表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
彼女が少女に戻るとき
103/189

2

「あー……これじゃあ私がよくある友人ポジじゃん……」

            もみじ

 今年の夏休みも、いよいよ終わりだ。特に、三学年生にすれば、高校生活最後の夏休みでもあった。

 数日前に行われた、今年度の二大魔法学園弁論会も、表向きは成功に終わった。第一部である両校の生徒会同士による弁論も、円満な雰囲気の元、終了していた。

 夜の部の方にこそ、設備不良を名目に予定より早めの終わりとなったものの、きっと何事もなく終わったように、普通の魔法生からは見られることだろう。


「あ、お疲れ様です、波沢なみさわ生徒会長!」

「弁論会での答弁、とても格好良かったです! 俺、感動しました!」


 弁論会会場の体育館の片付けも魔法で手早く終えれば、自分を待っていたのは、弁論会で目立っていた自分への称賛の声であった。


「ありがとう」


 そのことについて言われれば、波沢香織なみさわかおりはそう言葉を返す。それがたとえ廊下でも、食堂にて大好きな牛カツ定食を食べている時でも。


「――えー!? 付き合うなら年上か同い年でしょ!? 年下とかないない!」

「マジそれ。あ、でも魔法使えないおっさんはマジでないわ」

「相方が魔法使えないとか、結婚とかしたら将来絶対苦労しそうだもんねー」

「結婚とか、アンタ考え早すぎ……」


 食堂にて、こちらに背中を向けている他クラスの同級生女子が、なにやら言い合っている。どうやら、彼氏にするのならばどの年代か、という議論のようだ。


「うかうかしてると、私たちもあっという間におばさんよー?」

「ちょっとやめてよ……。はあ、どこかに都合良い年上彼氏落ちてないかなー……」


 青い眼鏡を掛けたまま香織は下を向き、ぽつりと、呟くように口を開いていた。


「年下の男の子も、ありだと思うけどな……」

「「え……?」」


 あっと、振り向いた二人の同級生女子。

 香織は慌てて、手元のご飯を口に運んで、知らぬふりを貫いていた。

 ただどうか、知ってほしい。あの日に活躍したのは、私や生徒会だけではなく、まだまだ大勢いるのだと。


「……特に、誠次くんとか――」

「――会長。生徒会長?」


 まるで秘密組織のアジトのように地下にある、ヴィザリウス魔法学園の生徒会執行部室。その実なんてことはない、文化部の部室のようなのほほんとした、空間だ。現在は女子だけの空間となっていることが、あか抜けている事を何よりも助長させている。

 そして、そんな部屋の中央。四人が向き合う形で置いてある机と椅子の班には、波沢香織なみさわかおりともう一人、赤毛の髪に色濃く日焼けをした後輩少女がいた。


「……誠次くんとか……」

「生徒会長ーっ!?」

「え……あ、ごめんね……」


 同じ生徒会メンバー書記である火村ひむらは、目の前の席に座る香織を心配そうに見つめる。

 ハッとなった香織は、慌てて手元の資料を纏める。ちなみにその行為に意味があるかと言われば、あまり意味はない。


「弁論会終わってから、ずっとそんな調子ですね。……いつかの私みたいですよ?」


 火村にそんなことを言われれば、香織はとほほと肩を落とす。


「夏が始まってすぐにあんなに貴女に対してアドバイスしたのに、その当人がこんなんじゃ、駄目だよね……」

「い、いえ。あの日のアドバイスのおかげで、今の私はここにいられるんです」


 恥ずかし気に微笑み、謙遜する火村。この夏、火村は所属している水泳部で顧問に怒られるほど成績を落とし、生徒会の仕事も手つかずの状態となっていた。そんな当時の彼女と比べれば、今はやるべきことを見極めることはでき、生徒会としての仕事も完璧にこなしていた。数日前の弁論会でも、大いに助かっていた。

 

