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――八ノ夜が了承し、イギリス人少女の転校が決定した日のこと。
「転校生?」
齢三二。林政俊のその驚き声は、魔法学園の朝の職員室に響き渡る。
「ええ……。先日理事長から急に言われて、私もびっくりしてます」
転校生を受け入れるクラスの担任である向原は、困ったようにため息を溢していた。
「でも私もついに、みんな注目ー今日はこのクラスに転校生がいますっ! みたいな事をしちゃうんですねっ!」
「微妙にテンション上がるよな。生徒どもの顔見るの、楽しみだよな」
「はい! 微妙に楽しみです!」
向原は新たに転校してきた生徒の情報が入ったデバイスを操作し、情報を仕入れている。
「でもやっぱり、少し緊張しますね。生徒が早く新しい環境に溶け込めるようにするのも、先生の勤めですからね」
「へー。立派な心がけじゃん」
林は背中をぽりぽりとかきながら、向原を褒める。
「とても他のクラスをおすすめした俺とは大違いじゃん」
「転校生に何してるんですか貴方は……」
向原はやれやれと、林を睨む。
「一応、参考にしない程度に訊きますけど、転校生を迎える担任教師に対して何かアドバイスはありますか?」
つまりは私の事です、と向原は大きな胸を張る。
林はそうだな、とぽりぽりと髪をかく。
「まあ、仮になんかこっちがミスった時の話を一つ」
「生徒に対する謝り方ですか?」
しかし林は、首を横にする。そして、力強い眼差しを、向原に向けていた。
「んにゃ、逆ギレしろ。年上の先輩魔術師なめんじゃねーぞ、ってな」
「最低ですね」
※
とある日の昼休み、香月詩音は、ヴィザリウス魔法学園の廊下に一人で立っていた。
「……」
アメジスト色の瞳で見上げるのは、廊下に浮かび上がるホログラム画像データ。そこには、四月末に行われたテストの結果が、プライバシーなどお構いましに詳細に掲載されている。
2-Aのクラス総合順位トップ。そこに君臨する自分を、香月は無表情で見つめていた。
「……悪くは、ないわね……」
満足の結果を前に自然と微笑んでしまい、香月は誤魔化すように前髪を手で撫ではらう。
「天瀬くんは、だいぶ下の方みたい」
画像をスクロールすると、それはそれは、底辺の方に誠次の顔画像はあった。
「今度、ちゃんと勉強教えてあげようかしら……」
彼の顔画像をそっとなぞり、香月は微笑んでいた。
――そんな香月詩音の後ろ姿を、廊下の角に潜んでじっと凝視する、一対の剣を持った少年の姿があった。
※
――昨日。
最近、おれには気になることがある。そのことを思うと、夜も眠れないほどだ。
食堂にて腕を組む天瀬誠次の悩みの種は、彼の前の方の席に座る少女、香月詩音である。
その名の通り、月の明かりが美しく栄える銀髪とアメジストのような紫色の瞳。背丈はその年の少女の平均身長よりは低めで、体重は不明だが、軽い方だと思う。
血液型も不明で、誕生日は一〇月三〇日。好きなものは紅茶で、嫌いなものは肉。
バストサイズは……まあ……周りが大きいだけで――。
誠次は顎に手を添え。眉間にしわを寄せて考える。
なぜ、なぜなのだ? それは先ほどのことだ。魔法学園の昼休み。今日もおれは腹を空かせて、真っ先に食堂へと向かったはずだ。今日こそは、今日こそはとヴィザリウス魔法学園名物の牛カツ定食にありつこうとしたのだが、やはり完売。諦めて鯖の味噌煮御膳を頼んで席に着いたのまでは、まだよかった。
問題はその後、香月が無表情で近付いて来て、その両手にできたてほかほかの牛カツ定食を持っていたことだ。
明らかにおれが先に食堂に来ていたのに、一体なぜ!?
