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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
ガブリール魔法博士によるなんと素敵な魔法世界
13/189

1

 四月末のテストが終わり、魔法生たちが迎えるのは、テスト振り替え休業日も合わせた五日間のGWだった。

 寮生活の学生の中には、春休みから日も経たないうちに帰省していたりする生徒もいるが、多くは部活動に時間を費やす事だろう。誠次(せいじ)のルームメイトの男子たちも、テスト週間の遅れを取り戻すかのように、連日部活動に精を出している。


「……暇だな」


 読んでいた本をパタリと閉じ、誠次はソファからむっくりと上半身を起こす。すでにGW初日の半日を読書に費やしてしまっている。

外は快晴。久しぶりの休日だが、ぐうたらしている以外にやることが見つからない。

 八ノ夜(はちのや)との約束で日課となっている特訓も終わらせてしまっており、これ以上は少女たちの魔法(チカラ)がなければ行えない。


「……暇だ」


 ぽつりと独り言を呟いても、状況は変わらない。取り敢えず立ち上がって部屋を徘徊したり、何気なく掃除をしてみたりする。


「昼御飯、食べるか」


 窓の外から降り注ぐお日様の光をぽかぽかと受けていたところ、誠次は思い出して呟く。食堂に行けば、きっとなにかあるのではないだろうか。

 部活動に所属していない志藤(しどう)も、例年通りGWは予定が空いておらず、誠次は一人で歩いて食堂へ向かう。腰と背中に剣を装備し、尚且つ眼帯姿の風貌は何処でも目立つ。やって来た食堂でも、それらのせいだろう、視線を多く感じる。


