ACT 9-3
そのひときわ巨大な結界を見て、何人かの人間があたりに姿を見せている。
見せている、と言ってはいるが、実際にその姿を目視する事は出来ない。身を隠しながら、結界の中の様子を伺っているのである。
ここに来ている、と云う事が解るのも、彼らが特殊な能力を持っており、それらを察知する術を知っているからである。
戦いが開始されてまだ時間も経っていない。公式には三戦目。
双葉市ではなく、歌仙市での戦い。
歌仙市の路上にて行われた戦い。
そして、白昼堂々結界を展開しての今回の戦いだ。
どちらにしろ、戦いを見逃す参加者たちではない。結界の気配を察知して、次々と参加者たちが集まってきているのである。
が、中にはこの場に居ない人物たちも存在している。
結界の中で戦っている人間は二名。しかし、この場に存在している気配は、戦っている人間も含めて七名だ。参加者の数は二名ほど足りていない。
情報を入手する事を軽視している人間なのか、それとも、既に知っている情報なのか。なんにせよ、それは個人の自由であり、自分たちの知る範疇ではない。ただ、少なくともここで戦いを眺めている五人の人間は、情報を入手する事に重要さを感じているらしい。
ただ監視しているだけのこの行動だが油断は出来ない。先日の戦いにて、監視している人間に対しての攻撃が行われた例もあるので、この場で戦いを監視している一同は細心の注意を払って、この場にいない二名からの攻撃に備えつつ、監視を続ける。
……その一角。
ビルの屋上。
魔女・山田悠里はその様子を監視していた。
戦いの全てを監視するのは、彼女の仕事である。とは言え、参加者九人。すべての監視を完璧にこなす事は出来ないのは明白である。ひとりの人間の行動範囲には限界が存在しており、同時に何箇所かで戦いが起きると、どうしてもひとつのものに集中せざるを得ないのである。
だが、彼女は今のところ、それを漏らした試しはない。
今回の戦いでは、同時に様々な場所で戦いがまだ起こっていない事も理由のひとつだ。
意外と慎重な人間が多いのか、戦いは一気には起こらず、受身の状況が続く。心の武器を持った者同士が邂逅することによって、初めて戦いは起きる。彼らは自分から戦いの相手を探しに行く事はあまりなく、過激な行動をとる人間も少ない―――ゼロではない―――。
戦っている人間はどちらも顔見知りではある。片方は自分と契約を結んだ人物、もう片方は自分が招いた人物だ。
互いに使う能力はよく解っているつもりだ。それゆえに、どちらが有利で、どちらが不利なのかが解ってしまう。
もちろん、戦いとは時の運も絡んでくる為に、一概には言いづらいのであるが、それでも実力や能力が高い方が戦いを有利に進められるのもまた確かなのである。
「さて……ユウスケくんはこれをどう乗り切るのかな……」
悠里は誰に言う訳でもなく、そう呟く。
その言葉から解るように、状況は限りなくあそこで戦っている青年―――星野ユウスケが不利な状況である。彼の魔法では、決して、あの少女に勝つ事は出来ないと知っているからだ。
魔法で勝てない相手に心の武器を持たせているのだ、実質ユウスケは心の武器しか頼るものがない。というのに相手もそれを使うのだから尚更不利なのだ。
魔法使いは、魔法をこの戦いで使う事が出来る。そもそもこの戦いに魔法使いが絡んでいるのは珍しい話ではなく、異能を知るものはまた異能。つまり確率は低いものの事前に知識を持っている人間が、この町にやってきて戦いに選ばれようとするのもまた出来るのである。
しかし、必ずしも魔法が役に立つとは限らない。
心の武器は一般的な魔法を遥かに凌駕した代物だからである。
ユウスケは魔法使いだ。しかし、彼は魔法使いとしては平凡な才能しか持ち合わせていない。結果、彼のこの戦いの中での武器は実質心の武器しかない。
では相手の方はどうだろうか?
リミッター付きは普通の魔法使いでは到達できるはずのない領域に達している。モノによっては、この戦いで心の武器と対等の能力を発揮できる存在も居るだろう。
―――彼と対面している彼女はその対等の能力を発揮できる存在なのである。
つまり、万が一にも、真っ向勝負にて彼の勝算はない。勝つのであれば、それ以上の力を持ってくるか、数で圧倒するかしか方法がない。加えて性質が悪いのは、数で何とかなる存在かどうか怪しいところだ。ある一定の領域を超えた実力者が束になれば或いは……
「魔女」
ふと、そう呼びかけられて、悠里は視線を横にやる。
「……こちらではお久しぶりです。出来れば、お会いしたくなかったですが」
いつの間にかこちらの方に来ていたらしい。
まったく、こう云う事があるから本当はひとりでは来たくなかったのである。出来れば、向こう側に頼んで、自分が事務仕事に徹したかったのだが、仕方がない。
「何か用事でもあるのでしょうか?」
物腰は丁寧に、しかし、あまり関わりたくないので簡潔に終わらせてもらいたい。
「他人行儀だな。まぁいい。
この前、私の手前に『凛』が来たぞ」
悠里はため息を吐く。向かわせたのは他でもない自分だ。あのときはそうしなければならない理由があった。参加者全員に、戦う為に必要な数が揃った事を知らせるのは、こちらの義務なのである。
「それで?」
あくまでそっけない反応を取り続ける。あまりこう云った口調が得意ではないのは、手前にいる『旧友』である彼女なら良く知っているだろう。
「何の為に〝その席〟にいるのかをちょっと聴こうかと思ってね」
その席、と云う言葉。どのような意味なのか、悠里にはすぐに察しがついた。
―――予想外の出来事とは常におこるものである。まして、初めて行った事に対しては、すべてが想定外だ。
悠里は考える。長い沈黙のあと、悠里は口を開く。
「別に。それは、あなたが知るべき事じゃないのでは?」
「…………なるほど」
若干の間があったものの、彼女は頷く。
納得したのか、無駄だと判断したのか。どちらにしろ、彼女はそれ以上追及する事はなく、背中を向けて立ち去ろうとする。
「観測者にむやみに接触すると、参加資格を失う事になりますよ。―――山上耀子さん」
山上耀子と呼ばれた彼女は足を止めて、横目で少し悠里を眺めたあと、心の武器を取り出して、その場から文字通り、消えた。
完全に気配が消失してから、しばらくして悠里はもうひとつため息を吐く。何とかこの場はやり過ごす事が出来た。
観測者である以上、そして現段階の目的を果たさなければならない以上、情に流されてはいけない。それが『魔女』と云う立場の山田悠里に必要な事だ。
それが苦手な事は、他でもない自分が良く解っている。だからこそ、ああいった友人だった存在に対して、無駄な事をしてしまい、失敗する。『魔女』といえども、彼女は元々「人間」なのである。感情がある存在であるのだから仕方がない。
が、現状はその〝仕方がない〟と云う言葉は通用しないのもまた事実だ。その辺り、向こうの人格であれば、話は別だった。彼女の方は、そう言った事には無頓着で、過去の出来事にはあまり囚われない性格だ。
こうして、いつまでもその出来事を深く考え、引きずってしまう。自分の悪い癖だ。
気持ちを切り替えて、ユウスケの戦いを観測しなければならないと解っていても、今の会話が頭から離れない。
「……やっぱり、こういうときは、わたしが事務した方が良いね……」
それだけを呟いて、やっと意識を戦いの方に戻した。