「じゃあ次は、自分の番ですね」
そしてなぜか今ご飯を食べながら、誠次はルームメイトと四人でしりとりをしている。縛りは、魔法の名前である。
「ふで終わったから、《フレア》。はい、天瀬さんの番です」
「……」
正直しりとりどころではないのだが、誠次は真剣に悩み、答える。
「あ、か……。《アルケミス》」
「《スキュラ》」
「さすが、早ーな聡也……」
こちらが答えを返したところ、聡也には即答され、すぐに彼の隣の悠平へ。
「ら、《ライトニング》」
「《グレイシス》」
ちなみに”ス”終わることが多い魔法が多いので、す攻めはこの魔法世界での魔法名縛りしりとりでは有効な作戦だろう。スで始まる魔法はそこまで多くなく、覚えておいて損はない。
小野寺のす攻めを前に、誠次は完全に押されていた。す攻めをする余裕すら、こちらにはない。そして、こちらのスで始まる魔法名のストックも、底をついている。
「す、す……」
「……正直、俺もすで始まる魔法名は出し尽くしたと思うんだ」
聡也の赤色の瞳に見つめられ、誠次はごくりと息を呑む。
「まだだ、まだ俺は負けちゃいない……!」
「まだスで始まる魔法がなんかあんのか?」
「自分ももう検討がつきません……」
粘る誠次に、諦めムードが漂う悠平と小野寺である。
ここまで来て、おれは負けるのか……? いいや、まだ、まだ可能性があるか限り、諦めるわけにはいかない! 剣術士として、魔法名縛りしりとりに勝利し、罰ゲームである全員分の皿片付けを回避しなければなるまい。
「す、す……っ!」
まだ一つ、あった。それはまるで、天から降り注いだ一筋の光明。誠次はそれを掴み取り、言葉として放つのだ。
「《スーパーアルテメットファイナルバースト》!」
「「「いや……何それ」」」
「追い込まれた時に発動される、全てを滅ぼす破滅の魔法だ!」
剣術士、敗北。
※
翌日の昼休み、誠次は早速、香月詩音の行動を追跡する。つまりはストーカーである。
壁に身を潜め、歩く香月の華奢な後ろ姿を、角から顔を出して窺う。
「ごくり……」
こればかりはどうしても知らなければならない。彼女の秘密を。
誠次は息を呑み、香月の後ろ姿を見守る。彼女は今、廊下を一人で歩いているところだ。
「本当に歩いて食堂に向かっている。どう言うつもりだ……!」
あくまで平常時の香月の行動を観察する必要するため、香月にこちらのストーキング行為がばれてはいけない。正直、勘の鋭い彼女のことだ、見つからぬよう、細心の注意を払う必要があるだろう。
「あ、香月さん!」
誠次が見つめる香月へ、声をかける女子生徒がいた。見覚えがないあたり、他クラスの女子だろう。
「どうしたのかしら?」
香月は立ち止まり、声をかけてきた女子生徒を見つめる。
「あの、魔法を教えて欲しいんだけど……」
「どんな魔法かしら?」
どこかそわそわしている女子生徒に、香月は無表情の視線を真っ直ぐに向ける。
「えっと、私好きな人がいるんだ。男バスの寺川くん」
「男子バスケットボール部の男の子かしら」
「し、知ってるの?」
「いえ、全然」
ちなみに誠次は、耳を塞ぐ。目的はあくまで香月がどうして牛カツ定食を食べれているかなので、女子同士の踏み入った話を無断で聞くわけにはいかないだろう。無断で香月のストーカー行為をしている割に、このような他人の女子に対する配慮はするのである。
「でもどうしてそこに魔法を?」
「寺川くん人気だから。きっと……私なんかに振り向いてくれない。だから魔法を使って、寺川くんの気を引きたいの! お願い、協力して!」
女子生徒が深く頭を下げている。何と言っているのか誠次には聞こえないが、あの表情は、香月に何かを頼もうとしているので間違いないだろう。対する香月の表情は、こちらに背を向けているのでよく見えないが、きっと無表情のままなのだろう。
「……それは、出来ないわ」
香月が首を横に振っている。
「え、どうして……?」
「魔法を使って好きな人の気を引いても、絶対に長続きはしないわ。お互いの事をよく知ってから、恋愛に発展するべきよ。そもそも貴女が寺川くんの事を本当に好きだというのならば、私が教える魔法なんかじゃなく、素直な自分の気持ちを伝えるべきだわ。ずっと昔、魔法がなかった時代から恋愛はあったのだから、今になって出来ないわけはないでしょう?」
