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森の中の出来事

 どうにもエルフさんたちと俺は、お互いに大きな意識の齟齬があった。

 もう、最初から。


 初めてハイネ村に到着し、彼女のお父様とお母様に挨拶したとき、俺は確かにこう言った。

 娘さんをください、絶対幸せにしてみせます、と。


 彼らにはこう聞こえた。


 娘さんをください。

 奴隷として可愛がるから、と。


 なんだよその挨拶!


 そもそもダンジョン内部の世界には、奴隷という言葉に二種類の意味があるらしい。

 ひとつは現代人が思い浮かべる一般的な奴隷としての側面、もうひとつは純粋に愛人としての側面だ。

 というのも、人間と妖精や亜人という別種族同士が結婚するという概念が無いのだ。

 結婚は同じ種族のみで行われることであり、異種族同士の関係は奴隷として迎えるものと認識されている。

 この場合、奴隷と書いて愛人と読む。

 非常に紛らわしいが、このエルフの魔法念話(仮)という奴は、ある程度言葉を翻訳するが、どうにも細かい文化的なニュアンスは伝わらないようだ。


 まあ、そのように解釈されたのは、ティナが事前に村中に伝えた予言にも原因の一端がある。

 タイムパラドックスによって一部の記憶を受け取っていた彼女は、オークの進軍に怯える村人たちへこう伝えた。



 “遠くない未来、異世界よりわたくしたちを救いし者が村を訪れるでしょう。ですがその者は必ず、わたくしを差し出すよう求めます。その求めに応じれば村はオークの脅威から救われ、断れば未来はありません”




 言い方!

 ティナさん言い方考えて!

 どう見てもティナを差し出せば助けてやる。

 断るならば死だ!って言ってるようにしか聞こえない。

 俺は一体どんな鬼畜野郎だよ。


 加えて、ちょっとしたノリで意味は通じないだろうと、あまりにも不用意な発言をした俺だ。

 誤解は加速し、このような事態を招いてしまったことに我ながら頭を抱えたくなる。

 そこにタイムパラドックスは使わないのかよ!


 事前にどんな説得をしたか聞いていないが、ジークリンデさんがオーク討伐の条件を先に出したのは、せめてもの抵抗だったのだろう。

 ごめんなさい、お父様!



 だが、そんなことを聞いて今さら引き下がることなんてできようか?

 いいや、無理だね。

 愛人奴隷という響きに心が震度5強くらいで揺れ動いているが、嫁という言葉には揺れを押し留めるほどの凄まじい魅力を感じる。

 俺の決意はあのとき既に結婚すると固めていた。


 だからティナに日本での結婚に対する認識を説明し、本気でプロポーズしようとしたのだが、やんわりと人差し指で唇の動きを止められた。



「そのお言葉は、まだ取っておいてください。あの娘たちに……フェアじゃありませんから」


「どういう意味……いや、今は聞かないほうがよさそうだな」



 察しはつく。

 ついてしまった。

 過去も未来も、俺ってやつは本当にもう……どうしようもない。




「でも、せめて今だけは、あなた様を独り占めさせてください……」



 またしてもティナに唇を奪われた。

 真っ直ぐ想いをぶつけるように。

 けれど、その仕草はぎこちなく、すがりつくように俺の服を握りしめたその手は緊張のせいか震えていた。

 ただ重ね合わせるだけの口づけは一瞬だけ。


 密着していた身体を少しだけ離すと、ティナは真っ赤な顔で照れくさそうに微笑む。



「ふふっ、役得です」







 ハイネ村のティナさんは、とってもズルい女の子だった。













 現在時刻21:19




 木陰に腰かけた俺の膝上でティナが抱きついている。

 甘えるように、確かめるように、その柔らかな身体をまんべんなく使って俺にくっつき、スリスリと肉体の感触を堪能されている。

 あれからずっとこの調子だ。

 真っ直ぐなアプローチに加え、この反則的な仕打ち。

 危険すぎる女の子だ。

 もはや俺の我慢も限界寸前だが、まだ果たすべき約束が残っているため鋼の理性で耐えている。

 なんという恐ろしい試練なのだろうか。

 誰か褒めてくれ。



 だが、そろそろ……いや、ようやく頃合いか。

 ガサリ、と草木を踏みしめる足音。

 生殺しの救世主は、彼女のお父様だった。


 慌てて立ち上がる俺達の前に歩み寄ったジークリンデは、鎧を纏い長剣を腰に下げた完全武装の出で立ちだ。



「……藤島渉と言ったな。先刻の巨大な竜巻は貴様の仕業か?」



「ハッ、あれは我が魔法テンペストに間違いございません」



 ジークリンデはチラッと傍らのティナに目をやって、一瞬だけ頬をピクリとさせたが、すぐに目を逸らすと真っ直ぐに俺を見据えた。

 どうやら、先程イチャイチャしてたのは見なかったことにしてくれるらしい。

 本当、スミマセン!