「部活も、波沢生徒会長のあの時の助言があって実家に帰って、自分のこととか、色々と吹っ切れることが出来ました」

「島で誠次せいじくんに会ったんだよね? 本当、偶然だよね。ちょっと……羨ましいかも……」


 香織がくすりと微笑むと、火村はどこか恥ずかしそうに俯きかける。


「それは本当に偶然です……」


 ただ、と火村は運動で引き締まった太ももの間に両手を差し込む。


「でも、天瀬あませのお陰で、自分がここにいられたり、水泳部に復帰できる節もあるので……その、なんと言うか、悪くはないと思います……」


 至極言い辛そうに、火村は言葉を濁して言う。

 そんな火村の素直にはなりきれない姿を見て、香織はどこか自嘲気味に、微笑んでいた。


「私も誠次くんにおんぶに抱っこの状態かも……」

「そんな。波沢生徒会長は、十分立派です! アイツがいなくとも!」

「ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱりみんなのお陰なんだよね……。特に、やっぱり、誠次くん……?」

「そんなことないです! 天瀬がいなくたって、波沢生徒会長は十分立派です! 本当、アイツ全然関係ないですからっ!」

「――剣術士くんが全然関係ないところで傷ついてない、それ……?」

 

 気まずそうな面持ちで生徒会室にやって来ていたのは、緑髪の三学年生であり、副会長の渡島わたしまであった。


「あ、わーこ。片付けのお手伝い、ありがとうね」

「ういー。お菓子買ってきたよー」


 おっさんのように腰をぽんぽんと叩いた渡嶋は、どさっと、机の上に大量のお菓子を置き、疲れ果てたように椅子に座る。

 

「それでなに? ひむちゃんが覚醒したと思ったら、今度はかおりんがポンコツ化?」


 そのまま持ってきたお菓子を頬張り始めながら、渡嶋は椅子に座り、二人に問う。

 

「うん……。なんだか燃え尽きちゃったって感じで、仕事も捗らなくて……」


 香織は申し訳なさそうに、自分の青い髪をさわりつつ、自己分析的に呟く。


「かおりんはもとから正義感強いもんねー」


 同級生で友人でもある渡嶋が、お菓子をぽりぽりと食べながら言う。

 きっとそれは、キャリアウーマンである実の母親と、今は亡き国家公務員であった父親。そして何よりも、父の意思を継いで特殊魔法治安維持組織シィスティムとなった姉の影響を受けたのだろう。


「まあ、いいんじゃない? 私たちの仕事って弁論会も終わったし、もう実質終わりって感じだもんねー」


 煎餅を口に咥えながら、どこか寂しそうに呟いている。秋には例年通り、生徒会選挙が行われ、この面子とももうお別れだろう。

 加えて、三学年生はいよいよ本格的に進路で忙しくなる。実質的に弁論会が生徒会執行部の集大成のようなところがあり、香織は燃え尽き症候群のような状態にも陥っていたのだ。


「はあ……」


 意図せずため息が出てしまい、香織は慌てて口元を抑えるが、そんなことをすればするほど、他の人に心配をかけてしまう。


(アイツ……っ!)


 そして、そんな生徒会長の様子に気がつき、彼女の胸の内を恋愛映画などで培った見分力で見ぬき、見かねた火村が、内心でとある決意を固める事となる。


 そんな火村が真っ先にやって来たのは、男子寮棟の一室だ。制服姿の火村は、とある部屋の前までやって来ると、やや躊躇うように、周囲をきょろきょろと見渡す。

 ――誰もいない、今がチャンスだ私!

