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聖女の帰還【本編完結】

本日2回目の更新です

「サクラ、君はどうしたい」

マクシミリアンの言葉に、広場は水を打ったように静かになった。


桜はマクシミリアンを見つめ、広場を見渡した。国王が横で「言ってください」と自信ありげに笑う。

マクシミリアンから、桜が帰るつもりはないのだと聞いていたのだろう。


桜は静かに民衆を見下ろした。

「私は、彼と共に元の世界へ戻ります」

マリーのお陰だろう。青年が民衆全てに呼びかけた時のように、声は遠くまで響き渡る。


「どうして!」

「行かないで聖女様!!」

「この国をお守りください!!」

桜の言葉に、声が上がる。それはどんどんと広がって、まるで巨大な生き物のように見えた。


桜は大衆の声に圧倒されながら、少女と猫に言われた事を思い出していた。

『民衆に呼びかける時はできるだけ教え諭すように上から言ってね。聖女だから尊大すぎたらダメだけど』

『従属に慣れた人間にはそれくらいしないとダメなのよ』

浮かんだ言葉を意識して、桜は姿勢を正す。両手を胸の下で組み、柔らかな笑みをつくった。


「私の役目はもう終わったのです。浄化を終えた、あの時に」

19歳になった桜は小柄で童顔なせいか、ともすれば15歳に見える。

しかし桜の発する声音は冷静で、温かみに溢れた大人の女性のものだった。


「この国はすでに平和に向けて前に進んでいます。私がいなくなろうとも前のようにはなりません。皆さんが心からイシス様に祈れば、それだけ聖地は力を増してくのです」

桜は浄化の旅で感じていた。心からの祈りはイシスに力を与える。


女神イシスは万能の神ではない。だから時間が経てば力が弱まってしまう。聖女の役割はイシスに力を与えることだった。

聖地で桜が祈る度に、体から力が失われた。恐らく、桜の持つ魔力をイシスが取り込んでいくからだろう。

そうして桜が再び魔力を取り戻せば、またイシスに祈る。旅ではこれを繰り返していた。


だが、魔力が無くても祈りの力が強ければ、イシスに力を与える事ができる。

それは知識ではなく、桜が得た経験から感じた事だった。


「この国を守るイシス様に感謝を忘れてはなりません。助けてほしいと願うのではなく、皆さんの力をイシス様に届けるように祈ってほしいのです。そうすれば、この国はもっと豊かになるでしょう」


言葉を紡ぐ桜の体を小さな光がまとい始めた。キラキラと桜の内側から広がるように、大きくなっていく。

小さな光は溢れ出し、空に大きく広がった。護るようにどんどんと街を包みこんでいく。

民衆はあまりの美しい光景に言葉を失い、空を見上げるしかできなかった。


昨年の光とは比べものにならない大きな光だ。光源である桜はまるで女神のように神々しく美しい。

普段は可愛らしい町娘のような容姿なのに、今はこの世のものとは思えない美しさがある。


「この光は祈りです。親しい誰かを思う時、その人の幸福を望むでしょう。それが祈りの源になります。その気持ちを感謝と一緒にイシス様に捧げてください。これからはあなたたちが、この国を護るのです」

桜が片手を挙げると、光は途端に強くなり、次の瞬間弾けた。

光の粒子が街に降り注ぐ。やわらかな光はほんのり温かく、昂った民衆の感情を鎮めた。


「私は彼と共に、神の国へ戻ります。ですが、いつでもあなたたちの幸福と平和を祈りましょう。役割を終えた私は、もうここにいてはいけないのです。マクシミリアンもわかってくれました」

醜聞など無かったように桜はマクシミリアンを振り返る。マクシミリアンは一瞬罪悪感を浮かべたが、静かに礼をとった。

驚きすぎて声の出ない国王は、見ないふりをする。


桜はそうして、すべての国民を包みこむように笑った。

「私を慕いここにいてほしい言ってくれた事を、誇りに思います。ですがどんな出会いにも別れは必ず訪れるのです。私は帰らねばならない。これはもう、覆せないのです。皆さん、今までありがとうございました」