「香月さん……っ」
香月に声をかけた女子生徒が涙ぐんでいる。
「分かってくれたかしら?」
「分からないよっ! 好きなのは好きなんだもん! もうどうしようもないのっ!」
「え……」
急に顔を上げた女子を前に、香月が後退りしてしまっている。
「香月さんにはいないの!? 好きな人!」
「私が言いたいのは、思いを伝えるのに魔法を頼るべきではないと言う事であって……」
「はぐらかさないでよ! 分かったわ……。香月さんも寺川くんの事が好きなのね!? 知らないって嘘までついて、私の恋路を阻む気なのね!? 寺川くん、香月さんの事前に食堂でずっと見ていたし!」
「えっとその……本当に寺川くんのことは知らないの……。男か女なのかさえも」
「ここまで来て男に決まってるでしょう!?」
寺川くんが可愛そうになるやり取りを繰り広げている二人である。
「寺川くんがそんなに駄目だって言うの!?」
「いえ、そう言うわけでもないわ。貴方がそこまで夢中になるのなら、きっと素敵な人だと思うわ。ただ私は、その……他に好きな人がいるから」
「寺川くん以上に素敵な人なんて、この学園にはいない……」
「価値観の違いよ。貴方が寺田くんを愛してると言うのなら、私はそれを応援するわ」
「寺川くんね」
「そう、寺川くん」
香月は両手を女子生徒の肩に向け伸ばし、ぎゅっと掴んでやる。
「私ももう、彼以上に素敵な人を見つけられるとは思わないから、安心して」
「私は、どうすれば……」
「そうね。まずは共通の話題でも見つけて、お友だちから初めてみるのはどうかしら。きっとその積み重ねで、何気なく相手も貴女を意識してくれると思うわ。頑張って頂戴」
「う、うん……。ごめんね、香月さん。急に怒鳴ったりして……」
涙を拭う女子生徒に、香月はうんと頷いてやる。
「構わないわ。私も、好きな人の事を考えると、時々自分が自分でなくなるような不思議な感じになるから」
「そうなんだ……。今度、またお話ししてね、香月さん!」
「ええ。待ってるわ」
香月と別れた女子生徒が、いくらか晴れやかな表情をして、誠次がいる方まで走ってくる。
話は終わったのかと、誠次は塞いでいた耳を解放し、目の前までやって来た女子生徒に気づかれないように、何気なく廊下を歩いているふりをする。すれ違い、誠次ははてと、首を傾げていた。
「随分と晴れやかな表情をしていたな……。香月が、何かしてやったのだろうか?」
そっと香月の方を見れば、彼女は何やら胸に手を添えて、少し歩幅を狭め、再び歩き出しているところだった。
「しかし、今のは大きなタイムロスのはずだ。これでは牛カツ定食を頼めるはずがないはずだ」
しばらく香月の背を追い続けていると、後ろの方から志藤が追いついてくる。
「あれ、天瀬じゃん。何やってんの?」
誠次は壁に手を添え、香月の行方を見守っている最中だ。誠次は香月を視界から消えさせまいと、必死に彼女を凝視したまま、志藤に答える。
「志藤か。見ればわかるだろう。香月をストーカーしてるんだ」
「うん。見れば見るほど分かんねえわ」
志藤が絶句して、中腰の姿勢の誠次を見つめている。
「何やってんだよお前……気持ち悪いからやめとけって……」
「しかし俺は、どうしても気になるんだ。香月の事が!」
「あーこれ……友だちを通報するべきなのか……」
髪をがしがしとかく志藤に構わず、誠次は香月を追う。
「もうすぐ食堂に入る気だな。よおしっ!」
そうなれば、誠次はますます気合いを入れ、香月を注視する。
一瞬だけ見えた彼女の横顔は、これから食事をすると言うのに、未だ何食わぬ顔をしているようだ。
「あっ、詩音先輩!」
いざ、突入したはいいものの、食堂の入り口にて、再び香月は声をかけられていた。
今度は香月とも顔見知りのはずの、心羽である。相変わらず狐の耳と尻尾を思わせる不思議な髪型をしている。
「こんにちは、心羽さん。食堂に来ていたの?」
香月は律儀に頭を軽く下げ、心羽と会話を始める。牛カツ定食は目の前だというのに、まだまだ彼女には余裕があるというのだろうか……?