 そう決心した火村は、ドアフォンを人差し指で思い切りタッチしまくり、中にいるであろう人物をけたたましく呼び出す。

 中にいる人の事など、当然お構いなしにだ。


「――だーうるさいっ! 何という古典的な嫌がらせをしてくるんだ!?」


 数秒後、私服姿の誠次せいじの顔がホログラム画面に映し出され、火村を睨みつける。


「入れて」

「いや……嫌がらせを平気でしてくるような女性をそう易々と入れると思うか?」


 誠次はジト目を向けてから、そっぽを向く。少々手厳しいかもしれないが、こういうのはさっさと無視をして、読書の続きをすることに限る。


「命の恩人」

「……感謝、永遠に」


 項垂れる誠次にとって、パワーワードでもある火村必殺の言葉が、彼に電子ロックの解除をさせた。ホログラム画像にあるopenのスイッチを、押さざるをえない。

 ドアが開けば、火村は男子部屋の中に入り、玄関で立ち止まる。


「なんの、用でしょうか……?」


 誠次は警戒心を顕に、廊下の角からそっと顔を出し、遠くから火村を見つめていた。心霊写真が如くである。


「今誰か他にいる?」

「い、いないけど」

「あっそ。じゃあ、失礼します」


 靴を脱ぎ、それを玄関に並べてから歩み寄ってくる火村に、


「しまった。いると言えば、良かったか……」


 ぼそりと呟いた誠次は、自分のすぐ横を通り、男部屋のリビングへと遠慮なしに入っていく火村の後を慌てて追いかけた。

 

「それで、なんの用なんだ? 俺は読書をしていたのだけど」

「うっそ……。夏休みも終わるのに読書とか、アンタどんだけ暇してるの?」

「暇潰しの仕方など人それぞれで別にいいだろう!? 剣を振り回してはいるが、俺は元々インドア派だ」

「私はアウトドア派だし、つくづく相性最悪よね、私たち」

「君は俺に喧嘩を売りに来たのか……?」


 一体何をしに来たのだろうかと、誠次は目の前を通り過ぎる火村を睨みつける。少しだけ石鹸の良い匂いがしたのは、やはり彼女も女性なのだという事だろう。そして、それを無意識のうちに嗅ごうとしてしまったのも、自分もやはり男性であるという事か。


「一応、他のルームメイトのプライベートなものだってあるんだし、変なところへは行かないでくれよ?」


 別に仲が良いわけでもない女子に部屋の中をきょろきょろと見渡されると落ち着かず、誠次は努めて平然を装いながら、つい先程まで寝転がっていたソファに座ったり、立ったりを繰り返す。

 火村は誠次に言われたとおり、妙に周囲へは行かず、誠次の前で腰に手を添えて立っていた。


「ねえ、波沢先輩がピンチ」

「香織生徒会長が? なにか事件に巻き込まれたのか?」


 神妙な表情で訊き返す誠次に、火村はやや引く。


「いや違う違う。……あんたの思考回路、普通の学生じゃない疑惑まで出てるんですけど」


 火村に呆れられ、思わず腰を浮かしていた誠次は少し恥ずかしい思いをし、再びソファに着席する。


「弁論会が終わってさ、燃え尽き症候群みたいな感じになってるの」

「燃え尽き症候群?」

「簡単に言えば、すごい頑張って目標を達成すると、その先のことを何も考えてなくて、目標を失って、何もかもが手付かずになってしまうの。スポーツマンにもよくあること。私はなったことないけどね」


 火村がどこかドヤ顔で言ってくる。


「香織生徒会長、いつもだけどここ最近は特に忙しそうだったからな……。疲れも、きっと溜まっているはずだ」


 誠次が彼女の事を思って言ったのだが、


「それに加えて、あんたの存在よ」


 びしっと、火村は誠次の鼻先に綺麗に切られている爪がある人差し指を向けてくる。


「俺……?」

「そう。波沢生徒会長にとって、あんたは一つ年下の男の子。たった一つだけ歳が違うぐらいって、男のあんたはそう思うかもしれないけど、女子はそうじゃないからね? 将来のこととか、世間の目とか、色々と考えちゃうのよ」


 香織と自分との歳の差。火村は、そのことを指摘していた。


「……なるほど。確かに、君のように年上の男性が好きという女性の話は、クラスでもしているのを聞いたことがある。それと比べると、後輩の男の子がどうとか言った話は、あまり聞かないな……」

「まだ認めたくはないけど、波沢生徒会長にとって一番の男子は間違いなく、年下のあんたよ。ただ、波沢生徒会長はもう三年生で、そろそろ卒業まであといくつって言葉も出てくる頃」


