ACT 3-2
ここからどうしたものか。取り残されたふたりは、どこかへ向かおうにも、行くべき場所など見当たらず。と言って、手ごろな場所がある訳でもなく。相変わらず、右側を見れば、果てが見えない廊下が広がっている。……あのときは普通ではないと思ったが、今見れば、魔法でこのようにしているのだろうと感じる。
追い出された部屋に戻る訳にもいかず、そもそも、自分がいると迷惑なのだから追い出されたのであって……
優愛はため息をひとつ吐いて、廊下の適当な場所に腰を下ろす。
「ダメじゃないか。女の子が地面に腰を掛けるなんて」
予想外にも、反論して来たのは目の前の男であった。
こんな顔をしているが、一応『剣』なのだ。自分の心の願いが、カタチが、具現化した存在。それがこの男の正体なのである。
初めて会ったときは全裸だったものの、今は悠里から受け取った服を身に包んでいる。ジーパンにTシャツと、シンプルなものだが、この季節にはマッチしている。普通の格好をしていると、この男はなかなか整った顔立ちをしており、優愛の中では〝カッコイイ〟の部類に入っている。
男は辺りを見渡しながら、なにかを探しているようである。
「この辺りに手ごろな椅子は……」
なるほど、座る為の椅子を探しているのだろう。しかしながら、この辺りにはない事は優愛が確認済みである。ここから動くのは疲れていて面倒なので、屋敷にきたときに通ったエントランスまで行く気力はない。それに、面倒な話をされて若干頭痛もする。
「疲れたのかい?」
「…………ええ」
なぜここまで自分を気に掛けるのか、と考えたところで自分がこの男の存在を繋ぎとめているようなものなのだ。心配性にもなる。
生憎、どのような手段を用いて彼を繋ぎとめれば良いのか、彼に力を配給すれば良いのかまでは解らない。正直なところ、実感はまだないのだから仕方のない事なのだが。
「すぐによくなるわ。……あなたも座ったら?」
「じゃあ、そうする」
男は微笑すると、優愛の隣に腰を掛けた。密着するぐらい近い訳でもなく、遠過ぎる事もない。壁を一枚、間に挟んだような微妙な距離感が優愛にはありがたかった。
〝私の心の願いだから……?〟
やはり、すべてがそこに直結してしまった。
彼の行う行動は優愛にとってみればありがたい行動。
命を助けてくれた事。
深く自分の事を探らない事。
自分との距離感を解ってくれている事。
―――いわゆる神代優愛の「理解者」と言う言葉が正しい。
心の願いが具現化した存在だからこそ、彼は彼女に優しい。
「……あなたは……」
「ん?」
「私の……なんなの?」
自然と、口にしていた。
この男なら大丈夫。多分、怒らない。なにを訊いても、なにを言っても、この人は大丈夫だと勝手に決め付けていた。自分の心の具現なら、自分の事を解ってくれる存在だと、勝手に決め込んだ。
そして優愛の考え通り、男は「うーん……」と、唸りながら回答してくれた。
「僕はキミを守るために生まれた存在……としか言いようがないね」
「自覚はあるの……?」
「あるよ。僕は元々この世界にいた存在じゃなくて……もっと別の……遠いところにあった存在だった。
けど、僕はキミの心の願いによって存在を認められて、この世界に落ちたって事かな」
……言っている意味がよく理解できない。話の内容がどこか悠里と話していたときと同じでベクトルがずれているような気がしてならなかった。
「えぇと…………この世界の人じゃないの?」
「うん」
あっさりと、彼は認めてしまった。
少し考えを纏める時間が欲しい。丁度良い具合に、今は暇でなにもする事がない。疲れたといえども、ただ座っているだけなのも退屈だ。頭痛はあっても、退屈なのは面白くはない。優愛は、思考のモーターを回し始めた。
この世界の人間ではない。
