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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
彼女が少女に戻るとき
102/189

1

「誠次くんの前髪上げVerの髪型はDLC500円(税抜)になります」

                 ばしょう

 たった一人の女性を助ける為、多くの人の命を預かる身分ながら、組織を裏切る選択をした。

 その選択に迷いはなかったかとかれれば、当然、迷いに満ちていた。正しくはなかったのかもしれない。納得できず、部隊を去って本部へと戻り、改めて新崎しんざきに忠誠を誓った者も、多くいた。

 残されたもので言えば、それはこちらの方が遥かに少ない選択であった。しかし、それ以上に大切なものが、今ここにはある。

 ただ、この道を選んだ以上、もう戻る事はできない。あとは、後悔もなく、ひたすら前へと進むだけ。

 そうして進んだ先。辿り着いた光景こそが、あの人が、あの雨の日に見せたかったものなのだろう。


 墓石の前で両手を合わせた日向ひゅうがは、そっと目を開ける。

 

ゆるして欲しいとは言いません。私は、貴男の分まで、特殊魔法治安維持組織シィスティムとしての責任を果たすつもりです。ですので、どうか今は、貴男がいた頃の特殊魔法治安維持組織シィスティムを取り戻す為に、見守っていてください……」


 日向は墓石に語りかけ、傍らに控えていた女性の横顔を見る。

 雨宮愛里沙あまみやありさ。今回の騒動の事の発端であり、そして、何よりも特殊魔法治安維持組織シィスティムとしての正義を体現した、強い女性だった。

 彼女もまた、安らかに眠る佐伯さえきに対して、謝罪の言葉をかけていた。


「終わりました。行きましょう、日向隊長」

「……もう、隊長ではないさ。元副隊長殿」

「いえいえ。私からすれば、貴男は見習うべき大切な人です」


 雨宮はどこか言いづらそうにして、日向に言う。


「……そうか」


 先に立ち上がっていた日向もまた、優しい表情で微笑んでいた。


「身体はもう平気なのか?」

「はい。草鹿くさかさんの治療のお陰で、すっかり元通りになりました」


 日向の運転する車で、二人は東京の中心街にまで戻ってくる。

 学生目線で言えば、夏休みはもうすぐ終わり、残る夏の暑さが去るのとともに、今年最後の夏の思い出を作ろうと、街中を散策している人が多くいた。そんな穏やかな光景を眺めていると、車内にて、助手席に座る雨宮がそっと声を掛けてくる。


「日向、さん」

「どうした?」


 自動運転に任せ、運転席で頬杖をついていた日向は、切れ長の瞳をすぐ横の助手席へと向ける。

 一時は命の危険すらあった一つ年下の女性の、興味津々そうな姿が、そこにはあった。


「髪、伸びましたね」

「……」


 言われ、日向は男にしては元より十分長い髪をそっと触ってみる。今日もこの髪を維持するために、朝のシャワーは欠かさず、シャンプーもリンスもボトルの半分は使った気がする。

 それでも気が付かなかった髪の伸びを、銀髪のミディアムヘアの相方は見つけたそうだ。


「そうか……」


 日向は気に留めないようにしていたが、それきり無言となった車内で、再び無意識に、髪を触る。

 そして、大人しく隣に座っている雨宮に、ちらりと視線を向けた。


「雨宮」

「はい、日向さん」

「悪いが、車を頼めるか。雨宮を含めた隊のみんなに、ケーキでも買っていくからさ」

「ケーキ……」


 その甘味なる言葉を聞いた雨宮の頬が、徐々に赤く染まっていく。

 あまりにも分かりやすい反応に、日向も笑う他なかった。

 雨宮に車を託し、一人歩道に降りた日向は、適当に歩きながら、ショーウインドゥの前で立ち止まる。そして、ガラスに反射して映る自分の姿を、じっと見つめた。


「伸びた、か……。そうか……伸びたな……」


 ガラスに向かってぶつぶつと呟いていると、ふいに、横から歩いてきていた子供にじろじろと見られてしまっていた事に気がつく。

 日向はこほんと咳払いをしてから、好奇の視線を向けてくる子供から逃げるようにして、再び歩きだす。

 私服姿で街を歩いていても、自分がそれなりに目立つ風貌だと言う自覚はある。老若男女、目を引いている。男の中でもこんなに長い髪型にした理由を、ふと、日向は思い出していたところだ。