「牛カツ定食、ありますか?」

「悪いねえ。今日も売り切れなのよー。ごねんねえ」

「そうですか。では、オムカレーライスをください」


 未だに牛カツ定食にはありつけず、誠次はオムライスの上にカレーがどっさりと乗せられた皿を持ち、一人で一階の端っこの席につく。

 ピークは過ぎているが、部活終わりに飯を食いに来たりしている魔法生たちで、食堂は盛り上がっていた。


「うん。このカレーで全てが台無しになっている感じが、堪らないな」


 スプーンを使って、もはやカレーライスを口に運び、一人で感想を述べる誠次。もぐもぐと口を動かし、左目の視線は手元の皿へ。


「剣術士だ……」「一人で飯食ってる……」「なにあれ怖い……」


 ひそひそと何か話し声が聞こえるような気もするが、オムカレーライスを口に運ぶ誠次には聞こえない。


香月(こうづき)もバイトがあるようだし、頑張ってるんだな」


 ぶつぶつと呟きながら、皿の上の料理を米粒ひとつ残さずに食べきり、返却口へ持っていく。


「ごちそうさまでした」

「綺麗に食べてくれたわね。嬉しいわ、剣術士君」

「おばさんの作る料理が美味しいからですよ」

「あらやだわーもう。付きっきりで作ってあげたいわ」

「ははは」


 少なくとも本心で言った言葉だったので、おばさんが予想以上に嬉しがってくれて、誠次も思わず笑ってしまう。


「ふわ……食べたら眠くなるんだよな……」


 あくびをしながら、廊下を一人で歩いて行く。結局このままでは、食堂に行って昼ご飯を食べただけで終わってしまう。


「このまま寝て休みを無駄にするのも嫌だし、購買で立ち読みでもしよう」


 思いついた誠次は、誘われるように日用雑貨品が揃っている魔法学園の購買へ。ちなみに店員は、魔法生がアルバイトをしていたりもする。


「いらっしゃいませ」


 店員をしていたのは、何処かで見覚えのある女子だった。


「げ、剣術士!?」

「あ、火村(ひむら)さんか」


 購買は基本的にセルフレジなので、店員として掃除をしていた火村が呆然と立っている。


「凄いな。水泳部に生徒会にバイトまでしてるなんて」

「何よ。してたら悪いわけ?」


 相変わらず敵意むき出しである。


「そう言うつもりではないけど……。立ち読みしてもいいか?」

「はあっ!?」


 火村は素っ頓狂な声を上げる。購買内のデジタル時計を見て、何やら慌てて、日付を確認しているようだ。


「GW初日のまっ昼間から購買で立ち読みする気!?」

「そうだけど」

「それはそれは。暇そうね」


 火村がこちらを馬鹿にするような目線を送ってくるが、どっちもどっちだと思うのだが。


「本を買うお金もないんだったら、私みたいにバイトでもすれば?」

「俺は魔法が使えないから、色々と問題があるんだ。それに俺は゛捕食者(イーター)゛孤児だから、国からお金を貰っている。いつかは返さないといけないけど」

「゛捕食者(イーター)゛孤児……。……ご、ごめん」


 触れてはいけないようなところへ触れてしまったと思い込んだのか、火村は申し訳なさそうに、握っていた掃除用のほうきをぎゅっと握り締め、謝ってくる。

 しかし誠次からすれば、そんな目をされてしまうことの方が、よっぽど気まずいと感じる。


「゛捕食者(イーター)゛によって家族を殺された人は俺以外にも大勢いる。別に気にはしてない。それよりも立ち読みしていいか?」


 大して気にしないでいる誠次に、火村は少々あっけらかんとしていた。


「す、好きにすれば……?」


 渋々そうではあったが、店員の許可を貰ったので、誠次は目についた週刊紙を手に取る。


「へー。俳優の大垣耕哉(おおがきこうや)くんとアイドルの桜ちゃんが、お泊まりデートか」

「――嫌ああああああっ!」


 誠次の何気ない呟きに、悲鳴が聞こえた。


「うるさ……」

「嘘!? 耕哉くんが!?」


 すぐ後ろで掃除をしていた火村が、まるで噛みつくような勢いで、誠次の手元に顔を寄せてくる。


「ファンなのか?」


誠次はジト目を隣の火村に向ける。


「写真集買ったばっかり!」

「御愁傷様……」


 男からみればどこが良いのか分からず、そんなタイプのイケメン俳優であるが、それは逆に言えば女子から見ればどうして良さが分からないのかと言い返せる事にもなり、誠次はそう呟くに留まった。

 しかし、今まさに彼の為にとアルバイトに精を出して必死にお金を貯めている途中だったであろう火村の悲しむ姿を見れば、可哀想だとは思った。


「マジそうなの……?」

「マジそうだな。しかし、有名人も大変だな。好きな人と気楽に付き合うことも出来ないし、ストーカーされてるみたいに私生活の一面の写真を遠慮なく撮られてしまって」


 左目だけでささっと文字を読むと、どうやら真剣に交際をしているようだ。幸いなことにどちらにも興味がなかった誠次には、一般読者と同じくゴシップ記事を明日のクラスメイトとの会話の話題として楽しむ程度のリアクションで済んでいたのだが、隣の少女はもはや掃除どころではなくなってしまっている。


