犬猫にも馴染めば思う (小話) ☆
犬ちゃんさんのポーズは、猫ちゃんさんや兎ちゃんさん、狐ちゃんさんのポーズに比べて難しい気がします……。
ちひろ
激戦から一夜明けた、翌日の朝。
昨夜は台風も接近していたが、予報は大きく外れ、上陸直前で低気圧へと変わっていった。台風の後の天気と言えば、からからに晴れている快晴の青空な気がする。
気温は湿気を伴って上昇していき、中々に暑く過ごし辛い気候となりそうだ。
そうだ。昨日は人知れずあれだけ頑張ったのだから、祝福の青空と太陽だって、おれを照らしてくれていいはずなのだ。お天道様は見ている、とはよく言ったものだ。
「はー……っ」
しかしおかしい。吐く息は白く、それでいて素肌に感じる風は寒いほど。
都会の道の真ん中を歩く誠次は、冬用の丈の長い学生服、白地に青い線が入った制服を着て、一歩、また一歩と、都会の街中を進んでいた、
「どうして、こうなった……っ」
がくがくと震える身体は、人間の本能が警笛を鳴らしているから。即ち、八月の寒波に凍えている誠次は、両手で自分自身を抱き締めていた。
ざく、ざくと、足元で音がする。下を見れば、あるのはアスファルトではなく、白い雪の絨毯。震える手を伸ばせば、しとしとと手のひらの上には、雪の結晶が落ちては消えていく。
台風が去った後、本来ならばからからの青空となるはずの空は今、こんこんと雪が降ってきていた。
「寒すぎる……。せっかく、みんなと、仲直り、したのに……こんな、ところで……っ」
雪降り積もる都会の街中を、一人で進んでいた誠次。彼の後ろに続く、歩いた跡である足跡にも今まさに、空から降り注ぐ新雪が降り積もっているところだ。
そして、その歩幅は次第に、小さくなっていた。即ち、足腰に力が入っていかなくなってきたのである。視界も、朦朧としてきた。
「む、無念……。まさか、こんなところで、最期を、迎えるなんて……」
全身から面白いほど力が抜けていき、誠次は都会の道路上に、膝から崩れ落ちる。
まるで白いシーツが敷いてある布団に飛び込むように、低体温となった誠次は、うつ伏せで降り積もった雪の上に倒れてしまう。身体の前面に一斉に冷気が襲いかかったが、もう、起き上がることができなかった。
せいぜい動く顔だけを持ち上げれば、ぼやける視界の彼方で、温かな黄色の電光色が見えた気がする。そして、白の中に微かに混じる、赤と緑――。
「――誠次!?」
「――誠次くん!」
自分の名を呼ぶその声は、りんりんと鳴るベルの音に混じって、遠くから聴こえる。まるで、天からお迎えが来たような、ベルの音と、それを奏でる天使のような甘い少女の声だった。どうやらお天道様は見ていなくとも、女神様たちが、しっかりと見てくれていたようだ。
※
――夏の都会に雪が降る、数時間前。
「演習場のVR機能の点検、ですか」
「そ。それをお前がやってくれ、剣術士」
早朝の職員室にて夏服姿で誠次は、担任教師である林に、ヴィザリウス魔法学園修繕作業の手伝いを命じられていた。
昨日起きた戦いのことは、教師陣と誠次を含めた一部の生徒、そして関係者のみにしか知られていない。各所で散発的に起きた戦闘の箇所は、今まさに、魔法を使って修復作業が行われている最中だ。そこには、影塚や日向らを含めた元特殊魔法治安維持組織の面々も加わっていた。
そんな中で、間違いなく当事者の一人である誠次に課せられた任務が、自分が決戦の地に指定した第五演習場のVR機能の確認であるという。
「点検と言われても、具体的にはどうすれば……。それに、専門知識も全くわかりませんし……」
「お、やる気はあるみたいだな」
「どうせ俺は魔法が使えませんから、この人選に文句も言えませんよ。できる事をやります。それに、緊急事態とは言え、禁止されていた寮室の外に出たと言う罰もありますし」
「物分りのいい生徒は、おじさん大好きよ」
林はかっかっかと笑いながら言っていた。
そんな彼の飄々とした態度と表情の中にある、目の下にあるクマと、ふとした瞬間に見せる眠たそうなあくびの姿を見れば、昨夜から寝ていないのだろう。
「まあ、先生のみんなも、お前に感謝してるよ。それに演習場で戦ってくれたことにより、ここを本格的な戦場になることを防ぐことが出来た。それは間違いなく、お前の手柄だ、剣術士」
「……なにか、変なモノでも食いましたか……?」
いつもの毒ではなく、今日は妙にすんなりと褒められ、思わず気持ち悪さを感じてしまった誠次は、ジト目で林を見る。
林は「うるせ」と言いながら、誠次から視線を逸らしていた。
「まあそんなお前をここまで育てたのは、この俺だ。実質半分ぐらいは俺の手柄だな」
「貴方からは何一つとして魔法を学ばせてもらっていないのですが……」
「馬鹿野郎。生活態度とかだよ」
「反面教師すぎませんか!?」