(ヴィザリウス魔法学園の魔法生時代の、罰ゲームだったな……)


 それも、相手は影塚かげつか。魔法戦による一騎討ちで、負けた方が一年間髪を伸ばし続けると言った、今思えば、学生らしくもある馬鹿なことをやったものだ。

 影塚は別に無理だったらやらなくても良いと言っていたが、自分もムキになって、伸ばし続けた。

 しかし、長い髪もただ伸ばしっぱなしというわけにもいかず、整えてもらわなければ。いつもは特殊魔法治安維持組織シィスティム本部内の美容室を利用していたが、今ではそれも利用できない。

 日向は自分の電子タブレットを起動して、周辺の美容室を検索する。

 そして、目についた場所に早速、予約をした。その美容院はアーケード商店街にあり、すぐにでも行ける場所だった。この時間帯でも来店可能とのことだったので、日向は早速、人混みの中を歩いてその美容院へと向かう。


「すみません」

「いらっしゃいませー」


 冷房もきちんと効いている、華やかな照明が点いた店内に足を踏み入れた途端、店内にいた何名かの女性店員が、驚いたような様子でこちらを見てくる。


「わあ、素敵な髪ですね……。男性でこれだけ綺麗なのは珍しいですよ」

「有難うございます。ですが、少し整えて頂きたくて」

「かしこまりました。こちらの椅子へどうぞ」

「失礼します」


 横に五列並んでいる黒革の椅子と、そこの前にある鏡に、女性美容師とその後ろをついていく自分の姿が順に映り込んでいく。店内には他に客が一人だけおり、現在はシャンプールームで髪を洗ってもらっている最中のようだ。

 綺麗で落ち着いた内装も、心地よい雰囲気もあるこの店は、もしすれば行きつけの店になるかもしれない。女性美容師に促された椅子に着席しながら、日向はそんなことを思っていた。


「髪型はどうされます?」

「この形を維持で。ただ、整えてほしいのです」

「かしこまりました。それにしても本当に凄いですね。男性でここまで綺麗に髪を伸ばせるのは……女性でも難しいですよ」

「有難うございます。一応、手入れは入念にしていますので」

「くす。几帳面な方なんですか?」

「まあ、職業柄そうなったと言いますか」


 髪を櫛で伸ばされては整えられながら、日向は鏡に映る女性と受け答えをする。

 そんなこんなをしていると、美容院の奥の方で、他の客と美容師らしき女性の話し声が聞こえて来た。


「初めて来ましたけれど、いい場所ですね、ここは」

「そ、そうですか……? 嬉しいです」


 ……どこか、聞き覚えのあるような、ないような、若い男の会話の声が聞こえる。

 まさかな、と日向は鏡に映る自分の姿をじっと見つめる。ちょうど今は、担当の美容師が櫛で髪を確認しているところだ。


「では、こちらのお席へどうぞ」

「はい。よろしくお願いします」


 そんな言葉は、そして聞き覚えのある声は、鏡の世界で見て、自分と女性の後ろの方から聞こえた。

 まさか、そんわけあるまいっ!? 驚いて日向が振り向くと、そこには伸びきった髪を洗い終えた同い年の青年――影塚広かげつかこうが立っていた。


「か、影塚!?」

「日向!?」

「お前、この店を使っているのか!?」

「いや、たまたま訪れただけさ。この伸びきった髪を切りたいと思ってさ」


 日向からすれば極めて異常事態なのだが、影塚は平然とした面持ちで、さらにはにこりと微笑む。

 

「影塚さんとお知り合いの方ですか……?」

 

 影塚を担当していた女性美容師が、こちらとそちらとを交互に見つめて、驚いている。

 影塚の方は、所謂特殊魔法治安維持組織シィスティム内では広告塔――それこそ、アイドルのような扱いをされていたので、世間的にも有名な顔だ。

 それに比べれば、自分の知名度などあってないようなもの。時の警察よりも機密性は高く、精々事件担当者ぐらいしか顔は割れていないはずだ。


「知らない。知りたくもない」

「僕と同じ特殊魔法治安維持組織シィスティムです」

「ば、馬鹿かお前はっ!」


 呆気なく暴露した影塚に対し、日向は思わず椅子から立ち上がり、シャンプー終わりの影塚へ向けて怒鳴る。


「そう重要なことをべらべら喋ってどうする気だ!?」


 日向は呆気に取られている周囲の美容師たちを見渡して、影塚に言う。


「だって本当の事じゃないか。もっとも、今は特殊魔法治安維持組織シィスティムと敵対している身分だけどね」

「これは時と場を選ぶべき話のはずだ!」

「確かに。僕たちは今、整髪に来たお客さん同士だったね」


 そう言うわけじゃなかろう!?