「その後の更地になった森林の回復もだな?」



「再生の魔法を行使した結果です」




 それを聞いて、ジークリンデは大きく息をついた。



「まったく、出鱈目な奴だな貴様は。あんなふざけた威力の魔法なぞ生まれてこのかた見たことがない……しかも破壊した森を再生しただと?……ティナの予言には半信半疑であったが、これ程の力を見せられては、もはや信じる他あるまい」



「お父様、わたくしは……」



 思い詰めた表情で何かを言おうとしたティナを首を振って制すると、ジークリンデはその場に頭を垂れた。

 いつか見たティナと同じ、騎士の忠誠の誓いにも似た姿勢。



「もとより勝ち目のなかった戦だ。本当は逃げられる者だけでも逃がそうとしたが、俺では力が及ばなかった。貴様、いや渉殿。…………そなたに心より感謝を」



「そんな、頭を上げてください!俺はティナ欲しさに立ち寄っただけで……それも弱みにつけこみ、あなたから娘を奪う最低な男です!」



「クククッ、嘘が下手な奴だ。まあいい、そういうことにしておいてやる」



 ジークリンデは立ち上がると、大きく指笛を鳴らした。

 呼応して彼の後方からエルフの戦士団が姿を表す。

 剣兵、弓兵、魔法兵、数こそ少ないが皆一様に不敵な笑みを浮かべていた。



「約定はまだ果たされていない。貴様に今からやってもらうことは分かっているな?」



「無論です!」



 兵士の一人が隊列の中から走りより、俺の荷物を手渡してきた。



「ほら、お前の武器だ!頼りにしてるぜ、鬼畜な救世主様!」



 よく見るとその兵士は、村で無事に帰ってこいと言ってくれた年配のエルフだ。

 おどけたように目配せしながら軽く俺の肩を叩くと、素早く隊列に戻っていった。



 彼から受け取ったチェーンソーにスコップ、ダガー、兵士たちの本格的な武装を前にしてはひどく滑稽に見えるそれだが、今の俺にはそれくらいで丁度いいのかもしれない。

 もっとも、さすがにスコップは使わないけどな。




 静寂が周囲を包む。

 隊列の先頭に立ったジークリンデは剣を抜き放ち、声高に宣言する。



「これより醜きオークの残党共に奇襲を仕掛ける!連中の2個大隊は全滅し、残りはわずかだ。我らが村を滅ぼそうとしたその罪、その身をもって贖わせてやる。……全軍、俺に続け!」



 打ち鳴らされる武具と、戦士達の雄叫びの中、先陣を行くジークリンデは男の俺でも惚れ惚れするほど凛々しかった。

 たぶん、未来の俺達は彼らに助けられたのではないか……そんな気がする。


 受けた恩は返さないとな。




「ティナ、村で待っててくれ。すぐ迎えに行く」



「はい、ご武運を」



 名残惜しそうに抱きつくティナの綺麗な髪を優しく撫でる。

 サラサラでほつれひとつない、絹のような手触りだ。



「帰ってきたら、君を俺のモノにする。その身も心も全部だ。断るなら、今のうちだぞ」



「初めてお逢いしたときから、わたくしの全てはあなた様のモノです。いつまでも、何度でも…………」



 短くキスを交わした。

 今度は俺からだ。

 ここまで言われて我慢などしない。

 しっとりした彼女の唇を味わい、そっと離れる。



 彼女と出逢って、共に過ごした時間はとても短い。

 俺は前回の記憶や、思い出を完全に受け取っているわけではない。

 だが、これほどの愛情を向けられて無視できるほど、恋愛経験が豊富なわけでもない。


 端から見れば純愛ではないし、惚れっぽいと言われるだけだろう。

 言い訳はしない。

 けれど、俺は確かな形で彼女に愛情を感じている。

 ティナがどうしようもなく欲しいのだ。



 故に、これよりオークを殲滅する。

 約束を果たし、名実共にティナを俺のモノにするために。




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