「私はこれから先、何を糧に生きていけば良いの……?」


 がっくりと項垂れている火村に、誠次は「きっと良いことがあるさ」と身も蓋も無いことを言うのであった。


「”じゃけぇ、ウチははぶてるよ”!?」


 案の定、火村は食い掛かってきたのだが、その言葉遣いは独特なものであった。


「は、はぶてる……?」


 きょとんとする誠次に、火村は慌てて口元を抑えていた。


「う……方言出た……」

「どんな意味だ?」

「はぶてるは……拗ねてる、って意味……」


 火村は恥ずかしそうに、俯きながら身体をもじもじとさせている。


「……方言か」


 そんな火村をまじまじと見ていると、可愛かったかもしれないという妙な気持ちが沸くようで、誠次は慌てて視線を逸らす。


「方言がなによ? 悪い!?」

「いや、別に……」

「アンタだって人のこと言えんじゃん! すまない、とか。格好良いと思ってるわけ?」

「……身に付いた口調だ」

「拙者何々でござる、とか言いそう。一々おっさん臭いったらありゃしない」

「そこまで酷くはないし、文句は俺の育て親に言ってくれ。あと、もうこうやって立ち読みしないでいいようにお小遣いを上げてくれるようにも言ってくれ」

「お小遣いはともかく……直した方が今の数十倍はモテるんじゃない?」

「……別に、そんな理由で直すつもりはない」

「むしろ直しんさいよ。生徒会命令」

「命令するなっ。バイトでサボってる生徒会メンバーに言われてもな」


 しかしこうやって立ち読みをしている以上、同じ穴のムジナか。慌てて雑誌のページをぺらぺらと捲っていく誠次の横顔を見つめ、火村は何かを思いついたようで、ふふんと不敵に微笑んでいた。


「ぶち暇そうねー」

「ぶちとは?」

「凄く、って意味」

「へー」


 その後も、火村はよほど暇なのか、立ち読みを続けるこちらの後ろを通っては、ぼそりと一言を言ってきたりする。その度にいちいち反応してやるのだが、お陰で女性には見せられないような記事を読むことは出来ず、それなりに内容を選んでいた。袋とじなんてもってのほかだ。――そもそもなぜ高校の購買に袋とじ付きの雑誌が置いてあるのか、気にしてはいけない。


「それじゃあ俺、そろそろ帰るよ。立ち読みさせてくれて、ありがとう」

「え、あ、ああ、じゃあね」


 一通り時間を潰せた気はするので、すぐ隣で男性アイドル雑誌を立ち読みしていた火村に声を掛け、後ろを通り過ぎていく。

 立ち読みを終え、寮室へと帰って来た誠次は、眠気を噛み殺しながらソファに横になる。


「そうだ。GWだし、テレビも何か特番がやってるかもしれないな」


 そう思い、テレビを起動しようとする誠次であったが、ふと胸ポケットに仕舞ってある電子タブレットが鳴っていた事に気付く。

 誠次は胸ポケットからペンのような形状をした電子タブレットを取りだし、起動する。青白いホログラムの映像が出力され、誠次は着信欄をタッチ操作する。


篠上(しのかみ)?」


 チャットを送ってきたのは、可愛らしい子猫と一緒に撮った写真をアイコンに使用している、篠上綾奈(しのかみあやな)だった。彼女の使い魔であろう。


【今日何してたの?】


 と、篠上からは送られてきている。


「今日何していたか……? 急だな」


 不審に思いつつも、自分がアイコンに設定しているユキダニャンのブサ可愛さも負けていないと念を送りながら、誠次は返信をする。

 テレビの相方にはお菓子だと、電子タブレットを机に置いて立ち上がったところだった。


「早っ!」


 篠上の返事は、とてつもなく早かった。

 ホログラムの画面に、篠上と彼女の使い魔の猫のアイコンが、再び表示される。


【今日一日でアンタの目撃証言が、学園の至るところから出てるの】

「はぁっ!?」


 口で運んでいたポテトチップスの袋を落とし、誠次は絶句する。アイコンだと言うのに、篠上の呆れたような顔が自然と目の前に浮かぶようなのは、ここ最近彼女を近くでよく見ているからだろうか。