 しかし影塚はにこやかに微笑んだまま、日向の隣の椅子に座る。相変わらずコイツは天然が過ぎる。学生時代からずっとそうであった。

 憤然とする日向は鏡越しに、影塚を睨んでいた。


「影塚。お前と協力はするが、必要以上に慣れ合う気はない。俺たちは仕事仲間ではあるが、友人ではない」

「まあ、それでいいよ、日向」

「ふん。勝手にしろ」


 そうして日向は、どこか気まずそうにしている美容師に促され、先程まで影塚がいたシャンプールームへと向かう。


「ご、ごめんなさい……。なんか、変な雰囲気にしてしまって……」


 わしゃわしゃと、ちょうどいい温度のシャワーが頭上で流れ、両手で丁寧に髪を洗う美容師が言ってくる。

 両目の上にタオルを乗せられ、上を向いたまま、日向は申し訳なく口を開いた。


「すみません。言い合う気はなかったのですが、アイツとは学生時代の頃から、あんな感じで……」

「同級生さんなんですね?」

「ええ、まぁ」


 わしゃわしゃと。仄かなハーブの良い香りが漂い、脳天の先が心地よい。こうした繊細な手付きで髪を洗ってもらえるのは、美容院ならでは味わえるものだろう。


「まあ、最近は特殊魔法治安維持組織シィスティムも良い噂を聞きませんし……」

「そうなのですか?」


 日向は、美容師によって洗われている頭をやや傾かせ、聞き直す。


「はい。なんか、優しくないとか、平気で魔法で人を傷つけているとか、よくない噂ばかりですよ」

「そうですか……」


 しゃー、とリンスをつけられた髪がシャワーによって洗浄され、日向の女性のもののような長い髪はより一層の艶と輝きを得る。

 下手をすれば、本職である自分以上の髪の美しさかもしれない。美容師は改めてその髪の美しさに見惚れそうになり、何度も日向の髪から水気をはらうように、手を行ったり来たりしていた。


「はい。温かいタオルどうぞ」

「どうも」


 目元についた水気を渡された手拭いで自分で拭き取り、日向は美容師に促され、再びメインルームへと戻ってくる。

 そこではすでに、影塚の伸びた髪がチョキチョキと、軽快なハサミの音を立てて切られている最中であった。髪留めを青みがかった黒髪にハサミ、手慣れた手付きで美容師はもっさりとしていた髪を切っていく。

 影塚はと言うと、椅子に備え付けれている端末からホログラムを出力し、電子雑誌を読んでいるようだ。紙の媒体とは違って、切られた髪が落ちて挟まると言った心配もない、便利だ。


「席、離します――?」

「いえ、隣同士で構いません」

「あ、ありがとうございます。実は、他の席は全部予約が入っていまして」


 女性美容師は助かったように、ほっと息をついていた。

 日向は極力、影塚と目を合わせないようにして、影塚の隣の席に座る。

 冷静に考えて、仲良くもない同級生と隣同士に座って髪を切るなど、おかしな状況だ。

 ちらりと横を見れば、影塚の横顔は、今にもるんるんと鼻歌でも歌い出しそうなほどに、健やかなものだ。何を見ているのかと思えば、欧州で開催されているテニスの試合を見ているようだ。学生時代、影塚はテニス部でもあり、そこでも賞を総なめにしていた。


「なんだい日向。君も見たいのかい?」

「い、いや……。テニスに興味はない」 


 こちらに気が付いた様子の影塚が、画面をこちらに向けてくるが、湿った首を横に振る。

 もしかすれば、自分の考え過ぎなのだろうか。パラパラと、彼の頭部から落ちていく黒髪の奥に見える横顔を見つめてから、自分もそう思おうとしたところであった。


「いらっしゃいませー」

「こんにちは。予約していた天瀬あませです」

「お待ちしてました。手前の席へどうぞ」

(天瀬だとっ!?)


