両手に花と最低な誓い②
泣き疲れたのか、由香は右腕にしがみついたまま眠ってしまった。
おそらく俺達が来るまで夜もあまり眠れていなかったのだろう。
出会ってから騒がしい印象しかなかったが、内心はとても繊細な女の子なのだと思う。
しかも笑顔で騒いで自分の辛さや本音を誤魔化すタイプだ。
そんな子が俺に弱みを見せてくれたのは、信頼されているか、よほど参っているかのどちらかだと思う……なんて、本当は分かっている。
ティナほどストレートではないが、由香から好意を向けられていることを。
自惚れるつもりはないが、会話する時、悪戯する時、こちらを見詰める瞳が違うのだ。そのような経験が少ない俺だからこそ分かる、ティナと同じ特別な感情を宿した瞳の輝き。
加えて二人の言動や、先程までの大胆な抱き付きだ。
悪戯混じりとはいえ、ここまでされて分からないほど鈍くはない。
由香もまた、繰り返されたやり直しを経験し、その上で想いを向けてくれているのだろうとは思う。
それを嬉しいと思うと同時に、何故俺は彼女達と過ごした大切な記憶を引き継いでいないのかという疑問が沸き上がる。
タイムパラドックスにしても、何度もやり直して多くの記憶を引き継げるような代物ではないはずなのだ。
知りたい。
けれど彼女達が情報を伏せているのには、必ず理由があるのだと思う。
しがみついている由香の寝顔はあどけなく、どこか安心しきったような表情を浮かべていた。
起きている時よりずっと素直な、ありのままの姿。
まったく、こうも無防備に頼られてしまっては彼女の期待に応えるしかないではないか。
穏やかな寝息に配慮するかのように、由香の頭を優しく撫でていたティナが囁くように呟いた。
「わたくしの時と、逆になってしまいましたね」
「逆?」
「初めてここへ訪れた時、家族や村の皆……何もかも全てを失ったわたくしは、ずっと塞ぎ込んでいました。悲しくて苦しくて、これから何をすればいいのか、どこへ行けばいいのかも分からず、抜け殻のようになっていたと思います。けれどお二人は、言葉も通じず、ただ泣くだけのわたくしにずっと寄り添い、優しく手を握っててくださいました」
由香を見詰める瞳は慈愛に満ちていて、その綺麗な眼差しに思わずドキリとさせられる。
「あの時のご恩を、少しは返せたでしょうか?」
「もちろん。だって、その手を見れば誰でも分かるよ」
俺の腕を掴んだままの左手と、ティナの手をしっかり握り返す右手。
欲張りな奴だな……って俺が言えたことではないが。
「でしたら嬉しいのですが、このように頼られてしまうと、なんだか照れてしまいますね。由香さん、普段は素直じゃないですから」
はにかむような微笑みで由香を見つめていたティナだが、やがて真面目な表情を浮かべ視線を合わせてきた。
「…………渉様の知りたいこと、分かっています。伝えたいことも、伝えたい気持ちもたくさんあります。けれど、今は申し上げられません」
「そうする理由があるんだろ?なら教えてくれるまで待ってるよ」
「ありがとうございます。いずれ必ず……」
申し訳なさそうにしてるティナの頭を撫でると、照れ混じりに困ったような微笑みを返してくれた。
知りたいが、今は未来を変えるのが先だ。
今夜はこのままゆっくり休んで、明日は討伐の準備をすることになるだろう。
とは言うものの、女の子って何でこんないい匂いがするんでしょうかね?
いつの間にか眠ってしまったティナと、右腕を枕にして眠り続ける由香。
俺は空気を読む男なので、こんな状況でえろいことをしたりはしない。
しないが……キツすぎる!
可愛い女の子二人と一緒に寝て、平静を保てというのは難易度高すぎだろ。
ましてや二人は制服姿であるのだ!
そこはかとない背徳感と、寝返りで乱れたスカートの裾。
なんたる試練だ……はたして眠れるのだろうか俺は?
