女子高生と王子と3
マクシミリアンは差し出された小瓶を見つめた。目の前の少女の言葉から察するならば、これは毒だ。
父親である国王は確かに能力は高くはないし、絵に描いたような権力思考の王族だ。
だが、彼もまた国に尽くしているのは確かなのだ。
ーー殺すなど、できるはずがない。
試されているのだと分かっても、口を開く事ができなかった。室内は暑くないはずなのに、汗が頬を伝う。
沈黙を破ったのは少女だった。
「たぶん婚約者くん勘違いしてると思うんだけど、これ毒じゃないからね」
心を呼んだかのような少女の言葉に、マクシミリアンは目を見張った。
「毒じゃなければなんだというんだ」
「簡単に言うと、国王が国王として動けなくなる薬かな」
「それではわからない」
困惑するマクシミリアンに、少女は「まあそうだよね〜」と笑う。
「じゃあまずは前提から話すね。この二つを用意してくれたのは、万能と呼ばれる魔女なんだ。彼女はなんでもできるけど、気紛れだからお願い事を聞いてもらえる事は殆ど無いって言われてる。でも一つだけ、彼女の心を動かせるものがある」
少女は小瓶を指先で摘まんで軽く振った。
「それは、そのお願い事が面白いかどうか。彼女が面白いと判断すれば、協力してくれる。ただの殺しとか金目当てとかには耳も貸さない。だからこれは毒じゃない」
ポイッと小瓶を投げられて、マクシミリアンは慌てて受け取った。
「彼女は悪戯とか、人が絶妙に嫌がる嫌がらせとか大好物なんだよね。そんでもって、私は嫌がらせを思いつくのが得意なの。だからこの二つは、問題を解決するための道具であり、規模の大きい嫌がらせの道具なわけ」
マクシミリアンは手の中にある小瓶を見つめて再び少女に目を向けた。少女は言葉通り、悪戯を仕掛ける子供のようにニヤニヤと笑みを浮かべている。
「それは飲むとね、まず国王の椅子には座れなくなるんだよ。王冠もつけられなくなる。国王が国に与えられたすべての物を触れなくする薬なの」
「触れなくする?」
「厳密には触れるんだけど、物凄い痒みが走るわけ。服を着れば体に痒み、椅子に座ればお尻に痒み、王冠をかぶれば頭に痒みってね。国が王の証として用意した物を触るだけで、地獄のような痒みが走るんだよ。しかも健康には害は無いという優れもの!」
どうだ、と言わんばかりの少女にマクシミリアンは言葉を失った。
思考を巡らせて想像したが、ノイローゼになりそうだ。少女は「ねえ、どれくらいもつと思う?」と問いかけてくるが、正直分からない。
ただ、これだけは言えた。
「それは…酷いのではないだろうか…」
「いいでしょ、もう十分国王やったんだし。桜さんの苦労と苦悩に比べたら軽いでしょ。だって辞めれば治るんだから」
「いや、しかし…」
「つぎ行くね」
言い淀むマクシミリアンを無視して、少女はもう一方の木箱を開けた。
木箱の中には、大きめの美しい石がゴロゴロと入っていた。
七色に光る石は柔らかく点滅している。おとぎ話に出てきそうな美しさだ。
マクシミリアンも思わず先ほどの話を忘れて、箱の中身に見入る。
「これは、美しいな」
「でしょう?」
自慢気に言いながら、少女は石を一つ取り出してマクシミリアンに差し出した。マクシミリアンは小瓶を置いて、虹色に輝く石を手に取る。手のひらを変化する色が照らした。
「桜さんが言ってたよ。聖地の浄化って、とどのつまりは女神に力を与える事なんだって。力の弱まった女神に、自分の力を与える事で初めて浄化ができるんだって。魔力は効果的だけど、1番は真摯に女神に祈る気持ちなんだって」
「確かに前に聞いた気がする」
マクシミリアンが記憶を巡らせてそう言えば、少女は目を眇めて口元に指を当てた。
「へえ。聞いてたのに婚約者くんは何もしなかったんだ。この国が荒れるのも当然だねえ。上にいる人間がこの話の重要性に気付けないなんてね」
