表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
梅雨のドンキホーテ
28/189

7

 本来ならば四人で泊まるはずだったラビットパーク内のホテルの一室に、今は三人の男女がいた。

 時刻は夕暮れ。高層階の窓の外から見渡すことが出来るメインストリートには、ホログラムの規制線が張られ、その周辺を黒いスーツ姿の男女が忙しく動き回っている。


相村あいむらが、連れ去られた……。父親に……。本当、なんだな……?」


 部屋の中央のベッドの上に腰掛け、長谷川翔はせがわしょうがうわごとのように呟く。

 誠次せいじはベッド近くの鏡の前の椅子に座り、重苦しい表情で頷いていた。


「はい……。俺は見ていることしか、出来ませんでした……」


 首筋に残った冷たい感触に恐怖していたのも、勿論あっただろう。しかしそれ以上に、相村佐代子あいむらさよこの意思を聞かずに彼女の実の父親に対して、右手に握っていたレヴァテインを振るう事への躊躇が、彼女の身柄の誘拐を許した。


「……誠次くんが、気に病むことは……」


 二人に気を使ってキッチンに立つ千尋ちひろは、エプロンを身に纏い、二人の前に冷たいお茶を差し出していた。

 空中でドローンのように浮遊するコースターに乗せられたお茶を取り、誠次は口をつけてみる。ただ冷たいという感触がそこにはあって、口内は味も感じなかった。


「これは魔法を使った誘拐だ。きっと、特殊魔法治安維持組織シィスティムが相村を連れ戻してくれるはずだ」


 長谷川が気にするなと誠次にそう声をかけるが、当人すら、自分に言い聞かせているようである。


「でも相村博文あいむらひろふみさんは、特殊魔法治安維持組織シィスティムにも警察にも通報しても無駄だと言っていました」


 それがどういう意味なのか、誠次にはまだ分からなかったが、彼の自信のある表情に一切の恐れはなかったとは、はっきりと覚えている。まるで、自分のしていることは全て正しいと、言わんばかりの立ち振る舞いであったのだ。


「そんなことはない。これは違法だ。相村だって、望んで連れて行かれたわけじゃないんだろう?」


 長谷川の言葉は、こちらに即座の回答を要求してくるように、徐々に早口になっていく。


「……分かりません。きっとそうだとは、俺も思いますけど……」

「だったらっ!」


 長谷川が思わずといった様子で、立ち上がる。空中に浮かんだコースターが不規則に揺れ、千尋も、少々怯えるような目で、長谷川を見つめていた。


「待てば、待てば相村は戻ってくるはずだ。怪我人だって沢山出たんだし、犯人たちは、すぐに捕まるだろ……」

「長谷川先輩」


 誠次がそっと声をかけると、長谷川は苛立ちを隠しきることが出来ずに、今まで見たこともないような表情で、誠次を睨んでいた。


「なんだ天瀬?」


 出会った頃から親しみやすくて、優しい先輩。と言う姿でしか長谷川を見ていなかった誠次は、その長谷川の鬼気迫った表情を前に、吐き気すら感じてしまうほど、身体を弛緩しかんさせる。

 しかし、言わねばなるまい。


「これはあくまで推測ですが、このまま相村先輩が戻ってくる可能性は、限りなく低いです」

「……その根拠はあるのか?」

「少なくともこの誘拐は、計画的に仕組まれたものでした。そして堂々と犯人たちは俺の前に姿を現した。そんな奴らが、特殊魔法治安維持組織シィスティムに通報すれば全て解決することが出来る、なんて簡単な方法を残してくれるとはとても思いません」

「あくまでも通報しても無駄だって、お前は言いたいのか?」

「長谷川先輩さん……怒るべきは、誠次くんではないはずです……」


 二人のやり取りの暗雲が濃くなるのを感じた千尋が、か細い声をかける。


「相村先輩を確実に取り戻すには、俺たち自身が行動を起こす必要があるはずです!」


 鏡に映った自分と共に、誠次は止血した顔を上げる。

 意地でも長谷川の顔を見つめ返すが、逆に長谷川は、誠次から視線を逸らす。


「俺だって、相村を取り戻したい。相村は……俺の大切な彼女だ」

「でしたら――っ!」

「でもお前の言うことは間違っている、天瀬。特殊魔法治安維持組織シィスティムを頼るべきだ。俺たちが迂闊に行動しても、どうしようもない」


 長谷川は悔しそうにくちびるを噛みしめ、誠次に告げる。


「それじゃあ駄目なんです! 戻ってくる確証はありません!」

「俺たちは学生だ! 相村だって。そして事件に巻き込まれたんだぞ!? 特殊魔法治安維持組織シィスティムが黙っているはずがない!」

「相村先輩が帰ってくるまで大人しく待っていろって、貴方は言うんですか!? 向こうは攻撃魔法を容赦なく使って人を怪我させてまで、人を誘拐する連中ですよ!? そんな奴らに相村先輩を奪われたままでいいんですか!?」