 当たり前の事であるが、三学年生と言う一つ上の代の彼女は、誠次よりも先にこの魔法学園を去らなければならなくなる。

 火村に告げられた誠次は、ソファの上に座り、顎に手を添える。

 火村は相変わらず、誠次の目の前に立ち、腰に手を添えていた。


「……まあ、難しい問題だってことは私も分かっているつもり……。洞窟で話してくれた、アンタにもいろいろと事情があるのも、分かったし」


 誠次を見つめ、一旦落ち着いた様子の火村はそう言って「なにか飲み物くれない?」と冷蔵庫を見る。

 誠次は頷き、冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出し、それを火村に向けて投げ渡していた。


「で。……あんた、この先どうするつもり?」

 

 一見、手厳しい質問ではあるが、当然の事であろう。レヴァテイン・ウル付加魔法エンチャントをしてくれる女性の一人である香織には、自分もまた様々な形で力になっているという自覚も、また、彼女の学園生活にも深く関わっているという自覚も、誠次にはあった。

 生徒会長として彼女が()に当たっている間は、その関係性もお互いに変な意味で()()()()となっている節があったが、それももうすぐなくなるのだ。

 すなわち、火村の言う通り、()()()()とさせないといけない。


「俺は……香織先輩の幸せを望んでいる……」

「幸せ、ねえ。まあ、本当に難しい問題だと思う。こうなんか、プラスとプラスが掛け合ってマイナスになっちゃったって感じ?」


 火村もまた、誠次と同じように、深く考えてくれているようだった。少し前ならば、罵倒になんでもござれであっただろうが、蛍島の件以降、一応は誠次の立場にも理解を示してくれる、良き友人の様な関係になっていた。嫌がらせに近い先ほどのピンポンには納得できないが。


「言っておきたいのは、やっぱり同年代や年上に比べると、年下の男の子ってのは、こっちも気を遣うと思うわ。それがたった一つ違いでも、高校生って言う名の学生の身分じゃ、大人よりも明確に階級が別れていて、違う感じがすると思う」

「三学年生とニ学年生。ただの年上と年下、ではなく、()()()()()、と言う差、か……」

「そしてあと二つの問題」


 火村はペットボトルを机の上に置き、水滴をつけた指先、人差し指と中指を天井に向ける。


「香織先輩は、生徒会の任期が終わってからが本当に大変な時。そしてもう一つは、あんたと波沢生徒会長以外の女子との関係」


 指を二つとも折り曲げ、火村は腕を下ろして言葉を続ける。


「あんたの周りにいる女子。篠上しのかみさんや本城ほんじょうさんやその他もろもろ。みんな波沢生徒会長より年下でしょ? 不安にもなるって……。本人も、春にあんたの戦いのお邪魔したときに気にしてたし」

「そうなのか……」


 そう言われてしまうと、誠次は申し訳なく感じ、項垂れかけてしまう。そうしかけた顔を咄嗟に左右に振り、誠次は深く深呼吸をしていた。


「他の女性の存在と言う件は、申し訳ないがひとまず置くけれども、俺は香織先輩を思って、あの人に喜ばれるような選択をずっとしていた節がある。でも同時にそれは、香織先輩を知らずのうちに苦しめていたのかもしれない……」

「と、言いますと?」

「先ほど君が言った、先輩と後輩の関係性だ。例えば俺が先輩の立場であったら、付き合っている後輩の人が仮に自分以上の活躍をしてしまったら、負けていられないと言うか、焦燥感を覚えてしまうと思うんだ」

「確かにね……。ましてや波沢先輩は生徒会長。他の魔法生よりも、その責任感はさらに強くなるはず」


 火村も、自分に当てはめて考えたようで、ため息交じりにそう言う。

 そして、しばし考えたのち、唐突にこんなことを言う。


「いっそのことアンタ、生徒会長になれば? この学園の女性全てを支配するとか、言えば?」

「どこのドッキリ番組だ!? 滅茶苦茶面白かったけどさ!」

 