枕にされて動けないので、とりあえず仰向けのまま魔法を発動させる。
名前はまだつけてないが、物体を浮遊移動させる魔法だ。
投げ出されていた掛け布団を魔法の絨毯のごとく宙に浮かせ、二人を起こさないようにゆっくり被せる。
ちなみに、他にもドライクリーニングとかアイロンとかの魔法もあるので、スーツや制服が皺になっても問題ない。
想像力と魔力さえあれば何でもできるので、もはや便利道具みたいな扱いになってしまっているが、戦闘以外への魔力の無駄遣いも時にはいいだろう。
特にこういう状況ではね。
というわけで、睡眠魔法スリープを発動した。
対象は寝る!
俺の意識は一瞬で眠りに落ちた。
3/19
現在時刻08:00
頭の中でアラームが鳴り響いている。
まるで耳元で爆音を鳴らしているかのごとく滅茶苦茶うるさい。
睡眠魔法スリープへ組み込んだ目覚まし機能のせいだ。
便利だが加減が難しいな。
これなら普通にスマホの機能使った方がいいぞ。
瞼を開き、いまだ右腕を枕にしている由香に顔を向けると、バッチリと目が合った。
「「…………ッ!?」」
想定していたよりも顔の距離が近く、思わずドキリとしてしまった。
驚きに目を見開いていた由香の顔がみるみるうちに赤く染まり、ばたばたと慌てたように立ち上がる。
「お、おはよ。えと、ええと、わわ、忘れて!昨夜のは何でもないから!」
そんなわけあるかよ。
いくらなんでも誤魔化すには無理がありすぎる。
「そう言われてもな……」
わざとらしく皺くちゃになった袖を振ってみると、明らかに狼狽したようにそっぽを向いた。
既に目を覚ましていたティナは、寝そべったままこちらのやり取りを眺めて何故だかニコニコとしている。
「ひ、ひとつだけ、何でもする。だから忘れて!」
「ん?今、何でもするって?」
ほほう、俺のような男に最も言ってはならない単語だが、言質をとったからには有効活用するとしよう。
ムフフ。
やれやれ、思わず笑みがこぼれ出すのを抑えきれないではないか。
そんな俺を前にして、しまったという表情を浮かべる由香に要求を告げると、その顔は驚愕と羞恥に染まったのだった。
現在時刻11:05
食事と身支度を済ませ明日の準備をすることにした。
討伐対象はウォーロックと呼ばれる石巨人だ。
体高は約四メートルで、見た目通りの大質量を備えた岩石質の身体を武器とする。
一般的な人間なら白兵戦は自殺行為で、当然剣や弓矢は通用しない。現代の歩兵武器でも50口径の対物狙撃ライフルで、弱点となる背面関節部を撃ち抜けば無力化できるが、本気で仕留めるには対戦車ロケットやミサイルが必要となるだろう。
もっとも、今の俺にはたいした敵ではないのだが。
こういう厄介な魔物に対処するために、魔法の知識、記憶を自分自身に託されたのだ。
言葉を変えれば、魔法の使用に関する経験を得たとも言える。
以前の俺でも《重力崩壊》だけで対処は可能だったが、由香がこの魔物に殺された理由は厄介な保有能力のせいだ。
それが擬態……建造物や、瓦礫といった物体のフリをすることができる能力らしい。
ティナにあらゆる魔物の特徴を確認したところ、いくつかの種族には程度の差はあるが擬態や、潜伏を行うといった特性があることが判明した。
まあ、獲物を仕留めるために最初から堂々と姿を晒す道理などない。
最高時速百二十キロで走る野生のチーターでさえ、獲物に先に発見された場合の狩りの成功率はかなり低い。
他の肉食獣にしたって同様なのだから、魔物がそのような行動をとっても驚くには値しないだろう。
今回はどこに潜んでいるか判明しているし、攻撃手段も豊富だ。
交戦するまでもなく消し飛ばすことすら可能だが、それはしないつもりだ。
何故ならこれは由香のための戦い。
彼女のトラウマを蹴散らし、新しい運命を切り開く。
そのためにはただの蹂躙では駄目だ。
真っ正面から挑み、由香の前で奴を粉砕する。
拳でな。
これは漢の戦い。
美少女を殺した不届き者に、我が正しき怒りを叩き込んでやる!
読んで下さっている皆様、ありがとうございます!
またしても期間が……。
他の作者様方はどうやったらあんなにペース早く書けるのでしょうか?
初心者の癖に風呂敷を広げ過ぎた弊害かもですが、気合いで完結まで書き上げたいと思います!