「うん。お昼ご飯、ここで食べていいって言われたから来てみたんだ」
「そう。ここのご飯はどれも美味しいし、栄養満点だから、よく食べるといいわ」
「うん!」
香月はそう言うと、おもむろに手を伸ばし、心羽の頭を撫で始める。
一瞬だけ身体をぴくりと動かした心羽だったが、それ以降は髪の耳を横に倒し、気持ちよさそうに香月の手つきを堪能する。
「不思議ね。キツネは嫌いなはずなのに、貴女のことは嫌いじゃない」
「心羽、そもそもキツネじゃないもん……」
「くす。そうだったわね。ごめんなさい」
香月は心羽を撫で終え、満足したようだ。
「心羽さんは、何を食べたのかしら?」
「心羽、おすすめされた牛カツ定食食べたの! すっごく美味しかった!」
「そう、牛カツ定食ね……」
ぴんと、今度は誠次が聞き耳を立てる。
香月は心羽の目の前で顎に手を添え、ものの数秒間、何かを考えていたようだった。
いよいよ、香月が食堂のカウンターに立ち並ぶ。
「頃合いだ!」
誠次は、あくまでたまたま見つけた体を装って、さりげなく香月の後ろに立ち並ぶ。
「おや、香月じゃないか、奇遇だな」
「あら、天瀬くん。偶然ね」
何気なく声を掛けたところ、香月は振り向いて誠次をまじまじと見つめる。
カウンターテーブルに埋め込まれたホログラム出力デバイスを操作して、注文するメニューを決めておばちゃんに伝えるシステムだ。
「腹、減ったな!」
「ええそうね。だからお昼ご飯を食べにここに来たのでしょう?」
「それもそうか! はは、ははは!」
「随分と上機嫌ね」
誠次が笑っていると、無表情であった香月も、思わずと言ったように口角を上げる。
いよいよ、香月の注文する番だ。香月はメニューにさっと目を通し、と言うよりはすでに頼むものを決めているスピードで、おばちゃんに声を掛ける。
「すみません。カルボナーラを一つ下さい」
「……? いや待て、香月。牛カツ定食じゃないのか?」
イタリアンパスタを頼んだ香月に、思わず誠次が後ろから声を掛ける。
「忘れたの? 私お肉嫌いよ?」
「でも、昨日も牛カツ定食を食べていただろう?」
「見ていたの? あれは本当は、波沢生徒会長が食べる予定のものだったのよ」
「譲って貰ったって事か?」
拍子抜けする誠次の前で、香月は首を横に振る。
「厳密には違うわ。波沢生徒会長、牛カツ定食を頼んだ後に急に体調が悪くなってしまったみたいで。通り過ぎた私が、代わりにお粥定食を頼んで交換してあげたの」
つまりは、昨日のアレは香月の優しさによるものだったのだ。
「本当はお肉嫌いだけど、やっぱり克服もしないといけないと思ったから」
「そ、そうだったのか……。せっかく香月をストーカーしたのに、そう言うことだったのか……」
「ちょっと待って。……ストーカーって、なに?」
はっとなって気がつけば、香月のアメジスト色の瞳が、こちらを睨み上げていた。
「しま……っ」
「どこからしていたの? まさか、他クラスの女の子に相談を受けていた時から?」
香月の白い頬が、ほんのりとしたピンク色を帯び始める。
誠次は申し訳なく頭を下げていた。
「教室から、ずっと……」
「本当、こればかりは信じられないわ……」
香月は呆れるでもなく怒るでもなく、なぜかはらはらしている。
「その、すまなかった……」
「別に、良いけれど……。あの発言は、つまり、そう言うことだから……」
「あの発言? 何のことだ?」
「少しは察しなさいよ……。鈍いわね……」
香月はスカートの裾をぎゅっと掴んで、あさっての方を向いていた。
「察すると、言われても……」