 火村の小ボケに誠次がツっこむ。


「とにもかくにも、こればかりは俺は、直接香織先輩と話し合いたい。うやむやなままにするのは、駄目だと思うから」

「あっそ。ひとまずアンタが最低最悪の下種男一歩手前で踏ん張ってくれて、安心した」

「俺の立ち位置は下種の一歩手前かよ!?」


 誠次が愕然となるが、火村にはそう見えてしまっているのだろう。改めて言われると、悲しい気分にはなる……。


「あああと。これで万が一波沢先輩を泣かせるようなことがあったら、私はあんたの事を末代まで呪い続けるわ。って言うか、私があんたを社会的に終わらせる。抹殺よ抹殺」

「妙にリアリティがあって恐いな!」

「それで、今のところ、具体的にはどうするつもりか決まってるの?」


 またしてもこちらと香織の将来の事について、火村は訊いてくる。彼女が敬愛している先輩の大事な将来の事なのだから、気になるのは当然かと、誠次は思っていた。

 火村は、試すような緑色の視線を誠次へと向けくる。

 誠次もまた、ソファの上に座りながら、膝の上に乗せていた腕の先の手の平を、握り拳へと変えていた。


「香織先輩の幸せの為と言う理念は変わらない。香織先輩を悲しませたくはない。あの人に魔法ちからを貸してもらった以上、その恩を返す。そして出来れば俺は……――」


 誠次はそこまで言うと、やや口籠り、火村を見てから、視線を泳がせてしまう。

 そんなことをしてしまえば、火村は至極不満そうに、誠次を睨みつけていた。

 蛍島生まれのその鋭い目つきに内心で観念した誠次は、そっと口を開いた。


「我が儘で傲慢かもしれない……。けれど、香織先輩を他の男には、渡したくない……。少なくとも、あの人が望んでくれるのであれば、俺があの人にとっての一番のままで、いたい……」

「ふーん。……不思議。ほっぺをビンタしようと思ったけど、なんかすんなりと手が出ない」


 誠次からすれば、あっけらかんとした態度と表情で、火村は言う。

 かあっと全身が一気に熱くなった誠次は、目の前が真っ白になりかけていたが、それでも火村のそんな顔を見ることが出来ていた。


「――でも、やっぱ叩いとく」


 火村がそう言っておもむろに近づいてくる。

 殴られる。そうと理解した脳が反射的に指令を出し、誠次は目を瞑って火村からの制裁を待った。

 ――ぺちん。

 間もなく来たのは、想像していたものよりもはるかに力の弱い、言うなれば、真心が込められた()()()であった。

 殴られたというよりは、叩かれた頬をさすりながら、誠次は目を開ける。


「火村……」

「あんたは世間一般から見たら、やっぱり変な男子。魔法が使えなくて、話し方も変で、考え方も変。べつに格好良くもないし、クールでもないし、可愛くもない。でも、波沢先輩がそれでも好きっていうんなら、仕方がない。精々頑張ることね、うん」