「よくないに決まってるだろっ!」


 がしゃんと、音を立て、長谷川がベッドから立ち上がる。


「俺だって相村の事が心配だ! でもどうにも出来ないだろう!?」


 ――だから分かってくれ。――俺だって必死なんだ。

 怒る長谷川の表情の奥には、まだ彼なりの優しさが残されており、誠次に必死に訴えてくるようだ。

 だがしかし、このまま彼の感情と意見に流されるわけにはいかない。

 全身に熱を宿した誠次は、震える足を律し、反射的に立ち上がっていた。


「出来ます! 俺たちの手で、相村先輩を取り戻すんです! このまま待っていても、元の相村先輩が戻ってきてくれるとは限りませんっ!」


 誠次は長谷川を睨みつけ、反論する。


「……そうだよな、天瀬。お前にはその為の力があるんだから、そう簡単そうに言えるんだよなあっ!?」

「お願いだ長谷川先輩……! 相村先輩を取り戻すには、貴方の力が必要なんです!」


 必死に訴えるが、長谷川はおもむろに近付き、両手で誠次の服の胸ぐらを掴む。がたんと、音が鳴ったのは、誠次の足下の椅子が押されたからだろう。


「長谷川先輩さん!?」


 千尋が叫び声を出すが、長谷川は構わずに誠次の身体を引き寄せ、至近距離で睨みつける。

 誠次は歯を食いしばり、長谷川を睨み返し、震えかける声で叫ぶ。


「相村先輩は、貴方を守るためにも俺と一緒に戦ってくれた! その思いを無駄にする気ですか!?」

「俺たちが行動しても無意味だ!」

「なぜそうだと断言できるんですっ! やってみなければ分からないだろっ!」


 ついには、誠次までもが長谷川の服の胸ぐらを掴み、押し返そうとする。

 細身の長谷川であったが、その内に眠る力は思いのほか強く、二人は睨み合い、引きずり合った末、両者壁に追突する。


「やめて下さい、二人ともっ!」


 千尋の必死の叫びも虚しく、衝撃で室内の照明がちかちかと点滅を繰り返す。


「やってみなければ分からないだと!? そんな当てずっぽうな考えで行動しても、逆に相村の首を絞めるだけだろっ!」

「じゃあどうする気なんですか!? このままヴィザリウス魔法学園に戻って、相村先輩が帰ってくるのを待っていろって、アンタは言うのか!」

「黙れーっ!」


 長谷川が誠次を投げ飛ばすように身体を押し倒し、シングルベッドの上に誠次は倒される。

 すかさず長谷川が馬乗りに飛び乗り、誠次の腕を掴んで胸元に強引に押し当てる。


「相村を攫った連中がどんな奴らなのかも分からないんだぞ! 俺は昔、突発的な行動を繰り返す生徒会長の補佐をしていた。これはだからこそ言えることだ! 迂闊な行動はかえって自分の首を絞めるだけだ!」