【一人でご飯食べてた、とか。購買で立ち読みしてた、とか】

「誰にも迷惑は掛けていないはずだけど……。事件を起こしたならともかく、そんなのをいちいち話題にされるのか?」

【アンタが有名人だからでしょ】

「う……」


 そう言われてしまうと、先ほどの火村との会話を思いだし、何も言えなくなり、誠次は困り顔で後ろ髪をかく。


【随分と暇そうね。どうせ明日も同じく暇なんでしょ?】

「決めつけるな。まだ用事はないけど、これから出来るかもしれない」


 すこぶる格好悪い見栄である。


【そんな暇なアンタに朗報。お弁当用意するから、結衣ゆいちゃんと一緒にどこか出掛けない?】

「だから、暇ではな――え?」


 次の篠上から送られたこの文字を見た途端、誠次は落ち着きなく歩き回っていた足を思わず止める。空いていた左手で、頬をさすり、篠上の言葉を見つめる。


「篠上は部活があるんじゃないのか?」

【GWはウチは今日だけで終わり。暇よ】

「用事とか、他にないのか? 実家に帰るとか」


 この返事には、やや時間があったような気がする。


【気遣ってくれてどうもありがとう。アンタこそ、用事はないのね?】


 篠上の再三の確認に、誠次は届くわけもないのに頷いていた。


「誘ってくれてありがとう。行くよ」

【こっちこそ。また連絡するから、すぐに返信すること】

「分かった。覚えておく」


 誠次は篠上と約束を交わした。

 

「準備しないとな」


 本日立ち読みをした、男性用情報誌が役に立つ瞬間が、早くも来たようだ。誠次は張り切り、明日への準備を開始する。

 

――数分後。


「ただいま」


 部活が終わり、寮室へと帰って来た聡也そうやが、玄関で立ち止まる。先客である悠平ゆうへい小野寺おのでらが、玄関から一歩も動かずに立っているからだ。


「二人とも一体どうしたんだ?」


 水泳部終わりでシャワーにより湿った髪の毛を触りながら、聡也が二人に訊く。


「なあ小野寺。あれが……」

「はい。あれが時々見かける、上機嫌な天瀬さんです」


 二人の男子生徒が見守っていたのは、鏡の前で何度も何度も着る服を選んでいる魔法学園の有名人、天瀬誠次あませせいじであった。


           ※


【分かった。覚えておく】


 そのやり取りで終わった誠次の通信に、篠上は微笑み、ふかふかのベッドの上に自分の電子タブレットと共に飛び込む。


「……やった」


 ふふんと、誠次のアイコンであるユキダニャンを見つめながら微笑み、篠上はそれを指でタッチしてみる。


「いけない。お弁当と服、用意しないと!」


 がばっ、と顔を上げ、篠上はキッチンに向かう。

 ちょうどその時、部屋の外でドアをノックする音が響く。ドアフォンに浮かんだホログラム画面には、若干緊張している様子の帳結衣とばりゆいの姿があった。桃色の短いツインテールに、赤い眼鏡を掛けている。


