ガブリール元魔法博士によるなんと愉快なシアのシアわせ大作戦 (小話) ☆
香ばしい紅茶の香りと共に、この私、ノア・ガブリールの朝は始まる。
布団から起き、それを丸めるようにしてたたみ、畳の隅へ。部屋に一つある窓のカーテンを開けると、東京の雨模様が広がっている。
「フム。噂には聞いていたが、この国の梅雨と言うのはじめじめしてて、過ごしにくいな」
畳の不愉快な湿り気を足の裏で感じながら、ガブリール元魔法博士は呟く。
ピンッ! その電子音がキッチンシンクの方から聞こえれば、梅雨の湿気で鬱屈となりかける心も幾らか晴れ渡る。
目覚めの時と同じ時間にセットしておいたティーポッドが、自動で紅茶を用意してくれたのだ。
「フハハハ。英国紳士には優雅な紅茶と相場が決まっているのだよ」
東京は一人暮らしの六畳間のアパートで、ガブリール元魔法博士はコップに注いだ紅茶を優雅に味わう。お世辞にも広いとは言えない室内でも、そこは至福の瞬間であった。
初めてここに来たときは、慣れない環境もあり、生活に手こずったものだ。しかし、近隣住民の人の温かさと、大家さんの優しさもあり、今ではすっかりこの生活に馴染んでいる自分がいる。今も冷蔵庫の中には、隣の人から頂いた煮物がタッパーに入って保管されている。
大家さんも、何でも前まで住んでいたロシア人の少女二人組から、連続して英国人が住むことに最初は驚いてはいたが、二度目ともなると手慣れた様子だった。
「我が愛しの妹シアよ、魔法学園生活は順調だろうか……」
剣術士たちの活躍により、晴れてマフィアの呪縛から解放された兄妹は、この梅雨真っ只中の国で新たな人生をスタートさせていた。
「そう言えば、確かリンカン学校と言う行事に参加するとは聞いたな」
相変わらずデバイスの操作は出来ないでいる妹なので、電子タブレットは持たせてはいない。そんな時に重宝する連絡手段が、ガブリール元魔法博士の使い魔であった。
正直どのような事をする行事なのか、学校にもろくに通えてはいなかったガブリール元魔法博士には分からなかったので、知りたいと思う。何よりも、初めて学園行事を迎える妹の為に、なにか役に立てることはないだろうかと、想いを乗せ――、
「羽ばたけ!」
雨空へ向け、ガブリール元魔法博士が発動した眷属魔法の魔法式から、白い鳩が飛んでいく。所謂、伝書鳩と言う奴であった。マフィアの資金源にされていた時も、妹とは隠れながら使い魔の鳩を使って連絡をしていた時もある。
「なにか、困っていることはないだろうかシア。もしあれば、この私が例え地球上の何処へいてもすぐさま駆け付けるだろうっ!」
マントとハットこそ無くなったが、妹への愛情はなくならない。雨の日でもここからでも薄らと見えるヴィザリウス魔法学園の校舎を見つめ、ガブリール元魔法博士は高らかに宣言していた。
――ドンッ!
