応した。ルーナは手慣れた様子で氷結属性の魔法式を展開すると、それを氷も入っていない緑色の液体のグラスに向ける。


「……よろしければお嬢様も、手伝ってくれませんか? 二人で一緒に、魔法式を完成させるんです。私一人ですと、失敗しちゃいそうで……」

「……っ」


 そう言って小首を傾げてくるルーナに、クリシュティナもよく分からずに顔が赤くなるのを感じた。恐るべし、メイドドレスである。

 

「……分かりました」

「ありがとうございますお嬢様! それでは早速! もえもえきゅんきゅんびーむっ!」

「そこは結局きちんと言うんですかっ!?」


 二人で一つの魔法式を完成させ、メロンソーダはきゅんきゅんではなく、キンキンに冷える。

 店内で異変が起きたのは、クリシュティナがハート型のストローでメロンソーダを飲んでいた時であった。忙しそうに働いていたツインテールのメイドさんが一人、店の中で突然倒れてしまったのだ。


「あの方、大丈夫でしょうか!?」

「過労ですねお嬢様」


 大盛況状態の中、控え室へと運ばれていくメイドの姿を、二人はじっと見つめていた。


「メイドも大変ですね。なってみて初めて、その苦労が身に染みて分かります……」

「あれはやりすぎです……」

「しかし困りましたお嬢様。これではお店で働くメイドが一人減ってしまいました。この状況では、誰かが代わりにやって下さらないと……」


 ルーナのコバルトブルーの瞳と、クリシュティナのワインレッドの瞳が、合った。


「――結局、こうなるのですのね……」

「お似合いだぞ、クリシィ」


 ルーナによって急遽助っ人メイドとして働くことになったクリシュティナも、ルーナと同じく黒と白のメイドドレスを着用し、お客様をお出迎えする。


「良いでしょう。オルティギュア王家に仕えたヴェーチェル家の作法、とくと味合わせて差し上げます!」

「クリシィ……? あくまで業務内容に従ってだな……」

「いいえルーナ。主人に仕えるメイドとはなんたるか。その完璧な作法を、見せつけます!」


 メイドドレスを完璧に着こなすクリシュティナは、周りのメイドたちが引いてしまうほどの要領と手際の良さで、お客さんの相手を次々とこなしていく。


「くりちゃん、やるわね!」

「クリシュティナ・ラン・ヴェーチェルです!」

「は、はい……」


 従業員仲間から名前を省略されれば、すかさず訂正するのが今のクリシュティナである。


「この短すぎるスカートも、丈を調節します。また、接客態度の改善も同時に行います。常に笑顔でいるのではなく、必要に応じて微笑み、必要に応じて表情を殺すことを心得ます」


 本職であるクリシュティナの指摘の元、メイドたちは次々と改造されていく。

 数時間もすれば、店は時代錯誤も甚だしい上流階級用のカフェレストランへと、変貌していく。きゃぴきゃぴとした雰囲気はそこにはなく、落ち着いた優雅な空気が漂う。……内装までシックに変わっているのは、何事か。


「す、すごいなクリシィ……。さすがだ……」


 その日、ルーナとクリシュティナが働いた()()()()()は開業以降最高収益を収めたそうだ。

 しかし、クリシュティナの勝手な革命が許されるはずもなく、二人は時給を貰い、出禁となってしまった……。

 西日が眩しい夕暮れの歩道を、二人の魔法生が歩く。


「すまなかったクリシィ……。いらない心配をかけてしまったようだ」

「いえ私こそ……。何かしてしまったようで、申し訳ございません」

「……本当に記憶がないのか?」

「はい。私はいったい、なにをルーナに言ってしまったのでしょうか……?」

「い、いや。思い出さないほうが、良いと思う……」

「そうでしょうか……」


 慌てるルーナに、クリシュティナは視線を落としていた。

 二人が手に持つ鞄には、なぜか記念にとお店から貰った衣装であるメイド服があった。


「……やはり私たちは二人で一つ。足りない部分は、お互いに補い合っていくべきだな」

「……はい。私には私。ルーナにはルーナの得意な部分が、あるのですよね」


 二人はお互いに見つめ合い、微笑みあっていた。


「それでも足りないときは、誠次や、ヴィザリウス魔法学園の皆を頼れば良い」

「そうですね。あの人たちとなら、なんだってできそうで、どんな困難も乗り越えられそうです」


 確かな確証を胸とメイドドレスに抱き、クリシュティナは胸にそっと手を添えていた。


「しかし、せっかく身につけたメイドスキルをこのまま発揮しないのは少々勿体ないな……。可愛らしいのに」


 ルーナも自分のメイドドレスを眺めて、少しだけ残念そうな顔をしていた。


「では、誠次相手に発揮してみては如何ですか? 誠次はきっと恥ずかしがるでしょうが」

「ふふ。メイド服を着て誘惑してみるか?」


 ルーナは不敵に、妖しく微笑む。


「ご主人様を誘惑するなんて、いけないメイドですね」


 しかしクリシュティナの笑顔もまた、どこか蠱惑的で、イケない考えを抱いているようにも見えた。


            ※


 ルーナとクリシュティナがメイドとなって働いているその時、誠次もまた、夏のアルバイトを行っていた。


「準備OKか、誠次?」


 悠平の問いに、誠次はこくりと頷く。

 傍らには、ようやく捕まえた()()の志藤がいた。

 彼はぐったりとしており、今からでもこの場から逃げ出したいようだ。

 ――しかし、退くわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。目の前の困難から目を背けて、逃げ出すことは簡単だ。だが、その困難を乗り越えた先に待つ頂こそ、おれたちが立つべき場所。

 

「……っく。気をつけろ誠次、志藤! 時間は稼いだっ!」


 負傷した様子の聡也そうやが、小野寺に支えられながら戻ってくる。

 小野寺もまた、顔に汗を流し、苦しそうな表情を浮かべていた。


「敵は目の前です! どうか、お気をつけてっ!」


 任せろ、と誠次は頷き、傍らの志藤を見る。

 彼は尚もぐったりしていたが、とうとう観念したように、のっそのそと歩きだした。

 向かう先から、みんながこちらを呼ぶ声がする。誰かが困っている。ならば、この力を持って戦い、守るのみ!

 誠次と志藤は悠平のゴーサインを確認し、いざ、戦いの場へ飛び出した。


「「「ユキダニャーンっ! ナツダワーンっ!」」」

「もっと大きな声でー! 聞こえないよーう!」


 お姉さんのスパルタ声優指導に、子供たちはより一層の声を張り上げ、悪の怪人(人形)と戦うユキダニャン(誠次)とナツダワン(志藤)を召喚した。


挿絵(By みてみん)


少し早いですが、本編は次週の更新で年内では終わりにさせていただきます。勝手ながら、年末の充電期間と思っていただければ幸いです。

幸せなメリークリスマス&よいお年をお迎えください!

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