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十一 この先ずっと


「椿っ!」


 皆月の神社に駆け込んで、名前を叫ぶ。

 どうせ俺が来るのに気付いて人除けしてるってわかってんだよ。


「椿!!」


 頼むから、出てきてくれ。

 言いたいことが、たくさんあるんだよ。

 御神木の椿の木の前。

 ふっと黒い影が見えた。

 黒い着物、長い黒髪。どこか困ったように俺を見る瞳も黒で。


「椿!」

「騒々しいやつだな」


 いた。

 椿が、いてくれた。

 鼓動が激しい。胸が苦しい。

 嬉しいのと泣きそうなのと腹立たしいのも相変わらずで。

 立ち止まりそうになるのをなんとか(こら)えて、椿の前まで。

 言いたいこと、たくさんあるけど。

 卑怯な手だってわかってるけど。

 お互い様だからな!!


「神の前だとわかって――」


 話す椿の手を掴んで引っ張って。

 キスしてやった。




 触れる唇から椿の熱とは別の何かが流れ込んでくる。


〈……お前はっ……〉


 怒った声でも、呆れた声でもなくて。

 零れ落ちるような呟きが頭の中で響いた。




 唇を離して、掴む手も緩める。


「これで本契約、だよな」


 初めて会った時、椿がたんぽぽに騙し討ちのようなことをするなって言ってた。

 あの時たんぽぽに触れてたら、俺にその意思がなくてもたんぽぽとの縁が結ばれてたってことだよな。

 食べたあとのゴミまで持ち帰る徹底振り。

 間接キスで椿の何かしらを取り込んだことになって、椿にそのつもりがなくても本契約になるってんなら。

 つまり、椿にキスすればいいってことだろ?


「……自分がしたことをわかっておるのか?」


 もう手は緩めてるのに、椿は引き抜こうとはしないまま。

 じっと俺を睨むみたいに見つめてそう言ってくる。


「何も聞かなかったのはお互い様だろ。椿だって、あの時俺に何も言わせなかったじゃねぇか」


 まっすぐ椿を見返して。

 あの日言えなかった言葉をようやく口にする。


「俺はもう覚悟を決めてたんだよ。これからも、椿の傍にいたいんだ」


 言ってるうちに感情が高ぶってきたのか、椿を忘れてた間の喪失感を思い出して泣きそうになるけど。

 好きな人の前で泣くのはカッコ悪すぎるから、どうにか(こら)える。


「『変わらず』って言うなら、ずっと俺の隣にいてくれたらいい」


 表情を変えないまま、椿は黙って俺を見てる。


「好きなんだ。応えなくていいから、傍に――」


 するりと椿の指が俺の指に絡んだ瞬間引っ張られて。

 気付くと椿の顔が目の前にあった。

 唇に触れる柔らかな感触……って椿??

 さっきの俺のキスとは比べ物にならないディープなそれ。


〈私の覚悟を超えてきたか〉


 どうしていいかわからない俺の頭の中、そんな椿の声が聞こえた。




 唐突に頭の中に映像が浮かぶ。


「椿」


 声の方を向くと、何かがいる。


「珍しく入れ込んでるね。唄に艶がある」


 顔はもちろん姿も見えない。

 でも、ここの神様だってなぜかわかる。


「そうですね」


 答えた声は椿のもので。


「私に一口食べさせるためだけに、苦手な甘いものを自分も食べる。そんなところに惚れたのですよ」




 景色が変わった。


「いいのか?」

「はい。もう決めましたから」


 聞こえる声は、椿とさっきの神様の声。


「彼の記憶を消すならば、それはもう戻ってこないかもしれないぞ」

「いいのです」


 椿がそう即答する。動かした右手に触れるのは、髪に挿してた椿の花、か……?


「返してもらえなくても構いません。たとえこのまま忘れられたとしても、それでも私の絆は響のものですから」




 椿が俺から離れた。

 絡んだ指は、まだそのままで。


「あれでは足りなくてな」


 さっきまでの無表情はどこへやら、カラカラと笑う椿。

 笑い事じゃない! 俺の純情を返せ!

 神の使いが破廉恥でどうすんだよ!

 もういろんな意味で惚けてしまってて。何も返せない。


「響」


 ぎゅっと、手を握られる。


「私も覚悟を決めることにする」


 俺を見つめる椿の瞳には、今までなかった熱があって。


「響。この先ずっと、私とともにいてくれるか?」


 向けられたその顔は、なんだか俺に甘えるみたいにはにかんでて。

 いつもの綺麗でも甘いものを食べてる時のかわいいでもない、初めて見せる顔。

 ……反則だろ。かわいすぎる。


「もちろん」


 ぎゅっと手を握り返すと、椿は嬉しそうに微笑んで。


〈ありがとう〉


 頭の中でまた、椿の声がした。




「まぁ要するに、互いの心中を見せ合える状態だということだ」


 あのあと本契約がどういう状態なのかを尋ねると、椿からそう返ってきた。

 なら、さっきの映像は椿が見せた椿の記憶だったんだな。


「私は神使だからな、自分で見せる見せないを決めることができるが」


 俺を見る椿がにぃっと笑う。


「響にはまだまだ鍛錬が必要だな」


 そうかと頷いてから気付く。

 ……それって、つまり……。


「破廉恥で悪かったな」


 やっぱり!!

 俺が思ってたこと、全部聞かれてんじゃねぇか!

 ってことは、あん時泣きそうになってんのもバレてるってことかよ?

 あぁもう恥ずかしすぎる。

 椿を見てられなくて視線を逸らすと、そう怒るな、と繋いだ手を引かれた。


「本契約といっても、まだこれでは不完全でな。時々結び直さねばならぬ」

「でも、命運をともにって……」

「繋がっている状態であることに相違はない。程度の問題だ」


 よくわかんねぇけど。完全になくなりはしないけど、影響は小さくなるってことか。


「主様なら断ち切ることもできるが、繋がっていた部分は魂を削り取ることになる」

「……ってことは?」

「繋がりの深さに応じて削る量も増える。響なら廃人だな」


 物騒なこと笑って言うんじゃねぇよ!


「じゃあ逆に、完全にする方法もあるのか?」

「契ればいい」


 つっっ、椿???

 なんとなく聞いた質問に爆弾が返ってきた。


「まぁ、それはもっと響が成長してからだな」


 多分真っ赤になってる俺。

 からかうように笑いながら、椿が手を強く握る。


「焦らずに。そうだろう?」


 俺を見つめる椿。

 嬉しそうなその顔に、俺の頬も緩むのがわかる。


「ああ。そうだな」


 ぎゅっとその手を握り返して、俺も答えた。

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 たんぽぽ主役の番外編と、その時の響と椿の様子です。
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