 分からせるために、なのだろうか。完全に頭に血が上っている長谷川は、空いている手で誠次の首を押さえつける。

 誠次はがはっ、と咳を吐き、透明な唾をまき散らす。


「そうです……分かるのは、人を攫うためだったら無差別攻撃を仕掛けるような連中だってことだ……っ」


 それでも黒い瞳は、長谷川を強く睨みつける。


「何が言いたい!?」


 口で荒い呼吸を繰り返す長谷川は、誠次を睨み返す。


「そんな凶悪な連中のところに、相村先輩を奪われたままでいいわけがないんだっ!」


 寝かしつけられる姿勢の誠次は、思い切り足を蹴り上げ、馬乗りをしている長谷川の背中を膝で叩く。

 衝撃で長谷川の身体が前のめりになり、バランスを崩す。誠次は長谷川の腕を振りほどき、強引に長谷川を押し返した。


「貴方にだって分かってるはずだ! どうして行動しようとしない!? 相村先輩は貴方の助けを待っているっ!」

「何でもかんでも勝手に決めつけるな!」


 ベッドから蹴飛ばされた長谷川はすぐに立ち上がり、半眼となった目で誠次を睨み、攻撃魔法の魔法式を向ける。

 誠次はすぐにベッドから降り、長谷川の懐に飛び込み、右手を掴み挙げていた。


「俺には、お前みたいに力もない! そして、お前や兵頭ひょうどう先輩みたいに後先考えずに前に進む事も出来ない! 先頭を立つ人の影で、その人の指示を聞いて、実行する。それが間違っていると思えば反論はする。俺はただのそんな人間だ! お前がおかしいんだ天瀬!」


 なりふり構わず、密着状態で放たれた長谷川の膝蹴りが、誠次の腹部に命中する。


「がはっ……!」


 誠次は腹部に気が遠くなりそうな激痛を感じながらも、意識と身体の熱を保ち、長谷川の身体にそのまま倒れ込む。

 誠次の全身を受け止める形となった長谷川は、背中を壁に打ちつけ、悲鳴を上げていた。


「それでも……それでも相村先輩は、そんな貴方を好きになった。相村先輩は貴方を愛しているんです! もう一度訊きます長谷川先輩! このまま何もしないで、相村先輩が帰ってくるのをただ指を咥えて待っていろって言うんですか!?」


 揉み合いになりながら、長谷川の身体を壁に押しつける誠次は、必死に叫びかける。


「長谷川先輩……っ!」

「天瀬……っ!」


 一瞬だけはっとなった様子の長谷川だったが、次には言葉にならない叫び声をあげ、誠次の身体を引き剥がす。誠次は床の上に尻餅をつき、髪をだらりと垂らした長谷川を見上げた。


「力があるかどうかなんて、関係ない……やるかやらないか、そうでしょう……?」

「どこかで聞いたようなことを、今更言われたって……」


 長谷川は、もう誠次と顔を合わせることはしなかった。そして、垂れた前髪の底から、力のない声を出す。


特殊魔法治安維持組織シィスティムに連絡する……。そして、状況を待つ。それが、()()()()()だ」

「……っ!」


 誠次は、いつの間にか血の味がする口内で歯を食い縛るが、もうこれ以上ここで何を言っても無駄だという気がした。


「どうして、お二人がこんな……っ」


 ものが散乱した部屋の中央で、千尋が顔を両手で押さえて身体を震わせている。


「……俺は、荷物を纏める」


 長谷川はぐったりとしたまま、呟く。


「……失礼、しました」


 立ち上がった誠次は、頭を下げ、長谷川の目の前を横切っていた。


「誠次くん……」


 千尋は胸に手を添え、壁により掛かったままの長谷川の元へ、まず近付く。


「長谷川先輩さん。私は、誠次くんの事を……誠次くんの言う事が――っ!」

「君は天瀬のところに行ってやれ」


 言葉を遮り、千尋とも目を合わせず、長谷川は突き放すように言う。


「長谷川先輩さん……。佐代子先輩さんはきっと、長谷川先輩さんの事を待っています……。私、少しだけですけれど長谷川先輩さんとお話をして、本当に佐代子先輩のことが好きなのだと思いました。佐代子先輩さんはきっと、長谷川先輩さんのことを待っています!」

「……」


 振り絞った千尋の言葉に、長谷川は答えることもなく、ただただ壁に背を預けて立ち尽くしていた。


「……私は、誠次くんのところに向かいます。私の大切な人ですから!」


 千尋も緑色の視線を落とし、改めて散乱したものの数々に絶句して、頭を下げて部屋を後にする。

 部屋を出た千尋は、すぐに誠次の後を追っていた。こぼれたお茶を踏んでいた靴の跡は、ホテルのロビーにまで続いているようだ。


「誠次くん……」


 誠次は、ロビーの室内噴水のへりに座っていた。

 背中から感じる水の音と冷気で、火照った全身を冷やすように。


「……」


 ロビーには本物のウサギが何頭か放し飼いにされており、薄明薄暮はくめいはくぼ性の為か、そこら中を遠慮なく行き交っていた。野暮な事を言えば、しつけられているのか、ゲストを一番に迎えるロビーに糞や汚れは一切ない。


