1話
集まった10人に、その記者はこんな問いかけをした。
――もしも願いが叶うなら、何を求めますか?
10人の答えは様々だった。
浴びるような黄金と答えた者がいた。
さらなる強さと答えた者がいた。
万雷の喝采と答えた者がいた。
そして最後の一人となった少年は、こう答えた。
――本物のあいつに乗りたい、と。
――――
日の落ちた闇の中に、雲霞のごとく光が浮かぶ。
月光さえも掻き消す街灯り。煌々と照らされる高層ビル群は人類文明の象徴だ。
しかし今、その象徴の間を切り裂くようにして青白い軌跡が刻まれる。
それは推進機が放つ炎の光だ。軽量小型にして大出力の推進機を背負うのは、全長10mを越える人型兵器――MCである。
「ったく、人使いが荒いな」
その機体は、さながら芸術品のようだった。
洗練された細身の輪郭。光を反射する白銀の装甲。
頭部の複合センサからは青い光が妖しく輝き、その右手に握られた無骨な突撃銃がなければ、誰もこれを兵器とは思わないだろう。
「イザヨイ、現場についたぞ」
MCの名を、アーキヴァイス。
そして操縦室から機体を操るのは、一人の少年だ。
『オーライ、時間ピッタリだな』
少年の両耳を覆うヘッドセットから声が響く。
『作戦は単純だ。その区域にいる敵を全部黙らせてくれ』
「時間は?」
『3分。できるか?』
「俺を誰だと思ってる」
『ハッ、そいつは失礼。そんじゃこっちもおっぱじめるから、後でな、ナナキ』
通信が切れると、さて、と少年は意識を眼前のメインモニタに向けた。
モニタには機体頭部に備えられた視覚センサに加え、全身に配備された各種外界センサから送られて来る情報を元に、外の様子がリアルタイムで表示されている。
さらに少年のヘッドセットには、一見するとサングラスのようなHMDも装着してある。透過式の特殊な光学ガラス素子には、機体の状態、残エネルギー量、レーダー反応などが投影されており――今まさに、高速で接近する存在をレーダーが捉えた。
「来たな」
言うや否や、立ち並ぶビルの上から飛行体が現れた。
飛行体はミサイルを搭載した攻撃ヘリだ。その数は六機。アーキヴァイスの姿を認めると同時に、躊躇うことなく発射装置からミサイルを解き放った。
アーキヴァイスの補助推進機が火を噴いた。瞬間的な加速を産むその装置によって、アーキヴァイスは鋭角に動きながらミサイルを回避し、お返しとばかりに右手の突撃銃を発砲する。
40㎜口径の突撃銃から発射される弾丸は、一発で車をスクラップにする威力を秘めている。六機のヘリは即座に回避行動を取るも、その内の一機が銃弾に貫かれて爆散した。
残り五機もすぐさま反撃のミサイルを発射。アーキヴァイスは高速で後退しながら迫るミサイルを突撃銃で撃ち落とす。ヘリとアーキヴァイスの間に噴煙がまき散らされ、白銀の機体の姿が煙の中にかき消えた。
アーキヴァイスを探そうとヘリ達の攻勢が緩み、瞬間、噴煙の中から上空のヘリに向かってアーキヴァイスが飛び出した。
ヘリ達は即座にミサイルを発射するが、高速で飛来するアーキヴァイスを捉えきれない。白銀の機体は左腕に雷火を走らせる。生じるのは高出力のレーザーブレード。
アーキヴァイスとヘリと空中で馳せ違った。ブレードの軌跡は四つ。それと同じ数のヘリが切り裂かれ、爆散した。
アーキヴァイスが地面に着地する。頭上で生じる爆発。残るヘリは一機。しかしその一機はもはや勝ち目はないと判断したのか、機首を返してアーキヴァイスから距離を取ろうとし――放たれた40㎜の弾丸に貫かれ、爆発した。
「……1分20秒」