 入り口の方から聞こえてきたそんな会話に、日向は二度にたび驚き、そちらを見る。


「あれ。日向さんに、影塚さん!?」


 手前から順に年上の顔見知りを見つけ、誠次もまた、驚いていた。

 

「驚きました。お二人も、この美容室を使っているのですか? 俺の行きつけなんです」

「そうなんだ、奇遇だね。僕が最初にここにいたら、後から日向がやって来てさ」

「ただの偶然だな。ここで影塚が髪を切っていて、それを知らずに俺はやって来た。それだけだ」


 微笑みながら手を振る影塚に、日向は努めて平然を装い、再び前の鏡の方を向く。

 間違っても、自分から進んで影塚の隣に座りに来たわけではないと言うのは、伝えることが出来ただろう。

 そして、今日たまたま訪れたこの店が、よりにもよって剣術士行きつけの美容院であったことも、単なる偶然にすぎない。やや浮かしかけた腰を、そうして再び椅子に深く座り直そうかと思ったとき、誠次が思い出したかのように口を開く。


「あ、そうだ。もう一人、予約しておいたはずなのですけど」


 誠次が美容院の入り口の方を見れば、


「失礼します」


 誠次から遅れること数秒。やって来たのは、私服姿の星野一希ほしのかずきであった。


(……っく。なんだこの気まずさは!?)


 またしても顔見知りがやってきたことにより、日向は内心で焦りに近い感情を味わう。左隣に座る影塚はと言うと、死闘を繰り広げた直後だと言うのに、相変わらずにこやかな笑顔を振りまいている。

 

「天瀬くんはここの美容院はいつから利用してるんだい?」

「東京に来てからは、もうずっとですね。一希も大阪に帰る前に美容院に行っておきたいって言うから、ついでなので一緒にです」

「友だち同士で美容院だなんて、少し、恥ずかしいですけどね」


 影塚も影塚だが、天瀬も天瀬だし、星野も星野だ。なぜ、こうもなんともなかったように飄々とした態度でいられるのか。

 似たもの同士と言った言葉が日向の脳裏を掠めていく中、一希もまた、女性美容師に促され、鏡の前に座らせられている。


「すごい髪伸びてますね……」

「……すみません。時間があまりなくて」


 失礼します、と言った女性美容師が一希の伸ばしっぱなしの髪に触り、髪を確かめている。

 一方で、この美容院の常連であった誠次は、早速シャンプールームへと女性美容師と共に向かったようだ。


「切り甲斐があります。どう言った髪型か、ご要望はありますか?」

「短かすぎなければ、なんでもいいのですけど……。似合いそうな髪型とか、なにかありますか?」

「ええ!? 私のおまかせで良いんですか!?」


 分かりやすく張り切っている女性美容師に、一希は鏡越しに苦笑いをして、それでお願いします、と答えていた。

 一希がシャンプールームに行ったのと入れ替わりで、髪を洗い終えた誠次が戻ってくる。誠次は、日向の右隣の席へ座ると、鏡に映っている自分の姿を見ていた。


(ま、待て……。そう言えば、天瀬の髪型は、初めてあった時からまるであのままだが、まさか、イメチェンするつもりなのか……!?)


 落ち着いて雑誌を読み始めようとした日向は、右隣に座った誠次の姿を思い出し、衝撃に近いショックを受ける。

 もはや左側も右側も気になって仕方がない状況となり、日向は左右交互にちらちらと視線を向け続ける。


「な、なにか、お気に召しませんでしたか?」


 そんなことをしていると、美容師に気を使わせてしまい、日向は慌てて首を横に振る。


「い、いえ。なにも……」


 やがて、シャンプールームから一希も戻ってきて、誠次の右隣に座る。

 つい先日まで敵対していた四人が、横並びで整髪をしている。なんとも奇妙な空間なのだが、左右に座る男たちはそんなことなど気にしている様子もなく、自分を挟んで世間話すらしだす始末だ。

 ならばと唯一の救いは、右端に座る一希なのであったが、


「ありがとう誠次。良い美容院を紹介してくれて」

「構わないさ。なんか、やっぱり友だち同士で髪を切るなんて不思議な感じがするけどな」

「僕もさ。……でも、悪くないかもしれない……」

(青春かっ!)