「重要性?」
「分からない? 女神は常にこの国を守ってるわけだ。でもさ、全能の神でもない限り神様だって疲れるよね。じゃあ神様の力の源って、なに? 信仰じゃないの?」
少女の問いかけにマクシミリアンは答える事ができなかった。
「女神様は我々を守ってくださるお方で、その真意は人間には推し量れるものではないだろう」
少女は呆れたようにマクシミリアンを睨んだ。
「誰も気持ち読めって言ってんじゃないでしょ。力の根源を考えろって言ってるわけ。私も推測しかできないけど、境界線の綻びって強まって起こるんじゃなくて、女神の力が弱まって起こってるんじゃないのってことだよ。ーーそして信仰の力が女神の力の源なら、女神の力が弱まったのは、人間の信仰心が減った事を示すんじゃないの?」
マクシミリアンは息を飲んだ。少女の推測があまりにも恐ろしいものだったからだ。
もし、もしその推測が本当だとしても。教会も国民も、ーー国王も、けして認めないだろう。
そもそも国として認めるわけにはいかない。国教として掲げているにも関わらず、信仰心への弱まりが境界線の綻びに繋がると言えば、国内は荒れる。他国が付け入る隙になってしまう。
「だいたい200年ちょっとでしょ、周期って。平和ボケした人間が、警戒心を無くすぐらいの年数だよね」
マクシミリアンの内心の葛藤など無視して少女は続ける。恐らく少女は、この国が非を認めない事を分かっていて言っているのだ。
国家反逆罪とも取られかねない発言を平然と繰り返すのは、世界すら違う第三者だからだ。
身内が指摘しない暗闇を、炎で照らして炙ろうとしてしまう。
厄介なのはその推測が恐らく真実に限りなく近いのだろう、という事だ。
そしてその時ふと、少女が自分を王に据えると言った意味を理解した。
自身の父親がこの問題を解決する能力が無く、あったとしても決して認めないだろうと分かったからだ。それくらいなら何度でも聖女を呼ぶだろう。
マクシミリアンは改めて少女を恐ろしいと感じた。目の前にいる年下の少女は、本当に人間なのだろうか。
愚かな自分たちを、女神が人の姿を借りて断罪しに来たのではないか。
マクシミリアン以上の強さと、未来まで見据える思考。異界のただの人間に、そんな事が可能なのだろうか。
「なんかよく分かんないんだけど、私は普通の人間だからね」
マクシミリアンの顔色がよほど酷かったのか、またしても心を読んだかのように少女は言いやる。
「変な宗教感もなく客観的に見たら、たいてい分かるから。別に特別な事じゃないよ。当事者に分からなくても第三者に分かる事ってあるでしょ。それだよ、それ」
「イシス様ではないのですか?」
「違うから。やめてよ。私宗教って苦手なんだよ。その敬語続けたら、裸にひん剥いて外に放り出すよ」
「……」
マクシミリアンは沈黙した。殴るよ、ならまだ抵抗したかもしれないが、裸にひん剥かれるのだけは嫌だった。
「うん、賢明な沈黙だね。嘘じゃないからね、言っとくけど。やるって言ったら、私はやるよ。ーーそれでこの石の話に戻ろうか」
マクシミリアンは改めて石をみつめた。
「これは名前をつけるなら、「祈りの石」ってところかな。」
「祈りの石…」
「使い方は簡単。この石を各地の聖地に設置するだけ。これだけで、人々が祈る度に、女神に力がいくようになる優れもの」
マクシミリアンは目を見張って少女を見つめた。
「そんな事が可能なのか?」
「可能だよ。でもタダじゃない。それこそ本気の祈りが必要なんだ。でも安心してほしい。本気の祈りが無くても、ある力を捧げる事で女神に力がいくから」
一度言葉を切って、少女はにこやかに笑った。
「人間の寿命半年分。祈りが足りなければそれが捧げられる。でもさ、それだけで綻びが起こらないなんて、安いもんじゃない?」




