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聖女と女子高生と黒猫と2

本日4回目の更新です。

黒髪に黒目、更に真っ黒な衣服に身を包んだ青年を桜は見上げた。

その顔には僅かに驚きが浮かんでいたが、それに気付いた者はいない。その場にいる誰もが青年を見ていたからだ。


青年は桜から表情が見える位置まで降りてきた。その肩には見慣れた黒猫がいる。

この一月でよく知ったはずの相手の化けっぷりには驚くしかなかった。


どう見ても男にしか見えない。もともと整っていた顔立ちが精悍さを増し、立ち振る舞いには気品がある。

サラリと落ちる黒髪に、胸を弾ませる女性は多いだろう。

だがいつも笑顔を浮かべるその顔に、今は冷ややかな軽蔑が浮かんでいた。


『誰が、誰を倒すと言う?』

ズシリと重い声音だ。比喩ではない。青年が言葉を放った瞬間、重力が増したように体が重くなった。


『我のものを奪った馬鹿どもが、我をどうすると言った?』

静かな問いかけだ。先ほどまで湧き立っていた広場に重苦しい沈黙が生まれる。

覇気、と呼べばいいのだろうか。青年からは圧倒するような力が放たれている。

誰もがその圧に萎縮していた。


静寂に満ちた広場の見回すと、青年は嘲るように笑った。

『聖女を守ると言った割には静かだな。女1人に頼るしかできない軟弱な国にふさわしい光景だ』

挑発するような台詞に一部から「なんだと?」と声が上がる。


『毛虫なら毛虫らしく大人しく地を這ってれば良いものを。愚鈍な王よ、お前の民はこんなにも役に立たない毛虫ばかりだ。毛虫も数が多ければ有害だろうに。それとも毛虫の王は心地がいいか?しかもこいつらは孵化もできずに這い回るだけの虫けらだ」


あからさまな挑発に国王の顔が赤らんだ。


「わしの民を愚弄することは許さん!闇を司る神などただの悪霊ではないか!悪霊の分際でわしの国を侮辱するな!!」


怒りに我に帰った国王は青年を怒鳴りつけた。腐っても彼はグレイヒの国王だ。

武と魔力が支配するこの国の上に立つならば、強さが必要とされた。彼もまた戦士である。

その戦士としての誇りを嘲笑された国王の怒りは一瞬で頂点に達した。


「我が誇り高き魔術師たちよ!あの悪霊を打ち払え!」

国王の号令に合わせて魔術師が一斉に攻撃を開始した。

魔術師の杖から放たれる数え切れない攻撃の光。

しかし青年がした事は、片手を振り払う動作だけだった。

だがそれだけで、光の矢が空高く進行を変えて花びらを描くように弾ける。


ーーまるで花火のようだと、桜は焦りもせずに見ていた。


青年の、いや、少女と黒猫の実態を知らなければ心配でどうにかなっていたかもしれない。

だが桜の心は凪いだ海のように穏やかなものだった。


このシリアスな寸劇の裏で、1人と1匹が悪童のようにはしゃいでいた光景を何度も見たからだ。


ーーーー


「囚われのお姫さまを救うのは、いつだって王子でしょう?囚われの聖女を救うのは、伴侶となる神様がいいんじゃないかな?」


ーーそう言ってハルが提案したのは、復活祭に向けた「憤怒にかられる闇の神、光の聖女を奪還する」計画だ。


「ようは、桜さんがいなくなった理由が、オレリアンが原因じゃないって思わせればいいんでしょう?」

「ふんふん」

黒猫が楽しそうに相槌を打つとハルは身を乗り出した。


「設定はこう。光の聖女である桜さんには、対になる闇の神様がいたの。だけど桜さんは攫われてしまった。怒った闇の神は桜さんを連れ戻そうとするんだけど、離れていても気持ちが伝わっているから、桜さんが楽しく暮らしている事を悟るんだよ」

