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外へ

もう到着してしまったか。

歩みの先、横に長く広がったダンジョンの入口から、外の損傷したビル群や店の様子が見てとれる。


名残惜しいが、寄り添っていたティナと少し距離をとった。

交わる視線が切なげに揺れている。

俺の心情も似たようなものだけど。

ヤバいなあ……自分でもどうしようもないくらい愛人さんに心を奪われているのが自覚できる。

まあ、未来の幸せのために、これくらいは我慢するしかない。


外へ出る前に一旦足を止め、スマホを取り出す。

webカメラで現在の魔物の配置を確かめるためだ。

ブラウザを起動しブックマークしたページへアクセスしたのだが、当初よりネットの接続スピードがやや落ちているらしく、表示に時間がかかっている。

少し間を置いて表示された映像を確認すると、ダンジョンの周りにこそ魔物の姿はないが、ビルや店を挟んだ先にうじゃうじゃいる。

やはり事前の情報通り、各種族で縄張りが存在し区域ごとに単一種で纏まっているようだが、明確な分布の規則性はないようだ。



「目的地がどのあたりか教えてくれるか?」


「はい。こちらの建物です」



グー○ル先生を開き、マップを航空画像へ切り替えた状態でスマホを差し出すと、ティナは迷うことなくひとつのビルを指し示した。

距離はさほど遠くない。

かろうじてwebカメラで見える範囲に収まっているその建物は、周囲をゴブリンが縄張りにしているようだ。

考える限り、街中でもっとも楽に通れるルートだろう。

つまり前回の俺が必ず選んだであろう道の途中だ。



「初めてあの子に出会ったのは、本当に偶然でした。渉様と言葉も通じなくなり、村を滅ぼされた悲しみに沈んでいたわたくしは、手を引かれるままあの場所へとたどり着きました。そんなときに出会ったのが、わたくしの二番目の恩人である彼女です」



「そっか。ティナの恩人なら、俺も丁重におもてなししないとな」



「いいえ。わたくしだけでなく、二人にとっての恩人なんです。ひどく落ち込んでいたあなた様も、あの子のおかげで元気を取り戻しました。嫉妬しちゃうくらい、あっという間に仲良しになったんですよ?」



