各々の選択肢
迫るようにその日は近付いていた。
マクシミリアンともマリアベラとも話終えたが、私には一つだけ気にかかる事があった。
侍女マーガレットの事だ。
マーガレットには、帰れる事が決まった段階で話をしていた。彼女は泣いて喜んでくれた。
しかしある日、ポツリと漏らした。
『私もサクラ様の国に行けたなら良かったです』
マーガレットは決して連れて行って欲しいとは言わなかった。彼女も分かっているのだ。
世界が違いすぎる事を。だからこそ、夢を見るようにつぶやいたのだ。
私にとって、マーガレットは家族同然だ。それは恐らくマーガレットにとっても。
唯一の父を亡くしたマーガレットは、今は私と共にある。私が帰れば彼女は1人になってしまう。それが不安だった。
彼女も一緒に行けたなら。
そんな選択肢が頭から離れず、ハルとマリー、監視に入っていたオリヴァーがいる時に、甘えるようにこの話をしてしまったのだ。それは2週間前に遡る。
ーーーー
「ねえ、ハル、マリー。もし、もし仮に、マーガレットを連れて行くと言ったら、それは可能なの?」
私はこの時、どこかでハルは「お安い御用だよ!」と言ってくれるのを期待していた。
オリヴァーは口は挟まなかったものの、動揺したように「はあ!?」と叫んでいた。
対するハルは、探るように私を見つめた。
見透かすような視線に体が竦む。
「桜さんが、彼女の人生の責任を負えるなら、連れて行く事は可能だよ」
いつものような、寄り添った言い方ではない。厳しくはないが、どこか突き放すような物言いだった。
「私の仕事は、桜さんを連れて帰ることです。その後は桜さんがご家族と頑張って生きていかなきゃいけない。侍女さんを連れて帰るのはマリーに頼めばできるけど、そこから先は、桜さんと侍女さんと、ご家族でしか解決できない。日本には戸籍の問題もあるしね。だから安易に大丈夫とは言えないな」
言われて初めて、私はハルとマリー頼りで先ほどの発言をしたのだと気付く。
そして好意で協力してくれているとは言え、ハルは仕事としてここにいるのだ。
守られる事に甘えていた私は羞恥に赤くなる。ただ貰える優しさを当然と思うなど身勝手極まりない。
私は恥ずかしさに思わず俯いた。
「まあ、桜さんのご家族であれば戸籍くらいどうにでもできそうですけどね。私から桜さんのご家族に聞く事は可能です。ただ違いすぎる世界で、侍女さんがちゃんとやっていけるかは、私にはわかりません」
諭すような声。安易に同意しないのは、マーガレットの事を、そして私の事を考えてくれているからだ。
「マリーは、帰る時に1人増えるのは大丈夫?」
「私不可能はないわ。でもまあ、ハルと同じ意見よ。夢って、見てる時は幸せだけど、現実に戻る時がくるもの」
「ごめんなさい」
やっと声が出たが、恥ずかしさと居たたまれなさと己の愚かさにか細くなってしまう。
ハルは困ったように笑った。
「同意はしませんが、反対もしないです。お二人で話し合ってください。どんな状態になっても大丈夫と判断したなら、私はそれを否定するつもりはないんです」
私の顔はますます赤らむ。これではどちらが年上かわからない。
「ハルは本当に16歳なの? 私の方が年上なのに、全然だめね」
「正真正銘16歳ですよ。それに桜さんはダメじゃないです。かわいいです」
「言ったでしょ桜。ハルは育った環境が特殊なのよ。7人の常識はずれに教育されるとこういう謎の生き物が誕生するわけ」
「謎の生き物!? 女子高生どころか人間ですらないの!?」
マリーが言えば、いつものおふざけが始まる。厳しいけど底抜けに優しい彼らは私の愚かさを流してくれたのだ。
そして恒例の闇の神報告を終えると、ハルとマリーは日本に戻った。私が宛てた両親への手紙を持って。
手紙、とは言っても携帯端末の動画である。
先日も私が元気でいる事を動画で録音していた。今回はそれに加えて、マーガレットについてお願いしている。
ハルには手間をかけさせてしまったが、それには「お安い御用だよ!」と笑っていた。
そうして室内には私と監視役のオリヴァーが残る。
しかし今日はどことなくオリヴァーの様子がおかしい。彼は今、顔を青くして俯いている。
そう言えばハルにからかわれても反応が鈍かった。体調が悪いのだろうか。
「オリヴァーどうしたの? 今日元気ないわね。具合が悪いの?」
「いや、大丈夫だ。だが、その…」