「切ないわね。で?」


「闇の神は傲慢ではないわけ。だから見守ろうと身を引いたんだよ。ーーそしたら桜さんから絶望する気配を感じて、とうとう立ち上がるんだよ!」

「やだ!王道じゃない!闇の神は文字通りダークヒーローね!」


「ま、待って、それって、でもどうやって伝えるの?」

出来上がっていく設定に困惑しながら私が尋ねると、ハルはやはりにんまりと笑う。


「王都から一番離れた街からね、こう、魔術師でも起こせない奇跡を起こして、困った村人Aを助けるわけですよ。そしたら言うよね、村人Aが!」

シュバッとハルが手を差し出した瞬間、黒猫は華麗に飛び上がり、美しい動作でテーブルに着地した。そして嬉々としながら叫ぶ。

「貴方様は何者なのですか!?」


するとハルはすっくと立ち上がり、かつかつと歩いたと思ったら大袈裟に振り返る。

恐らくマントがある設定なのだろう。

振り返った瞬間、マントがバサァっと翻ったように見えた。


「我は闇の神である!この地に我の対となる少女を奪われた!我は彼女を迎えに来たのだ!そこな民よ、我と同じ、黒目黒髪の少女を知らんか!」

薄茶の髪と薄茶の瞳のハルが言うと、黒猫マリーはよろよろと歩いた。


「く、黒目黒髪…そりゃあこの街の聖女様でねえか!」

なんともリアルな村人Aだ。鈍りすぎな気がするが。

「聖女?彼女は聖女をやっているのか!?どこにいるのだ!」

「へ、へえ!聖女様は王都にいらっしゃいます!」


ははー、と黒猫マリーが平伏っぽい動作をすると、なにごとも無かったようにハルは椅子に腰かけた。マリーもなにごとも無かったようにハルの膝の上に戻る。


「ーーとまあ、こんな感じで闇の神様がエレクトリカルパレードしながら、一月かけて王都に行くんですよ。それでさっき桜さんが言ってた、国民が最も多く集う復活祭でバーンと連れて帰るわけです」

「な、なる、ほど?」

私が戸惑っていると、マリーがそう言えばと声を上げた。


「闇の神様って名前あるの?」

非常にどうでもい。

だがハルは顎に手を当ててうーんと唸る。

「なんかもう適当にハールニッヒとか名乗っとくわ」

「きゃっはははは!いい、いいわ!それっぽい!!」


爆笑する黒猫を見つめながら、私はなんとも言えない気持ちになった。

だが、ふざけていても彼女達がそうするのが 自分の我儘のせいだという自覚があった。


「あの、本当にありがとうございます」

私の言葉に、マリーはふふんと、ハルはきょとんとしてから笑った。

「恩に感じてくれるなら、今度デートしてくださいね!」

「フィーに言いつけるわね」

「冗談じゃん!」

何度もみた漫才のような掛け合いはスルーして、私は疑問を口にした。


「あ、でも闇の神様って黒目黒髪なのよね?どうするの?」

恐らく私と関連付けるための設定なのだろうが、ハルの色素は薄く、黒には間違っても見えない。


「それは大丈夫、男装する時にカラコンとウィッグつけるんで」

「え!?男装するの?」

「そりゃそうですよ。ヒーローがお姫様攫うんですからね!」


確かにハルは背が高い。しかしセーラー服の彼女を見れば、どうやっても女の子にしか見えない。大丈夫なのだろうか。

私の疑問が伝わったのだろう。答えたのはマリーだ。


「大丈夫よ桜。常識はずれの怪物の中には変装のプロがいたのよ。彼女に仕込まれただけあって、ハルの男装モテるのよ。男にしか見えないと思うわ」

「まあ女子高生の嗜みの一つだよね」

決まり文句のように言うが、女子高生をやっていない桜にもそれが嘘だと分かる。桜の知る日本にそのような嗜みはない。

4年のブランクがあっても分かる。


「まあ方針も決まったことだし、今日はこんなとこで終わります?私も、いったん日本に戻らなきゃ」

「あ、そうよね。ごめんなさい。長く付き合わせて」

「女性のお願いを聞くのも紳士の嗜みなんで」


ハルが立ち上がると、マリーも膝からトンと降りる。

そしてマリーが「開けゴマ〜」と尻尾をゆったりと振ると、たったそれだけで彼女たちが現れた時と同様に暗闇が顔を出した。

ここまであっさり日本への扉が開くと、切ないものがあるが、気にしたら負けだ。


「じゃあまた〜」と暗闇に入ろうとするハルが、思い出したように私を振り返った。

「あ、そうだ桜さん」

「うん?」

「別れの挨拶はお早めにね。私たちが動き出したら、貴方には監視がつくと思うので」

「え…?」

「今も部屋の外に監視はついてるけどね。でも闇の神の噂が広がれば、多分部屋にも監視が入るよ。あ、ちなみに散々騒いだけど、マリーが防音にしてくれてるから大丈夫だからね!とにかく、ご利用はお早めに!」

「それってどういう…」

「じゃあ、またね〜」


私の戸惑いには構わずに、ハルとマリーは暗闇に消えた。



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