下の階から天井をどんされる。
「そ、ソーリー……」
……早朝から余りにもうるさすぎたようだ。
しばらくすると、伝書鳩がヴィザリウス魔法学園方面から戻ってくる。雨にも負けじと舞い戻ってきた使い魔に、ガブリール元魔法博士は頭を軽く撫でてやった。
足には、シアから返信の紙が巻き付いている。
【お兄さん。私は元気にやっています。クラスのみんなも優しく接してくれて、イギリスの事とか訊かれて、日本の事を教えてもらえたりしています。そんな皆と行く林間学校が楽しみです――】
「そうかそうか」
手紙の途中から、ガブリール元魔法博士はうんうんと深く頷く。充実した魔法生生活を送っているようで、なによりだ。
最愛の妹からの手紙は続く。
【林間学校はウタヒメちゃんと同じ班です。男の子からいっぱい声をかけられますけど、一番お話ししたい王様は、なぜか廊下ですれ違っても距離をとろうとします。そこで私が近付いて話しかけても、目を合わせようとはしてくれません。とても悲しいです。すごく淋しいです。私は、王様に嫌われてしまったのでしょうか。でしたら、仲直りしたいです。あ、ちなみに王様とは、天瀬誠次先輩のことです】
――スっ。
ガブリール元魔法博士は、座っていた座布団から立ち上がり、身支度を始める。外のアパートの駐車場にある、周囲のそれと比べればとてつもなく浮いている超高級自動運転車に乗り込み、目的地をヴィザリウス魔法学園へセットする。
雨粒を弾きながら、ガブリール元魔法博士の乗せた科学技術の結晶は、魔術師たちの里へ向けて走りだす。
※
「一体どう言うつもりだ剣術士!?」
「いや貴方こそどう言うつもりだ!?」
魔法学園の談話室にて、突如として現れた私服姿のガブリール元魔法博士に、制服姿の誠次はツッこみ返す。自身の事を暴露した魔法博士であったが、それでも有名人であることに変わりはない。女性ファンの多さに比例して、ここヴィザリウス魔法学園にも、年代も近いことから女子高生のファンが多くいた。
談話室には、そんなガブリール元魔法博士目当ての女子生徒が大勢詰めかけている。つい先ほど姿を現したばかりだと言うのに、彼女たちの情報網の拡散速度は目を見張るものがある。
「私の妹はとても悲しんでいる!」
「ちょっと、ここで話すには人が多すぎませんか!?」
シア・ガブリールがガブリール元魔法博士の妹であることは知れ渡っていない。苗字は同じであるが、それだけで兄妹と判別は出来ないだろうが、これでは公になりそうだ。
「それもそうだな、剣術士。まずは落ち着いて話せる場所へ移動しようではないか!」
「出来れば先に言いましょう、それっ!」
梅雨の雨降る魔法学園で、誠次はガブリール元魔法博士を連れて、自分の寮室へと向かった。
誠次はそこで、兄であるガブリール元魔法博士に妹のシアが送った手紙の内容の事を、知らされる。
「シアさんが、そんなことを……」
「私の妹は、君に避けられて心に深い傷を負った。訴訟も辞さない。示談金で解決はする」
「汚いな元魔法博士! 金の稼ぎ方がマフィア並みに汚い!」
ぎろりと睨みつけてくるガブリール元魔法博士に、誠次はおっかなびっくりにツッこむ。
「……俺も、向こうからせっかく話しかけてくれるのに、距離をとってしまって、申し訳なく思っています……」
誠次は顎に手を添え、真剣な表情で言う。
「ではなぜなのだ剣術士!? なぜ露骨に妹と距離をとろうとする!?」
「それは……」
誠次は口篭もる。真実を、言うべきなのか、否か。真実を告げれば、それでガブリール元魔法博士は納得して、自分の身も安全だろう。しかし代償として、シアのコンプレックスな部分をおおっぴらにしてしまう。
なので誠次は慎重に、言葉を選んだ。
「シアさんは……防御力がとてつもなく低いんです」
「……ほう?」
ガブリール元魔法博士が、首を傾げる。
「それでいて、攻撃力がとてつもなく高いんです」
「私は、攻撃力重視の育て方をしてしまったのか……」
あながち間違ってはない。
「そうです。つまり、シアさんの防御力を底上げすれば、俺もシアさんと対等に戦えます!」
「戦うどうこうの問題だったのか!? これは!」
「ある意味ではそうです。俺が男として生まれ持った宿命と、シアさんが女性として生まれ持った宿命。……そのぶつかり合いなのです!」
誠次は右手でガッツポーズを作り、拳を震わせる。