誠次がツッコめば、林は机の上の書類をとんとんと、纏めていた。
「さてと。夏休みももうすぐ終わるのに舞い込んだ、大仕事だ。無駄話してる時間もタバコ吸ってる時間もねえ。お互いにやるべきこと、やろうぜ」
そうしてローラー席から立ち上がった林の背中を、誠次は少しだけ追いかけていた。
「あ、待ってください。ですから点検なんて、具体的には何をすればいいのです?」
「ああ、実際にVRを起動して、その世界は予め設定していた世界で間違いないかどうか、確認するんだ。なにせあんだけ激しい戦闘をしたんだ。どこかでバグってのが起きているのかも分からん。それを調べるのなら、魔法が使えないお前もできるだろ?」
林はズボンのポケットに手を突っ込みながら、答える。
「わかりました。異常なところがあれば、纏めて報告すればいいのですね?」
「そゆこと」
林は誠次の肩に手をぽんと添えてから、職員室を後にしようとする。
彼の半身がドアの先に出ようとしたまさにその瞬間、彼はぴたりと立ち止まり、顔だけを半分、こちらに向けていた。いつもの無精髭に、よれよれのシャツに赤いネクタイという出で立ちだが、
「あああと、言い忘れてたわ」
「?」
「……ありがとうな、天瀬誠次。アイツもきっとあの世で、そう言ってることだろうさ」
「……」
それは誰のことか、誠次は林が去った彼のぐちゃぐちゃのデスクの上にある、とある物を見つめてから、理解した。
「またやったな、剣術士」
うんと頷き、知らずのうちに、誠次は自分の青いネクタイをぎゅっと締め直す。
「またやってやりましたよ、林先生」
林は髪をぽりぽりとかくと、今一度あくびを声を出して行い、誠次より先に職員室を後にする。
「……ええ、今度はみんな、足並みを揃えて進んで行けているはずです。だから、安心して見守っていてください」
微笑んだ誠次はそっと、林のデスクの上に置かれているホログラムペーパーの写真に手を添える。
そこには紛れもなく、未来を守ろうとした勇敢な男の姿が、写っていた。ヴィザリウス魔法学園の制服を身に付けていた彼と、そんな彼の肩に腕を回す若き頃の担任教師の笑顔が、台風明けの陽気である朝日の光を受けて、輝いて見えるようだった。
今は、雨宮愛里沙が持ち出した情報を解析している最中だ。
職員室を出た誠次は、自分が四つ巴の戦場にした第五演習場の点検に向かうための準備を、寮室で整えていた。確かに激しい戦闘であり、いくつかの場面でVR機能そのものが壊れかけていた瞬間もあった。その手の事について特別詳しいわけでもないが、身体や脳へのダメージ計算も行われるあの場でもしもの事があれば、それは魔法生の危険に繋がる。やっておいて無駄、と言うことはないだろう。
「また雨が降って寒いのは嫌だから、温かい格好をしていこう……。暑かったら、脱げばいいしな。うん、間違いない。我ながら賢いな、俺は」
鏡に映った自分にぶつぶつと独り言で言い聞かせながら、誠次は押入れの中から冬服を引っ張り出していた。ロングワイシャツに、丈の長いコート状の軍服のような上着。
まだ夏なのに冬服に着替えるという一見ちんぷんかんぷんな誠次の行動を咎めるルームメイトも、今は魔法学園の修復作業に赴いてくれており、誰もいなかった。
そう言えば、女子の制服云々の件はどうなったのだろうか。いつか、拝むことが出来るのだろうか、などと考えながら冬服に着替え始めていると、電子タブレットに着信があった。
外部連絡を絶ち、あくまで誠次が一希と戦うように仕向けた朝霞によって奪われていた電子タブレットであったが、まるでクリスマスのサンタクロースの贈り物のように、朝起きれば枕元に置いてあったのである。
「メールの相手は千尋から?」
連絡してきてきたのは、本城千尋であった。直正の娘である彼女はきっと、昨日の件について、深い負い目を感じてしまっているのだろう。
メールで送られてきた内容も、直接会って話したいとのことであった。
自分も話をしておきたい。誠次は冬服に袖を通して、千尋に待ち合わせをして会おうと返信していた。
「――本当に申し訳ございません、誠次くんっ!」
人気のない廊下で、千尋に開口一番に頭を深々と下げられ、誠次は慌てていた。
「ち、千尋。大丈夫だから、どうか顔を上げてくれ」
誠次が千尋の手を取り、軽く上下に揺らす。
「俺もデンバコが使えなくて、連絡をすることが出来なかった。心配かけてすまなかった……」
「ご無事で何よりです。クリシュティナちゃんさんがいてくれて、本当に良かったです……」
「千尋こそ、あのときに直正さんのところまで駆けつけてくれてありがとう。本当にすべてがギリギリだった。千尋がいなかったら、直正さんが雨宮さんをステージに立たせてしまっていたかもしれない。とても助かったんだ」