 うんうんと、火村はこちらに背中を向けて、独り言ちに呟いている。

 そのままお互いに無言でいると、向こうが耐え切れなくなったのか、咳ばらいをした。


「い、以上っ! 少女漫画や恋愛映画に夢見る一人のお節介女の偉そうな意見でした。……なにか文句はある!?」


 ふん、と火村は相変わらずそっぽを向きながら言ってくる。

 誠次はほとんど呆気にとられ、火村を見つめ上げる。


「な、なにも……」

「お返しに殴りたかったから、アンタも私の事殴れば……!?」

「女性は殴れない……」


 ぎゅっと目を瞑る火村であったが、誠次は首を横に振る。


「……まあ、あんたがただの男じゃないってのは、私も認める。……その、波沢生徒会長に、相応しい活躍はしてるってね……」


 火村は言い辛そうに、日焼けしている頬を、こしゅこしゅとかいていた。


「香織先輩と会いたい。メールで、会えるかどうか訊いてみるよ」

「あ、ああちょっとタイム! 私が言ったって事、内緒にしてね? くれぐれも、あんたが勝手に思い立ったってていにして。それだとまるであんたと波沢先輩が私の道化じゃ」


 急に慌てだす火村に、誠次は心配無用とばかりに頷く。


「そうは思わないさ。大垣おおがきくん出演恋愛映画マスターの、頼れるご意見だ。参考にありがたく受け止める」

「う……ウザいから! そう言うのっ! 別にアンタの為じゃないし、波沢生徒会長の為だし!」

「それでもありがとう火村。俺の事はともかく、香織先輩の事を考えてくれて」

「そ、そんな事言うなぁっ!」

「いや……俺はただ、お礼を言おうと……」


 羞恥で小麦色の頬を赤く染めた火村は、ぷいとそっぽを向く。


「今から会えますか、と……――で、いつまで君はいる気なんだ……? って、メールのやり取りはしっかり見るのか!?」


 今度はソファの後ろに回り込み、誠次の肩の後ろの背もたれに両手を添え、火村は誠次の手元を凝視していた。恥ずかしいことこの上ない。


「当たり前じゃない! 変に抜けてるところがあるあんたが阿呆やらないか、見張らないと!」

「俺と香織先輩のプライベートはないのか!?」

「はあ!? なに、なんかやましいことでもするつもり? あんたと波沢先輩の仲は認めるけど、不純異性交遊を認めたわけじゃないんだけど?」


 火村が再び軽蔑の目を向けてくる。


「誰がそんなことするものかっ! 健全な付き合いを心がけている!」

「他にも女子がいるくせに、健全なお付き合い、ですって? よく言えたもんね……っ!」

「それに関しては……っ! ……おっしゃる通りとしか返しようがない……っ」


 汗をだらりとかいた誠次は、反論の言葉を失い、口籠る。

 間もなくして、香織からの返答はあった。


【会いたい! どこで待ち合わせする?】


 であった。会いたい。その言葉を受けて、嬉しいと感じている自分が確かにいた。

 赤面しつつある自分の顔を、火村には見せたくなく、誠次はじっと、香織からの返信が映るホログラム画面を見続けたまま、ぼそりと呟く。


「後ろに君がいるとやりづらいな……」

「なによ。また背中に紅葉つくられたい?」

「勘弁してくれ……」


 冷や汗をかく誠次は私服の胸元をつまみ、くいくいと風を送りながら、また、背後より鬼のような視線を否応なしに感じながら、慎重に言葉を選んでいた。

 香織の為に、二人は力を合わせていた。


       ※


 ヴィザリウス魔法学園のとある棟。そこには、生徒も絶対に入れないよう、厳重なセキュリティが施された部屋があった。

 その部屋に、魔法生としてはただ一人、特例として入ることが許された男子が一人いる。


「……」


 神妙な面持ちで、志藤颯介しどうそうすけ八ノ夜美里はちのやみさとの後をついて行き、共に廊下を歩く。照明は必要最低限のものにまでしか点いておらず、一寸先は闇が広がっているようだ。それが、いつも自分が通っている廊下と同じ構造なのかと、疑わせるものであり、志藤は身体の奥底が冷えるような錯覚を味わう。

 やがて二人は、目的の部屋へとたどり着く。


「私だ。彼を連れて来た」


 八ノ夜がすでに中にいる人とドアフォンで会話をし、ドアが開く。

 どくん、と確かに鳴る胸の鼓動の音の大きさを自覚し、志藤は八ノ夜に見送られながら、部屋の中へと入っていった。

 まず部屋の奥から歩いてやってきたのは、草鹿くささと言う、八ノ夜と顔見知りの元特殊魔法治安維持組織シィスティムの専属女医だ。


「容態は安定している。回復には時間がかかるだろうが、命に別状はない」


 草鹿は志藤の肩に手を添えると、そんなことを言ってくる。

 それを言われて、安心した自分がいる。志藤はそっと「ありがとう、ございます」と言葉を返し、真正面をじっと見つめていた。


「……何かあったら、部屋の外にいる」


 草鹿は微動だにしなくなった志藤の横顔をじっと見つめてから、肩から手を離し、歩いて去っていく。

 ドアの横に立っていた八ノ夜も、立ち尽くす志藤の背中を見送ってから、部屋の外へと出たようだ。

 正真正銘、この部屋には自分と、もう一人の人物の二人きりだ。

 志藤は「ふぅ」と息を吐き、制服のネクタイをぎゅっと締め直し、部屋の奥へと進む。

 