深いのだな、とガブリール元魔法博士は唸る。
「防御力を上げる……。具体的には、どうすればいいのだ剣術士?」
「一番手っ取り早い方法は、やはり、装備を揃えることです」
「装備とな。それはどこで手にいれるのだ?」
「女性用下着店です」
「ダンジョンだと!? それは、何処にあるのだ!? 剣術士と魔術師で攻略出来るのか!?」
「パーティー編成前に男が二人で入るには危険すぎます! 世間体的な意味で!」
「パーティー編成前に世間体的な意味を気にするダンジョンとは、一体……っ!?」
ごくりと息を呑むガブリール元魔法博士に、誠次は恐る恐る告げる。
「ですので俺は、ここで救援を呼びたいと思います! 頼りになる、女性を一人!」
誠次は電子タブレットを起動していた。
「――なるほど。それで、シアの攻撃力を抑えて防御力を上げたいわけね」
男子寮棟にやって来た、女性というよりは少女、帳結衣は、要領良く頷く。
「そうなんだ結衣。どうか、協力してくれないだろうか?」
誠次が頼むと、結衣は「いいですよ」と返事をする。
「用は下着を履かせればいいんですよね?」
「あ、言うのか、それ……」
せっかくここまで引き延ばした誠次の努力(?)を、全て無に帰しながら。
「俺の努力が……切ない……」
「? どういうことだ?」
しょんぼりとする誠次に、きょとんとするガブリール元魔法博士を前に、「この男たちは揃いも揃って……」と結衣が唖然とする。
「貴方の妹のシアさん、未だにノーパンノーブラなんです。この間一度履かせたんですけど、翌日はすぐに元通りで」
「それをなぜ剣術士が避ける?」
「貴方はお兄さんだからそこまで感じないかもしれないですけれど、あの娘のあれは男子から見たら凶器なんですよ。……一部の、女子からも」
最後は面白くなさそうにだったが、結衣は説明する。
「ほほう。つまり下着を着させないと、シアのシアわせは訪れないと」
「はい……。やはりシアのシアわせを考えると、シアに下着を着させないといけないと思います」
「うー……なんか頭痛くなってくる」
結衣が頭を抱え始めるが、顔を左右に振り、こほんと咳払いをする。
「このままじゃ誠次先輩の言うとおり、問題になりかねません。林間学校もすぐですし、他の男子たちももうすぐ気づいちゃいますよ。ただでさえ目立ちますからね」
「それはいかんな……。シアの裸に気付いた者は、もれなく表だっては言えないことで粛正するしかなくなる」
「さっきからいまいちマフィアの呪縛から抜け出せていないんだよな……」
ぼそりと呟いたガブリール元魔法博士に、誠次はツッこんでいた。
「ここはみんなで力を合わせて、シアのシアわせの為に下着を着けさせよう大作戦、を実施するべきです!」
今度は誠次が咳払いをし、二人に告げる。
「確かに、淑女としての身だしなみは重要だ。兄としてその作戦、乗った!」
「私も手伝います。……いい加減真横でぶるんぶるん揺れてるのもどうかと思いますし」
二人の意思を確認し、誠次は気合いを込める。
「俺も一肌脱ごう! 下着は着させるけれどな! ……ハハハ!」
「なにか言いました? 先輩?」
「……なにも」
結衣の冷ややかな視線を受け、誠次は掲げた握り拳を降ろしていた。
早速、シアのシアわせ大作戦は開始された。作戦参加人数は三人。誠次、ガブリール元魔法博士、結衣だ。
期限である林間学校までもう何日もない。作戦は三人が集結しているここで決める必要がある。
ガブリール元魔法博士は私服のままだと目立つため、誠次の制服の予備を着ることになった。元々スタイルはモデルのようによく、しゅっと締まって似合っている。
「まずはこの私直々に行こう!」
ばさり、と魔法博士時代であったら誇らしげにマントを靡かせていたであろうガブリール元魔法博士が、今は青いネクタイを靡かせ、シアが現在いる1―A教室前で名乗り出る。
「正直噛ませ犬臭しかしないけど、頑張って! ……なんとか元魔法博士!」
廊下にて待機する結衣が、彼の背を押す。
「噛ませとは失礼だな! そしてあと、元魔法博士が出てどうして名前が出てこない!? 元より先にガブリールでよくないか!?」
ガブリール元魔法博士は反論し、しかしすぐに前を向く。
「なに。勝算はあるさ。シアは私がこの場にいることを知らない。私が直々に赴いたことで、それはそれは素晴らしいサプライズだろう!」
