血の臭い
「カナタ、本当にありがとう。お陰でミラもキルトも無事だ」
「ごめんね」
「な、何がだ?」
「本当は自分で助けに行きたかっただろ?ドンガを連れて行くだけにしようかと思ったんだけど、動けそうになかったから。前にクロノも男に拐われた事があってね。あと少し遅れてたら取り返しの付かない所だったんだよ。だからドンガの気持ちよりミラさんの安全を優先した。俺が逆の立場だったら悔しいからね。だからごめん」
「お、お前ってやつは・・・」
「残党がもしかしたら何人かいるかもしれないけど大半は殺したから仕返しとかないと思う。相手が少人数だったらドンガの方が強いだろ?それにキルトも強くなると思うよ。あんな子供なのにミラさんを守ってたんだから。今回間に合ったのはキルトのお陰だよ」
「ああ、そうだな。カナタ、お前に礼をさせてくれねぇか?」
「じゃあさ、季節毎に来るから旬の魚食べさせてくんない?」
「そんなんでいいのかよ?よっしゃ、任せとけっ」
「あとイカも。クロノがイカ好きなんだよね」
「そんなもんいくらでも食わしてやんぜっ」
「じゃ、今度、家に招待してね」
「お兄ちゃんまた遊びに来てくれんのか?」
「おお。次来るときにお土産持って来てやるよ」
「本当?」
「あぁ、あちこち行ってるからな。楽しみにしとけ。その代わり鍛えとけよ。それで父ちゃんみたいに強くなったら俺とパーティー組むか?」
「おいおい、跡取り息子を誘惑せんでくれよっ」
「それもそっか」
叶多はドンガとわはははっと笑いあった。一段落した時に他の奥さん達が昆布とワカメを山ほど用意してくれていた。
「こんなにあるの? 金貨1枚分だよ?」
「はい街に卸してるのと同じ量です」
とその時、
「おい、あんちゃん、今回の代金は俺達に払わせてくれねぇか?」
漁師一同がそう言ってきた。
「これがお土産だったらありがとうって言うんだけどね、仕入れだからちゃんと払うよ」
「いや、頼む。受け取ってくれ。借りっぱなしだと次に来てくれた時に頭が上げられん」
なるほど、それはそうかもしれんな。
「了解。じゃあ有り難く頂くよ」
「おぉ、そうしてくれ。後、今日は後夜祭も兼ねて宴会するんだが来てくんねぇか?」
「夜にギルドに呼ばれてるから遅くなるかもしれないけどいいかな?」
「ああ、一晩中騒いでるからな。大丈夫だぞ」
「了解。じゃまた夜にねー!」
「おうっ」
昆布とワカメをベリーカに置きに帰る。
「クロノ、腕を見せてくれ」
と腕を見るとまだ後が残っていた。下級ポーションを掛けて治す。
「こんなの放っておけば治るのに」
「ごめんな。血だらけのキルトを見て注意を怠っちゃった」
「こんなの大丈夫よ」
「うん、これぐらいで済んで良かったけど、次からは気を付けるから」
「うん♪」
「ちょっと風呂はいって身体を洗ってくるわ」
「どうして?」
「血生臭い気がするんだよ」
「しないよ?」
「あ、うん。まぁ、着替えるついでだよ。出てきたらなんか作るから食べるのちょっと待ってて」
「わかった」
そして、いつまでたっても叶多は風呂から出て来なかったのである。
「カナタ、カナタ、寝てるの?」
ざーざーとシャワーの音がしているけど返事が無い。
「カナター、大丈夫?」
ザーザー
シャワーの音しか帰ってこない風呂場。
「開けるからねーっ!私に見られても知らないよーっ」
そう叫んでも返事がないのでクロノはそーっと扉を開けた。
そこにはシャワーを浴びながら、くそっ、くそっと懸命に身体を洗う叶多の姿が。
「きゃぁ、起きてるなら返事ぐらいしなさいよっ」
叶多の真っ裸を見てしまったクロノはそういう。後ろ姿だったけど真っ赤になってしまった。
てっきり入ってくんな馬鹿と言われると思ったけど何も反応がない。
「あ、あれ?カ、カナタっ?カナタってば」
カナタはくそっと言いながら身体を洗い続けている。様子が変だ。そう思ったクロノは思いきって叶多の身体を揺さぶった。
「大丈夫、カナタっ」
「うわっ!何入ってきてんだよ馬鹿っ!」
「だって呼んでも返事しないから・・・きゃぁぁぁっ」
「ばっ、馬鹿見んなっ」
クロノはバッチリと叶多のを見てしまったのである。
それからしばらくして風呂から出てきた叶多は赤い顔をしてクロノを睨み付ける。
「仕返しに覗きに来たのかよ?」
「ちっ、違うわよっ。ずっとお風呂から出て来ないし、呼んでも返事しないし、ドア開けて呼んでも返事しなかったから仕方がないじゃないっ」
「え?」
「もうだいぶ時間経ってるのっ」
「あ、本当だいつの間に・・・」
「カナタっ、腕とか擦り過ぎて真っ赤っかだよ。痛くないのっ?」
「血の臭いが取れないんだよね」
そう言った叶多の手が震えてる。
「あ、あれ?おかしいな・・・」
「だ、大丈夫、カナタ?」
とクロノが心配して叶多に近寄ろうとする。
「近寄るなっ」
ビクッ
クロノは叶多に怒鳴られて硬直する。
「ど、どうしたの・・・?」
「お前に血の臭いが移る」
