はじめまして
道路上に展開していた六匹のゴブリンを、風刃の魔法で一網打尽にした。
これで目的地付近の魔物の掃討が完了だ。
風刃は隠密性に優れた魔法で、今回のように静かに行動する場面で非常に重宝する。
本来風や空気の気圧差等をもって致命傷を与えるほどの現象を発生させることは難しいが、そこはイメージが力の源となるこの世界の魔法である。
音も無く敵を切り裂く風の刃、とでもイメージして発動すればご覧の有り様だ。
ただしティナに言わせれば、それが多くの人々には難しいらしい。
明確な映像的イメージおよび、発生させる事象を概念として同時に頭の中に展開したまま、集中して魔力を操作しなければならないのだが、大抵はそのどこかで躓くとのことだ。
やはり俺の中二病時代に鍛え上げられた妄想力の賜物だろうか?
黒歴史があってよかったと、あらためて実感する。
だがだいぶ当時のセンスが鈍っているので、本格的に取り戻す必要があるかもしれない。
なんかパワーアップした魔法が使えるようになりそうな気もするし、今の俺なら誰かに笑われる心配もないだろたぶん。
な、ないよね?
「渉様、あちらの入口です」
「裏口か……まあ当然だよな」
「この建物に魔物が侵入したことはないはずですが、念のためご注意ください」
「了解だ。いつでも対処できるようにしておくよ」
見上げた先には、華やかな雰囲気を纏った十階建てのビルがある。
目的地は複数のテナントが入居する商業施設のようで、主に女性向けファッションの店で占められている。
魔物騒動でもなければ、生涯俺が足を踏み入れることも無かった場所ではなかろうか?
大通りに面したガラス張りのショーケースに目立った損傷はないが、この付近一帯は夜間に魔物に占領された影響か、入口のシャッターが閉じていたり、鍵が掛かったままの建物が数多くあった。
このビルも例に漏れず、正面の入口は閉まったままなのだが、何故か裏口だけは施錠されていないようだ。
万一の魔物の侵入に備えて通過した後で裏口を施錠し、ティナに先導されるまま、質素な造りの従業員用通路から店舗側へ抜けた。
「わあぁ、やっぱり素敵なお洋服がたくさんありますね」
「そうだな。ティナに着せたら全部似合いそうだ」
「え、えへへ……お世辞でもそれは言い過ぎですよ。でも、褒めてくれてありがとうございます」
色とりどりのお洒落なファッショングッズを前に、ティナの瞳が楽しそうに輝いている。
やっぱり女の子はこういうのが好きだよな。
お世辞のつもりなど微塵もなかったが、頬を染めて照れているティナは何度見ても可愛い。
余裕があれば、この後少しばかりデートするのもいいのではなかろうか?
というか現代の可愛い服を着たティナが見たい!
手持ちのお金ほとんどないし、店員さんもいないけど、試着だけ!試着だけだから!
停止しているエスカレーターを徒歩で登り、一階から二階へ。
ご機嫌なティナが無意識になのか、俺の左手を優しく握って引っ張っていく。
探索中は控えるように約束したのだが、それが抜け落ちてしまうくらいティナにとって安心できる場所なのだろう。
……まあいいか。
この子が少しでも笑顔でいられるように、俺が守ればいいだけの話だ。
さらに二階から三階へ抜けると、そのままフロア内を歩き出す。
幸い店内の多くは照明がついたままなのだが、こういった店は女性の肌や髪なんかが美しく見えるように照明の配置や色が工夫されていて、そこら中に置いてある鏡を通して前を歩くティナの姿が写しだされる度にドキリとする。
綺麗すぎるのだ。
現代の日常風景の中に、エルフ特有の反則的美貌を備えた女の子。
だからこそ余計に、普通の人間とは別格の美しさがさらに強調されているように感じる。
いかん……また心拍数が上昇してきた。
そんなタイミングで、更に俺の心臓を跳ねさせる出来事が起こった。
「うおおおおぉぉ!生ティナだあああぁぁ!!」
「きゃあ!?」
「なっ!?」
物陰から突然、制服姿の女の子がティナに抱きついてきた。
「なにこれすごい!肌スベスベ!この髪ってキューティクルどうなってるの?サラサラだし、綺麗な色してるし。ああもう可愛い!羨ましい!」
「ゆ、由香さん落ち着いてください!もう……そこにいらっしゃるのは分かってましたが、急に大きな声を出されるとビックリしちゃいますよ」
「ごめんごめん。だってティナってば、実物がとんでもなく綺麗だからわたしの体がつい勝手に反応しちゃって」
「やっ、んっ……そそんなこと言いながら、か、身体をまさぐらないで……ひゃん」
こやつ、突然出て来て俺のティナに一体なにをしてるんだ?
美しく悩ましい愛人さんの肉体を、スレンダーな制服女子校生の手が隅々まで這いまわる。
なんとけしからん!羨ましい!俺も混ぜろ!
「あっ……だめっ……い、いい加減にしないと怒っちゃいますよ?」
「う~んせっかく会えたのに、それは困るかな」
色っぽい吐息とともにティナが制止すると、先程までのテンションとはうって代わり、制服少女が悪戯をやめて優しく抱きしめながら呟いた。
「久しぶり、ティナ。いっぱい甘えられた?」
「お久しぶりです、由香さん。えへへ、皆さんのおかげでたくさん甘えちゃいました」
まるで再開を喜ぶ親友同士のように見詰めあって、互いに可愛らしい笑みを交わしている。
二人がキャッキャしているのを見て微笑ましい気持ちになっていると、制服女子校生が急にこちらを振り返る。
「だそうですって渉君?この色男!ティナに何をしたんだ言ってみろ~!」
ええっ!俺を置いてきぼりにしたあげく、そっから話題振るの?
まあいいけどさ。
「ふっ、本当に言っていいのか?由香さんとやら」
少し挑戦的に問いかけてみると、一瞬寂しげな表情を浮かべたが、すぐに取り繕うように人懐っこい笑みに変わる。
「あはは、相変わらずえっちだね渉君は!…………やっぱ、忘れられるって少しへこむね」
「由香さん……」
「大丈夫だよティナ。まっ、分かってましたとも!それじゃ気を取り直して、わたしの名前は宮内由香。由香って呼び捨てでいいよ。はじめまして、渉君!」
そう言って、由香という少女は笑うのだった。
読んで下さっている皆様、いつもありがとうございます!
どうしても説明が多くなってしまうのですが、読みにくくなってないですか?大丈夫ですか?
なかなか遅筆が解消できませんが、これからも頑張っていきたいと思います!