「――お兄さん、どうしたの?」
「ホワイッ!?」
教室のドアが開き、中から姿を見せたのは、なんとシアであった。金髪に赤いリボンを巻いた、可愛らしい容姿の英国少女である。
「ど、どうして分かったのだ!?」
「お兄さんの大きな声が聞こえたから。それ、先輩の制服だね」
そりゃ聞こえて当然だろうと、誠次と結衣は廊下の角に隠れて様子を窺う。問題は、ここからガブリール元魔法博士がどう展開していくかだ。
「や、やあシア! 元気だろうか!?」
「うん。ぼちぼち」
「そうかそうか! それは素晴らしい!」
何だか既視感を感じ、誠次が頭を抱えていると、結衣がジト目でこちらを見上げている。
「流れ止まりましたね。あれ、どこかの誰かさんみたいですよ?」
口に手を当て、笑いを堪えながら、結衣がこちらの脇腹を軽く小突いてくる。
そんなことをされると、ついつい誠次もムキになり、仕返しとばかりにこんなことを言う。
「結衣こそ、悠平お兄ちゃんと話す時は、シアみたいに嬉しそうな顔してるぞ」
「へ……っ」
結衣は顔を真っ赤に染め、呆気にとられたような表情で、シアを見つめる。
シアは、はるばる学園へ来たガブリール元魔法博士を前に、嬉しそうに微笑んでいた。
「あんな顔してないってば! ……ばか」
「すまない。でも、助けられて本当によかったよな。潜水艦の中で闘ってくれていた結衣と篠上のお陰もある」
誠次は兄妹を見つめ、和やかに微笑む。
ぶつぶつと呟いていた結衣は、そんな誠次を見上げてから頷き、誠次と同じ方を見る。
「……こっちこそ、三回目のありがとう。って言うか、何回私のこと助けてるのよ……」
そうこうしているうちに、ガブリール元魔法博士が戻ってきた。晴れやかな表情をしているが。
「私には……無理だったよ……」
「「でしょうね」」
最終的には世間話を繰り広げていたガブリール元魔法博士では、勝算はなかった。表情だけはなぜかやり遂げたかのようにすっきりとしている、ガブリール元魔法博士である。
シアは教室を離れ、休み時間を過ごしに何処かへ向かうようだ。
「こうなったら、私が行くわ!」
意を決した様子で名乗り出る結衣。その自信満々な表情を見る限り、なにか作戦でもあるのだろうか。
「誠次先輩!」
「はい?」
「付加魔法させて!」
「はっ!?」
問答は無用と、結衣が右手で魔法式を生み出す。
今は白い付加魔法の魔法式を向けられ、慌てるのは誠次の方だった。
「む、無茶苦茶言うなっ! 特訓中ならまだしも、なぜに今!?」
誠次が訊くと、さすがの結衣も恥ずかしいのか、瞳を瞑りながら、捲し立てるようにして言う。
「付加魔法中の私……桃華なら、ライブの時みたいに自信が湧くから……」
「し、しかしここでか……!」
「ライブ? なにを話しているのだ……?」
ガブリール元魔法博士がきょとんとしているが、シアはみるみるうちに遠ざかっていく。
そう気安く発動していいものでもないというリスクはあるが、今は結衣を信じる。
一瞬の迷いを、目の前で赤い瞳を光らせる結衣によってかき消された誠次は、右腰の鞘に納刀していたレヴァテインを、右手の逆手で引き抜き、手元で回転させ、結衣へ向ける。
「さあ見てなさい……! ショータイムよ!」
誠次がレヴァテイン・弐をかざした瞬間から、結衣が展開した魔法式は、緑の色を帯び始める。
「ほう……なんとも興味深い……」
魔法の技量はないが、知識は豊富であるガブリール元魔法博士は、結衣の手の先で光る魔法式を見て唸る。
間もなく、付加魔法注入は完了した。
結衣は眼鏡を外し、桃華となって不敵な笑みを見せている。
一方で、緑色に光る目をした誠次は、すぐにレヴァテイン・弐を鞘に収めるが、収まりきらない魔素が、端々から放出されている。
「頼むぞ桃華!」
「誰に向かって言ってるのかしら。任せなさい!」
天下無敵の後ろ姿を見せつける桃華は、シアの目の前に回り込み、彼女の前に立ち塞がるようにしていた。
「あ、ウタヒメちゃん。眼鏡付けてない」
「ええそうよ。私は桃……じゃあなくて、今はそんなことどうでもいいわ」
桃華は左手を胸に添え、右手を突き出し、シアに向ける。
「シア・ガブリール! 今すぐ下着を着けなさい!」
「えー。嫌だ」
「今日はそうは問屋が卸さないわよ! なぜなら今の私は、覚醒してるから!」
「そうなの……?」
シアは首を傾げている。
「覚醒してるウタヒメちゃんも、可愛い」
