縛る者たち2
本日3回目の更新です。
『さよならの準備はできてます?』
そう問いかけたあなたに私は曖昧に笑った。
さよならを誰にしたら、どうやったらいいのか分からなかった。
そう言えばあなたは笑う。
『桂木桜さんと、聖女のサクラさんは同じだけど違うからね。確かに難しいかもね』
言われて気付く。聖女は与えられた役割。
自分で選ぶまでは、桂木桜だった。
自分で選んでからは、聖女のサクラだった。
この世界で膨らんでいったのは、感情を持っていたのは聖女のサクラだ。
だから帰ることを決めた今、想いが混在してよくわからないのだ。
桂木桜なら許せること、許せないこと。嬉しいこと、悲しいこと。
聖女のサクラなら許せること、許せないこと。嬉しいこと、悲しいこと。
こんなにも違うのだから、”聖女”はもう1人の私なのだろう。
そして私はそのもう1人の自分を棄てるのだ。
でも叶うなら。
もう1人の自分を棄てるなら。
憎しみごと、悲しみごと棄てて、得られた喜びだけ持ち帰れたらいいのに。
なかなか難しくて嫌になるわ。
そう言えば、やっぱり1人と1匹はにやりと笑うのだ。
『そういう時は、取り返しつかないくらい好き放題やるのが一番ですよ!』
『同乗せざるを得ないぐらい追い詰めるのもおすすめよ!』
相変わらず過激だったけど、なんだかそれもいいかもしれないと思う。
だって今の私は、どちらでもないから。
どちらでもない私は、いつもよりきっと傲慢に、強くなれるわ。踏ん反り返って詰っても、罪悪感なんて抱いてあげない。
だから覚悟するがいいわ。
さよならの、その日まで。
ーーーー
国王の登場に湧いた歓声は、国王が片手を上げた途端にピタリとやんだ。
「皆のもの、まずは今年も無事にこの復活祭を迎えられた事を、イシス様に感謝しよう」
シンと静まり返った広場に、国王の鷹揚な声が響く。
「そして諸君らにも感謝をしよう。二年前、この国は滅びへと向かっていた。魔物が蔓延り、イアンドラの野蛮人どもがこの国を蹂躙しようとしていた!しかし諸君らは、聖女が訪れる時まで暗黒の時代を耐え抜いた英雄である!」
おお!と民衆が声をあげる。
「それでも境界線の綻びがわが国を蝕んだ。しかし、イシス様は我々をお見捨てにはならなかった!イシス様は御身の代わりに聖女様を遣わされたからだ!」
国王の声は民衆を鼓舞するように次第に大きくなっていく。
そして国王の後ろから促されるように、黒髪黒目の少女が現れた。白い長衣に頭巾のついた黒のマントを羽織った少女は、全てを包み込むように静かに微笑んでいる。
聖女の登場に民衆のボルテージが一気に高まった。
「今、たくさんの噂が飛び交い、混乱がこの国を支配している!しかしイシス様も聖女様も、この国をお見捨てにはならない!闇の神になど、渡してはならない!!」
おおおおおお!!怒号のような声が広場に広がった。
「我々が聖女様を守るのだ!!闇の神を我々が倒すのだ!!」
国王の叫びに呼応するように声が広がる。
「「「倒せ!倒せ!倒せ!」」」
地鳴りのように声が響き渡る。
聖女は笑みをたたえたまま、静かに国王の傍らには立っていた。
しかしその視線はふと、空にうつる。
その時だった。
『我のものを誘拐しておいて、よくもまあ口がまわる』
その声は、国王の声さえ埋もれる歓声を簡単に打ち消した。
静かな物言いなのに、その場にいる全てに声は伝わった。
空を見上げれば、黒い人影が見える。
高い場所にいるせいで、顔の判別がつかない。
しかし人影の後ろには背負うように雲が集まっていた。
『宣言通り、お前たちの聖女を迎えに来たよ』
暗雲を背負った闇の神が、民衆も、司教も、貴族も、王族すらも睥睨してみせた。




