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十一

 目の前にいる、女のような姿をした悠人の扱いに大介が戸惑っていると、彼との対話を穏便に済ませたい意図が汲み取れるほど悠人のへりくだった態度には、さすがに大介も自分の行いが勇み足だったことに恥ずかしさを認めざるを得なかった。

 携帯電話越しでの荒々しさは今はなく、大介はさらけ出してしまった醜態をなんとか取り繕うことばかりが脳裏をよぎり、悠人への怒りよりも身の保身が先立ち、奈緒が隣で悠人との関係を誤解の無いように丁寧に出会いから話して聴かせている声も上の空で、なんとか悠人に対し、自分の賢さを見せつけ醜態への回復を計ろうと考えていた。

 悠人は予め奈緒から聞いていた大介の人物像から好戦的な男だという印象が間違っていなかったことに加え、電話越しでの態度から、奈緒の手に余る男であることを理解した。

 だからどうにか大介を奈緒から引き離そうと考えていたが、今の、唇を小刻みに震わせ何か思案している様子の臆病そうな表情を隠しもせずにいる男を見ると、大介への印象をどう捉えていいのか、また悠人も対応に困っていた。

 その間奈緒は一人おどおどしているだけで、彼女には自分が今ここでどうしたいのかという意志はなかった。二人が喧嘩などしないよう祈るだけで、具体的な行動もとれず呆然とするだけの時間が過ぎていった。

 公園内には人影も見えず、植樹されて日の浅いマンサクの木から覗ける僅かな星空が、広場の照明に負けず輝きを見せ続けていた。

 夜風が時間帯を知らせるように三人を肌寒くさせ、堪らずくしゃみをひとつした奈緒の無防備な表情で場が緩んだのを頃合いとみた悠人が、

「わたしも、奈緒ちゃんと同じ悩みを抱えている者同士何とか協力できないかって、よく相談をしていたんです。奈緒ちゃんがわたしの悩みを聞いてくれる役目がほとんどでしたけど」

 はっとした奈緒には目をやらず、そのまま話を続ける悠人の優しい嘘でどれほど大介を大人しくさせることができるか分らなかったが、どうやら必死に弁解するくらいには自分と奈緒の仲を聞かされてはいたのだということがまた小さな嫉妬を生み、それでまた大介は自己嫌悪に落ちていくのだった。

 どんなに弁解をされても、大介にはもう言い返すこともなく、強調して奈緒との関係を悠人に訴えたところで何になるわけでもなく、どうやってこの場をできるだけ早く去れるのか考えあぐねていた。

 悠人も弁解の言葉が尽きたらしく、何も反応をしない大介に困り、奈緒を見てもまだ黙り込んだままで、この二人と比べ自分ひとりが必死に喋っていることに違和感を覚え、まるで二人に騙されているみたいに大介も奈緒も一言も無いことが場違いな所に来てしまったのかもしれないと思わせた。

「あの、とりあえず誤解が解けたのでしたらわたしはこれで、もう遅いですし、奈緒ちゃんも大丈夫だよね」

 そういって振り返り奈緒がはっとして頷いたのを確かめた後、そそくさとその場を立ち去ってしまった。残された大介と奈緒は何も言わないまま、大介の部屋へと戻っていった。

 

 大介と気まずいまま別れるわけにもいかず、彼の部屋まで着いてきたものの、無言でじっと一点を見つめ俯いている大介に掛ける言葉は奈緒には思いつかなかった。食器を片付け終わると本格的にやることもなくなり、いよいよ居たたまれなくなってきた彼女は、

「大介君……、わたし、もう今日は帰るね。また明日来るから……」

 振り返りもせず、まだ無言で壁の一点に視線を置いている大介に、今日は会話も難しいと感じてそのまま奈緒は部屋を出て行った。

 残された自室で、大介は考えていた。自分が想像していたような状況にならない現実との隙間がどうして埋まらないのか、独りよがりになる傾向は認めているが、現実をまるっきり置き去りにしているわけではない。

 それなのに、自分が奈緒のためにとしたことが裏目に出、彼女に友達がいるという当たり前のことにすら気がつかなかった間の抜けた思考を省みることさえなかったこと、自分という存在がいかに穴だらけであるかということを思い知らされる結果ばかりが目の前にあること。

 考えれば考えるほど、自信家の大介には辛い現実が彼を未熟者だと言い放っているようだった。奈緒への労りの気持ちは今も感じていた。お金を集めること以外の表現を持たないことも彼には理解できていた。

 しかし、奈緒にはまとまった金が早急に必要であることは彼女の最近の行動を見ていれば彼にも、奈緒が今すぐにでも女の体になりたがっていることは見当が付いていた。

 たかが三百万ぽっちじゃないか――。それすらも稼ぎきれない自分が情けなく、時間だけは十分ある学生の今がまとまった金を集めやすいと当初考えていた自分の浅はかさが身に染みていた。アルバイトでは一年の内になんて夢物語か、いや学生で会社を設立する連中だっている。問題なのは自分がそれではないことだ。経営なんてガラではない。実際自分が働くとなれば、人に指示を与える立場ではなく、扱われる立場になる可能性しかみえてこない。学業が即仕事に繋がるようなものでもなく、大介には金になるような話題もなかった。途端に自分が無能に思えてくる。何も持たないことで逆に同情を誘い、施しでも受けた方がよほど効率的かもしれない。金を募るやり方に抵抗さえなければ、と考え大介は世の中金なのだなとつくづく思い知らされるようだった。お金を下さい、と自分は言えるだろうか、奈緒のためと言い聞かせたとしても出来そうもないのは、奈緒に対し自分が奥底の方では本気ではないからなのかもしれない。他人に尽くすことが愛情の深さだとは単純には言えないはずだ。そんなこと出来なくても自分が確かに奈緒を愛している。

 実際自分は奈緒を愛しているかよく分らない。これは固執しているだけかもしれない。単に自分が奈緒の初めて交際した男になったことへの特権のようなものを誰彼に対し誇示したかっただけかもしれない。 こんな不完全な人間と付き合えるくらい度量のある自分を演出したかっただけなのかもしれない。今一度しっかりと奈緒の顔を確かめるように見てみたいと大介は逸った。追いかけるかどうか迷い立ち止まる自分に彼は酒を与えた。一度に三缶ビールを飲み干し、大介は脳内で金、金、と繰り返し唱え奈緒の跡を追っていった。


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