「……うっ、き、今日こそは、貴女の為でもあるんだからね!」
「だって、窮屈なんだもん。それに、私はちゃんと一回着けてみた。今度は逆に、一回ウタヒメちゃんが外す番だと思う」
「そう言うもんじゃないでしょ!?」
徐々に押され始めている桃華を、年上の二人の男子が見守る。
「おや、なにか進展があったようだぞ」
「桃華……俺は信じてる」
異様な雰囲気を放つ誠次の真横で、ガブリール元魔法博士が目を凝らす。
……なぜか、シアが桃華の夏服の背に腕を回している。端から見れば、廊下で抱きついているようにも見える。
「ちょっとシア!? だめっ、セイジが見てる……っ!」
「そ、剣術士!? 目を、目を塞げっ!」
ガブリール元魔法博士が誠次の背後に立ち、両瞳を手で押さえてくる。
「ガブリール!? 一体なにをするんだ!?」
「我が妹と歌姫のあんな痴態を見るわけにはいかない……っ!」
「ほらほらっ」
「いや……っ。いやぁ……っ――」
しばらくすると、顔を真っ赤に紅潮させ、なぜか胸元を抑えた桃華が戻ってくる。涙目で。
「ま、負けた……っ。なんなのよあの娘は本当に……っ!」
「私からも謝罪しよう歌姫……」
「桃華でも駄目なのか……っ!」
誠次は歯軋りをして、悠々と歩くシアの背を見つめる。心なしか、足取りはますます軽やかになっているようで、肌もつやつや輝いている。
「我が妹ながら、こうまで下着を着けたがらないとは……」
「諦めるのはまだ早い。俺が行く!」
二度あることは三度ある、ではなく、三度目の正直で決める。
意を決した誠次は、緑色の光を帯びた付加魔法状態のまま、シアの前まで躍り出る。
「止まれ、シア・ガブリール!」
「うわ、びっくりした」
「勢いはいいな」
「問題はここからよ、セイジ」
二人の視線をシアの背後から受けながら、誠次はシアの前に立ち塞がる。
「シア! 今まで君をわざと避けるような真似をしてすまなかった……。でも、俺はもう逃げたくない! 君と向き合いたいんだ!」
「なにか、意味が違うように私には聞こえるのだが!?」
「しーっ! 今いいところだから!」
誠次は戸惑うシアの前で、腕を振りながら告げる。
「俺と一緒に、ランジェリーショップまで来てくれないか!?」
「なにか、新手のナンパのように見えるのだが!? しかも結構ゲスイぞ!?」
「この強引さ……やるわねセイジ!」
一方で、なぜかシアは少し、悲しげな表情を浮かべていた。
「王様……変わってなかったの……?」
「……っ」
そんなことを目の前の少女から言われ、誠次は俯き、付加魔法を任意解除する。
「――……君の言う王様とは、かつてこの剣を振るっていた……スルトのことか?」
瞳を閉じて開ければ、黒い目に戻った天瀬誠次がいた。
「わからない……。私の夢に出てくるのは、王様って言われてる存在だけ。強くて、でも怖い。……あなたにそっくり」
誠次は背中のレヴァテイン・弐の重圧を感じながら、腰のレヴァテイン・弐を見つめる。
「……俺には、みんなと同じように前世の記憶なんてものはない。でも、無自覚でこの剣を振るう事は出来ないと思っている」
「最後は、その剣が、何もかもを消していた。そこで、いつも目が覚める」
シアは怯えているようだ。
「俺は……この剣に眠る力が仲間を守ることだけに使われるよう、願っている。……いや、俺がそうしていく」
「うん……信じる。私とお兄さんを助けてくれたし、貴方は優しい人」
「どうか安心してほしいシア。それと出来ればこれからは王様じゃなく、天瀬誠次って呼んでほしい。何よりこの魔法世界にはもう、みんなが頼りにする魔術師の王様がいるし」
誠次の制服の胸ポケットに印刷されている国際魔法教会の紋章をじっと見つめていたシアは、ゆっくりと頷いた。
「じゃあ、誠次先輩。……私と、お兄さんを助けてくれてありがとう! 私、ここに来れて良かった」
にっこりと、シアは天真爛漫な笑顔を見せていた。
シアの笑顔を見ることが出来た誠次も、にこりと微笑み返していた。
シアと別れた誠次はくるりと振り向き、二人の元へ戻る。
「終わりました—―」
「なぜに我が妹の君の好感度を上げにいったのだ!?」
「なんで毎回いい話で終わらせようとしてるんですか!?」
「……しまったっ。も、もう一度行ってくる! というより、今度は三人で行けばよくないか!?」
「「今までの意味はっ!?」」