「うまくいって良かったです、本当に……。この魔法学園の皆さんと運命を共にするなんて、映画のヒロインのような台詞でしたけれども……」
照れ隠しのためか、千尋は誠次の手を握り返し、それを自分の鼻先にそっと近づけた。
思わずドキリとする誠次の目の前で、千尋は微笑んでくれていた。
「あまり気負わないでくれ。これからも俺は、直正さんと協力していきたいんだ。だからこそ止めたかったし、食い止めることが出来た。何よりも……都合がいいかも知れないけれど……千尋の為にも敵対なんてしたくはなかった」
「それは私もです……。誠次くんと決別するなんて道は、ありえません……嫌です……」
千尋が俯きかけてしまうが、つい先程の誠次の言葉を思い出し、顔を上げる。
「でも、もう談話室で喧嘩はいけませんよ誠次くん? 本当は私も、誠次くんと一緒にパーティーに出たかったのですから」
「め、面目ない……」
香月も見習っていると言うこちらの過ちをきちんと指摘して叱ってくれる芯の強さと、それを許してくれる優しさは、誠次からすれば、とてもありがたかった。無論、それに甘えてばかりではいけない。
誠次が頭を下げれば、千尋は許してくれたように、くすりと微笑む。
「それにしても、どうして冬服を着ているのでしょう……? 冬服は一〇月からではないでしょうか……?」
千尋が不思議そうにして、こちらの全身を見つめて、尋ねる。
「ああこれか。実はかくかく云々で――」
誠次がVR機能の確認のために、冬服に着替えていることを説明すると、千尋は張り切った様子でこう答えた。
「それでしたら、ぜひ私もご一緒させてください。一人よりは二人のほうが、効率も良いはずですから」
「え、本当か!? それはありがとう、助かる」
正直、一人では手に余ると思っていたので、手伝ってくれるのはありがたかった。
「はい。では私ももしもの為に、誠次くんを見習って、冬服に着替えてきますね」
「俺は第五演習場の前で待っているよ。ありがとう千尋」
誠次と千尋は一旦別れ、千尋が用意をする為にしばし待つことになった。
と言っても、冬服へ着替えの為に寮室に戻ってきただけであり、着替えるのもそこまで時間が掛からないが。
「急ぎませんとっ」
女子寮棟の自分の部屋へと戻ってきた千尋は、るんるんと鼻歌でも歌うかのように上機嫌な様子で、クローゼットにかけていた冬服へ着替えだす。ロングワイシャツの上に、紺色のブレザーを着こなし、青いリボンを通せば完了だ。
昨日の騒動を知らない寮室のルームメイトはみんな寝ており、姿鏡の前に立つ上機嫌な千尋の様子を知る由もない。話によれば、二人ともアルゲイル魔法学園の男子生徒の彼氏が出来たようであり、昨夜は遅くまで連絡を取り合っていたようだ。
千尋は彼女らを起こさないように、そっと、そろーりと、寮室の外に出ようとしたのだが、
「――千尋? なんで冬服着てるの?」
ラスボスは、すぐ後ろに立っていた。
寝起きのセミロングヘアー姿で、綾奈が「ふわぁ……」と大きく伸びをしながら、立っていた。
ぎくり、と千尋が玄関で立ち止まり、ぎこぎこと、極めて不自然な動きで振り向く。
「あ、お、起こしてしまいましたか、綾奈ちゃん……?」
「起きてシャワー浴びようとしたら、アンタがやけに笑顔で、寮室の外に出ようとしてるから……。で、なんで、冬服着てるの?」
「さ、寒いところでの作業があるのです! 魔法学園の修繕をお手伝いしようとしているのです! 私、大臣の娘ですので、責任重大なんです!」
自分でもこれは失敗したと、苦し紛れの言い訳のようにまくしたてる千尋であったが、目の前に立つ綾奈は、なぜか目元を擦っている。それは寝ぼけによるものではなく、涙を拭う動作のようであり。
「千尋……っ」
「あ、綾奈ちゃん……?」
「私たち、友達でしょう!? アンタ一人でなんでも背負いこまないでよっ!」
「……」
完ぺきに墓穴を掘ってしまった……っ。と千尋は、内心で切なく思う。
目の前に立つ綾奈はどうやら、自分が事態を重く受け止め、たった一人で極寒の地に送られるものだろうと誤解しているらしい。もちろん、こちらとしても責任を感じているが、実際はそんなことではない。何よりも
せっかく誠次と二人きりになれるチャンスが今、親友の手によって潰されてしまいかねない。
「私も一緒に行くわ! ちょっと待ってて! アンタ一人を大変な目にはさせないんだから!」
綾奈はそう言って、彼女が常日頃から大事にしている黄色い髪留めのリボンを、ベッド脇の棚から取り出していた。
「……」
千尋は彼女がポニーテールの髪を結んでいる間、玄関に立ち、こっそりと誠次とデンバコでやり取りをする。
「誠次くん。綾奈ちゃんも来そうなのですけれど……」
『綾奈もか。協力してくれる人がいてくれて、俺はむしろ助かるんだけど……』