女神のように奇跡を身に纏う桜に、誰も何も言えなかった。


「おいで」

それまで静観していた青年が呟くと、桜の体がふわりと浮かぶ。

吸い寄せられるように桜が側に寄れば、青年が桜の腰を抱いた。

「今までよく頑張った」

「ええ」

青年の言葉に桜は涙を浮かべた。それは演技ではない心からの涙だ。

「さよならは、できた?」

その問いに、桜はある場所に目を移した。


目線の先には涙で顔をぐしゃぐしゃにしたマーガレットがいる。

彼女は桜の視線に気付いて、深く頭を下げた。けれど桜も、溢れる涙ではっきりとは見えない。

「ええ」

桜は掠れた声でそう告げる。


青年は満足したように頷いて、再び民衆を見下ろし、固まっていた国王を見やる。

「国王よ、彼女に免じて誘拐の罪は減らしてやろう。だが忘れるな。彼女の言葉を忘れた時に、この国は過去と同じ道を辿る」

後半、青年の目は国王の後ろにいたマクシミリアンを写していた。

彼は神妙に頷いて青年にも礼をした。


「精進しろ」と小さく呟いて、青年は桜と手を取り合う。

そうして組んだ手を空に掲げた。

「闇よ! 我らを纏え!」

「光よ! 私達を導け!」


その瞬間、巨大な闇が街を覆った。それに重なるように巨大な光が現れる。闇と光は混ざり合い、台風のように彼らに巻き付いた。

時間にすれば10秒ほどだっただろう。しかし不思議とその光景はゆっくりと流れて見え、見たもの全てに鮮明に焼きついた。


闇も光も台風も消えされば、そこには先ほどのまでいたはずの男女はいなかった。

放心したように空を見つめる民衆に、国王はなにもできなかった。

その代わり、第一王子マクシミリアンが屋上から躍りでる。


マクシミリアンの纏う雰囲気は、今までよりも威厳に満ちて見えた。それは声音にも現れる。


「皆の者、聖女はこの地を去った。だがそれは絶望ではない。聖女は希望の光を残して去ったのだ。我々が祈りを忘れなければ、この国はもっと前に進めると彼女は言った。だから、どうか一緒にこの国をつくってほしい。その力が、我々にはあるのだから」


落ち着き払った若き王子に、民衆は思わず膝をつく。頭を垂れて、それを返事とした。


ーーーー


西大陸グランディアでは、200年から300年に一度魔界との境界線が綻びが生じる魔の期間が訪れる。

中でも最も被害の酷かったグレイヒ王国は、国を憂い聖女の召喚を行った。

聖女は女神イシスの力を借りてグランディアに平和をもたらした。

「グランディアの夜明け」後は、グレイヒの王子と婚約を結んだが、ある日神の世界から迎えがやってきてしまう。

聖女は国を憂いたが、幸福の魔法をかけて闇の神とこの地を去ったという。


その後、当時のグレイヒ国王が原因不明の病に倒れ、聖女の婚約者だった第一王子のマクシミリアンが国王に即位した。

彼は隣国の王女マリアベラを王妃に迎え、賢君として名を馳せた。

マクシミリアンは国を治める傍ら、イシスの力が弱まらないよう、イシス信仰と聖地の強化に従事したという。

そうしてグレイヒ国王は聖女の言葉を示すように、最盛期を迎えた。


国王マクシミリアンは常に国民に語りかけていたという。

「崩壊を待つのはやめよう。聖女に頼るでもなく、イシス様に力を貸してもらうのではない。我々がイシス様を支え、平和を築こう。自分たちの力でこの国を安寧に導くのだ」


国民の強い祈りが女神に効果をもたらしたのか、真実は定かではない。

だが、マクシミリアンの教えが護られて500年が経つ未だ現在、境界線の綻びは起こっていない。

帰還までを区切りに完結設定にしますが、帰還の後日談、マーガレットとの別れ、マクシミリアンに嫌がらせをしに行くハルなどを投稿予定です。ここまでお読みくださりありがとうございました。もともとは春矢が最初にいて生まれた話でしたので、今後は春矢が主人公になる現代の話を掲載予定です。黒猫マリーは常にはおらず、春矢には別に相棒がいます。基本明るい話が好きなので、スカッと系を目指します。

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