言い争う三人。すべては、たった一人の少女のため。
そんなシアのシアわせ大作戦。その作戦目標は、最初から達成していたようなものだったのかもしれない。
「…………」
実は三人が自分のことをつけていることに気が付いていたシアは、廊下の角の先で言い争う三人組の会話を、微笑ましい思いで聞いていた。
※
—―数日後。
ノア・ガブリールの午後は、紅茶とスコーンによって始まる。
「フム。今日は午後から天気が崩れるそうだな」
一人暮らしたるもの、天候は常に把握し、有事に備えなければなるまい。有事とは、外で干している洗濯物がずぶ濡れになることだ。
「シアよ……。リンカン学校は楽しんでいるだろうか」
そんなことを思い、窓の外の白い空を眺めていると、ちょうど使い魔である伝書鳩が舞い戻ってくる。
ガブリール元魔法博士はさっそく、最愛の妹からの連絡を確認する。
【お兄さん。あれから結衣ちゃんとちゃんとお話して、ちゃんと下着を着るようにしました。変な気分だけど、誠次先輩とお話出来なくなるのは悲しいから、ちゃんと着ます】
「そうかそうか。それでこそ我が妹だ」
伝書の前で満足そうにうむうむと、ガブリール元魔法博士は頷いていた。
【林間学校だけど、雨が続いてるってことで、目的地が変わったんだ—―】
※
同時刻、天候が崩れる前の千葉ラビットパークにて。
「? すまない千尋。デンバコに着信だ」
「はい」
わずかながら出来ていた千尋と過ごす時間の中で、誠次はズボンのポケットに入れていた電子タブレットを取り出す。
千尋は最寄りのベンチに腰掛け、つい先ほど買っていたラビットパーク名物、ニンジンチュロスを美味しそうに頬張っている。さきほど一口食べさせてもらったが、ニンジンが苦手だった誠次には一本は多すぎるのでちょうどよかった。
「結衣から?」
誠次は画像付きのメールをタッチしてみる。
【カレー作りに代わりはなかったけど、今年の目的地は伊豆の海バーベキュー場になったの! 晴れてるからってことで。下着着るようになったシアも一緒!】
「そうか……。楽しそうでなによりだ」
誠次は口角を上げ、ホログラム画面のメールを指でスクロールする。
そして一番下に添付されていた画像。そこには、伊豆の海水浴場で遊んでいると思わしき、結衣とシアの写真があった。
—―あったのだが。
「いや本当にシア下着着けるようになったんだよな!? 心配になるぞ!?」
結衣は黒いビキニと、シアは白いビキニ。両者ともに、普通の水着よりは、幾分にも扇情的に見える。下も何かの拍子で解けてしまわないか、心配になるほどの紐で結ばれている程度である。
「誠次くん? どうしたのですか?」
後ろの方から、チュロスを食べ終えた千尋が声を掛けてくる。
「い、いや—―」
なにも、と言いかけたところで、誠次はゆっくりと振り向く。
「なあ千尋、一つ……訊いていいか?」
「はい……?」
真剣な表情の誠次に、千尋は戸惑うように首を傾げる。
「女子って……その……す、好きな異性に、自分の勝負水着とやらを写真で見せつけるものなのか!? だとしたらその意図とは一体!?」
かつては自分もしたことがある行為を思い出してか、千尋の頬はみるみるうちに真っ赤になっていく。
「えっ!? い、いえあれは特別なことでして……誠次くんが喜んでくれればと思いまして……。って、なんで今それを訊くのです!?」
「そ、それは……」
「おっ、お二人さんこんなところにいたの? 探したよーもうー」
「そもそも相村が一人でどっかに行こうとするからだろ」
千尋より疑念の眼差しを向けられる誠次の元へ、二人の先輩が戻ってくる。
「ごめんごめん。ウチも迷子になりかけたけど、やっぱり来てくれたんだね?」
てへっ、と女性の先輩は下を軽く出し、相手である男性の先輩に謝る。
「まったく……。放っておけないからだ」
男性の先輩はやれやれと、軽く息をついていた。
しっかり者の彼はいつだって、放浪癖のある彼女のことを追いかけて、きちんと連れ戻しているようだった。
私事ですが、お盆は伊豆でのんびり過ごしました。伊勢海老もアワビもとても美味しく、海もとても気持ちよかったです。意外と水が奇麗で、海が苦手な人でも楽しめるんじゃないかと思います!
シリアスになりがちな本編の各章に、こういうなんでもありなギャグ(?)回を挟みたくなってしまった作者の独り言でした。