こちらの口調を読みとったのだろう、誠次がそのようなことを言えば、千尋も彼の任の事を第一に思い出し、また、彼の多くの女性を必要とする特別な事情のことも、思い出す。
そして、そんな彼に、幾度となく助けられてきたことも、また。
鏡の前で身だしなみを軽く整えている綾奈をちらりと見つめ、千尋は納得の面持ちで、頷いていた。
「……かしこまりました。それでは、綾奈ちゃんと一緒にそちらに向かいます」
『ありがとう千尋』
「では、綾奈ちゃんにも事情を説明して、急いでそちらに向かいますね」
ぴ、と千尋は電子タブレットを胸ポケットにしまい、軽く息を吸う。
綾奈は手馴れた手つきで、髪を束ね終えようとしているところだった。どうやら、誠次との会話には気づいていないようだ。
「綾奈ちゃん」
「まったく千尋はもう……。そう言う事はきちんと私にも相談してよね?」
「では一緒に、誠次くんのところへ行きましょうね?」
「分かってるってば、私に任せなさ――え……せ、誠次のところっ!?」
綾奈のきりっとした表情が一転、にへらと、変に口を開けて、束ね終えた赤髪から思わず手を離す。
「どうして、なんで……?」
「演習場のVR機能の点検作業だそうです」
「ふ、ふぅん……。わかったわ、ちょっと、待って……」
つい先ほどまではテキパキと準備をしていた綾奈であったが、鏡の前で自分の姿を見つめ直し、今度はじっくりと時間をかけ始める。
「誠次くんに会うための更なる準備があるんですね、綾奈ちゃん……」
「そ、そう言うわけじゃないしっ!」
そんな綾奈の分かり易すぎる態度の変化も、千尋から見ればとても可愛いものなのであった。
目の前でそんなことをされると、自分としても身だしなみのチェックをしたくなる。金髪のツインテールの髪を触ったりしていると、綾奈がようやく、準備を終えたようだ。
やはり、一つ前の準備の時よりも、お互いに可愛らしくなっている気がしていた。
※
一方その頃、第五演習場の入り口前では、二人の少女を待つ誠次が、クラスメイトの男子と立ち話をしていた。
「はあ!? 結局、女子マネージャー怒って先に帰ってしまったのか!?」
「うーん……。俺もなんでか、さっぱり分かんないんだ」
千尋と綾奈が来るまで、読書をして待っていようかと思っていたところで、通りすがりのクラスメイト、北久保が、昨夜の事を話してきていた。
「昨日はせっかくだから、夜ご飯もパーティー会場で済ませようと思ってさ。一緒にご飯食べ続けてたんだけど」
「いや十中八九そのせいじゃないのか……。ずっと飯食い続けてるって、それは相手も不満に思うだろう……」
「そっかー。女子マネージャーに俺、悪いことしちゃったなー」
北久保は申し訳なさそうに、スポーツ小僧らしい短い髪をかいていた。反省し、素直に反省するのは、純朴な彼らしいところだ。
「天瀬は女子のこと、詳しそうだもんなー。天瀬だったら多分俺みたいに怒られなかったと思う」
「だって俺ハーレム系主人公だもん」
すまし顔でそう答える誠次に、姿勢を崩した北久保が唖然となって口を開く。
「いくらなんでも、自分で、言うなよ、天瀬……」
「すまない、あのその……今のはその……ちょっと調子乗った……。……北久保にツっこまれると中々応えるな……」
北久保相手に自分で言ってもさすがにアレはないなと、誠次は気まずく後ろ髪をかく。
「真面目な話、俺からすれば、女性は魔法を貸してくれる大切な存在だ。自分のことばかりではなく、相手のこともきちんと理解していきたいから、無下には出来ない。北久保は誰にでも優しいし、真面目で努力家だから、きっと次に繋げられるはずだ……多分」
「へへ、サンキュー天瀬! そう言えば、昨日はヴィザリウス守るために頑張ってたんだって!?」
「どうしてそれを……?」
誠次を含め、昨夜の騒動を知っているのはごく一部の人のみのはずだ。
北久保は得意げな表情で、こう答える。
「キャプテンから聞いたぜ? 一緒に協力して、この学園を救ったんだろ!?」
「フィールド上の魔術師と、協力して……? まあ、うん、協力、して、くれたよ、な……?」
今一納得いかず、誠次はぎこちなく頷き返した。
「俺もキャプテンや天瀬みたいになりたいわー。んじゃ、俺そろそろ行くわ! なんか顧問の岡本先生に呼ばれてんだよなー」
「きっと昨日のことじゃないか? 北久保はなにも悪くな――」
「何言ってるんだよ天瀬! サッカー部はみんなで一つなんだ! 嬉しいことも辛いことも、共有しようって、キャプテン言ってたし!」
「……そ、そうか」
「俺、行ってくるぜ! またな、天瀬!」
嗚呼、北久保よ。希望を抱いて去り行くその背に今一つだけ、教えてほしい。
……未だ知るよしもない、フィールド上の魔術師の、フルネームとやらを。
やがてしばらくすると、千尋と綾奈がやって来てくれた。
「お待たせしました、誠次くん」