「父、さん」


 部屋の奥にあるのは白いベット。その上に寝かされていたのは、紛れもなく、自分の父親であった。

 最後に見たとき――確か、昨年の夏の終わり頃だった気がする――と変わらない容姿で、瞳を瞑り、穏やかに眠っている。

 志藤はそっと枕元に近づき、そこにあったパイプ椅子に座り、父親の顔を覗き込む。


「ああ……なんだ、俺……」


 気がついたときにはすでに、目頭に熱いものが込み上げてきて、志藤はとっさに両手で顔を覆う。


「絶対に……あんたの事で泣いてやるかって思ってた、のに……止まらねえな……これ……っ」


 全身が震え、止めろと命令をしても、言うことなど聞いてくれない。

 この感情は間違いなく、喜んでいるからであった。大嫌いなはずだった父親がこうして、無事に帰ってきてくれたことに。

 もはやあふれる涙は止まらずに、志藤は涙を拭うことを諦め、そっと、父親の顔を見つめる。


「父さん……っ。無事で……良かった……っ」


 自分のものよりも無骨で、硬くて、それでいて温かい、子供の頃は幾度となく握っていたはずの父親の手を再び握り返し、志藤は咽び泣いていた。


「……颯、介……」


 確かに頭上で聞こえた声に、志藤はハッとなって、顔を上げる。

 志藤康大しどうこうだい。薄目を開け、実の父親は、口角を上げているようだった。


「父、さん」

「はは……久し、ぶりだ……」


 そんな容態でも笑おうとしている父親の姿が……昔から自分のことは平気だと言わんばかりに、なにも教えてくれていなかった父親がそこにおり、全身をわなわなと震えさせる志藤は、返事をする。朝起きても家にいなかった父親の寝起きの姿を見るのも、もう十年以上ぶりな気がする。


「俺は……ここにいます……」

「まだ、目が、見えない、ようだ……。けれど、声は、はっきりと、聞こえる……」


 康大は未だ苦しそうに、上半身を起こすことは出来ないようだ。会話が、最小限できるくらいだろう。


「草鹿と八ノ夜理事長から、大体は、聞いた……。俺の事を守ってくれた……佐伯さえきが、死んだと……。その他にも、大勢の人に助けられて、俺が生きて、いる……」

「そうなんです父さん……。あんたの命はみんなが守ってくれて……。それなのに、俺は……っ」


 まだなにも出来ていない……っ。志藤は悔しく、父親の手を額に擦り付け、項垂れる。

 しかし、未だ幻影魔法の影響によりが苦しいはずなのに、向こうは、微笑んでいるようにも見えた。


「ごめん、な……颯介……。魔法が使えない俺じゃ、この恩は、とても返しきれそうにない……」


 志藤は涙でぐしゃぐしゃになった顔を思いきり腕で拭いはらい、努めてはっきりとした表情で、父親を見つめる。


「……特殊魔法治安維持組織シィスティムを父さんが築いた、人の為にある特殊魔法治安維持組織シィスティムを取り戻します。新崎を倒して……特殊魔法治安維持組織シィスティムを取り戻す!」

「……つまりそれは……新崎と、戦う気、か……?」

「ええ。貴方からすれば、子である俺がこんなことを言って複雑でしょうけど……。それに、俺の全てが正しくはないかもしれない。それでもこれだけは、何が何でもやらなきゃならないと思うんです!」


 志藤はそうして、かつての自分だったらあり得ないような行為を、椅子から立ち上がり、親に頭を下げるようなことを、する。


「何よりも! ……友だちと、約束したんです……。特殊魔法治安維持組織シィスティムを取り戻すと」

「……天瀬、くんか……」

「……ええ」


 康大もよく知る、魔法世界の剣術士の名を出すと、奇妙な一陣の風が、二人の間を駆け抜けたような気がした。

 康大は、乾ききった唇を、そっと開く。


「じきにこの世界は……颯介……。お前のような、魔術師だけの世界となる……。それをわかりながら、なお魔術師の未来の為に戦う剣術士の姿は……どこか、俺と重なって見えた……」

「父さん……」

「ここに俺の居場所はない……。いつか、自分が淘汰されるときが来る……不安。それでもなお、人の為に戦う……。俺のように歳を喰った男ならまだしも、彼はまだ、学生だ……。未来だって、どうなるかも分からない」


