告白
左腕が拘束されました。
ティナの豊穣にして柔軟たる至高の谷間に挟まれたうえに、両手で抱き込んで身体に密着させるという必殺のコンボだ。
素晴らしい感触ではあるのだが、ちょっと困っている。
魔物の襲撃の後、しばらくしてティナが泣き止んでくれたのは良かったのだが、落ち着きを取り戻すやいなや、そのまま腕をしっかりと抱え込んで離してくれなくなったのだ。
「あの……ティナ、歩きにくいので少しの間だけ離してくれないか?」
「申し訳……ありません。どうかお許しください。我が儘なのは分かっているんです。けれど今だけは…………」
ティナの様子がおかしかったので、一旦テントを張った安全な場所まで戻ろうと歩いているのだが、まるで大切な宝物であるかのように、絶対離しませんと言わんばかりに力を込めてしがみついてくるのでペースは非常にゆっくりだ。
しばらく無言で歩いていると、ティナが呟いた。
「………わたくしが何度あなた様のこの腕に救われ、どれだけの感謝を捧げ、悲しみを受けたか、お分かりになりますか?」
唐突に投げかけられたその問いに、答えることができなかった。
「正確な回数はわたくしにも分かりません。けれど、数えきれないほどたくさんなのは間違いありません」
足を止め、腕に抱きついたまま俺を見上げるティナの瞳が翠玉のように揺らめいている。
「どれだけやり直しても、いつだってあなた様は当たり前のような顔をしてわたくしを護り、その結果、この腕を失われました。すべての記憶は無くても、そのとき感じた想いが今の気持ちと混ざり合い溢れ出してくるのです。この腕の感触が……無事なお姿が、わたくしにとってどれほど嬉しいか…………お分かりになりますか?」
喜びに満ちた表情を浮かべているのに、その瞳からは再び涙がこぼれ落ちていた。
思えばティナのスキンシップが激しくなってからずっと、彼女は俺の左手側にくっつくのが好きだった。
いつだって傍に寄り添い、肌を撫で、温もりを確かめるように触れて、抱きつく。
今にしてようやく分かった。
彼女の想いも、俺がやるべきことも。
真っ直ぐ俺を見つめるティナが微笑みながら告げる。
「あなた様が好きです。何度やり直しても、この想いは絶対変わりません。わたくし、ティナ=ハイネは藤島渉様を愛しています!」
涙に濡れて輝く瞳が、耳に届く声音が、彼女を構成するすべてが綺麗だった。
タイムパラドックスで未来からの情報を受け取っても、俺は積極的にそれ以上のことを知ろうとはしなかった。
怖かったのだ。
自分じゃない自分のことや、起こりうる未来の悲劇を知ることが。
ティナにしっかり確認すればよかっただけなのに、無意識にそうすることを避けていた。
そのせいで彼女を一時的とはいえ、悲しませてしまった。
これ以上繰り返さないために、いい加減もっと先へと足を踏み出そう。
言葉より先に体が動いた。
いつだって真っ直ぐな、愛しい愛人さんに伝えるために。
唇に触れるしっとりとした柔らかな感触と、熱く蕩けるように絡みあう舌。
抱き締められたままの左腕から、ティナの想いの強さを知る。
その気持ちに応えるためにより一層彼女を求め、俺達は長いキスを交わした。
現在時刻:14:11
「それで、結局あの魔物は何だったんだ?」
「グリム・リーパーと、妖精の間ではそう呼ばれています。神出鬼没のアンデッドで、遭遇した者の多くが気が付く間もなく殺され、僅かに逃げ延びた者たちからの伝承で、今では死神として各地で恐れられています」
そのまんま見た目通りなのか。
あの瞬間、確かに俺は油断していたが、襲われる直前まであいつの存在を感知することができなかった。
視界に入っていたにもかかわらず、目の前で大鎌を振り下ろされるまで脅威と意識することができなかったのだ。
英霊憑依による身体強化は当然のように俺の知覚能力も上昇させている。
それをすり抜けたということは……保有能力は気配遮断、認識阻害といったところか?
俺達の背後を取らず、正面から攻撃を仕掛けてきたのが不幸中の幸いといったところだろう。
侮られていたのか、それだけの知能が無いのか。
あの鎌にしたってかなりヤバい。
効力が低下しているとはいえ、強化された肉体を易々と切り落としやがったのだから、魔剣ならぬ魔鎌とでも言うべき類いのものかもしれない。
発音がいまいちしっくりこないな……まかま?まれん?どうでもいいことではあるのだが。
「本来、わたくしたちがグリム・リーパーに襲撃されるのはもっと後の事で、場所も全然違います。だからこそわたくしも油断してしまったのですが、何故ここに出現したのでしょうか……」
思い当たることといえば、俺が絶賛過去改変を行っていることだろう。
むしろそれ以外に考えられない。
「未来でオークから逃げ延びた直後の記憶はある?」
「残念ながらありません。ただ、向かった先は同じくダンジョンの外であるはずです」
「だとすれば、タイミングの問題かもしれないな」
魔法の知識だってほとんど無いのだから、異次元リュックやなんかを持っているわけもないし、ティナと会話もできなくなっていたはずだ。
物資もほとんど持てないし戦闘能力も低いのだから、先々のことを考えてまずはダンジョンからの脱出を図ったのだと思う。
オークから逃げ延びたのだって、包囲された中、最期の攻勢で無理矢理突破したはずだから日時も今とは違うだろう。
本来タイミングがズレていて出会わないはずが、たまたま移動するグリム・リーパーと擦れ違ったために襲われた。
それならば辻褄は合うか。
まあ、既に討伐したので考察はこれくらいでいいだろう。
「次に行くべき場所は分かる?」
「はい、やはり一度外へ出なければなりません。迎えにいってあげないといけない人がいます」
やっぱりそうだよな。
プロポーズを止められた時点で分かってはいたのだが……。
「ごめん、どんな女の子か聞いてもいいか?」
「ええっと、お会いしたらすぐ分かりますよ」
あのティナが苦笑している。
別に嫌がっているわけではないし、むしろ楽しみにしている節もあるのだが、癖のある人物だというのが反応から見てとれた。
まあ仕方ない、迎えに行くとしますか。
読んで下さっている皆様、いつもありがとうございます!
今回は真面目回ですが、作品全体としては基本的にギャグ寄りで、あまりシリアスにはしない……予定です。