「ありがとう千尋。綾奈も来てくれて、助かる」
「別に、暇だったし平気よ。さっさと終わらせちゃいましょ」
綾奈は赤い横髪を触りながら、答える。確かに、夏休みも終わるこんなに朝早くから予定がある方が珍しいと思うが。
「むー……」
平然と答えた綾奈の真横に立つ千尋が、ジト目を綾奈に向ける中、誠次は説明をしていた。
「改めて今回の目的を。今から第五演習場のVR機能を使って、その世界に異常が起きていないか確認する。舞台の設定は、都会。天候の設定も、外のものに合わせている」
「つまり中に入ってみて、外の気候と相違がなければ、正常にVRは作動しているということですね」
千尋の確認に、誠次は「その通り」と頷く。
「じゃあさっそく、中に入ってみよう」
誠次と千尋と綾奈は、無人の第五演習場の中へと入る。
昨夜ここで行われた戦いの名残もそこにはなく、無機質な正方形のタイル床と壁が、一面に広がっている、味気のない空間。
「VRを起動する」
願わくば、もうあんなに冷たく寒い思いは嫌だ。昨夜の激闘と苦しさを思い出しながら、誠次がタッチパネルを操作し、VR機能を作動させる。
『システムを作動させます。危険ですので、その場から動かないでください』
一瞬、機械の作動音が聞こえたかと思えば、誠次らを中心に、円形に光の線が伸びていく。コピー機の線が通っていくように、そこからは東京の町並みを模したビル街が広がっていくことになっていた。
「まあ、初めてこの機能での移り変わりを見ますが、とても素晴らしいですね!」
「そ、そう……っ?」
変わりゆく世界に感動している千尋の真横では、おっかなびっくりの綾奈が、彼女の腕をぎゅっと掴んで身を縮こまらせている。科学技術の結晶が生み出す幻想世界を前に、反応が正反対な、二人であった。
誠次もまた、窮屈な箱の中にいた自分が、いきなり広い世界へと飛び出したときの感動を、今一度味わっていた。
「作動に問題はないようだ――え?」
周囲を見渡しながら誠次が黒い瞳を、大きく見開く。
「ち、ちょっと何よ天瀬!? 不安になるから、何かあったの!?」
この手のことにはとことん弱い様子の綾奈が、アスファルトへと切り替わった床を一歩、前へと進む。
そのときに足元で鳴った、さくっ、と言うような、軽い音。
千尋もまた、周囲を見渡して、驚いたように緑色の目を見開いている。
「ここ……夜で……雪が降り積もっています!」
そう。おおよそ現在の外部気候とは百八十度異なった現象が、この幻想空間では起きていた。
歩道の上に降り積もった白い雪と、青黒い空からゆらゆらと風にまって落ちてくる大粒の雪。おおよそ真夏であることを忘れそうな、雪の日の夜の都会の街並みが、広がっていたのだ。
「うわ……! 本当に、寒い……」
吐く息も白く、綾奈はふうと息をつく。
「こ、これは、ま、間違いなく、バグっているな……っ!」
冬の制服でも肌寒く感じるほどの冷気に、誠次は自分自身を抱き締めながら、震える身体と声で言う。
「さ、寒いです……っ」
ちょっとやそっとのことではもの応じしないはずの千尋でさえ、自分の身体を抱き締め、震え声で呟く。この気温は下手をすれば氷点下まで行っているかもしれない。
「ちょっと、一旦終わりにしましょ!? いくらなんでも、寒すぎっ!」
綾奈もガクガクと、黒いニーハイソックスに包まれたスカート下の両足を震わせている。
「わ、分かった。一時、後退しよう。バグが起きまくっていることはすでに確認できたしな!」
凍傷の前兆か、頬を赤くした誠次が、専用デバイスに手を伸ばそうとした、その瞬間。
振り向いた誠次の指先に出力されるはずのホログラム画面が、一向に出てこない。
「あれ……っ」
変な声を出す誠次の真横にまで、綾奈は近づき、すぐに何が起こったかを理解した。
「まさか、元の世界に帰られなくなっちゃったの!?」
「コントロールパネルが出てこない……詰んだ……」
ボソリと呟く誠次に、綾奈が絶句する。
「まあ、よくわかりませんけれど、なんだかとても大変そうです!」
「ここまで致命的なバグを引き起こすとは……やるな、一希!」
「むしろよくもやってくれたわね、なんですけど!?」
綾奈が纏めてツッコむ。
「もしかしたら私たち三人とも、永遠にこの季節外れな雪の都会の世界の中で過ごすことになるのでしょうか……!?」
千尋が電光色煌めく周囲の街並みを見渡しながら、あながちそれも悪くなさ気に言ってくる。
「三人きり……。そ、それも、悪くないかも……」
今度は綾奈が、誠次を見つめてそんな事を言い出し、誠次が思わずツッコんでいた。
「い、いや駄目だろ! 脱出しなければ!」
「わ、わかってるってば! もしもの、話よ」
綾奈はそっと答え、くしゅんと、くしゃみをする。
「でもすごく寒い……。本当に冬服じゃなかったら死んでるかも……」
