六 これからもよろしく
「案外時間経ってないんだな」
慣れたのか手加減されたのか、行きよりは若干余裕を感じながら元の場所に戻ってきて。思ったよりも早い時刻にそういうと、ああ、と頷かれる。
「人除けをしている間は体感時間が普通と違うからな」
よくわかんねぇけど。そういうもの、なんだな。
とはいっても。今日は帰り道だったからいいけど、講義やバイト前なんかにあんな風に急に連れていかれても困る。
そう椿に言うと、それは心得てると答えてくれた。
「ソフトクリームもありがとう」
味でも思い出してるのか、本当に嬉しそうな椿。
こういう時だけ子どもらしい顔するんだよな。
「それはいいけど。椿が怒られたりしないよな?」
椿の何かしら……あの場合は要するに唾液ってことだろうけど。その影響は神社に持ち帰れば神様が無効化してくれるらしい。
ゴミすら普通に捨てられないなんて思ってなかったから、気軽に買っちまったけど。そんな手間かけさせて、とか言われたりしない…よな?
「心配ない。私が食べたものは主様も味を知ることができる。今頃喜んでおられるだろう」
あっさり返してくる椿の言葉にほっとしたのはしたんだけど。
喜んでるって、ソフトクリーム食いたがってたの、もしかして神様の方なのか??
暫く俺にしがみついてゴネてたたんぽぽが、名残惜しそうに椿の方へと移動した。
「では響。これからもよろしく」
差し出された椿の手。
「こちらこそ」
そう返して握手する。
まっすぐに俺を見上げる椿の黒い瞳は、やっぱり小学生には見えなくて。
椿が消えたあと、ひとりその手を握りしめた。
色々説明はしてくれたけど、やっぱり全部納得とまではいかない。
俺が手伝うのは神様の力を集めること。
俺と椿の縁は『仮契約みたいなもの』だっていうのなら。
神様の力を集め終わったあと、その縁とやらはどうなるんだろうな。
次の日、気になったから椿の言ってた神社を探しにきてみた。
要冷のケーキは供えられないから、ケーキ屋で常温保存の焼菓子買ってきたんだけど。こういうものだったら俺が供えるまでもないんだろうな。
椿と初めて会った場所から住宅街を奥へと入っていったところ。
小さな鳥居があって、細い参道が続いてる。
ここが椿の主様の神社、か。
合ってるんだかわからないけど、聞きかじりの礼儀を思い出しながら進む。
確かに小さい社だと椿が言ってたけど、中は突き当りに建物がひとつだけ。
まず手を清めて、っていうか、お供えってどこに置けばいいんだ?
「こんにちは」
掃除をしてた、いかにも神社の人って格好の若い男の人が声をかけてくれた。ついでにコレどうすればいいか聞けば……って、あれ?
固まる俺と同様に、そいつも俺をじっと見てる。
「……花田?」
「皆月だよな?」
水色の袴の見るからに関係者のそいつは。
中学までの同級生の、皆月勤だった。
「でもほんとにびっくりしたよ」
「それこっちのセリフな?」
竹箒を手に笑う皆月。中学卒業以来だから五年ちょっと振りくらいか。いつも穏やかな、人当たりのいいやつだった。
「ここ、ずっとじいちゃんが宮司をしてたんだ」
俺が不思議そうにその格好を見てることに気付いたのか、皆月が話し始めた。
「小さい頃から跡を継ぐつもりだったから、高校を出て養成所に入ったんだけど。もうすぐ卒業って時に、じいちゃん死んじゃってさ……」
間に合わなかった、と寂しそうに笑う。
「代わりに来てくれてた人に教わりながら、このあいだやっと引き継ぎが終わって。今は僕がここの宮司なんだ」
言い切る皆月の顔はなんだか誇らしげにも見えて、ちょっと眩しかった。
皆月にお供えを渡して、神様に挨拶をする。
手伝うことになりました、なんて。変な報告だけど。
境内にあったしめ縄を巻かれた御神木は、椿の木だって皆月に聞いた。見上げる程の大木じゃないけど、きっと椿の木にしては大きい方なんだろう。
好物だって言ってた椿。ほんとはこの御神木から名前を取ったんだろうか。
夜になって、ぼんやりと今日のことを考えてた。
宮司の交代が上手くいかずに神様の力が散らばってしまったと椿は言ってた。
きっと、宮司だった皆月のじいちゃんが急に亡くなったから、だったんだな。
落ち着いてきたって言ってたし。皆月は立派に宮司を務めてるんだろう。
それこそ俺が知る頃から、皆月は目標に向けて頑張ってたんだな。
――同い年なのに。
椿と初めて会った日と同じモヤモヤ。
大学三回生の夏を目前にして。
皆、先のことをちゃんと考えて動き始めてる。
なのに俺には、まだ何もない。
勤の袴の色は、響は水色だと思っていますが、正しくは浅葱色です。




