覚醒
ブレスにより、彼女がいた場所だけ水が消えた。周りから流れ込む水も瞬時に蒸発して、ブレスの威力を物語っている。核の威力でも傷しかつかない程に強硬なダンジョンの床が抉れている事からも、第一級の最下位と呼ばれても、生物の上位にいる存在の脅威が伝わる。
夥しい量の水蒸気が彼女のいた場所を包み込む。すると、濃霧の中から一つの光の矢が竜の翼を穿った。
「ギャァッ?!」
体制を崩して竜は地面に堕ちた。
「随分と軽い攻撃だね」
軽い口調で弓を携えた彼女がゆっくりと歩いて来た。鎧もシンプルなデザインから複雑な彫刻が彫り込まれた装飾になり、宗教画で描かれる騎士の様な風格を感じさせる。
「まさかこの場で覚醒させようとは凄い度胸ですね」
「この方がカッコいいでしょ?」
そう言う彼女はお茶目に笑った様に見えた。その時、鎧の隙間から見えた彼女の目は色は黒い水に白の絵の具を入れた色味をし、何処か人から外れた印象を与える。見つめる程に嫌悪感と畏怖の念が湧き起こる。
彼女の両手には大剣がいつの間にか握られており、覚醒前に比べて空間を歪めるほどのエネルギーを放っていた。
「これで終わり」
「グルギァアアアアァァアアァァーー!!」
「『極光』」
右下から振り上げられた斬撃は地平線まで刻み込まれた。その圧倒的な威力に耐え切れずに竜は胴体を断たれた事に収まらずに衝撃で肉片となり飛び散った。
「うわぁ、グロ」
「心配は無しですか?」
「そんな元気な姿なら大丈夫ですよ」
鎧を解いた彼女の姿を確認すると、覚醒前にあった傷は塞がっており、服は所々ボロボロだが殆ど無傷といっていい。
「痛みはまだ残っています」
「あそこまでする人は初めて見ましたよ。今度から変態と呼びますね」
「この場では褒め言葉ですが、外で言ったら切り捨てます」
「変態」
「フンッ!」
「アブな?!」
瞬時に放たれた弓の衝撃によって吹き飛ばされた。全く、これだから上位狩人は。
「何か変な事でもまた考えましたか?」
「いえ、何もございません」
「左様ですか」
ジト目で見られたが心を覗くスキルは所有してないようで、無事に生還できそうだった。
「それにしても相手が厄介なスキルを所有してなくて良かったですね」
「えぇ、竜でスキルを持っていない個体に会えたなんて幸運ですね」
第一級と分類される条件として、厄介なスキルを所有している条件がある。この世界で有名な魔物で言うと、見る存在は精神を囚われる大鴉、永遠に燃え続ける火を纏う大獅子など、スキルの相性や対策をしなければ人類が対抗出来ない存在もいる。
この存在はかつての人類が多くの犠牲者を払い討伐した魔物の名前になっている。現在でも現れたら国が一つ滅ぶ存在が現れる。
ただ、竜の場合は素の状態で第一級に選ばれる特別な種族で、稀にこういう個体も現れる。
先程の大鴉のように、気づきにくいスキルの場合もあるので、彼女が気付かずに倒した可能性もあるが……うん?
「送還されませんね?」
「……?!危ない!」
視界の端に収まった彼女の姿は瞬時に光の鎧を纏っていたが、自傷した時とは違い右腕が肩から消滅していた。
「逃げて下さい!!」
そう叫ぶ彼女を傍に変貌した化け物が少し先に立っていた。彼女も最悪のケースを目の前に焦っているのだろう。どこにも逃げれない事を忘れてそう叫ぶ程に。
触手に加えて口も大きく裂け、歯のない隙間からブレスの時に見た業火が漏れ出ていた。液体性の炎は地面を深く滅却するほどの熱を有していた。
「ちょっとキツイかも」
「それなら十分です」
戦闘態勢を構えた彼女は失った片腕に手を当てて生やしながら冷静に相手を見ていた。
「流石に『再生』系は聞いてないです」
「私達ならいけますよ」
「ソウカモネ」
「死ぬ時は一緒ですね?」
「この恨み覚えとけ〜?」
「……はい。忘れません」
この死神のせいで第一級でも中位に入る存在と戦闘が決まってしまった。第四級なのに。第三級でもキツイのに。まじ許さん。
最悪な事に敵は彼女一人では絶対に討伐不可能。そもそも同じ階級なのにさっき討伐できた状態がおかしいだけで、これが普通とかこの世界厳しすぎる。でも、そんな機会普通なら無いはずなんだけどなぁ。
この状態で私がサポートに参加しなければ、一瞬で終わる。しかし、そもそもレベルが足りてない。30になったばかりで地力が追いつかない。
……どこまで干渉するか。
攻撃はやってみないと分からないが、相手のスキルから問題は無い。しかし、そのスキルを突破して討伐するのが大変すぎる。
再生系スキルを考慮すると、一発勝負しか勝ち目がない。ただ、彼女のスキルが今も一度通じるかは運次第。再生待ちは耐性を得るのが早いから。
「最大攻撃するのには何が必要?」
「参戦するんですね」
「一人でできますか?」
「…………」
少し言い過ぎたかな……。
「それで、何が必要です?」
「………時間を1分ほど。相手の物理攻撃はチャージしながらでも回避しますが、特殊な攻撃はスキルを使わないと難しいのでお願いします」
「了解」
こちら側の問題は何も解決してないが、どうせ死ぬにしても何か残す必要があるだろう。物理攻撃を受けないことを祈るだけ。
「出たとこ勝負。準備はいいですか?」
「いつでも」
「チャージよろしく」
ここから二度目の死を回避する為の抵抗が始まる。