十二
奈緒を追いかけたはずの大介だったが、今更どうして自分の愛情を確かめる方法があるのかと、考えが中途で止まり勢いのあった足どりも重く、酔いも後押しにはならずにいた。
もしも奈緒が手術をし、法的な女になったとしても、自分のなかで彼女に対し新しい感じ方が生まれてくるかは疑わしいところだ。
法律が彼女を女と認めたのだから、何も遠慮することはない。堂々と女性であればいいのだ。間借りしているようなものではなく、女性そのものとして存在するだけだ。それはもうだれに断る必要もなく、唯の女性なのだから。
先ほどから大介の後を悠人が着いてきていたのは、アパートへ戻ったはずの大介が異様な挙動で部屋から飛び出してきたのを、まだ公園のベンチで留まっていた悠人が奈緒の危機を恐れたからだった。
急いで駆けだしていったかと思ったら、今はとぼとぼ歩いているし、時々引き返そうとする素振りもあるので、悠人は判断に困り果てていた。先ほどの彼の態度も似たようなものだったし、大介という男はこんな風に決断の曖昧な性格なので、奈緒を苦しませる原因の一旦はそこにもある。この男には奈緒を想う心はあるのかを、本人に確認しておく必要がある。それを彼は嫌がるだろうが構わない。
また立ち止まった大介に一気に駆け寄り大介の肩を掴んだ。本当に突然だったらしく、おもしろいくらいに驚き、大介が低く声を漏らした。
近くのビル街に大介を連れて行き、路地裏で奈緒について悠人なりの考えを話して聞かせた。しぶしぶ大介も自分の胸の内を開かざるを得なかった。
「奈緒ちゃんは普通の女の子にするように、自分にも接して貰いたいだけなのよ」
「それが俺には一番難しい。どうやっても彼女のことを普通の女としては思えない心理がある」
「わたしだって本当のところでは学校の女子と同様には奈緒ちゃんのことを思えていないかもしれない。どこかで彼女のことを特別な人としてみる目があるのは否定できない」
「それは他人としてなら大丈夫だろう。特別おかしなことではない。でもおれのは異性としてだから、それとは違う」
大介なりに彼女のことを好きになろうと努力しているのは彼の苦しそうに語るしぐさで分ってきた。彼は奈緒が好きなのだ。だから規範の中で愛することができない境遇にジレンマを感じもがいている。彼自身愛情の表現の仕方が分らない訳ではなかったようだ。
「奈緒ちゃんの存在が好きなのか、女性が好きなのか割り切れないんでしょう? そういう気持ちってわたしも分るよ」
わたし、と大介は違和感に悠人の言葉を頭の中で追いかけた。
「そうか、お前もか」
わたしのは奈緒ちゃんとは違って女性に対する憧れの範疇を出ないところで燻ってるだけだから、
「奈緒ちゃんは元々女性として産まれてきたのに、病気のせいで本来の性別が発揮されなかった子供時代を過ごしてきた、不運な女の子なんだよ。もっと優しくしてあげてよ」
懇願する悠人の眼差しが奈緒のそれと似ていると大介は一人だった頃の寂しさが思い出されてくる。悠人は奈緒と違う顔立ちをしていたけど、男の表情ではなく、彼の想う女性像に触れるしぐさが二人を似通わせていた。
奈緒のために何かしたいという気持ちが逸るほどに大介の中で黒い感情が出所を探し、彼の心の中を掻き回し、苦しめ続けていた。そこから逃げ出したくて彼が奈緒や他人に八つ当たりしたところで、奈緒を心の底から切り離すという結論には至らないことは、彼が悠人の頼みに小さく頷いてみせたことで充分説明がついた。