「どうぞ入って」

「お邪魔します」


 遠隔操作でドアが開き、結衣が入室する。小柄な身体のその両手には、購買で購入した大量の食材がある。


「頼まれたもの、これであってますか?」

「うん、ばっちりね」


 袋の中身を確認した篠上は、にこりと微笑む。


「あの……ありがとうございます。私を誘ってくれて」


 篠上が先日の試験の後、結衣を誘っていたのだ。

 結衣は、篠上に向け軽く頭を下げる。それは何気ない仕草であるが、洗礼されているようだった。


「ううん。私たちこそ、文化祭の時はとう……結衣ちゃんに助けられちゃったし。その時にちゃんとお礼も言えなかったから」


 篠上は慣れた手つきで、食材をパックから取り出していく。桃華の事を結衣と呼ぶのは、まだまだ慣れていないようだが。


「それは私こそ。特殊魔法治安維持組織シィスティムに追われていた時に、誠次先輩と綾奈先輩たちが助けに来てくれなかったら、どうなっていたか」


 結衣は篠上の隣に立ち、彼女の手伝いをする。


「料理、得意なんですね。憧れちゃいます」

「そ、そう……?」


 魔法世界の元アイドルに褒められ、篠上はまんざらでもなさそうに横髪を触る。


「私は早くにお母さんを亡くしたから、家だとお母さんの代わりに家事とかやってたし、自然と身に付いたのかも」


 器用にジャガイモの皮を包丁で剥いて見せ、篠上は呟く。

 結衣も見よう見まねでジャガイモの皮を剥こうとしてみせるが、中々上手くはいかない。

 ぎこちない結衣の手つきを横で眺め、篠上は思わず苦笑する。


「結衣ちゃんは、施設で育ったんだよね?」

「はい。小さい頃に、両親に捨てられる形で、施設に預けられました。゛捕食者イーター゛がいる世界じゃ、子供も育てられないって言っていて」


 結衣はハキハキと答えていた。


「無責任で、酷い話ね……」


 篠上は心から同情し、思わず料理の手を止めていた。

 そんな篠上の姿に、結衣は感謝しているようだったが。


「ネットでもある事ない事書かれていますけど、私は生んでくれた両親を恨んではいません。むしろ、こんな歌声をくれたことに感謝しています」

「桃華ちゃん……」


 篠上は感極まったように、目元を拭う。


「あ、綾奈先輩……。今目を拭いたら」


 結衣は呆気に取られていた。なぜならば、篠上が直前に扱っていたのは、玉ねぎだったから。


「篠上、先輩……」

「い、痛っ!?」


 慌てて目を洗い、仕切り直しで再びキッチンへ。

 明日の為の弁当作りを、結衣は篠上に作り方を教わりながら、進めていく。


「部活はもう決まったの?」

「はい。チア部です」


 などと、お喋りにも華を咲かせるようになる。


「っく。この……っ」


手先の器用さには自信があった結衣だが、料理の腕はまだまだ篠上には遠く及ばず。


「……っ」


 負けず嫌いと向上心を併せ持つ彼女は、すぐ隣でテキパキと料理をこなしていく篠上の手つきを、熱心に見つめている。


「そう言えば、明日何処に行くのか決めたんですか先輩?」

「あ……。そうよね。何処に行くか、天瀬も困っちゃうわよね」


                 ※


心羽(ここは)抹茶蜜(まっちゃみつ)公園に行きたい!」


 狐の耳のような水色の髪の毛がぱたぱたと感情豊かに動かせ、更には、椅子に座っているために身体に巻き付くように回していた尻尾のような水色の髪の先をも、ぴんと立たせ、心羽は誠次に熱く進言する。

 原理はなんなのだろうか、それこそ魔法のような髪型をしている心羽は、天使のような笑顔の持ち主で、談話室における魔法生癒しの存在だ。

 そんな彼女の過去は決して明るいものとは言い切れないが、今はそれを乗り越え、新たな心羽と言う名と共に、前に進もうとしている。


「抹茶蜜公園? 何かあるのか?」


 そんな心羽の名付け親でもある誠次は、談話室のカウンター席で心羽と隣同士に座っている。


「うん! えっとね、この時期お花とか、すっごく綺麗なの! この前ますたーに写真見せて貰ったんだ!」


 心羽の言うますたーとは。談話室のカフェのマスターを勤めている老人、柳敏也(やなぎとしや)のことだ。表向きは談話室のダンディーなマスターであるが、その実ヴィザリウス魔法学園の校長先生と言う身分である。


「お花、か」

「あーっ。せーじ、少し馬鹿にしたでしょ!?」


 心羽は拗ねたように、頬を軽く膨らませて、誠次の肩をぽんと叩く。その年の少女にとっては当然の感情が、そこにはあるようだった。


「ごめんごめん。男の俺はどうしても、女の子の可愛いって感情に全てで同意できないから」

「そっか。せーじは男の子で、心羽は女の子なんだもんね……」


 心羽はそう言うと、誠次の身体を上から下にかけて、じっくりと見つめる。


「……っ」 


 すると、何を思ったのか、急に真っ赤にした顔を、心羽は左右に勢いよく振る。ばたばたと、豊かな髪が盛大に揺れ動く。


「大丈夫か、心羽?」

「う、うんっ! あ、暑いね!?」

「そうかな? 確かに、最近はだいぶ暑くなってきたけど。まだ春なのに」


 きょとんとする誠次の前で、心羽はどこか面白くなさそうに、ジト目を向けていた。出会ったころと比べれば、少女の感性は、とても豊かになっている。これもこの魔法学園で過ごすうちに身に付いたものなのだろう。