 日向は内心でツッこみ、極めて居心地悪く、真正面を見据える。……美容師の技術、店自体には、文句など一切ないのだが、この奇天烈な状況が全てをおかしくさせてしまっている。


「一希くんは、この後どうするつもりだい?」


 左端の影塚が、右端の一希に訊く。

 よくもこうずけずけとデリケートな質問を大っぴらに出来るものだ、と日向は影塚の図太さに内心で辟易へきえきとする。

 それでも一希は、真剣な表情で前を見つめ、答えていた。


「僕は、大勢の人を傷つけました……。その償いを、少しづつでもしていきたいです」

「ちょっと顔傾けてください」

「はい」


 美容師の指示どおり、一希は頭を傾けていく。

 そんな一希の言葉に、日向も思わず言葉を失い、無言で口をぎゅっと結ぶ。


「そうだね……。ここにいる僕たちは全員、何らかの形で人々に迷惑を掛けた。そして、その償いをしなくてはいけない……」


 影塚もまた、読んでいた雑誌から視線を上げて、綺麗にさっぱりとしていく自分の顔をじっと見つめていた。

 多くの人をこの手で斬ってきた誠次もまた、真剣な表情で、目の前の鏡に映る自分の姿を見つめる。

 チョキチョキとハサミの音が鳴る中、誠次は口を開いた。


「それも含めて、この状況を一刻も早く変えなければならない。そう思います。いつか、人同士が争い合わなくて済む世界。本当の敵は゛捕食者(イーター)゛であることを。そして……やがては゛捕食者(イーター)゛すらもいなくなった、平和な魔法世界を作る為に、俺たちが手を合わせれば、出来るはずです。道は困難でしょうけれど……それでも、やり甲斐はありますよ」


 そんな誠次の言葉に対し、


「手を組む、か。あまり気分は乗らないが、こうなればもうそれしか方法はないのだろうな」


 日向が真正面をじっと見据えて呟くと、


「素直では、ないんですね?」


 くすりと微笑む一希である。


「当然だ! あんな戦いをした後だぞ!?」


 日向は声を大にしてツッコんでいた。

 ――からん。そうしていると、美容室のドアが開き、またしても来店客があった。空いている席の数からして、予約している最後の人なのだろう。


「――おや、皆さんお揃いで? 仲が良いですね?」


 その特徴ある声を、四人とも聞いた途端に、一斉に振り向く。散髪途中の美容師たちも、四人の男が一斉に振り向き、持っていたたちバサミを慌てて引いていた。


「「「「朝霞刃生あさかばしょうっ!?」」」」

「……そこまで絶妙に揃った反応をされてしまうと、さすがの私も引くのですが……。私とて、髪ぐらいは切りますよ?」


 私服姿の朝霞は、ポニテールで縛った髪を優雅に揺らし、案内された鏡の前の席に座る。


「いつものでお願いします」

((((しかも行きつけだった……!))))


 すんなりと美容師と会話をしている朝霞を背後に、四人はぞっとする思いで息を呑む。

 

「朝霞刃生……。まさかお前も、この店で五百円ごとに一つ貯まるスタンプカードを持っているのか!?」


 誠次が鏡越しに、朝霞へ向けて問い質す。

 朝霞は横目を向けると、薄く笑い、胸ポケットからすっと、スタンプカードを取り出してみせる。


「今日で私は、特典であるシャンプーセットをもらえる予定ですが?」

「ま、負けた……っ!?」

「フフ。髪を切って顔を洗って出直してくることですね? ……美容院だけに」

「ちくしょうっ!」


 本気で悔しがる誠次に、隣に座る日向は「そこに勝ち負けがあるのか……?」と冷静にツッコんでいた。

 やがて、シャンプーを終えた朝霞が、影塚の左隣に座り、五人の男が横並びに座る。


「ああ、皆さんお揃いですので、せっかくですし、これからの話でもしましょうか?」

「だから、こうも不謹慎な話をなぜこの場で出来るのだ!?」


 日向が朝霞に向けて怒鳴りつける。


「フフ。そう怒らないでくださいよ、私と同じく、ロン毛の宿命を抱いた元特殊魔法治安維持組織シィスティムさん?」

「そんな宿命など抱いていない! ……っく! 決めたぞ俺は坊主になる! 美容師! バリカンを用意してくれ!」

「極端すぎでは日向!?」


 遂には丸坊主になると言い出した日向を、今度は影塚が諌めていた。


「でもそうですね。今は穏やかな時間が必要なはずです。それぞれが、進退を決めなくてはいけませんからね。相手は強大で、それでいて狡猾だ。浅はかな正義感と勇気だけで太刀打ちできるほど、優しくはない相手と世界ですよ?」