何の話だ。小説でもそのような内容は流行らないと優愛は思う。ファンタジックな世界観は人を引きつけるが、同時に人に現実の面白みの無さを突き付けるだけのものに過ぎないと、優愛は思っていた。
「アナタは……えと、ここじゃない世界の住人なのかしら? イエスか、ノーで」
「イエスでもあり、ノーでもある」
「ハッキリしてください」
「形容しがたいね。僕は確かにこの世界ではないところから来たけど、この世界から観測できるほど簡単なところから来ているワケじゃないし」
「……難しい世界?」
「正しい表現だね。僕たちにとっては当たり前でも、キミたちにとっては難しいかもしれない」
とても曖昧な表現だが、彼自身それ以外の言葉が見つからないのか、目を点にしている優愛の姿を見て困った表情をしている。
これ以上追及するのは辞めてあげよう。
質問を変える。
「じゃあどうやってきたの…………って、それは私がやったのかな…………」
彼は頷く。
「キミの力を借りて、僕はこの世界に落ちた。キミの心の具現としてね」
そこで思うのは、彼は自分の意思でこうしているのではなく、どうしようもない力―――つまり、優愛の〝願い〟によって縛られているのではないのだろうか。それを思うと、心苦しい。
「それはないよ。僕はれっきとしたキミが生み出した存在なんだから」
「…………?」
よく解らない。
彼は、ここではない『難しい世界』―――仮―――からきた。
優愛の〝願い〟によって存在を認められ、この世界に落ち、存在する事ができる。
だが、彼は優愛が生み出した存在でもあると言う。
様々な要因が混ざり過ぎていて全く思考が収束しない。結局、この男と云う存在の正体はなんなのか解らない。
次の質問を考えているところで、後ろの扉が開かれて、悠里が顔を出した。床に座っているふたりを見るなり目をぱちくりとさせた。
「あぁ! ごめんね! 椅子ぐらい出せばよかった!」
ふたりが並んで座っている光景が余程面白かったのか、誤っているのか笑っているのか解らない表情で、悠里は部屋の中にまた案内してくれた。
テーブルの上には淹れたてのような湯気を出した紅茶がまた用意されており、話し合いが行われている間に淹れられたのだろうか? と優愛は考えてしまった。
一方、何やら秘密の話をする為に部屋へ残ったセカンドは、眠そうな顔をして、先ほど変わらぬ席に深く腰をかけていた。……優愛たちが呼ばれたのだ、当然話は終わったのだろう。
「終わったよ。まぁ少し不機嫌にはなってしまったが話はまとまったよ」
「はぁ……」
視線をセカンドの方に向けると、何故か睨みつけられてしまって、小さく「ひっ」と悲鳴を上げてしまった。それを訊いて、隣の男が優愛の前に出て、かばうような格好になる。
「さてさて……そろそろ話は終わりだ。私も忙しいしな。
セカンド、キミはひとりでも戻れるだろう? その自慢の剣を使って戻るが良い。
―――優愛ちゃんは私が車で送るわ。あと、そこのお兄さんも」
「え、あ……はい」
一瞬解らなかったが、この男は自分の心の剣なのだから、連れていくのは当たり前だと気づく。それに、いつまた『心象』の戦いに巻き込まれるか解ったものではない。
「その辺は大丈夫よ。色々と、案はあるから。
……オマエはただ、望むがままに剣を振るえ。戦うも、戦わないも自由だ。願わくば、私的には戦って欲しいがね。『観測者』としての意見だ」
最後の言葉に、背筋がぞくりときた。
「じゃ、気を付けてね」
「はい……」
日が昇ろうとしている頃合だろうか、外は明るくなり始めている。時計がないので今何時なのかは解らないが、この季節の事を考えればまだそこまで遅くない朝だ。
悠里は急いでいるのかそのまま何も言わずに車でいずこかに行ってしまった。
取り残された優愛と男……そのまましばらくそこに佇んでいたが、いつまでもこうしている訳もいかないので、回れ右、部屋へと行く為に階段を登っていく。その後ろを男もついてくる。
