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婚約者は人間を食べる  作者: 伯灼ろこ
 おまけ。
43/43

番外編:『私が彼女を愛した理由』

 私は恵まれていた。上流階級の貴族の息子として生を受け、なに不自由なく過ごしてきた。唯一、不幸であった点を挙げるとするならば――


 私が食事とする対象が、家族の誰とも違っていたこと。


 父と母と兄たちが見た目にも色鮮やかな食事を楽しんでいる傍らで、私は何も手を付けずにただ下を向いて終わるのを待っていた。夕食時に来客がある場合は、体調が悪いと言って私は自室に隔離されていた。

 皆が寝静まった夜更けに、やっと食事をとることを許された。

 父、レクサー・メルローズ伯爵が屋敷として構えるこのドゥーティ・マランの敷地内には、私用の食事施設が設けられていた。だが決して私のためではなく、自分のためである。

 ――人間しか食べられないバケモノを世間の目から隠すための。

 今宵のディナーは、産まれたばかりの女児であった。父が従者に命じ、マルエラ町から拉致をしてきたのだ。母親の手から離され、しかし泣き疲れたのか死んだように眠っている。

 私は、このどうしようもなく可愛らしい食事を前にして父を恨んだ。

 父はなにもわかっていない。


 赤子の肉など、腐った乳のような味がしてクソマズイことを。


 普通の人間がつくりあげた家庭の中に突如として産まれたバケモノは、疎外感を感じながらそれでも自分の居場所を必死に探していた。


 12歳になった年、私が住むこのバルバラン帝国と海の向こうのセンフェロン王国が戦争を始めた。

 15歳以上の男子は皆徴兵をされ、私の兄たち3人も例外無く戦場へ駆り出され――戦死した。奇しくもメルローズの爵位を継ぐ者が私のみとなった途端、父は態度を急変させた。

 私の味の好みを聞き、見合った人間たちを次々と拉致をしてそれはそれは美味しく調理をしてくれた。数年前までは30人以上もいた使用人たちはそんな父の猟奇的な姿に恐れおののき、次々と辞表を出し、その度に口封じのために殺された。使用人の遺体の大部分は私が食べることを拒否したため、そのまま焼却処分をされた。残ったのは下僕のジーノと侍女のトレジャスだけだった。

 メルローズ伯爵家が狂い始めたのはまさにこの時からかと思われたが、違う。私が――ランス・メルローズがこの世に生を受けたその瞬間から破滅への階段を知らず知らずのうちに上っていたのだ。


 こんな呪われた人生をただ歩んでいた私に、ある転機が訪れる。父が死に、私が爵位を継いだ20歳の頃のことである。

 センフェロン大陸の戦火に巻き込まれ、逃げるようにバルバラン大陸へ渡ってきていた名門貴族――ラトアニェ公爵とその一家がメルローズの屋敷にて身体を休めることとなったのだ。敵国の人間であるがゆえに多少の警戒はしたものの、少しでも人脈を広げるために利用できるものは利用しろとの母からのアドバイスのもと、公爵一家を招いた経緯がある。

 人の肉を食べる私が言うのもなんだが、ラトアニェ公爵一家は、少し奇妙な家族であった。――髪の色。両親は共に黒髪なのに、娘と息子は燃えるように赤い髪色をしていたのだ。瞬間的に血縁関係を疑ったが、彼らが実の家族であることは秘密裏に調べた戸籍によって知った。

 赤髪の娘は、おずおずと私の前まで来て、挨拶をした。

「はじめまして、セゥノ・ラトアニェです。新しい家が見つかるまでのあいだ、お世話になります。……えっと、その……とても感謝していますのよ」

 ――これが彼女との出会い。

 黒髪の親から産まれた、緋色の君。無理に貴族らしく振る舞っている姿が微笑ましい。だが彼女は1人ではなかった。もう1人、彼女そっくりの弟がいた。そう、彼らは双子であった。

「シヲ・ラトアニェです。よろしくお願いいたします」

 賢く、礼儀正しく、気品に溢れ、姉譲りの美貌。彼女が自慢だと語る弟が何故だか私は好きになれなかった。



 当初の問題として危惧していたことであったが、ラトアニェ公爵一家が我が屋敷に住み始めて1週間が経ち――小賢しいほどに鋭い彼女の弟が私の食事(・・)について言及をしてきた。

「ランスさんは僕たちと共に食事をとられないのですか」

 首からネックレスのようにぶらさげた”鍵”を弄りながら、シヲは私に訊ねた。その口ぶりは、すでに異質な何かを察知しているようであり、半分確認の意味で私に対して問うていた。

「私は……お恥ずかしながら料理の選り好みが激しく、人前で食事をとることが困難なのです。直すべき欠点であることは百も承知しておりますが、20年間なにも修正をせずに生きて参りましたゆえにそう簡単なことではなく……どうかご容赦ください。ははは、いつかはどうにかしないといけませんよね」

 この苦し紛れの言い訳がシヲに通用したかはわからないが、彼は一見納得をした様子で、しかし鋭い視線はそのままに私の前から立ち去った。

 私の食事について目撃をされてしまったのは、そのすぐ後のことだ。

 その日ジーノが町から拉致してきたのは、眉目麗しい15歳の少女。奇しくもセゥノ穣と同い年の平民の手足を引き千切り、泣き叫ぶ喉を噛み切ったとき、部屋の扉が開いていることに気がついた。目が合った。死体とではない。そんなもの、とうの昔に分解した。私の目は、部屋の外にいるセゥノ穣に釘付けとなっていた。

 おかしい。鍵はきちんと閉めたはずなのに。

 ――鍵?