「抹茶蜜公園か。この時期、とても良いスポットだと思うよ」


 話をすれば、まさかのご本人様登場である。既視感を覚えながらも、柳敏也が素敵な笑顔を見せて、カウンターの向こう側に立っていた。間違いなく彼は、この魔法学園の゛職員゛の中では最年長だろう。


「行った事、あるのですか?」


 誠次がく。


「うん。若い頃に、当時付き合っていた彼女とね。……良い思い出だったよ」


 遠くを見つめて何かを思うように呟いた柳に、誠次は何も声を掛けてやることが出来ずに、口籠る。


「ますたー、その人と結婚したの!?」


 しかし心羽が、椅子から腰を浮かして訊いてしまう。


「いいや。……別れた、さ」

「「……」」


 とてつもない寂しさを漂わせて言った柳を前に、誠次と心羽は顔を見合わせ、気まずく俯く。誠次はともかく、言わせてしまった心羽は、この上なく申し訳なさそうな表情を誠次に見せていた。感情は豊かになったが、人付き合いはまだまだ発展途上、と言ったところか。

 一方で柳は、気にしていないよ、と朗らかに微笑んでいた。


「時に蜜のように甘く、時に抹茶のようにほろ苦い。抹茶蜜公園とは、そんな場所なのかもしれないね」

「「おおー、なるほど……」」

「……軽い冗談のつもりだったんだけど、二人とも納得している……」


 さすが、お上手です。と、苦笑する柳の目の前で、誠次と心羽は顎に手を添え、感心するように同時に頷き合っていた。心羽の感情の引き出しとは、誠次と過ごした山梨県での日々で、多くを身に付けていたのかもしれない。


「せーじとお出掛け、楽しみっ!」

「俺も心羽とまた出掛けられて、嬉しいよ」


 にこりと、誠次は微笑む。

 (ゆえ)に、少女は自分を暗闇から救ってくれた少年を心から慕い、羽を宿した天使のような素敵な笑顔を見せているのであった。


          ※


 翌日、五月の初旬にしては暑い気温となった東京都。誠次、篠上、結衣、心羽の四人は、私服で新緑の木々の下を歩いていた。太陽は熱く眩しいが、木漏れ日は優しく心地よい。


「貴女の髪型、面白い……。一体どうなってるの?」

「企業秘密ですっ!」


 結衣が心羽の髪を見つめ、心羽はえへんと自慢気に言っている。


「いい天気で良かったわ。気温は暑すぎるぐらいだけど」

「まだ五月なのにな」


 やや後ろから、篠上と誠次の二人が、年下の少女二人組に続く。


「喉乾いてない? お茶とかあるから、遠慮しないで」

「ありがとう。じゃあ頂くよ」


 四人が来たのは、心羽の希望でもあった、リニア車の駅名にもなっている都内の大きな公園、抹茶蜜公園だ。季節柄今は色とりどりの花が咲いており、無料で入園できるここには、多くの家族連れやカップル等で賑わっていた。

 ドラマや映画の撮影にもよく使われているようで、よく見る噴水では年端もいかない少年少女がきゃあきゃあとはしゃぎ回っている。

 手提げ鞄を片手に持つ篠上は、そこからお茶の入ったマグボトルを取り出し、誠次に差し出す。

 黒いリュックサックを背負う誠次の背中には、野球小僧が肩に背負っているような棒状の黒い袋が一つ、更にあった。それこそ、分解した状態のレヴァテイン・(ウル)のうちの一つである。


「お弁当とか、持ってくれてありがとうね天瀬」

「いつもレヴァテインを持ってるから、これくらいは御安い御用だ。篠上の弁当なんて、男子からすれば粗末には出来ない高級品だからな」

「なによそれ……」


 苦笑する篠上だが、実際に2―Aのクラス内でも、篠上の手作り弁当の腕は専ら噂されている。それにありつけるかと思えば、大事にするべきだろう。


「私の料理の腕は、お婆ちゃんに仕込まれたの。家事とかも、全部そうね」


 葉の間から所々漏れる木漏れ日が、篠上の白い肌を美しく光らせる。

 

