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婚約者は人間を食べる  作者: 伯灼ろこ
第四章 幸せな目覚めのその先で
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 8節 「探していた」と「待っていた」

 本当に泣くべきなのはたぶん、紫ヲの方だろう。世ラは流れ落ちた涙の痕を拭い、頬を膨らませた。

「あんたの分も泣いてやったのよ」

 紫ヲは苦笑し、部屋の扉を閉める。

「世ラが物心つく頃から薄々感じてたんだけど、今世のセゥノはツンデレ属性部分が強いね」

 首を傾げ、その意味を隣りに立つ伊邑へ訊ねるも、肩をすくめられるだけだ。

 世ラは気を取り直し、部屋を見回す。ここは月世野空港のすぐ近くにあるホテルだが、簡単に納得がいく内装ではない。簡潔に表すならば、一般人が泊まれるような部屋ではない――ということだ。

「あの頃は打ち捨てられた廃屋で一晩を明かしたけど、今回はホテルなのね。しかも、飛行機をチャーターできるお金持ち専用のVIPルーム」

 紫ヲは多くの意味を含めた笑い声をあげる。

「セゥノは一応、伯爵令嬢だったから、貧しい暮らしをさせるのは申し訳ないなって思って。この2万年の間に貯まったお金はもはや国を築けるレベルを超えてるんだよね」

「……じゃなくて、リヒテさんのためでしょ? 日本から海外へ行くために、リヒテさん専用機の貸し切りを頼んだら、この部屋を案内された」

「まぁ……体長5メートルの猛獣リディックを共にする旅は、大金と”大人“が必要なんだよ」

 世ラと紫ヲの兄――加えて猛獣をペットにする金持ちを装うよう求められたのは伊邑厄だ。申し出を、「母のためなら」と快く引き受けた伊邑だが、一つだけ引っかかることがあった。

「ほんと、イーヴォがいてくれて良かった。更に言うなら、人間の大人に生まれ変わってくれていて良かった。これも神様の粋な計らいだと思う? 世ラ」

「ん? んー……たぶん。まだちょっと違和感あるけど、イーヴォちゃんはやっぱりイーヴォちゃんよね」

 引っかかる理由は、双子の会話だ。伊邑はおずおずと片手をあげ、ダメ元で提案をしてみる。

「申し訳ないが、イーヴォと呼ぶのを止めて……みないか」

 双子が同時にこちらへ振り返り、更に「どうして?」と声を重ねる。

「イーヴォはイーヴォだよね?」

「そうよ。私の可愛いイーヴォちゃんよ」

 かつての名前を呼ばれる度に気持ちに引っかかりが起きる。この2人はそれに気付いていない。

 伊邑は意を決した。

「イーヴォというのは……ちょっと。確かに母に頂いた名前かもしれないが、この姿(なり)でイーヴォというのは可笑しすぎないかと……考えてみてほしい。一応、伊邑厄という日本名もある。母上と弟君が時代に合わせて互いを日本名で呼び合うことを奨励するならば、ぜひ俺にも適用して頂きたい」

 意を決した願いが届いたのかわからないが、双子は互いに顔を見合わせ、頷きあっていた。

「まぁ、尤もな意見だね」

 願いを即座に聞き入れる体制をとったのは紫ヲだ。

「でもイーヴォちゃんをイーヴォちゃんと呼べなくなるのは寂しいわね」

 全面納得とはいかずとも、しぶしぶ了解の意を見せてくれたのが世ラだ。

「じゃあ、伊邑? 厄? 呼び捨てでいいの?」

 紫ヲの問いに、伊邑は「好きな呼び方で」と答える。そこですかさず世ラが口を挟む。

「ていうか、厄ってなによ、厄って。不吉な予感しかしないそのネーミングセンスに脱帽だわ」

「ご両親が付けたんだよね? よく非行に走らず、むしろ正義の味方である警察官になったね。偉いよ、厄」

 どうやら紫ヲは伊邑のことを「厄」と呼ぶことにしたらしい。

 伊邑は頭をさげ、なんだか大層な願い事になったな――と、心の中で苦笑していた。


「と、いうわけで今日はここに泊まるよ。リヒテも専用の猛獣室を借りれたし……現代ってのは色々と便利だよね」

「そうね。でも紫ヲ、なんだか順調な逃亡生活の雰囲気をぶち壊すようで悪いんだけど――答えてほしいことがあるの」

 紫ヲが「なに?」と聞く前に世ラは矢継ぎ早に質問を繰り出した。

 ――私の難病、どうして急に回復したの?

 ――どうして私はセゥノ・メルローズの記憶を急に取り戻したの?

 ――どうして私は、”つぎはぎ“なの?

 粗方質問を聞いた紫ヲは、くすりと笑う。

「凜堂の両親に関する質問が無いのは……君らしいね」

「だって聞いたって仕方ないもの。生まれた私をすぐに病院へ押し込め、一度だって見舞いに現れない人たちのことを両親だとは思えない」

 世ラの両親に対する希薄な感情は致し方ないだろうと伊邑も思っていた。自分に子供はいないと言い切るような、酷い親なのだから。

 だが紫ヲは同意しない。むしろ、反論する姿勢すら見せた。

「凜堂有里華と凜堂勇人のこと……あまり悪く言わないでやっておくれ。彼らは、僕に利用をされただけの被害者なんだ。セゥノに会いたい一心で、非道な行為を繰り返した僕に……」

 世ラは生唾を飲み込み、メルローズと紫ヲのとある発言(・・)を思い出す。

「そういえば、メルローズは私を”探していた“と言っていたのに対して、紫ヲは、私を”待っていた“と言ってたわよね。その”違い“って……なに?」

 ゆっくりと腰を据えて話をすべきであると言う紫ヲは、世ラと伊邑にソファへ座るよう促した。

 伊邑と並んで座る世ラと向かい合わせに座った紫ヲは、「何から話すべきか……」と両手の指を絡めて考える。

「……母親の凜堂有里華は妊娠した事実に身に覚えなどなかったし、切開された腹の傷にももちろん身に覚えはなかった。彼らに”人工の子ども“が植え付けられていたことは――僕と神しか知らない事実。

 凜堂有里華という母胎で育まれた”君“は、不完全なかたちでの誕生を宣告されてしまったよ。それが、先天性の心臓疾患。生まれたばかりの赤ん坊の君を病院に預け、入院費用を払ったのは僕。君の成長を陰ながら見守り、10歳になった誕生日の日に僕は姿を現した。塔に閉じ込められていた僕に会いにきてくれたセゥノが10歳だったのと同じように――。

 今思えば、”15歳の姿をした自称10歳“の僕を、寺納先生はよく怪しまずに信じてくれたものだよ」

 紫ヲは自分の行いを改めて振り返り、苦笑した。

「……ランス・メルローズと同じことをしているよね、僕。笑けてくるよ」

 世ラは自身の胸元を押さえ、正常に稼働する命の鼓動を確認する。

 紫ヲは、世ラの胸元から僅かに覗く皮膚の色へ視点を合わせ、覚悟を決めたように息を吸い込んだ。

「世ラ、その身体の”様態“について君は熟知しているはずだ」

「…………」

「つまり」

 紫ヲは指をさす。世ラの全てを。



「”君は、僕が作った“」


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