「すまなかった……」


 近付く千尋に気づいた誠次は、重たく感じる頭を微かに上げ、髪の奥から覗く瞳で、こちらに近付く千尋を見つめた。


「どうして、誠次くんが謝るのですか?」


 千尋の声音には芯が戻っており、震え声でもなかった。


「……熱くなって……すぐ周りが見えなくなる。相村先輩を連れ去れた原因も、戦闘で熱くなった俺のミスから始まった……」


 俯く誠次は、膝の上に垂らした自分の両手をじっと見つめて言う。


「……」


 千尋は、誠次の隣に寄り添うように座り、同じ方を見つめる。来たときは多くの避難者を受け入れ、大騒動となっていたロビーが、今は静寂に静まり返っている。ただ、背後の水の音と、千尋の息づかいだけが、誠次の耳には聞こえていた。


「相村先輩の父親が現れたとき、こう言われたんだ。これは親と子の問題だって。俺はその時、反論することが出来なかった……。手も足も出なかった……。……もし親が生きていたら、俺にも分かる感情だったのかもしれない……」


 戦闘の感触を濃く残す、自分の右手をじっと見つめ、誠次は力なく呟く。


「例えば千尋のお父さんみたいに、見ているだけで幸せになれるような家族もいる。でも、逆に相村先輩のように、わだかまりを持ったところもある……。俺が、家族に対して少し夢を見ていたようで、ショックだった……」

「私だって、お父様とお母様と喧嘩することはありますよ?」


 誠次の隣に腰掛けたまま、千尋はそんなことを言う。


「宿題をしないで遊んでいたり、嫌いな食べ物を残してしまったり、些細なことで、です」

「そうなのか……?」


 誠次は千尋をまじまじと見つめる。

 千尋は「はい」と優しい表情で頷いていた。


「私も自分の家が特別だという自覚はありますから、そこまで参考にはならないかもしれませんけれど」


 次には、少々申し訳なさそうに微笑んでいる千尋である。


「……もし、俺も親が生きていたら、きっと相村先輩みたいに衝突していたんだろうな……」

「確かに。誠次くんて、少しばかり頑固で、強情で、向こう見ずで無鉄砲で、危なっかしいところがありますから。きっと口論が絶えませんね」

「ずいぶんと言ってくれるな……」


 誠次は苦笑して、得意げに話す千尋を見つめる。


「でも、それはきっと心配する気持ちなんです。……私も、誠次くんのことが心配ですから、こうやって傍にいたいんです」

「……ありがとう。相村先輩のお父さんも、そうなのかもしれないけれど……」


 いや、今となってはもう、そうであってほしいという願望でしかないのかもしれない。

 そしてまた、自分が先輩を助けたいと思う気持ちも、ただの願望になるのだろうか。


「長谷川先輩さんも、きっとパニックになられているんです。落ち着いて話し合えれば、きっと先ほどのような事は……」

「必死に止めようとしてくれたよな……すまなかった……」


 俯いて見つめていた自分の手で、誠次はぎゅっと握りこぶしを作る。

 ここでこうして、何もしないで動かないでいていいはずがない。長谷川に向け叫んだ手前、行動しなければならない。


「今ならはっきりと分かる。やはり、あんなことをする連中に相村先輩を捕らえさせたままでいいはずがない。俺は相村先輩を取り戻す」


 誠次の決意を隣で聞いていた千尋も、うんと頷いていた。


「今度こそ、私もご一緒させて下さい。佐代子先輩さんとは、たくさんの事をお話ししました。大切なヴィザリウス魔法学園の、大切な先輩です! 佐代子先輩さんを、私も助けたいです!」