 鍵を開けた記憶が無い。否、鍵は始めから開いていた。では鍵はどこに?

 シヲが首にぶらさげていた鍵は、この小屋のものであった。

 いつ盗み、そして何故堂々と見せびらかしていたのか――彼の底知れない”悪意“は、人肉を喰らうバケモノへの最大限の非難の表れだった。

 私は茫然自失としたままセゥノ穣を見つめ続ける。口に含んだ肉を咀嚼することなく、溢れ出る唾液と血が混じりあい、だらだらと垂れる。

 ――ああ、終わった。見られてしまった。

 ――どうする? こいつも喰ってしまうか。

 だが、名門貴族の令嬢が我が屋敷で死亡、または行方不明になったなど、とんでもないスキャンダルになる。家柄に傷も付く。なら、口封じとしてラトアニェ一家全員を捕食してしまうか?

 そんな考えが勢いよく脳内を巡っていたとき、セゥノ穣は口を開いた。


「あ、あの……大丈夫、ですか?」


 ――??

 コイツハ今、ナンテ言ッタ?

 恐怖を叫ぶでなく、憎悪の言葉を吐くでもなく、彼女はただ――……


 私を心配していた。


「えっと……それ(・・)、食べて身体に悪くないんですか?」

「……どうしてです?」

「だって、ナマじゃないですか。ちゃんと火を通さないと……お腹を壊すんじゃ」

 嗚呼、この女は底抜けの阿呆あほうだ。まさか人間を食べてはいけないことを知らないのか。令嬢ゆえの無知か世間知らずなのか、しかし気がつくと私は笑っていた。腹の底から、それはそれは晴れやかに。

「わ、わたくしも食事にご一緒しても?」

「ダメです」

 彼女の仰天な申し入れを即座にお断りし、背後に視線を感じながらも私は食事を再開した。腹を裂き、内臓を出し、しゃぶり、咀嚼する。一連の猟奇的な行為を彼女は怯えることなく、興味深そうに見学していた。

「いいですか? 今夜見たことは他言無用です。でないと私は貴女を食べなくてはいけなくなる」

 半分脅しに近い言葉を残し、私は去った。セゥノ穣のことを信頼していたわけではない。だが、どうしても彼女を食べることは躊躇われた。これが恋ゆえであることは――実はすでに承知していた。

 彼女は言った。

「まさか今まで、ずっとお1人で食事をされてきたのですか? ではせめて、お父様がここに滞在している間は私と共に食事を致しましょう」

 セゥノ穣は私がバケモノであることは公言せず、それどころか共に過ごすことを選択してくれた。彼女が人間たるべき食事をとる隣りで、人肉を貪る私。この奇妙で、残酷なディナーは私の存在を認めてもらえたような――大切な時間となっていた。


 ラトアニェ公爵が南地方の空き屋敷を買い取った数日後、一家はメルローズの屋敷を出ることとなった。長らく世話になった私への感謝の意を込め、そしてこれからの関係続行のために公爵は私とセゥノ穣の婚約話を切り出した。おそらく公爵の独断と思われる縁談は、私に非情なる現実を叩きつけていた。

 ――「とても魅力的なお話ですね。しばらく考える時間をください」と返事をしたセゥノ穣は、ラトアニェ公爵家へ引っ越しをしたその夜に双子の弟と共に姿を消したのだ。


 彼女と過ごした時間は、幻かなにかだったのだろうか。音を立てて崩れていった幸福は、所詮はバケモノには過ぎた宝だったのだ。

 私が愚かだったことは、諦めきれなかったこと・・・・・・・・・・・・・・・・だ。

 双子の弟のシヲとまさか愛し合っていたなど驚きだが、それ以前に私へのあの優しさの正体がわからない。

 ただの気まぐれか?

 ただの暇潰しか?

 ただの興味本意か?


 ――私は、もて遊ばれていたのか?


 彼女の気のある素振りは私の勘違いかもしれない。でも、人間を食べる私を見ても泣き叫ばなかったのは事実だ。ただの無知ゆえだとは、それだけではないと信じている。

 彼女なら、きっと私を理解してくれる。

 私には彼女しかいない。

 彼女だって、結婚を認められない相手と生涯を過ごすよりも、蔑まれない相手が望ましいに決まっている。

 私には地位がある。財産がある。

 そうだ。これは全て彼女のためなのだ。

 私の鍵を盗んだあのふざけた弟などに、彼女を渡してたまるものか! お前に彼女を幸せにできはしない! 私にはできるんだ!