オリヴァーは慌てて顔を上げる。しかし言いにくそうに言葉を濁した。
「なあに? 気になる事があるなら言って」
「あ、いや、さっきの件は…」
「さっき? どれ?」
ハルとマリーがいろいろ言うため、さっきがどれを指すのかはさっぱりわからない。
「ま、マーガレットの…」
「マーガレット?」
私は目を見開いた。マーガレットの件だとすれば、日本に連れていくかいかないかだろう。
オリヴァーは何も言わないが、顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。さすがに私も鈍くはない。この様子にピンときてしまった。
「もしかしてオリヴァー、マーガレットが好きなの!?」
驚きを隠せなかった。私を騙していた事で、それまで仲良くしていたマーガレットはオリヴァーに冷たい。私が怒っていない今も、かなり冷たい。
オリヴァーは私の問いかけに「フグっ」と息を詰めた。図星らしい。
「いつから? もしかして、ずっと!?」
「あ、いや、俺は」
しどろもどろになりながらオリヴァーは顔を赤くする。
「マーガレット、たぶん一ミリも気付いてないわよ。私もわからなかったし」
「わ、わかってるよ! 嫌われてることも知ってる!」
オリヴァーは半泣きで叫んだ。
「嫌ってはいないとは思うけど…」
正直、マーガレットのそのあたりの心情はわからない。マクシミリアンの事があった時、経験が乏しくてわからないと言っていたし、そのあたりはあまり興味がないように思える。
「サクラ様と俺なら、マーガレットはサクラ様を選ぶ。さすがに俺だってわかってる。ただ、たまに言葉を交わせるだけで良かったんだ」
献身的すぎて励ます言葉が見つからない。
「ええと…」
「わかってる。決めるのはサクラ様とマーガレットだ。変な事を言ってすまない」
「マーガレットにどうして伝えないの?」
「嫌われてるからな」
自嘲するオリヴァーを私は睨んだ。
「そんなの聞かないとわからないでしょ。言っておくけど、私はマーガレットとさっきの件について話をするつもりよ。私、バカだったの。人に甘えて、答えを出すのを逃げたけど、きちんとマーガレットと話し合うつもり。だからどうなるかは保証できない。いいの? 伝えなくて」
「そんなのーー」
言いかけて、オリヴァーは口を噤む。揺らいだ瞳はそのままに、がしがしと頭を掻いた。
「そうだな、聞かないと、伝えないとわからない」
オリヴァーは決心したように私を見つめる。
「サクラ様に勝てるとは思ってないが、どうせ言うなら3年分口説く」
挑むような視線に、私は複雑な気持ちになる。
そもそも、私は未だに答えを出せていないし、マーガレットと話さなければ日本に連れていくかもわからない。
なのになぜか恋のライバル役としてオリヴァーと向き合う事になるとはどういう事なのだ。
ただ、せっかく決心しているのだから、余計な事は言わずとりあえず笑みを浮かべておいた。
ーーーー
その後、両親から返事があった。マーガレットについて、問題はないとの事だ。
それよりも、早く会いたい、気をつけて帰っておいで、と伝えられて、また泣いてしまった。
しかし許可はとれたのだ。
私は早速マーガレットと話し合い、私もマーガレットを連れて行きたいと望んだ。
ただオリヴァーの件があったため、マーガレットからの返事は保留にする事にした。
でなければフェアではない。
その二日後だ。
明らかにマーガレットの様子がおかしくなった。オリヴァーが告白したのだろう。
マーガレットは嫌がっているというよりは、戸惑っているように思えた。ミスが多くなり、とうとう皿まで割り出したので休みを命じた。
マーガレットは美人だから口説かれ慣れているはずなのに、これほどまでに動揺するとは思っていなかった。
それからオリヴァーは積極的にマーガレットにアプローチをかけていた。
その度にマーガレットは挙動不振になり、私もこれはどちらに転ぶかわからないなと思い始める。
ーーそうして復活祭は一週間を切った。
準備もあるだろうから、返事は復活祭の二日前にしてもらった。
そしてもうすぐその日が訪れる。
彼女を見ていると、なんとなく答えがわかる気がした。
私はこの4年を振り返る。
マーガレットに何度背を押されただろう。
もしかしたら、今度は私が背を押す番なのかもしれない。
そう、思いながら。
別れが近づく。
さよならの日が、近づく。