 朝霞はそう言って、四人の男性たちに視線を送る。とりわけ、最後の方。つまりは星野一希に青目の視線を送る。

 一希もまた、切られ、遮るものがなくなった顔立ちから覗く綺麗な青い目で、朝霞を見つめ返す。


「間もなく、特殊魔法治安維持組織シィスティムと光安も動いてくるでしょう。彼らがこのまま黙っているとは思えません。そこで我々も手を打たなければ。元エースくんにロン毛同盟くん。この後、お時間を頂けますか?」

「その同盟に加わるつもりはことさらないが、手を打つ必要はある。新崎は頭が切れる。ただ少し待ってくれ。その後で合流しよう」

「わかりました。ロン毛同盟くん」

「だからそれはやめろと言っているだろう!? 本気で丸坊主にするぞ!?」

「だからなんでその呼び名に対抗する策が君の丸坊主一択なんだい、日向……?」


 影塚が苦笑するが、彼もまた頷く。


「そうだね。ここは僕たち、大人の出番だ」


 そうして、彼の長かった髪もいよいよ、短く切り揃えられていた。

 

「じゃあ天瀬くん、星野くん。僕たちから連絡があるまで、君たちは休んでいてくれ」

「え……いいのですか……?」


 一希が困惑した様子で尋ねる。


「勿論。もともとこれは、僕たちが片付けなくちゃいけなかった問題だ。君たちは多くに関わっているが、あくまでまだ学生だ。勿論その力は信用しているけれど、僕たちには僕たちにしかできない事がある。ここはしばし、僕たちに任せて欲しい」

「わかりました。なにか動きがありましたら、連絡をお願いします」

「終わりました。いかがですか?」


 誠次が返答をするのと同時に、この場では誰よりも早く、美容師が確認のための手持ちの鏡を差し出す。


「さすが、いつもながら格好いいです。ありがとうございます」


 そう言って席を立つ誠次の顔を、日向は鏡越しに凝視して見る。


(か、か……っ!)


 ぷるぷると震えだす両手足を、必死に押さえ込みながら、最大限に潜めた声を、わなわなと震える口で発する。


「変わってないではないかっ!?」


 まるで髪型が変わっていない! 短くなってもいないし、伸びてもいない! この店に入ってきたときと変わらない姿そのままで、今まさに誠次はレジでスタンプカードを押してもらっている。


「待て天瀬誠次!? 本当にそれでいいのか!? 美容師に、遠慮していないか!?」


 お節介な日向は、ぐるりと振り向き、誠次に向けて声を張る。


「? いえ別に、いつも通りですけど」


 一切合切変わってはない誠次はきょとんとした表情で、日向を見つめ返す。


「そ、そうか……。お前がそういうのであれば、別に気にもしない……」


 再び大人しく鏡を見つめだす日向に、誠次は小首を傾げていた。

 一方で、頭痛を感じて来た日向である。


「それではお先に失礼します。なにかありましたら、いつでも連絡お願いします」

「ああ。それまでは、ゆっくり休んでいてくれ」

「ではまた会いましょう、天瀬くん?」


 影塚と朝霞にそう言われ、最後に、鏡越しに一希と誠次は視線を合わす。

 一希もまた、真剣な表情で、誠次へ向けて頷いていた。


「ありがとうございましたー!」


 一方で、本日この美容室にいた五人の美容師たちは、濃すぎる内容の話を繰り広げる五人の男の会話に、ただひたすら、首を傾げながら、手元を忙しそうに動かし続けていた。果たして本当に、自分たちがこんな事を聞いていて良いのだろうかと、思いながら、チョキチョキと髪を切っていく。


        ※


「ありがとうございました! これスタンプカードです! 良ければまたご来店ください!」

「ありがとうございました」


 やがて、日向も髪を整え終え、美容院を後にする。

 東京の街中を歩く手には、帰り際に美容師から貰ったスタンプカード。日向は、それをしげしげと眺めていた。


「お得だな……溜めるか……」


 財布にそれを差し込み、近所にあった洋菓子店へと向かう。


「ついてきてくれた隊員のみんなにも、買っていかないとな。取り敢えず、全部の種類を一つづつ買っていけば、問題ないだろう」


 ショーケースの中で綺麗に整列している美味しそうなケーキの数々を前に、日向は口に手を添えて吟味し、()()()()()()()()()()()()()()()、を実行していた。奮発だ。