 そうやって血眼になって探した2人は、バルバラン大陸の中央に位置する深い森の中の小さな小屋でひっそりと暮らしていた。

 上流階級の人間が生きるには、いや、平民ですら生きることが厳しいこの土地で2人は肩を寄せ合い、懸命に、そしてとても幸せそうに生きていた。

 誰にも邪魔をされない未開の土地で愛し合う2人の姿は、私がいくら望もうとも手に入れられないモノ。屋内へ押し入った私を見るセゥノ穣の目は――変わらず、優しかった。私と共に戻ってほしいという願いを聞き入れてくれた彼女は、今思えばすでに覚悟を決めていたのかもしれない。

 帰りの馬車の用意をしている隙に逃げる2人、追う私。私の脚力と体力は、常人のそれを遥かに上回っていた。2人の前へ回り込んだ私の右頬に走った熱い衝撃は、熱された鉄の味。

「その傷み、その傷を覚えておけ、このクソ人喰鬼。姉さんの優しさを利用したお前の罪は、僕が必ず裁いてやる」

 例の鍵を手に私を睨むシヲ。私は笑いを堪えられず、声高らかに吐き出した。

「全ての発端は、鍵を盗んだお前のせいだろうが!!」

 手を取り合い、地を蹴って崖の下へ身を投げ出した赤い髪の双子が残した鍵は、私の足元に落ちていた。それを拾いあげた私の心臓が、一際大きく跳ねあがった。

「この鍵は……どこの鍵、だ?」



 双子が身投げをして数年後に判明したこと。双子が隠れ住んでいた小屋の近くには、とても大きな塔が建っていた。あまりに森が深かったために、あのときは気がつかなかった。その塔の鍵が――シヲが身に付けていたものだった。

 メルローズ伯爵家の鍵とよく似た形状をしていたから私は思い違いをしていた。私が食事場所として使用していた小屋の鍵は、メイドのトレジャスが無くしていたとの報告を更に数年後に受けることとなる。いや、今さらそんなことはどうでもいい。

 シヲが持っていた鍵を使って塔の中へ入った私が見たものは、折り重なるようにして積み上げられた――膨大なる遺骨の山だった。

「え……? え……?」

 彼女らの死後に判明した事実だが、ラトアニェ公爵家は、代々人喰鬼の家系であった。戦火に巻き込まれてセンフェロン大陸から逃れてきたと言っていたがそれは嘘であり、真実は、迫害から逃れてきたのだった。

 私が同じ人喰鬼である情報をどこからか入手したラトアニェ公爵は、人喰鬼の血を絶やさないために私とセゥノ穣の結婚を謀った。

 人喰鬼は迫害の対象であるし、苦悩は計り知れない。だが、不老不死である点を最大の魅力であると捉えていた公爵は、人喰鬼だけが住める、人喰鬼の理想郷をつくろうとしていた。――かくも失敗に終わったこの計画は、迫害されることよりも公爵を苦しめ、そのまま姿をくらませて行方知れずとなった。


 ――果たして。

 人喰鬼である公爵から生まれた彼女は、人喰鬼だったのだろうか。実際に人間を口にした彼女が、気持ち悪いと言って吐き出しているのを見たことがある。

 シヲに関しては知らない。人間の食事も普通に口にしていた。だが、遺骨だらけの塔の鍵を肌身離さず持っていた点から推測するに、塔は彼の餌場であり、人喰鬼である一面も持ち合わせていた可能性が高い。

 ――ならば。

 セゥノ嬢は、そんな呪われた家系に生まれた1つの奇跡だったのかもしれない。

 神からの授け物を軽視し、愚かにも人喰鬼の子を産ませようとした罰を、公爵は受けたのかもしれない。

 ――そして、私は。

 どんな罰を受けることとなってもいい。ラトアニェ公爵の遺志を受け継ぎ、セゥノ嬢を妻とすることを諦めない。諦められるわけがない。

 家の場所を移そう。この呪われた塔がある地で、そして彼女が最期の時を迎えた地で待てば、彼女が帰ってきてくれそうな気がする。

 彼女が私の正体を抵抗なく受け入れられたのは、愛する弟も同じ存在であったゆえだろう。それでも、私を軽蔑せず、優しく接してくれたのは事実だ。それだけでいい。それだけで、私は救われたのだから。


――


 人喰鬼は不死である。だが不老とは言い難く、死にはしないものの、年老いる人喰鬼も存在する。私の下僕であったジーノがその例だ。

 2万年以上生きている私の場合は、27歳となった時に成長は止まった。理由はなんとなくわかる。人喰鬼として生きる覚悟を決めたとき――我々は、不老となるのだ。

 だからジーノはきっと、人喰鬼として生きる覚悟が持てないまま1000年に渡る人生を歩んだのだろう。

 ではシヲはどうなのか? やつは、愛する人が自分より先に死ぬこと、そして愛する人がいない無限の人生を生きねばならない覚悟を――弱冠15歳の頃に決めていたことになる。


「ああ……」


 2万年越しにこの事実に気がついたとき、私は月那空港を飛び立つチャーター機を見上げながら間延びした声をあげていた。

「最初から私は、勝てるはずのない賭けに挑んでいたのだろうか」


 答えは、口に出して言いたくなかった。






 endless……


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