「ち、血の臭いなんてしてないってば」
「いや、血生臭いんだよ。何回洗っても取れないんだ。この臭いをお前に付けたくない」
「だから血の臭いなんてしてないってばっ!」
そう言って叶多に抱き付いてフンフンするクロノ。
「お、おい嗅ぐなよっ」
「ほら、血の臭いなんてしてないっ。石鹸の匂いしかしてないよっ」
「本当か?おかしいな・・・?」
「カナタ・・・」
クロノはぎゅっと叶多に抱き付いた。
「大丈夫、カナタに血の臭いなんて付いてないから」
叶多の鼻にこびりついたチンピラどもの血の臭いがクロノの甘い香りに上書きされていく。
「クロノ・・・」
「何?」
「お前って甘い匂いしてんな」
「かっ、嗅がないでよっ」
「ありがとう」
「え?」
「血の臭いがしなくなったよ。まだちょっと手が震えてるけど」
「うん」
「もうちょっとこうしてていいか?」
「うん」
叶多はチンピラ達の討伐の際は気を張っていたが、無事にミラとキルトを救出できたことと、仕返しが無いだろうことにホッとして緊張が抜けた。その後に心にダメージを負ったのが出て来ていたのだ。平和な世界で生きてきた叶多にとっては当然の心への大きなダメージであった。
叶多の手の震えが止まったのは日が暮れた頃。
「カナタ、大丈夫?」
「ありがとう、クロノがそばに居てくれてよかった」
「うん」
「さ、手土産持ってギルドに行くか」
ハポネのギルマスと漁師達の宴会の差し入れとして火酒の樽を持っていく。
「お、来たか。部屋で話すぞ」
と、ここでもギルマスの部屋に通される。
「まずはアジトの発見及び討伐の報酬だ」
どんと金貨が置かれる。その額は金貨30枚。
「これ、ギルマスの取り分は?」
「俺は首を運んだだけだから不要だ。あと、衛兵というか国からの懸賞金だ。金貨120枚」
「なんでこんなにあるの?」
「ほとんどの奴が賞金が掛かってたやつでな、この金額になった」
「ハンターって儲かるんだね」
「バカ野郎。こんなこと滅多にあるかっ。これ現金で持っていくか?それともハンター証に入れとくか?」
「あ、入金でお願いします」
「わかった。で、お前は何者だ?」
「普通の人?というか異世界人って奴だね」
「は?」
「こいつは俺の奥さん、クロノ。こいつに召喚されたんだよ」
「は?」
「今は普通の女の子なんだけど、女神なんだよ」
「待て待て待て待て待てっ。意味がわからんぞっ」
「いや、これ以上説明することないんだよ。転移スキルってのをクロノに付けられて魔王討伐の手伝いの為に呼ばれたんだけど、勇者達がいなくなっちゃってね。代わりに俺が倒すことになってるんだ。というか、多分俺しか倒せない。今日のチンピラ討伐はその練習を兼ねてだよ」
受付のお姉さんが入金して持ってきてくれた。そのハンター証を機械に当てて内容を確認するギルマス。
「お前、あれでFランクなのか?ん?エスタートで登録か」
「エスタートのギルマスのトーマスと受付の子にお世話になったんだよ。近々ここのお酒をお土産に持ってくつもりだけど」
「そうか、あそこは今トーマスがギルマスだったな」
「知り合い?」
「直接は知らんがあいつは有名人だからな。ある程度強い奴はみんな知ってるぞ。元Aランクだからな」
そんなに強かったんだ。そういや勇者パーティーにも入ってたんだっけか。
「しかし、女神様と召喚者か・・・。この事は誰が知ってる?」
「トーマスと受付の子、ドワーフの職人かな。クロノが女神だとはあちこちで言ってるけど信用してないと思う。俺が馬鹿旦那で自分の奥さんを女神と言ってるとおもってるんじゃないかな?」
「お、おう・・・。奥さんが女神様なんて誰も信用せんだろうな」
「転移魔法の事は?」
「魔法じゃなくてスキルね。スキルだと知ってるのはトーマス達だけ。他の人は転移魔法みたいな物ただというのは結構知ってる。商売で必要だから」
「ほう、商人登録もしてるのか」
「というかそっちがメイン。ギルマスには商売で扱ってるドワーフの火酒を持ってきたよ。ギルマスがチンピラどもの首を・・・」
ぐふっ
「ど、どうした?」
叶多は顔が真っ青になり吐きそうになる。そしてまた血生臭い臭いが自分からしてきたような気がした。
「ご、ごめん・・・、ちょっと血の臭いが・・・」
「大丈夫か?顔が真っ青だぞ」
「カナタから血の臭いなんてしてないっ。大丈夫っ」
「クロノ、ちょっとごめん」
と叶多はクロノをぐっと引き寄せる。クロノもそれに応じて叶多にぎゅっと抱き付いた。そしてしばらくすると叶多は落ち着いた。
「お前ら・・・、えらくバカップルだな」
「そうだろ?」
と叶多は軽く返す。
「って、お前もしかして人を殺したの初めてか?」
「前夜祭の時が初めてかな。まぁ、あれは死んだんだろうと思っただけで、死んだ所はみてない。目の前で殺したのはあれが初めてだね」
「そうか・・・。お前異世界でどんな生活をしてたんだ?」
叶多は元の世界の事を話すことにしたのであった。