「ありがとう千尋」


 誠次が決意を固めていると、不意に、足に何かがこつんとあたる感触があった。


「お前は……」


 視線をそちらに向ければ、真っ白な毛並みに赤い瞳をしたウサギが、こちらを見つめあげていた。

 白いウサギを見て、どこぞの誰かの姿が思い浮かび、それと視線を合わせた誠次は、「分かってるさ。相変わらずだよ俺は」と、まるで誰かと会話をするように話しかけていた。

 当然、ウサギはうんともすんとも言いはしないが、耳をぴんと立て、誠次を見守っている。


「そうだよな。お前も、何もしないでいいなんて思えるはずもないよな」


 痛みが残る身体を立たせ、誠次は今一度頷く。そして、微かに頭痛が残る顔で、誠次は決意を込める。


「今度こそ、私も共に」


 千尋もすぐに立ち上がっていた。


「あ、長谷川先輩さん……」


 千尋が見つけたのは、荷物を纏めてホテルから出ようとしている長谷川だった。

 時刻夕暮れを過ぎ、間もなく夜を迎える。チェックアウトをしようとしている長谷川に、ロビーのホテルマンは慌てているようだ。


「長谷川先輩……」


 誠次も声を掛けるが、長谷川こちらを軽く見ると、すぐに踵を返す。


「勘違いはするな。特殊魔法治安維持組織シィスティムに連絡はした。俺はヴィザリウス魔法学園に帰って、情報を待つ」

「私と誠次くんは、佐代子先輩さんを取り戻します」

「好きにしろ」


 長谷川はもう何も言うことはないと、口端に誠次との喧嘩でついた血の跡を微かに残したまま、歩いていく。


「長谷川先輩、これを」


 決心した誠次が声を掛けたのは、長谷川がロビーのエントランスを通過する直前だった。

 誠次は服の胸ポケットから取り出したそれを、長谷川に投げ渡す。


「……」


 長谷川は誠次が投げたそれを、片手でキャッチしていた。


「……相村の、電子タブレットか」

「戦闘の際に落としたようです。俺が持っているより、貴方が持っていて下さい。これは俺が持つべきものではなく、貴方が持つべきものです」


 立ち止まった長谷川は、彼女である相村の電子タブレットをじっと見つめ、それをズボンのポケットに押し込む。


「俺は確かに忠告した。俺たちはまだ学生で、迂闊な行動は控えろと」

「それでも、時にはやらなければならない時があると、俺は思います」

「……お前は、あの人にそっくりだ……」


 長谷川はそのまま、夜に染まりつつある雨降る外へと、傘も差さずに鞄を片手に出て行ってしまう。


「俺には、あの人のような魔法はありませんよ」


 誠次も千尋も、長谷川の背を見送ることしか出来なかった。


           ※


 子供のころから雨の日は、特に嫌いだった。

 すっかり嗅ぎなれた高級革の匂いは、車のシートのものだろう。この肌触りも、窓を強く打ちつける梅雨の雨の音も、何もかも、大嫌いだった。

 友だちと一緒に帰ろうとした雨の日はいつだって、小学校の門の前には父親が寄越した高級車が止まり、スーツ姿の大人が待ち構えていた。

 雨の日は憂鬱だ。そのたび、せっかく出来た友だちには嫌味な奴だと思われ、一人、また一人離れていく。


「社長の娘が雨の日に送迎されて何が悪い」

「でも、お友だちはみんな歩いて帰ってる! クラスのみんなに、また、笑われちゃう……」

「みんな妬んでいるだけだ。お前は特別だ。それを自覚しなさい」

「それでも私は、みんなと一緒がいい……」

「――佐代子っ!」


 父親の叫び声で目を覚ました相村佐代子は、車の後部座席で倒れていた身体をゆっくりと起こす。

 間違いない。実家の自家用車だ。隣には腕を組む大男が座っており、その顔は誠次が戦っていた男そのものだった。

 