 康大はそっと、実の息子の声を頼りに、淀んだ黒い瞳をそこに送る。

 向こうから見たこちらの姿はきっと、ぼやけてしまっているのだろう。

 こちらもまた、流しに流した涙のせいで、目の前はぼやけて見えている。それでも、繋いだ手の力強い感触ははっきりと伝わる。


「そんな彼と、お前が友だちとなって……そして、特殊魔法治安維持組織シィスティムを変えると言った。俺が作った特殊魔法治安維持組織シィスティムを、魔術師の、お前が、だ」

「そ、そんな。俺は別にそんなつもりじゃ!」

「ああ、わかっている……。でも、嬉しいんだ……。良いか颯介。特殊魔法治安維持組織シィスティムを戻すんじゃない……。そうすればまた、新崎のような奴が出てきてしまう。……だから、お前たちが、作るんだ。魔術師と剣術士、友だち同士なら、喧嘩もしないだろう……?」


 父親の言葉に呆気に取られかけ、志藤は、開いた口をどうにか塞ぐ。


「たまに喧嘩しそうなときも、ありますけど。でも、アイツは最高の友だちですよ」

「そう、か……。このご時世じゃ、そんなやつを作られるのも珍しい……」

「俺は……アイツの夢を叶えさせてやりたい。魔法世界の平和。いつか、みんなが夜の世界を歩いて、笑いあえることができる世界。一緒に、叶えたいんです」

「なら……どうすべきか、もう、答えは出ているな……」

「父さん……。良いの、ですか……?」


 志藤は、父親に確かめるようにして、その様子を伺う。

 父親は、そっと首を動かし、白髪も自然と目立ってきていた髪を、上下に揺さぶった。


「ああ……。新崎を、なんとしても、倒すんだ……。お前の行うことの責任は、すべて、特殊魔法治安維持組織シィスティム元局長であり、同時に、お前の事が大好きな父親が、負ってやる」


 康大はそう言って、左手を伸ばし、立ち尽くす志藤の胸にそっと添える。

 高鳴る心臓の確かな音は、熱い鼓動は、きっと向こうにも届いたことだろう。


「もっとも、今は、こんな不自由な身体だけれどもな……」

「父さん。俺、やります。今はどうかここから、見守っていてください」

「ああ……。颯介……。見ないうちに、お前は……」


 康大はそこまで言うと、まるで事切れたかのように、そっと口を閉じる。

 そして、やはり昔のように、大事なことは最後まで、言ってくれないのであった。

 ――今は、それでいい。必ず、見返してやるさ。

 胸の内でそう決めた志藤颯介は、踵を返していた。信念を伝えるべき人物は、まだまだいるのだから。

~産地直送の支え合い~


「綾奈、質問があるんだ」

せいじ

        「どうしたの?」

          あやな

「蛍島って、女性が強い文化なのか?」

せいじ

「そう言えば島でもなんだかんだ」

せいじ

「女性が力強かった印象があるんだ」

せいじ

        「別にそんなことないと思うけど……」

          あやな

        「確かにお祖母ちゃんは滅茶苦茶強いけど」

          あやな

        「あんたはそう言うの、嫌?」

          あやな

「いや、嫌とか、そう言うわけじゃないんだ」

せいじ

「時には男が迷いそうになっても引っ張ってくれる」

せいじ

「そういう風にお互いに、理解して協力し合えると思う」

せいじ

「それはとても良い関係性だと思うんだ」

せいじ

        「な、なによ……」

          あやな

        「それじゃあまるで、私とあんたみたいじゃない……」

          あやな

「綾奈は逆に、そんなのは嫌か?」

せいじ

        「嫌なわけないじゃん、馬鹿」

          あやな

「馬鹿って言うなよ……」

せいじ

        「馬鹿は馬鹿。忙しないったらあらしない」

          あやな

        「だ、だから、ずっと私が傍で支えていかないとね?」

          あやな

「なるほど……」

せいじ

「火村も、そういう気持ちだったのかな……」

せいじ

        「はあ!? ちょっと、火村さんってなに!?」

          あやな

「あ、火村が親身になってくれたから、別にそちらの意味ではなくて!」

せいじ

        「あんたらの痴話喧嘩にウチを巻き込むな……」

          もみじ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