爆発の衝撃によって割れ砕けたビルのガラスが、街の明かりに照らされて、光の雨のように降り注ぐ。それを一身に浴びながら、アーキヴァイスは硝煙が立ち上る突撃銃を背中の機外兵装に戻した。
「肩慣らしにもならなかったな。……イザヨイ、こっちは終わったぞ」
回線を開いて話かけると、返ってきたのは緊張を孕んだ声だ。
『ナナキ、悪い知らせだ。北部で戦ってたヒガラが堕ちた』
「はあ? あいつはロゼと一緒にいたはずだろ?」
『敵部隊の強襲だ。数は少なくとも10機以上』
「ヒガラでもその数は厳しいか……ロゼは?」
『中央に撤退してる。今、援護のために西の仲間が向かってる最中で――クソッ! マジかよ!』
「おい、イザヨイ!?」
『こっちにもMC部隊が現れやがった! どんだけ戦力用意してやがる!』
罵倒交じりの通信を耳にした少年は、しかし逆に冷静な顔つきになる。
「イザヨイ、これは」
『ああ、解ってる。仕掛けはこれだけじゃない。そっちにも――』
突如として通信回線が乱れた。
同時に空気に震えが刻まれ、レーダーが接近してくる存在を感知し警告を鳴らす。
アーキヴァイスが空を仰ぐ。遥か遠方まで見据えられる視覚センサが、街の外から飛来する巨大なる影を捉えた。
『――おい、ナナキ! 聞こえるか!? 通信が途切れたけど何があった!?』
「飛行型の攻勢要塞だ」
『はあ!? ……ああクソッ! 俺の方でも確認した!』
ヘッドセット越しに独り言が漏れ聞こえる。それが数秒ほど続いた後、意を決したかのように相手は言った。
『ナナキ、絶対的に戦力が足りてない。ヒガラの堕ちた北部には西部のメンバーを回してるが、防衛で手一杯だ。俺のいる南部も敵の攻勢で釘付けにされて動ける状況じゃない』
「つまり?」
『そっちに援軍は無しだ』
そうだろう、と少年は思った。自分も同じ結論だ。今の状況ではそうする他にない。
『あえて聞くぜ。――やれるか?』
だからこそ、少年は笑った。
「俺を誰だと思ってる」
『……ハッ』
苦笑とも感嘆ともつかない声が届いた。
『オーライ、こっちを片づけたらすぐに援護に向かう。それまで任せたぜ、リーダー』
「俺がこっちを片づけて援護に行く方が早いかもな」
『じゃあ競争だな。負けねえぞナナキ』
「俺もだ。後でな、イザヨイ」
通信を切る。
推進機に火を入れ、アーキヴァイスは飛びあがる。ビルの上に降り立つと、空より迫る巨影を見つめる。その正体は空中戦艦。無数の砲門を擁する、翼を持った鉄の要塞。
「俺たちの相手に相応しい大物だ。行くぞ、アーキヴァイス!」
推進機の青い炎が唸りをあげ、爆発的な加速と共に、白銀の機体は空中戦艦に向かって飛翔した。
――――
そして、日高七希は目を覚ました。
「……むが?」
おぼろげな視界と、寝起き特有のエンジンの入っていない脳みそ。うばー、とゾンビのようなうめき声を上げてもそもそと布団から体を起こす。
「あー……んー……んー?」
上半身を起こした状態で、しばらくぼんやりしていると、七希は枕元に置いてあるPDAのランプが明滅していることに気が付いた。
七希はPDAを手に取ると、網膜スキャンで本人認証し画面を開く。すると留守電が入っていた。表示されている相手の名前は【イザヨイ】だ。七希はそのまま電話をかけ返した。
『お、ようやく起きたか』
「今しがたな。ふあ……CCCの夢見てたわ」
『うはは、俺もたまに見るぜ。どんなのだ?』
「三か月前のイベント戦」
『あー、ヒガラが真っ先に堕ちた奴な。苦戦したなあれは』
けらけらと笑い声が向こうから届いてくる。
「それで、こんな朝から何か用か?」
『おいおい、ニュース見てないのかよ』
「ニュース?」
七希はPDAを耳から離すと、画面を操作してニュースサイトに繋げる。