「目が覚めたか、佐代子」

「パパ……?」


 助手席に、実の父親が座っている。先ほどまで誠次と一緒に戦っていたのに、わけが分からなかった。ただただ、身の毛のよだつ感覚と、吐き気が相村を襲う。


「どうして、こんな人と一緒に……パパ!?」

「全ては佐代子。お前を取り戻すためだったんだ」


 博文ひろふみは見る者を圧倒する鋭い眼光を、バックミラー越しに相村へと向ける。


「私を、取り戻すため……?」

「そうだ。大体どうなっているのだ、その魔法学園とやらは。こちらがお前を退学させるよう何度も連絡を送っても、答えを先延ばしにされて」


 博文は悪態をつく。

 はっとなった相村は、ここ数日の出来事を思い出す。


八ノ夜はちのや理事長が、私を理事長室に何度も呼んで、意思の確認をしてたのは……そのせいだったんだ……」

「気味の悪い魔術師どもめが舐めやがって!」


 ほとんど憎悪に近い博文の感情は、彼の暴言と足蹴りによって、発散される。


「だから私は、最終手段に出た。八仙花はっせんか会の力を借りたのだ」

「待ってパパ……。それじゃあ、ラビットパークのあの攻撃は……っ!」

「八仙花会によるものだ」


 相村の表情が、みるみるうちに青冷めていく。


「何したか分かってるのっ!? 色んな人が怪我したんだよ!?」

「そうだろうな。だがいいじゃないか。魔法で治せるのだろう?」

「子供だっていた! 身体の怪我だけじゃ済まないっ!」

「魔法学園に勝手に進学し、ますます生意気になったようだな。忘れたか!? 常に己の利益だけを考えろと!」


 振り向いた博文の激昂は、相村にとって封印していた幼い頃のトラウマを呼び起こすものだった


「もう沢山だ……。”捕食者イーター”という化け物がいる世界で、せっかく生んでやった恩を、育ててやった恩を仇で返すとは」


 博文は白髪交じりの髪をかきむしり、おもむろに自分の電子タブレットを取り出す。誰かに、連絡をかけるようだ。


「もしもし、私だ。……ああ。やはり君の力が再び必要だ。今すぐじゃじゃ馬に、()()()を頼む、四季紫しきむら


 ……間違いない。八仙花会代表、四季紫京香しきむらきょうか。それはかつて、相村が無理やり通わされた中学校の代表も務めていた女性だ。


「何する気……? 私を、ヴィザリウス魔法学園に返してよっ!」


 相村が車内で抵抗しようと、魔法式を展開するが、腕の動きは隣に座る大男が伸ばした腕により、止められる。


「実の父親に魔法を向けるか……」


 博文はいよいよ呆れ果てたように、前を向く。


「佐代子。私の会社を立て直すために、お前が必要なのだ。安心しなさい。お前も新しい環境で、きっと幸せになれる。野蛮な魔法のことなど、もう忘れるんだ」


 後部座席で相村は身体を押さえつけられながらも、必死にもがき、抵抗を続けていた。


「嫌だ……! 絶対に、忘れたくなんか、ない……っ! みんなが……いるのにっ!」


 相村を乗せた車のタイヤが、道路の水溜まりを弾き飛ばす。車外の雨は、ますます激しさを増していた。

~人となり~


「はい。そのようなことがあって、殴り合いの喧嘩になってしまって……」

ちひろ

「今、誠次くんを追いかけてエレベーターに乗ったところなんです……」

ちひろ

                  「殴り合い……」

                     しおん

             「青春少年漫画あるあるね」

                      しおん

             「彼ならやりかねないわ」

                      しおん

「……どうすれば、いいでしょうか」

ちひろ

「長谷川先輩さんの気持ちも分かりますし」

ちひろ

「誠次くんの気持ちも、わかるんです……」

ちひろ

「駄目ですね、私は優柔不断で……」

ちひろ

             「私も何回か、悩んで落ち込んだ彼を見てきたわ」

                        しおん

             「そしてそれと同じくらい、彼には励まされたわ」

                        しおん

「……私は少し、そんな関係が羨ましいと感じてしまいます」

ちひろ

「誠次くんにとって、どんな困難も一緒に乗り越えられる関係になりたいです」

ちひろ

「それが、付加魔法ということだけではなく、です」

ちひろ

            「長谷川先輩にとって、それが相村先輩なのね」

                       しおん

「……やっぱり、私も相村先輩を取り戻すことに賛成です」

ちひろ

「今は、誠次くんのところに急いで向かいます!」

ちひろ

                 「そうね」

                  しおん

           「少しからかってあげるのも、いい手段よ」

                  しおん

           「落ち込みすぎよ貴方、って」

                  しおん

           「彼、ムキになって奮起すると思うから」

                  しおん

「そうなんでしょうか……」

ちひろ

            「ええ。きっとそう」

                  しおん

     「もし失敗しても、私がそそのかしたって言えばいいわ」

                  しおん

         「きっと笑ってくれると思う」

                  しおん

「どうせでしたら、きちんと自分の思いを伝えます」

ちひろ

「何よりも私だって、詩音ちゃんさんに負けたくありませんから!」

ちひろ

            「別に私は、そういうつもりでは……」

                   しおん

          「でも、困ったことがあったらまた連絡して頂戴」

                   しおん


「ありがとうございます、詩音ちゃんさん」

ちひろ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