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20話

 夢見心地の中で、何か変だな、という気持ちはあった。

 柔らかいような、温かいような。普段のベッドや枕とは違うと頭の隅で感じながらも、けれど心地よいその感触から離れがたく、起きなくてはという意識と、まだ眠っていたいという意識が、ぐるぐると頭の中で回り続ける。

 しかし時間が経つにつれて眠気は薄れていき、覚醒していく意識とともに七希はぼんやりと瞼を持ち上げる。


「ん……うん?」


 目の前に、よく解らない丸いものがあった。

 寝ぼけながら顔を上げると、こちらを見つめる赤い瞳と目が合った。

 ヘルヴィニーナだった。


「んー……」


 寝ぼけた頭でしばし考えて、結論を得る。どうやら自分はヘルヴィニーナの胸に顔を埋めて眠っていたようだ。

 そりゃあいつもの枕と感触も違うわけだ、と納得を得た七希は、意識の底から戻ってきた眠気に誘われるようにして、再びヘルヴィニーナの胸に顔を埋める。そのまましばしむにゅむにゅとした、それでいて張りのある感触を堪能し――


「……――っとおおおおおおおお!?」


 瞬間、自分がしていることに気づいた七希は叫びながらベッドから転げ落ちた。


「な、な、なぁっ!?」


 そのまま転がるようにして壁際まで退避。そして振り向いてみれば、ベッドから起き上がり、ふわ、と可愛いあくびを漏らしながら軽く伸びをするヘルヴィニーナの姿。


「な、なんでヘルヴィニーナが……って、あ」


 そこでようやく昨夜のことを思いだす。

 どうやら眠っているうちに彼女を抱き枕扱いしてしまったらしい。

 恥ずかしさに思わず頭を抱えると、目の前にヘッドセットが差し出された。

 顔を上げれば、にっこりと微笑むヘルヴィニーナ。抱き枕扱いされたことも気にした様子はない。しかし七希は彼女を直視できず、視線を逸らしながらヘッドセットを受け取り、それを装着した。

 

「おはようございます、ナナキさん」

「……ああ、おはよう」

「派手に転がり落ちましたが、大丈夫でしたか? どこか打ったりしてませんか?」

「いや、大丈夫。それよりヘルヴィニーナさん」

「……」

「……あー……ヘルヴィ?」

「結構。それでなんでしょう?」


 七希は何とも複雑な表情を浮かべながら言った。


「色々言いたいことはあるけど……とりあえず謝らせてくれ。その、寝てる間に抱き付いちゃったみたいで」

「そもそももっと凄いことをされる予定で部屋に来たわけですから、おっぱいを枕にされるぐらい別に気にしなくていいですよ」

「いや……それはまあ、そうなのかもしれないけどさ……」


 というかおっぱいとか、そういうのをしれっと口にしないでほしい。恥ずかしいから。

 しかしそのことを面と向かって抗議する気概はなく、忸怩たる思いに苛まれていると、ヘルヴィニーナはさも当たり前のように言った。


「ところでナナキさん、今日デートしますね」

「は?」


 七希は目を瞬かせた。


「えっと……誰が誰と?」

「ナナキさんが、私と」


 七希は数秒ほど沈黙し、叫んだ。


「……いやいやいやいや! ちょっと待て、なんでそんなことになってる……!?」

「私とナナキさんがそういう関係になっと基地の人間に伝えるためのダメ押しです。それにナナキさんも、ずっと基地に籠り切りでは気が滅入るでしょう」

「そ、そりゃあ……そうかもしれないけど」

「丁度私も有給が溜まっていますから、一緒に町まで遊びに行こうかなと。ナナキさんも町に興味あるのでは?」


 有るか無いかで言えば、間違いなく有る。

 七希にとって今のところこの世界の範囲といえば、基地と周辺の平原ぐらいだ。

 一般的な生活様式がどういうものなのか、以前から気になっていた。もちろん基地で過ごすだけでも、人類文明の形や尺度はある程度察することはできるが――やはり自分の目で確かめられるのならそれに越したことはない。

 しかしそれはそれとして、何かこう、妙な座りの悪さを感じてしまう。


「何もそんなにそわそわしなくても」

「いやだって、デートって……」

「友達と遊びに行くぐらい普通ですよ。そういうわけですから、支度してこの部屋で待っていてください。手続きを終わらせたら迎えに来ます」


 そう言うとヘルヴィニーナはベッドから立ち上がり、部屋の外へ足を向けて、


「あ、それとも一緒にシャワーでも浴びますか?」

「いらん!」

「ふふ、ですよね」


 それでは後で、とくすくす笑いながらヘルヴィニーナは部屋を出て行った。

 残された七希は部屋の扉をしばし見つめた後、特大の息を吐いた。昨夜からヘルヴィニーナに振り回されっ放しである。このまま彼女の相手をしているだけで過労死するかもしれない。


「とりあえず……準備しとくか」


 これで彼女が戻ってくるまでに身支度が終わっていなければ、冗談ではなく手伝いをされかねない。これ以上彼女に遊ばれるのは御免だと、七希はシャワー室へ向かった。


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