一 手伝え
音が鳴り始める。
並び歌うその音に、混ざりながらも確かにある彼女の声。
力強く空へと昇る音。
それが全ての始まりだった――。
別に、何を感じたわけじゃない。
その日はなんだかまっすぐ帰る気分じゃなくて。大学からの帰り際、ちょっと道を変えてみただけだった。
いつもの道を一本逸れてから、柄にもなく夕焼け空が綺麗だよなとか思いながら、気の向くままに歩いてく。
どっかの家からなのか、さっきからずっと何か聴こえてて――。
「ぅわっ」
曲がり角を曲がった途端の黒い物体に、自分でもびっくりするくらいの声が出た。
あぁもう心臓に悪い。
何の音だろと気を取られてたから全然気付かなかった。
自分のあげた声にじわじわ恥ずかしくなりながら、その黒いのをじっと見る。
そこにいたのは小さな女の子。
肩より上で揃えられたまっすぐな髪も、こっちをじっと見てる目も、夕陽の中でもわかるくらい真っ黒で。
何よりおかしいのが、その服装。真っ黒の着物。今時着物の子どもなんて七五三か座敷童子くらいだろ?? しかもそんな真っ黒な。
っていうか、まさか幽霊とかそういう類……とか……?
唾を呑んだ音が自分にも聞こえるくらい大きく響く。
足元は……足も影もある、な……。
いや、そもそも幽霊に足がないやら影ができないやら、ホントかどうかもわかんねぇよな。映画とか漫画とかだとフツーに足あるし。だいたい――。
「名は?」
は?
辺りを見回す。ここにいるのは、俺と、目の前の女の子だけ。
「名は、と聞いている」
目が合うなり、間違いなく女の子がそう言った。
今、すっごい偉そうに名前聞かれたよな……。
服といい、なんかのキャラでも真似してんのか?
そんな事を考えながら答えず女の子を見てると、俺を見たままのその子がハッとしたように目を丸くした。
「私は椿。名は?」
いや、別に先に名乗れとかじゃなくて。ていうか、そこは妾じゃねぇのかよ。
付き合う義理はもちろんない。
ないんだけど。
夕陽の中、じっと俺を見てる黒い目。
それを見てると、なんだか……。
「……花田……響……」
無意識に口から出た自分の名に、俺自身が驚いた。
しかもフルネーム。
少女漫画の主人公かって感じの自分の名前、正直俺は好きじゃないから。いつも名前を聞かれても、だいたい名字しか名乗らないのに。
なんで俺、バカ正直にフルネーム答えてんだ?
内心動揺してると、俺を見上げてたその子が、ああ、と呟いた。
「成程。道理で」
右から左に抜けていったその言葉。
捕まえ直してから愕然とする。
花田響。
いかつくも男らしくもないけど、一般的な男子大学生な容姿の俺の名前。
道理でって、どういう意味だよ?
怒ればいいのか嘆けばいいのか、はたまたキレればいいのか。
わからず立ち尽くす俺に、その女の子はそうかとひとり頷いた。
「色々合点がいった」
「俺は全然わかんねぇんだけど」
子ども相手に大人気ないけど、つい声がキツくなる。
当の本人は全く気にした様子もなく。
俺を見上げて笑うその子はどう見ても子どもだったけど、その表情に子どものあどけなさはなかった。
「花と音の名を持つ故。惹かれてきたのだろう」
にぃ、と女の子が口の端を上げる。
五歳くらいにしか見えないのに、背筋がぞわりとするような。そんな笑み。
――怖いんじゃない。
いうなら、ただ、綺麗だった。
「響」
当然のような名前の呼び捨ても、むしろしっくりくる。
妙な大物感を醸し出しながら、女の子はまっすぐ俺を見上げてた。
「どうやらお前と私は相性がいいようでな」
相性ってなんの?
「これも縁。ちょっと手伝え」
何を、と聞き返す間もなく。
突然女の子が口を開けた。
りんっ、と鈴が鳴る。
そう聴こえた。
たった一音で、聞こうとしていたことが全部吹っ飛んだ。
女の子が歌ってる。
人の声には思えないくらい、澄んだ高い音。
なんて言ってるのかはわからない。けど聴いてるとなんだかぎゅうっとしてくるような。
そのくせなんだかほっとして、ずっと聴いていたいような。
そんな音が俺を包むみたいに辺りに広がってく。
この小さい身体のどこからって思うくらい大きいけどうるさくなくて、少しも途切れずに。
ビリビリと、俺まで振動させながら。
夕焼け空に昇る音。
女の子の歌は空一面に響き渡るようだった。
なんだろ、あれ?
傾いてきた夕陽の加減か、女の子の周りに光が……って。
気付けば明らかに夕陽のせいじゃない丸い光が女の子の周りに漂ってる。
足元には光が綺麗に弧に並んでるけど。人形に見えるのは気のせいか?
幻想的を通り越して、明らかに異常。
もう十分わけがわからねぇってのに。
女の子の足元の人形たちが、歌に共鳴するように鳴き出した。
いつの間にやら大合唱。
耳に入る音は、正直かなり気持ちいいけど。
……これは一体どんな状況だってんだよ??