「お母さん、早くに亡くなられたんだっけか」

「私が小学校に入る前に、病気でね……。……でもまだ私にはちゃんと家族がいる。お父さんもお婆ちゃんも、料理美味しいって言ってくれるし」

「そうか。努力したんだな」


 篠上は、そう言った誠次をじっと見つめ、


「こうしてアンタの隣で歩けていることも、努力の結果かしら?」


 くすりと微笑み、篠上は笑顔を覗かせる。


「い、いや……。それは、篠上とこうして一緒に歩けるのは、嬉しいけれど」

「でも残念。私はまだまだこれぐらいじゃ満足してないわ」


 手提げ鞄の紐をぎゅっと握り締め、前を向く篠上は歩く速さを上げてきた。木の枝を踏み鳴らしながら、誠次も篠上の後を追う。


「篠上?」

「……もっといっぱい、アンタと一緒にいたいから」


 仄かに顔を赤く染めた彼女の綺麗な横顔は、直射した日の光により、より一層輝いて見えるようだった。


「その為の努力は、私は惜しまないわ」

「……ありがとう」


 全身が火照ったように熱くなったのは、初夏のものと酷似した熱い太陽の日差しを受けたからではないだろう。篠上も同じく赤面し、火照った身体を冷ますように、豊満な胸元のシャツの襟を持ち上げ、風を送り込んでいた。


「――何だか私、さっきから子供扱いされてません?」


 気づけば、結衣が誠次の左隣に回り込んでおり、不機嫌そうに誠次と篠上を見つめ上げていた。


「私だって貴方の剣に付加魔法(エンチャント)をした、れっきとした一人ですよ? ちょうど一年前に、ね?」


 誠次の腕を掴み、背中の黒い袋と誠次を交互に見つめ、得意気に微笑む。

 その一連の行為を、誠次を挟んで見た篠上は、ムッとした表情をして、変装の為にもきちんと眼鏡を掛けている結衣を睨んでいた。


「残念でした。結衣ちゃんはもう、私たちのこ、う、は、い。後輩は先輩の言うことをきちんと聞かないと駄目よ?」

「あの……」

「またヤキモチですか綾奈先輩? 私は独り占めはよくないと言いたいだけですよ? 誠次先輩の付加魔法(エンチャント)には、複数名の女性がいた方がいいんですから。ですよね、誠次先輩?」


 さすがと言うべきか、厳しい世界で勝ち残った少女の策とは、これまた職業柄身に付けたのだろう、甘い声と仕草と理論でこちらの同意を得る手段であった。


「仲直りしたんじゃないのか……?」


 情熱的な赤の色が火花を散らす間で、誠次はぼそりと呟く。


「せーじは人気者だね!」


 前を歩く心羽には、悪気さえ吹き飛ぶような眩い笑顔で、そう言われてしまった。


「あ、蝶々!」


 ふと、心羽が目の前を誘うように飛んでいた白い蝶々を見つけ、髪の耳をぴんと立て、追いかけていく。春ならではの光景だが、年上の三人は無邪気な心羽の行く末を、面白半分、心配半分で見守っていた。

 青空を背景に、絵を描く筆の先のように自由に(そら)を飛び回る蝶々。それを追う心羽の水色の目が、更なる何かを見つけて、急に大きくなる。


「危ないから、心羽?」


 弁当もあるのでと、崩さないように小走りで誠次が心羽に追い付く。

 蝶々は心羽の髪の尻尾の先に止まり、羽を閉じたり開いたりを繰り返し、小さな身体を休めている。しかし心羽は、それすら気に留めないほどの衝撃を受けているようで、硬直するように立ち止まっていた。


「ガブリール、魔法博士……!?」


 きらきらと輝く心羽の水色の視線の先。公園の中で野外会場となっていたそこには、無数の人だかりと、大きな白い看板があった。


【ノア・ガブリール魔法博士講演会】


 蝶々を追いかけた少女が迷い込んだ先。看板には、英国紳士らしいお洒落なシルエットで、そう書かれていた。

 

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