昔を懐かしむかのような表情でティナが微笑む。



「一番は渉様ですが、あの子もわたくしの大切な人なんです。この先出会う、誰か一人が欠けても、わたくしたちは今の可能性にたどり着けませんでした」



「つまり、俺達には大切な人がたくさんいるわけか……」



「そうです。しかも女の子ばかりです。責任重大ですよ、渉様?」



何の責任なんだろう……聞くのが怖い。

笑顔だけど、ティナさんから結構なプレッシャーを感じるのですが。



「はぁ……残念ですが、わたくしの独り占めもここまでです。けれど時間にはまだ余裕がありますし、ここに魔物は来ません。なので……」



もじもじしながら視線をさ迷わせると、こちらを窺うようにおそるおそる言葉を続ける。



「これからというときに、わがままなのは分かっているのですが、ええっと、その……もう少しだけ、甘えてもいいですか?」



すがるような瞳で見詰めてくるティナをどうして拒めようか。



「もちろん。好きなだけ甘えてくれ」



言い終わるかどうかというタイミングで、とても嬉しそうに抱きついてきた。

ふわりと漂う花のような香りと、何度も味わったティナの柔らかい身体の感触がとても心地いい。



「ありがとうございます!えへへ、また渉様を独占しちゃいました。これも一番に出会える、わたくしだけの特権です!」



俺の左腕を愛しそうに撫でて、全身で愛情を示すかのようにぴったりとくっついてくる。

可愛いすぎだろ、マジで。

俺自信がちょろインよりもちょろい奴だという自覚はあるが、この子の攻勢に抗うことなんて、どの道無理だっただろう。

彼女いない歴イコールの男を舐めてもらっては困る。

既に施しようがないほど、俺の心は愛人さんに夢中なのだ。




「愛してます。誰よりも……」



真っ直ぐな言葉が心に響き渡り、鼓動が高鳴る。

幸せそうに微笑み、キスをねだる愛人さんは、やっぱりとてもズルい女の子だった。








現在時刻15:28





準備を整え、ティナとともにダンジョンの外へと足を踏み出した。

何日かぶりに訪れた街の情景は、今やすっかり様相が一変している。

大きく損傷して崩れかけた建物や、道路上にひっくり返った何台もの車輌に加え、そこら中に散らばる明らかな血痕と思われる大量のどす黒い染み。

死体こそ転がっていないが、惨劇が起こった様子がありありと伝わってくる。



「ひどいなこれは……」


「ええ、ひどい仕打ちです」



ティナは弓を携え、いつでも攻撃できるよう油断なく周囲に目を光らせている。

不謹慎かもしれないが、動きやすそうな軽装の武具を纏い、熟練のハンターを思わせるティナの凛々しい姿に少々見とれてしまう。

本当に綺麗だな……普段の可愛らしい微笑みを浮かべた姿もいいものだが、真剣なティナも素敵だ。


こんな状況だというのにノロケしか出てこない自分に呆れつつ、俺もゴブリンダガーを鞘から抜き放つ。

基本は目的地まで隠密行動の予定だ。

チェーンソーを使って騒音を撒き散らすと付近の魔物を呼び寄せるかもしれないので、静かに行かないとな。

ごめんよジェイソン。


俺達は二人とも遠距離攻撃に長けているため、ゴブリン程度に接近される可能性は低いだろうが、用心に越したことはない。

万一近接戦闘になった場合は俺がティナを守る。




目配せしながら互いに慎重に歩みを進め、なるべく道の真ん中を歩く。

近代の人間同士の都市戦闘ならば、建物の近くをつたい歩くのが正解であろうが、魔物が相手なら悪手だ。

なにせ壁を平気で突き破る力を持った魔物や、ブレスなどといった特殊攻撃を行うものがいるのだ。

例えば建物の中に魔物が潜んでいた場合、俺達をガラス越しにでも目視で発見した瞬間、隔てている壁ごと吹き飛ばして襲ってくるだろう。

というより、ティナの情報によれば実際に未来であった出来事らしい。

そのせいで、魔物の一番近くにいた子は即死しているそうだ。

たとえ付近にゴブリンしかいないと知っていても、心掛けは大事だ。

運命を変えるには、普段の行動から考えていかなければならない。

……乗り越えてやるさ。必ず。




街には人の気配がなく、走る車もない。

状況からして当然のことではあるが、ありふれた日常の喧騒が今やみる影もなく、廃墟のような光景が広がっている。

しかし意外にも建物の多くはあまり損傷を受けていないようだ。

電気もまだ通っているらしく、灯りがついたままの建物すら多数ある。

魔物は無秩序に破壊を行っているわけではないのか?


飲食店の立ち並んだ道を歩いていると、交差点の手前にある洒落た喫茶店付近でティナが俺を制止した。



「次の左折した先に、ゴブリンが四匹います」


「それも未来の?」


「いえ、これは違います。エルフは耳がいいので」


「凄いな。そこまで把握できるのか?俺じゃゴブリンがいることすら全然分からないぞ」



ティナが少しだけ誇らしそうに胸を張った。

内心照れているのか、長い耳がほんのりと赤くなっている。

可愛いなぁ。

耳を澄ませると、なんとなく物音が聞こえるような気もする。

頼りにしていたwebカメラも死角が多く、完全に信用することはできないないので、結局は自分達で直接敵の配置を把握しなければならない。



「わたくしが排除してきます。お任せくださいませ」


「なら俺はサポートに回る。気をつけてくれ」



ティナは大きく頷くと、足音を殺して交差点の様子を覗き見る。

ゴブリンの位置を確認して深呼吸をすると、次の瞬間一息に交差点の空中へと躍り出た。

三角飛びの要領で喫茶店の外壁を蹴り、猫科の動物を思わせるしなやかな跳躍で束の間滞空しながら、魔法で生成した矢をまとめて四本同時に打ち放つ。

ふわりと音もなくティナが着地した瞬間、それぞれの頭を撃ち抜かれたゴブリンたちが悲鳴をあげることすらなく霧散していった。


もうね、見事すぎる。

サポートの必要性すら無かった。

ティナが弓で戦うところは初めて見たが、改めて惚れ直したね。

あの子、俺の愛人さんなんですよ。

素敵でしょ?

話す相手がいないが、滅茶苦茶自慢したい。



そんな調子で道中のゴブリンを無力化し、ついに目的地へとたどり着いた。







読んで下さっている皆様、いつもありがとうございます。


文章が長くなってしまったので、新たな人物は次回登場です……。


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