「アイドルの電撃結婚……エネルギー資源を巡り、紛争過熱……クローン技術に革新。実用化なるか……月面探査にて新物質発見……知事選挙前に候補者三人に不祥事……特に何も無いぞ?」
『馬鹿野郎、俺らのニュースつったらCCCについてだろ。公式サイトにアクセスしてみろよ』
「まだ寝起きで頭動いてないんだよ。……お、新規マップ?」
『おうよ、今日アップデートされたらしいぜ』
「相変わらず告知無しにイベントぶち込む運営だな……」
『まあいいじゃねーの。それで、どうせ休日だし今日もCCCやるんだろ? どんなもんか見てみようぜ』
「解った。じゃあ飯食って支度して……あー、一時間後ぐらいだな」
『オーライ、遅れるなよ元チャンピオン』
「おいこの野郎、その呼び方やめろ」
『うはははは、本当のことじゃねえかランク4位』
「仕方ねーだろ! どいつもこいつも俺のアーキヴァイスにメタ張りやがって……!」
『言い訳乙。9位の俺より下にならないでくれよ。じゃ、後でな』
電話が途切れ、なお何かを言おうとした七希は相手を失い、彼は不満げにPDAを放り投げると、外出の準備をするために布団から起き上がった。
――――
Cross Crime Crest――通称CCC。
MCと呼ばれる、全長10mを越える人型兵器を操り戦うアーケードゲームである。
多彩なフィールドや、武器による損傷まで再現した緻密なコンピューターグラフィック。豊富なパーツと、大胆なカスタム要素。機体の操作も簡単なようで奥深く、ライトユーザーからコアユーザーまで幅広く楽しめる名作だ。
そのプレイヤー人口は数千万人とも言われ、世界的な人気がある。大会なども何度も実施されており、プレイヤーたちはより上位のランクになるべく日夜競い合っている。そして現在、世界ランキング4位の位置に刻まれている者の名が【Nanaki】――すなわち日高七希だった。
もっとも、七希にしてみれば4位というランクは納得しがたいものなのだが。
「絶対に1位の座を奪い返してやる……そのためにも、あれの構想も早いとこ練らなきゃな」
口惜し気に呟きながら七希はバッグからPDAを取りだした。
「イザヨイか? ついたぞ」
七希の前には大型のゲームセンターがあった。休日だけあって人は多いが、七希からすれば慣れた喧騒だ。
『オーライ、じゃあ部屋作って待ってるわ』
「解った」
通話を切り、七希はゲームセンターの中に入る。
浴びせかけられる大音響。数多のゲーム筺体が奏でる混沌じみた音楽の坩堝の中を、かき分けるようにして奥へ進むと、CCC専用の大きなドーム型の筺体が複数設置されていた。
その内の、空いていた球体の中に七希は乗りこむ。中にあるのは機体の操縦桿や各種操作パネルだ。よりリアルな操縦をテーマに掲げているCCCは、筺体自体が非常に作りこまれている。
七希は投入口に硬貨を入れるとハッチを閉める。密閉された空間。同時に画面が起動すると操縦室が明るく照らされ、ゲームが始まる。
七希はバッグから自前のヘッドセットを取りだし、操縦席の傍らに置いた。次に同じくPDAを取りだして操縦席に備え付けられている認証機器に翳すと、プレイヤーデータが読み込まれ、アーキヴァイスの姿が画面に浮かんだ。
「イザヨイの部屋は………ん?」
不意に画面が明滅した。刺すような光が七希の目を焼き、思わず目元を覆う。
機械の不調だろうか。手元の操縦桿を操作するも明滅は止まらない。それどころか、繰り返すうちに明滅の光はどんどん強くなっていく。
まずい。そう思った七希だったが、遅かった。
次の瞬間、貫くような白光が炸裂し、七希の意識は吹き飛ばされた。