「も、もういいわ。私をストーカーした罰として、私と一緒にお昼ご飯を食べるわよ。先に席を取って待ってるから」
すぐに無表情に戻った香月は、すまし顔で誠次の横を通り過ぎる。
「そう言えば、桜庭とか誘って一緒に食べないのか?」
「私、食べるのが遅いの。だからみんなに気を遣ってるのよ。……でも、あなたになら心置きなく気を遣わないでいいから」
「何だか、複雑だなそれ……」
「ふふ。じゃあしりとりしましょ、天瀬くん。私、負ける自信がないから」
「香月が相手か……。……確認だけど、架空の魔法はアリか?」
「なしに決まってるじゃない、剣術士くん」
「ですよね、魔術師さん……」
※
魔法学園敷地内の地下にある生徒会執行部室。そこでは、四人の生徒会役員が、日夜職務に勤しんでいる。
「じゃあ次。夏休みの終盤、大阪のアルゲイル魔法学園との合同開催、二大魔法学園弁論会話について、だね」
副会長である渡嶋が、ホログラム映像を流すことも出来るホワイトボードに手を添えて、三人のメンバーに告げる。
渡嶋がつい先ほどまで着席していた席には、いつも通り食べかけのお菓子が散らばっているのだが、やる時はしっかりとやるのである。特に、このようなイベント事には抜かりなく副会長としての手腕が発揮される。
「現役の魔法生が魔法に関する法案を国会に直接提出して、魔法世界をより発展させて暮らしやすくするための会議。今年も例年通り、何を議論すべきか全校生徒へのアンケートを行いました」
渡嶋のタッチ操作で、電子ホワイトボードの画像がスライドし、切り替わる。
「男子はプール授業の復活とか、体育別の廃止とか、比較的どうでもいいことが多かったです!」
「それは渡嶋先輩の偏見では……」
着席して渡嶋を見つめていた火村が、ぼそりとツッコむ。
「一方で女子の意見としては、昨年で制服外出許可が降りたことにより、魔法学園の女子制服デザインの変更を求める声が多く出ています」
グラフをタッチし、真剣な表情で説明をする渡嶋に、三人の生徒会メンバーは顔を見合わせる。
「女子制服ですか? シンプルで動きやすくて、私これ好きなんですけどね」
火村は自分の制服の裾を触り、懐疑的な視線を送る。
「うっそー。私的には、もっと可愛い方が良いと思うけどなー」
そう言ったのは、生徒会長の腕章を左腕に巻いた、三学年生の少女、相村佐代子だった。
「シンプルで着やすいのはそうだけどさー、もうちょっと可愛くっても良いと思うんだよねー。そりゃあ、リボンとか可愛いとは思うけど、もうちょっと魔法少女っぽい格好がよくない? よくなくない?」
ブレザーを腰に巻き、ワイシャツ姿となっている相村は、三人に向けて言う。
「すでにアンケートの結果は出ていますので、ヴィザリウス魔法学園からはそれについての議題にすることで、確定で良いのではないでしょうか」
眼鏡姿の水木が、個人的な感情を抜きにして、意見を述べる。
「んじゃ、決定ー。ひむちゃんも良いよね?」
渡嶋がホログラムに指を這わせ、制服改造計画、と銘打たれたファイルに指で丸をつける。相村も反論することなく、生徒会メンバーとして素直に頷いていた。
「それじゃあ、書記のひむちゃんはレポート作成。みずちゃんはアル学の生徒会に連絡よろしく」
「「はい」」
渡嶋の指示に、二人は揃って頷く。
「それにしても、トントン拍子で決まるんですね。議題内容」
火村が驚いたように言う。
「ま、出来レースっちゃ出来レースだからね」
生徒会長席に座る相村が、自動リクライニングの背もたれを傾け、腕を組んで呟く。