「持ち運べそうですか?」

「魔法を使えば大丈夫です」

「ありがとうございます」


 女性店員に心配されるが、仮にも特殊魔法治安維持組織シィスティムの魔術師だった覚えはある。物体浮遊の汎用魔法を使い、入れ物に入ったケーキを器用に自分の身体の周囲に浮かばせて運んでいく。保冷剤もきちんと入れてもらった。

 いくら魔法世界になったとは言え、まだまだこれみよがしに魔法を使うのははばかられる。自分の周囲に袋を浮かばせて歩く長髪の男の姿は、よく目立っていた。


「ただいま」


 都内にある高層マンションの一室。そこが、自宅だ。外付けされる形でバルコニーと庭もあり、そこでは日向が丹精込めて育てた家庭菜園の野菜や、向日葵があった。

 ここへ帰る前に、雨宮には部隊のみんなを集めておいてくれとメールを送っていた。

 よって、大人数を覚悟していた日向であったのだが。


「お帰りっつーの、日向隊長っ!」

「その声は……! まさかっ!?」


 リビングから聞こえてきた元気の良い声に、足音を立てて日向は向かう。


「お邪魔してます」

「こんちに、は」

「やあ」


 南雲ユエを始めとした、第五分隊の面々まで、遠慮なくお邪魔されていた。


「な、なぜ貴様たちがいる!? 呼んだ覚えはない!」

「ごめんなさい日向さん……。私が間違えて、呼んでしまいました……」


 雨宮が申し訳なさそうに、頭を下げている。


「あの馬鹿らしい口癖が聞こえたから、まさかとは思ったが……」

「馬鹿とはなんだっつーの!? お前も晴れて()()()()来たんだし、仲良くしようぜー? 晴れてっつーのは、日向だけに?」


 ユエは庭を眺めながら笑って言っている。


「笑えん」


 もはや頭痛すら吹き飛んだ勢いで呆れる日向はそうして、買ってきたケーキの袋をユエに押し付ける。


「来てしまったのならばやむを得ない。甘いものでも食って、そのうるさい口を閉じろ」

「ありがとな日向。ちゃんと金は返すっつーの」

「はした金などいらん」

「素直になれっつーの!」

「いらんと言っているだろう!」

「「「「頂きます!」」」」


 日向と南雲が言い争いを繰り広げる中、特殊魔法治安維持組織シィスティム元隊員たちが、早速ケーキに手をつけ始める。


「あ、栗のケーキ……日向さんのお気に入り……」


 そんな中でも雨宮は、日向のお気に入りのケーキをいち早く見つけるとそれをきちんと除けていた。

 

「ありがとうございました、日向さん……」


 そして、尚も南雲と言い争いをしている日向をじっと見つめ、雨宮は美味しく甘いケーキに口をつけていた。

 庭の向日葵は日差しに向けて、すくすくと元気よく育ち、満開の花を咲かせていた。


       ※


 からんからん。

 最も長い時間が掛かった一希が店を出た時、迎えはすでに来ていた。歩道沿いに停められた黒い車をじっと見つめる。


「――終わったか、一希」


 店のすぐ外では、同じく私服姿の誠次が待っていてくれていた。


「めちゃくちゃさっぱりしたな?」


 にこりと微笑みかけてくる誠次に、一希も微笑んだ。


「君はいつまでも変わらないんだね」


 自販機で買って来た炭酸飲料を二人で掲げ、ごくごくと飲んでいく。

 夏ももう終わる。耳障りであった蝉の鳴き声も、控えめになってきているようだ。夏休み最後の外出だろうか、目の前を幸せそうな表情をした家族が通り過ぎていく。

 一希は彼ら彼女らの背中をじっと見つめてから、深く息を吸った。


「……誠次。僕は君に救われた。だから今度は、僕が君を助けたい。君がピンチになったり、なにか困ったことがあれば、僕は必ず、君の助けになるよ」

「そんなに気負わないでくれ。俺だって、一希の言葉に納得や共感するべきところはあった。だからこそ、一希を助けたかったんだ」

「うん……でも……」


 誠次の言葉に、一希は遠慮がちに、頷く。

 そんな一希の思いつめた横顔をじっと見た誠次は、そっと、口を開いた。


「……だったら一希。一つ、頼みがあるんだ」

「なんだい? なんでも言ってくれ」

「……それは――」


 最後まで、誠次はその言葉を伝えるべきか、迷った。

 誠次の予想通り、一希はその言葉を聞き、あっと驚いたような顔を浮かべ、そして、どこかもの悲しそうな、複雑そうな表情を見せてくれた。そう思って、当然だろうと、誠次は思うのと同時に、嬉しくも感じていた。


