聖女と黒猫と女子高生と…
(ノリノリだなあ)
魔法を次々と蹴散らす1人と1匹を眺めて、桜はふとそんな事を思った。
「弱い!弱すぎる!これが誇り高き戦士だというのか、毛虫の王よ!」
「下等な人間どもが!我が主君ハールニッヒ様にこの程度で勝てるとでも思ったのか!!」
「グフッ」
真面目な場面でハールニッヒが出てきて、思わず吹き出しそうになるのを堪えた。
こんなにも深刻な場面でハルがふざけてつけた名前を出されると笑いそうになってしまう。
どれだけ国王が真剣でも、民衆が真剣でも、この状況は女子高生と猫が企てた壮大なおふざけでしかないのだ。
深刻になればなるほど、彼らの言葉を思い出して笑いそうになる。
笑ってはいけない。これは真剣な戦いなのだ。笑っては、いけない。
どうやっても倒せない相手に焦れた国王はとうとうオリヴァーを引っ張り出した。こちらも既に予想済みのため、焦る事はない。
渋るそぶりを見せながらも、オリヴァーは護りから攻撃に転じる。命じられた通り、全力の攻撃だった。
さすがにオリヴァーの数倍の大きさの光の塊が、猛スピードで青年たちに向かった瞬間は焦ったが、その後がなんとも酷かった。
青年は力技で光の塊を潰してしまったのだ。流石にこれには驚いた。
対魔法に関しては実は全て黒猫が対応している。青年が手を振れば黒猫が魔法でそれを交わす。恐らく、今の光の塊も黒猫の魔法でかわすことができたはずである。
しかし今、魔法は発動していなかった。つまり、魔力を持たない青年が、己の力だけで潰してしまったのだ。
幻聴が聞こえた気がした。
『魔法を捻り潰すのも、女子高生の嗜みの一つだよ』
オリヴァーもその力技を感じたのだろう。彼は思わず私を振り返った。
その瞳はあれはなんだよ、言っている。私はなんとも言えない気持ちで首をふった。
そうしてオリヴァーが、この壮大な茶番劇に介入した日を思い出していた。
ーーーー
ハルと黒猫が次に現れたのは1週間後だった。準備ができたから明日から闇の神出動するよ、という業務連絡である。
「さよならの準備はできてます?」
別れへのカウントダウンの始まりを告げられて、私は曖昧に笑う。
「誰にどうしたらいいのかまだ分からないの」
そんな私にハルはあー、まあそうだよね〜と呑気な声を上げる。
「桂木桜さんと、聖女のサクラさんは同じだけど違うからね。確かに難しいかもね」
ハルの言葉に思いを巡らせらば、もどかしい気持ちに駆られた。
「嫌な感情だけ捨てて、知った喜びだけ持ち帰れたらいいのに。難しくて嫌になるわ」
そう言えば、やっぱり1人と1匹はにやりと笑うのだ。
「そういう時は、取り返しつかないくらい好き放題やるのが一番ですよ!」
「同情せざるを得ないぐらい追い詰めるのもおすすめよ!」
「いいわね、それ」
私が笑って同意すると、ハルとマリーは意味ありげに視線を交わした。
「じゃあ早速、1人巻き込んでやりますか」
「オッケー! カモーン!」
「は? え?」
マリーが尻尾をフリフリすると、テーブルの上が光り出す。
眩い光に目を瞑ったが、やがて光りはおさまった。なんだか眼前に人の気配がする。
私は恐る恐る目を開けた。
そこには、よく知る人物が、ペンを握って目をパチクリとさせて立っていた。
「なんだ、これは?」
そこにいたのは、この国の特級魔術師、オリヴァーだった。