「議論ってのも形式上みたいなもんで、ぶっちゃけこんなことしてるウチたち格好良いっしょ!? 的なことを見せつけてるんだよねー」
「それで、次期生徒会メンバーを集うって流れなわけですよ、後輩ちゃん」
渡嶋は力を使い果たしたかのように、机の上にぐったりと倒れ込む。スイッチのオンオフが上手いと言うか何と言うか、である。
「わーこ頑張ったねー。お菓子あげちゃう!」
「ありがとー佐代子。っぱく」
隣に座る相村に棒状のお菓子を口元に近づけられ、渡嶋は完全に首の力だけで顔を近づけ、それをぼりぼりと食べ始める。幸せそうな渡嶋の表情を見るに、完全に愛犬の餌付けの光景である。
「では私は、早速レポート作成をしたいと思います」
こほん、と咳払いをした火村が目を瞑って席を立つ。
「……その前に、どうしても言わなくてはいけないことがあります」
そのまま制止した火村は、目の前の席に堂々と座る相村を見つめる。
「なんで前任の書記さんが生徒会長してるんですかっ!? 波沢生徒会長はどうしたんですか!?」
ビシビシと相村を指差し、火村が小さく絶叫する。
「あれ、ウチ生徒会長じゃないってばれちゃった?」
「バレバレですよ!?」
「腕章あるのに? こう、滲み出る風格とかなかった?」
「ごめんなさい微塵もありませんっ!」
にやにや笑う相村に、火村はツッコむ。
「かおりん今体調悪いっぽいから、ウチが代わりに生徒会長してたの。いやー楽しいね、たまにこう言うのやるのも」
相村は悪気もなく笑いかけ、席から立ち上がって大きく伸びをしていた。
「水木は気にならなかったの!?」
「……別に、私は」
水木は視線を落とし、相村とは眼鏡の奥の瞳を合わせようとはしない。
これに対し、相村はなるほどと、何やら勘づいたようだった。
「水木ちゃん、ウチの事全力で苦手なタイプっしょ?」
「い、いえ。そう言うわけでは……」
「隠さなくても良いよー。別にウチも自覚あるんで。でも、これから廊下とかですれ違った時には話しかけてね? ウチ、こう見えてゲームとかやるんで。ソシャゲとか」
「……そうですか。では、よろしくお願いします。相村先輩」
「佐代子先輩、で良いよー。何なら佐代子、って呼び捨てにしてもヨシ!」
「そ、それは失礼です……」
相村の指摘通り、当初は相村へ対し緊張気味だった水木も、この短時間でいくらか打ち解けたようだった。
「あの滅多に他者に対して心を開かない水木が、こうも簡単に……」
「火村うるさい……」
火村が驚いていると、水木はジト目で火村を睨む。その表情は、少しばかり恥ずかしげだ。
「ウチ、とにかく仲良くなるの得意なんで。んじゃ、まだ先だけど、本番頑張ってねー」
にこにこ笑顔を振りまき、相村は手を振りながら、生徒会室を後にする。
るんるんと、鼻歌でも歌うかのような楽しい表情と、スキップでもするかのような軽やかな足取りで、夕暮れの魔法学園の廊下を歩く。
「お、デンバコちゃんが震えておる」
制服の胸ポケットに入れていた、派手な装飾を施した自分の電子タブレットを取り出し、起動する。待ち受け画像は勿論、大好きで大切な彼氏とのツーショットだ。もっと撮りたいのだが、彼氏が恥ずかしがってあまり撮らせようとはしてくれない。
――そんな奥手なところも、相村の好みであった。似合わないとは、よく言われるが。
「かおりんじゃん。お熱下がったのかな?」
【ごめん佐代子。助かりました!】
本来ならば自分が今巻いている腕章を巻くべき同級生少女からの、通信であった。少しは良くなったのだろうか。
「かおりん働きすぎだよー。少しは体調気遣いなさいよね、っと」