「参ったな……。バグが起きている以上、人体に直接的な影響が出ないようにする安全装置も働いていないかもしれない」
誠次はそう呟き、髪の毛の上に降り積もった雪をふるふると払い、辺りを見渡す。男の自分でもすこぶる寒いと感じているのだ。いくら冬服とは言え制服スカート姿の二人は、自分が感じている寒さよりも更に上のものだろう。
よって、焦る誠次は必死に打開策を考えていた。
「幸いにも、家とかを再現するシステムは生きているみたいだ。どこかに入って、暖をとろう」
誠次の言葉に二人の少女は頷き、雪に三人分の足跡を作りながら、出口のない雪景色の中を歩いていく。
誠次の言う通り、幸いにも建造物作成に障害は発生しておらず、近くにあった豪邸とも言うべき屋敷の中に、三人は入った。そこには昔ながらの暖炉があり、誰かが薪をくべずとも、温かい火が寝室で起こされていた。
「取り敢えず、温かいところに避難できて一安心です……」
「うん。雪のせいで制服とかびちゃびちゃだけど……」
綾奈がそう言って、ブレザーを乾かそうと手をかける仕草を、誠次はじっと見つめてしまっていた。
そんな誠次の視線に気がついた綾奈と、思わず胸元に寄ってしまっていた誠次の黒い視線が合わさった時、見る見られている事を理解した互いが、同時に背中を向けていた。
一方で千尋も、ぐっしょりと濡れてしまったブレザーに手をかけながら、ふかふかの布団の上に座っていた。流石に部屋に異性がいるので、人目を憚らないわけにはいかず、やや気まずそうな面持ちで、誠次を見つめてくる。
「ふ、二人はここにいてくれ。俺、どうにかこの世界から出られないか、出口を探してくるよ」
「あ、待ってください誠次くん! 私たちの事を気にしているのであれば、お構いなく……。その、誠次くんも、濡れていますし……」
「そ、そうよ。アンタだったら別に……その、構わないから……」
顔を赤く染める綾奈もまた、背中を向ける誠次を呼び止めるが、誠次は首をぶんぶんと横に振る。
「い、いや……平気だ。なにより、二人をこんな目に合わせてしまったのは俺のせいだ。なんとしても、俺が出口を見つける。二人は制服を乾かして、ここで温まっていてくれ」
誠次はそう言うと、ドアの外へ出て、冷えた身体のまま、屋敷の階段を下りていった。
一方で豪勢な造りの屋敷の寝室に残った二人の少女は、互いに顔を見合わせて、冷え切った身体の肩を落とし合う。
「全くもう。いつまでも格好つけてないで……もっと、素直になってもいいのに……」
黒のニーソックスに指を這わせ、ベッドの上に乗っかる綾奈はくちびるを尖らせる。
千尋は一応「素直になるべきは綾奈ちゃんの方では……」と小声でツッこみつつも、頷いていた。
「でも、あの目の逸らし方や仕草は私たちの事、一応は意識しているということですよね? やっぱり誠次くんも、男の子なんですよ……ね?」
「そこ、普通疑問系になる……?」
千尋がくちびるに人差し指を添えながら首を傾げ、綾奈は苦笑する。
そしてそっと、自分の身体を見つめ下ろす。やはり、彼にならば見られていても、恥ずかしくはない。それどころか、嬉しいとすらも、感じている。
「……それでも、他の女の子のこともちゃんと考えてくれてる、アイツらしいと言えばアイツらしいけど」
「こうして私たちが仲がいいままでいられるのも、思えば誠次くんのお人柄の良さだからかもしれませんね。それは決して、レヴァテインさんがどうとかでもありません、誠次くんだからです!」
「ホントそうね。千尋は後出しジャンケンのくせに」
ぼそりと、微笑む綾奈が言えば、千尋は慌てて枕を投げつける。
「あ、綾奈ちゃん!? 言ったそばからそんなこと言わないでくださいっ!」
「ご、ごめんってば。千尋の目に狂いはないってことで、安心したの。いつ変な男に騙されないか、ヒヤヒヤしてたんだから」
「綾奈ちゃんこそ、そのお下品なまでに育ってしまったお胸で、さっさと誠次くんに押し倒されちゃえばいいんです!」
「それは意味わかんないんだけど!?」
さきほど言っていた仲の良さはどこへやら、湿ったワイシャツ一枚と言うあられもない姿で言い争う二人の少女である。それは時に、優しい取っ組み合いにまで発展する。
ベッドの上で綾奈に腕を掴まれて、窓枠にまで追い込められた千尋が、ふと、雪降る外の景色を見つめる。
「あの、綾奈ちゃん……?」
「ん、どうしたの千尋?」
「窓の外に見える誠次くん……先程から、同じところを行ったり来たりしていますよ!?」
「はあ!?」
綾奈もまた、雪が降り積もる窓に手を添えて、外の様子を窺う。
目に見えたのは、白い制服に身を包んだ誠次が、同じところに足跡をつけて行ったりしたりしている光景だ。
「あれって完全に遭難してるじゃないっ! 助けに行くわよ、千尋!」