「そんな……。それでは誠次……君は……」

「……分かっている。あくまでもしもの、話だ。でも同時に、自分の事は自分がよく分かっているつもりなんだ。だから、念のために、さ」


 炭酸の抜けた飲み物を飲み干し、誠次ははるか遠くを見据えていた。その黒い瞳映るものは、目の前に聳え、視界を遮るビルのそのはるか向こう――なにか、遠くに確かに在るものを捉えようとしているようだった。

 時に強く、時に虚しく感じるようなビルの風を浴び、誠次は自分の右手を見つめて、視線を上げる。


「一希。俺とお前は同じ魔剣を持っている。だからこれは、一希にしか頼めないことなんだ」


 一希は誠次の言葉に、微かに頷いていた。


「……わかった誠次。友として君の言葉、受け止めたよ」

「ありがとう、一希。こうして、友としていてくれて。すごく心強いよ」


 誠次と一希は目を合わせ、改めて頷き合う。


「わかったとは言ったけどね、誠次。僕は君が思っているほど優等生でもないんだ。だから、もしかしたら、こんな約束でさえ破ってしまうかもしれないよ」

「ははは。もう背中から剣を刺すのは勘弁してくれ……」


 過去の遺恨を乗り越えて、固い友情を誓い合った東と西の魔法世界の剣術士は、笑顔で会話を続けていた。


「そうだ誠次。僕からも、一つ言っておきたい事があったんだ」

「なんだ?」

「魔剣への付加魔法エンチャントの事だ。薺総理に言われた通り、それは九つあることは、君も分かっているはずだ」


 真剣な表情を見せた一希の言葉に、誠次は頷く。


「僕はアヴァロンの九姉妹の魔女の魔法ちからを使って、それを起動していたけれども、どうしても最後の一つ、九つ目は発動できなかったんだ」

「八つまでしか、力を解放できなかったのか?」

「うん……どうやってもね。まるで魔剣が九つ目の力を発動するのを拒んでいるようだった……」


 一希も自分の右手を見つめて、呟いていた。


「そうか……。俺も八人目までしか、魔剣の力は開放していないんだ」

「やはり、君もそうだったのか」


 誠次の言葉に、一希は微かに驚いていた。


「魔剣に残された最後の力、か。なんだか僕は、嫌な胸騒ぎがするんだ。出来ればこれは、解放しない方がいいものだとも思う……」


 綺麗な青色の瞳の視線を落とし、一希は呟く。あくまで、予感がするだけだと、一希は口ぼそりと言っていたが。


「……」


 誠次はその言葉を聞き受け、ふと、快晴のそらを見上げる。

 周囲を歩く人々の雑音を耳に、どこまでも綺麗で青い天は、その色の濃度を増しているようだった。

 楽し気な話し声に混じり――また、誰かの悲鳴や嘆きの声が聞こえてくる。その声が日に日に大きくなっているような気がして、思わず塞いでしまいたくなる耳元。それでも、その中でもこちらに救いを求めるような声が聞こえてくる気がして、誠次は背中と腰に確かにある感触を、人知れずに思い出していた。

 己の信じる正義の為、再びその剣を引き抜くときは、きっとそう遠くはないのだろう。

~遅いよ、明けましておめでとう!~


「なんだかせっかくのいい機会な気がします!」

せいじ

「心機一転、これからの抱負をみんなで言い合わないといけない気がします!」

せいじ

「俺はもちろん、みんなで協力して世界平和を実現させるぞ!」

せいじ

          「僕たちももうすぐ進路の事について真剣に考えないとね?」

                   かずき

「まず近所に新しく出来たケーキ屋さんを調べないと。……って、売り切れ?」

こう

          「庭の雑草むしりをしなければ。夏野菜カレーを作らないとな」

                   れん

「うわーばらばらだー……」

せいじ

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