春のテストで学年別一位を取り、そして日々学園の為に働く彼女にも疲れが出たのだろう。
【そうする……。でも本当にありがとう、佐代子】
「いいよっ。その代わり、今度一緒に美味しいお菓子屋さん行こうねー」
「――何処に行く!?」
ふと、急に目の前に現れたのは、高熱に冒されているはずの、波沢香織であった。
「うわっ、びっくりしたっ!?」
「ハアハア……。お陰様で、回復しましたっ!」
「いや今にも倒れそうだけど本当に治ったのかなそれ!? ハアハア言ってるしっ!」
腕で身体を押さえるようにして立っている香織に、相村はツッコむ。
「大丈夫! 栄養ドリンクと風邪薬、バッチリ飲んだし、効能に問題はないはずだから! あとは気合い!」
「気合いだ。気合いで風邪菌を飛ばそうとしてるこの人恐るべし」
相村は絶句する。
「かおりんやっぱ働きすぎ。このままじゃ学園中に生徒会がブラックだって変な誤解されちゃうし、今日はやっぱ休も。ね?」
相村は香織の隣に立ち、優しく背中をさすってやる。
「でも……せめて、中庭の雑草抜きだけは今日中に魔法を使って……」
「それ生徒会長の仕事なの……? ウチがやったげるから、かおりんは黙って休むの!」
相村は香織の腕を引き、自分の肩に回す。
「もー心配かけさせないでよねーかおりん」
「ごめん……。でも佐代子こそ、理事長室に呼ばれたみたいじゃん。何か変なことしたの?」
「うわ傷つく。ウチ、そんな変なことしてるように見えますかね?」
二人の最上級生少女二人が、夕暮れの廊下を歩く。
「ごめん。見える」
「そーそー。駅前でおじさん捕まえてホテルで……って、してないんですけど!?」
「くす。分かってる。佐代子は一途でうぶな女の子なんだって」
「うっわ超恥ずかしいんですけど……。かおりんこそ、剣術士くんラブじゃん」
「……っ」
「あ、心臓ビクビクしてる。マジラブっすね、これ」
「それは佐代子こそ」
香織は眼鏡の奥の瞳を相村にじっとりと向ける。
「ウチはもう慣れちゃったよ。理事長室に呼ばれたのも、ただ理事長さんとお話ししてただけー。悪い事は一つもしてません」
相村はくちびるをぶーと、尖らせて言っていた。
やがて二人は、香織の寮室の前までたどり着く。ここまで来れば香織は、自分の足で立っていた。
「じゃあ、ウチはこれにて退散ね。ちゃんと休んで、寝ること。いいかおりん?」
「うん。今日は本当にありがと。またね、佐代子」
「はいはーい。またねかおりん」
大切な友だちを無事に送り届け、相村は上機嫌でくるりと振り向く。
「あ、そう言えば明日は一日バイトだっけ。雨降るのに、ちょっと面倒だなー」
相村はロングポニーを束ね直しながら、ため息を溢して歩き出す。
「ま、ウチはウチらしく気楽に頑張りましょうかねー」
しゅるりと、束ね直した髪が背に当たる。久し振りに見た気がする夕日は、間もなく雨雲に隠されるのだろう。
少なくとも、今の私はここにいれて良かったと思っている。好きな彼氏もいて、気の合う友だちもいる。相村佐代子の日常は、幸せに満ちていた。
~体調不良に要注意~
「みんな聞いてくれ」
せいじ
「香織先輩が体調を崩してしまった。体調を崩した女性に、何かいいお見舞いとかないだろうか?」
せいじ
「栄養ドリンク」
そうすけ
「ネギ」
ゆうへい
「暇つぶしの娯楽品」
そうや
「お花、でしょうか?」
まこと
「みんなありがとう」
せいじ
「さすがにいっぱい持っていくと迷惑になりそうだから」
せいじ
「一つ選んでネギを持って行こうと思う」
せいじ
「なんでそれにしちまったんだ……」
そうすけ