「急ぎましょうっ!」
綾奈と千尋はいてもたってもおられず、屋敷の外へと飛び出していた。
そうして、無事に雪原から救出された誠次は、綾奈と千尋がいた部屋へと、運ばれていた。誠次はそのままがくがくぶるぶると震える身体を、暖炉の前で温める。あと少しで、意識を失う所であった。
「あ、ありがとう二人共……。俺をよく、見つけられた、な……」
「本当無事でよかったわ……。同じところ行ったり来たりしてたっぽかったし」
「なん、だと……!? 俺ずっと真っすぐ進んでたつもりだったのだが!?」
実際は迷っており、自分の中では結構進んでいたつもりであるのが、遭難の怖いところだろうか。
背後のベッドの上に乗っている綾奈の言葉に、誠次は目の前の暖炉の火を見つめたまま、驚いて背を伸ばす。
二人の少女は、どこまでも真っすぐな誠次を見つめ、くすくすと微笑んでいた。
「やはり、誠次くんでも無理はいけません。大人しくここへいて、助けが来るのを待ちましょう」
「連絡は送ったし、大丈夫よ誠次。ちゃんと温まって。私たちが心配するんだから」
二人の守るべき少女に温かい言葉をかけられ、誠次は我ながら情けなく感じてしまうのだ。
「しかし……本当に面目ない……。二人を危険な目に合わせてしまった……」
膝の上に手を乗せ、誠次は反省して項垂れる。そして二人を助けるつもりが、さらに二人に助けられたのが、今の有様だ。
湿り気を帯びた茶髪の先から、ぴとりと、水滴が落ちる。
そして、どこかため息のような、息遣いが背中の方で聞こえた。
「……もし万が一、私たちが本当に危険な目に合うって言うんなら、それはきっと、アンタがいなくなっちゃったときね」
背後から聞こえたそんな綾奈の言葉に、誠次は微かに顔を上げる。
「どうかこれからも、ずっと傍にいてください、誠次くん。誠次くんが私たちを必要とするのと同じくらい、私たちも誠次くんのことが必要なのですから」
千尋の声にも諭される。
「もちろんそれは、剣術士くんとしてだけではなく、学園生活を楽しくさせてくれる……その、大好きな異性としてでも、です」
微かな恥ずかしさを漂わせる、千尋の言葉に、
「あ、ありがとう……」
誠次は身が引き締まる思いで、顔を完全に上げたのだが、相変わらず振り向こうとはしない。
「……こっち来たら? ベッド柔らかくてふかふかよ? 別に……私は気にしないし」
「そうです。あれに懲りたら、もう私たちと一緒にいてください! 一緒に温まりましょう」
「いやしかし……その格好でベッドの上って……その……」
血色の戻った顔を微かに赤くした誠次は、ボソリと呟く。色々と、手遅れな事態になってしまいそうであった。
「ふーん。ねえ、それってどう言う妄想、してるワケ……?」
「こんな非常事態に、変なことを想像してしまう誠次くんも、立派な男の子みたいですね……?」
はだけたワイシャツ姿で、綾奈と千尋は、誠次の背をじっと見つめる。
そして、なにやらこそこそと、お互いの耳に手を添え合い耳打ちをしあう。暖炉の明かりによって伸びた二人の少女の影には、動物のような、悪だくみをするための耳と尻尾がついているようであった。
「おかげさまで、体温は戻ったけど……」
その一方で、なにも言い返せずになってしまい、誠次がまんじりともせずに、焚き火の炎を見つめ続けていると、急に背後で、二人の悲鳴が聞こえた。
「「きゃあっ!」」
「っ!? どうした!?」
緊急事態かと、誠次が咄嗟に立ち上がりながら振り向けば、そこには――。
「「引っかかった」」
くすくすと微笑む、あられもない姿の、同級生女子が二人、ベッドの上に座っていた。
嵌められた。と理解した時にはもう、誠次の黒い瞳には、二人の同級生の、とても刺激的な姿が強く焼き付いていた。誠次の正義の心が、愛に満ちた二人の少女の悪戯に、いとも簡単に敗れた瞬間である。
見つめ合った二人は、阿吽の呼吸で、誠次を振り向かせようと同時に声を出したようだ。
「綾奈、千尋……っ!?」
「誠次……」「誠次くん……」
今が付加魔法使用中かとも錯覚してしまうほど、甘い声と表情で、二人はこちらの名を呼び返す。
「興味ないフリしてももう無駄よ、誠次……」
「お、俺は別に……っ!」
「私たちや、ヴィザリウス魔法学園を守ってくださり、本当にありがとうございます。こうしてみんなと一緒にいられるのもきっと、貴男のお陰なのです、誠次くん……」
「うん。だから、もうアンタがいない日は、一日も一瞬も考えられないんだし……アンタ以外にはもう、考えられないから……」
「え、あ……っ」
「「付加魔法以外でも、もっと、一緒に――っ」」
最後の言葉は、二人とも予期していない言葉だったようで、言った傍から顔を赤く染め、あっとなって思わず口を噤む。
頭の中が一瞬にしてぼうっとし始めた誠次を、色々な意味で現実へと引き戻したのは、暖炉があるはずの背後の火や、照明の明かりが一瞬で消えたことだ。
綾奈と千尋も、驚いたように周囲を見渡す。
「――な、なにしてるの三人とも!?」
頭の中でがんがんと響き渡る、女性の声。
次の瞬間、屋敷の中の空間がねじれ、綾奈と千尋が本当の悲鳴を上げ始める。
誠次もまた、何事かとベッドの手すりを掴もうとしたが、その手が手すりをすり抜けて空を掴む。
「VR空間が、終わる!?」
それも、強制シャットダウンだ。足元の絨毯が裂けていき、誠次が立ち尽くしていると、みるみるうちに、目の前にタイル床が広がっていく。
綾奈と千尋も、ワイシャツ姿の互いの身体を抱き合い、元に戻りゆく世界を見つめていた。
夏に降る雪の景色は消え失せ、代わりにタイル床の上に立っていたのは、元氷の女王であった。
「きゃっ、な、なんて破廉恥な格好!?」
綾奈からの知らせを受けて駆けつけた波沢香織が、どうやら高威力の氷属性の魔法を使って、VR装置を破壊したようだ。証拠として、つい先程まで誠次が操作していたデバイスが、カチンコチンに氷漬けにされていた。
「波沢先輩、助かりました!」
「制服を乾かしていたんです!」
恥ずかしがりながら綾奈と千尋が、タイル床の上に落ちた制服を広い、自分の身体に添えて言う。
「三人とも無事でよかったけど、他の人に見られたら大変だよ!?」
「心配おかけしました、香織先輩。本当に助かりました」
気まずい表情を浮かべる誠次が香織に頭を下げる。
綾奈と千尋が香織を呼んだのはきっと、自分たちと同じレヴァテインに付加魔法をする女性の一人で、尚かつこのような事態に迅速に対応できると踏んだからなのだろう。実際、迅速というよりは早急な手法で三人を助けてくれたのだが。
「本当に大丈夫誠次くん? なにか、してない……? されてない……?」
「どういう意味でしょうか、それは……」
香織は誠次と二人の少女とを、心配そうに交互に見る。
「しばらく、第五演習場は封鎖ですね、これは……」
「うう……。だって、どうすればいいか、私にもよく分からなくて……。最初は空手チョップしたけど、意味なくて……」
氷漬けとなった演習場を見渡し、香織は青冷めた表情を浮かべるが、彼女のせいというわけでもない。香織が何かを誤魔化すようにあははと微笑み、誠次も肩を竦める。
「綾奈、千尋」
そして誠次は今一度、二人を見る。
同じく付加魔法を使用し、信頼できる同性とは言え、流石に羞恥が勝る生徒会長を前に、びしゃびしゃでも湿った服を着直した二人の少女は、何処かぎこちない表情で、誠次の前までやってくる。
「ありがとう。たまに変な事したり、危ない橋を渡って、二人には心配ばかりかけているかもしれない……。それでも、こんな俺の事を大事に思ってくれる二人の、いつもの仲の良い姿が見られると思うだけで、戦う意義はある。付加魔法でも、日頃の学園生活でも恩を受けている二人には、感謝の気持ちをいつまでも忘れないよ」
犬猫にも馴染めば思う。そのようなことわざがあったことを読んだ本で思い出しながら、誠次は言う。動物と形容してしまったが、あくまでも二人は同じ人間で、かけがえのなく、代わりのない、大切な存在だ。
恥ずかし気に顔を赤く染めながら、それでも言い切った誠次が頭を下げれば、二人の少女は揃って、頷き返してくれた。
「こちらこそ、誠次くんから受けた恩は忘れません。……誠次くん。どうかいつまでもお傍にいさせてください」
「もっといっぱいの恩返し、期待してて。アンタは、学級委員である私の唯一無二の最高の相方なんだから、誠次」
「も、もう……! 綾奈ちゃんはいっつもそうやって、学級委員の相方と言って、私より予防線を張ろうとしますよね!?」
着崩した制服姿のまま頬を膨らませる千尋に、同じような出で立ちのまま綾奈はふふんと不敵に微笑む。
時に喧嘩をし、時に仲良くもなる、まさに犬と猫のような二人であった。
その火種を巻いているのは自分だというのに、誠次は「まあ、二人が無事でよかったよ」と呑気に、まあまあと両手を掲げていた。
「そうです! こうなれば、私と誠次くんと一緒に次の生徒会に立候補しましょう!?」
香織もいることに気を使ってか、それとも本気なのか、千尋がそんなことを言う。
誠次は慌てて、後退っていた。
「いや、魔法が使えない俺が魔法学園の生徒会なんて、駄目に決まってる!」
「誠次くん……。私は……みんなより先に……――」
そんな一つ年下である三人の姿を、雪解けの暖かさの中にとある虚しさを見出してしまった彼女は一人、胸元に手を添えて、見つめていた。
「ワイシャツだけでもニーソックスがあれば寒くないのでは?」
……これが、作者の2019年最後の言葉になるのであった。
今年もありがとうございました、メリークリスマス!&良いお年を!