ポケットの中から部屋の鍵を取り出して、鍵穴に差し込むと、回し、扉が開く。その様子を興味深そうに男は眺めていた。
「散らかってるけど……」
部屋の掃除は、あの日病院に運ばれてからと言うもののしていなかった。
「…………よくこんなところで生きていられるね」
男の素直な感想が胸に痛い。
解ってはいるのであるが、部屋の掃除はとても面倒に感じるのだ。そんな時間があれば、絵を描く時間、体を休める時間にあてたいとどうしても考えてしまう。その結果、頭の中では部屋は綺麗にしておかなければならないと思いつつも、現実は散かったままと云う惨状なのだ。
今まではひとりだけ座れるスペースがあれば良かったのだが、今日からはそうはいかない。いつまで彼が存在しているかどうかは解らないが、しばらくは何もかもふたり分必要なのである。
部屋の中心のカンバスを端へと退かして、そこの周辺のゴミ類を片づけると、ひとり座れるスペースができた。そこに絵を描くときに使う椅子を置くと、これで男が座れるスペースを確保した。優愛自身は、ベッドの上に座れば良い。
時計を見ると、時刻は五時頃だった。九月故、まだまだ日は長いらしい。
ひとりなら、このまま布団の中にもぐって寝てしまいたいぐらい疲れているのだが、そうはいかない。目の前にいる男についてまだ色々と知らないといけない。
「…………さっきのお話の続きなんだけど」
「―――? さっき?」
「アナタがどこから来たかって云うお話」
「あぁ」
思い出したかのように、相槌を打つ。
「言葉が悪かったのかな?」
「そうね。私にはちょっと……難しかったわ」
別世界にいた人間―――らしき―――ものが、自分によって想像された……。別の世界からやってきたのか、自分が生み出したのか、どちらかにしてもらいたいのだ。しかし彼はそれに対してどちらもイエスと答えたのである。
意味が解らない。現状ですら上手く理解できないと云うのに、さらに訳を解らなくしていく。
「かと言って、僕にもその具体的な意味は解らないし、漠然としか言えない。その結果が、さっきの言葉なんだ。……その点で言えば、あの『魔女』とか言う人に解説して貰った方がよかったかもね」
難しい言葉だけを羅列されて、そのまま終わりのような気がしない事もない。あの優しい方の人格ならば優しい言葉で教えてくれそうだが、難しい話はあの怖い人格の方だ。優愛に解るように説明してくれるとは思えない。
彼は上手く説明する術を持っていないと言う。
「と云うワケで、僕の事はそう云う〝良く解らないもの〟だと思ってくれれば良いよ」
「はぁ……」
…………そういえば、と、優愛は思い出したかのように男を横目で見る。
「アナタ、名前はなんて言うの……?」
ここまで、まったく気にしていなかったが、やっとこさ部屋にきて落ち着いたところで思い出したのである。
「名前?」
彼は意外な言葉を聞いたかのように、目を見開いて、驚いていた。
すんなりと教えてくれるだろうと思っていたのだが、しばらく彼は悩んだまま、口を開く事もしなかった。それどころか、ずっと笑っていた表情が曇ってしまった。
なにか、禁句を言ってしまっただろうか? しかし、たかが名前、余程の事が無い限りは別に教えても問題はないようには思える。
悩んでしまった理由は幾つか考えられる。
ひとつは、教える事でなにかしらの問題が起こってしまう事。
ふたつは、記憶を喪失してしまった。
みっつは……そもそも名前なんてものはない。
どの説も普段からは考えられない、物語の中だけの出来事であるが、今なら信じられる。
沈黙はまだ続いている。優愛がひと通り思考を終えたと言うのに、まだ彼は難しい顔をして窓の外を眺めているのである。
教えたくないのかもしれない。
「……あの……本当の名前じゃなくて良いわ。私が呼べる名前で良いよ」
「そうかい?」
やっとその表情を柔らかくして、彼はこちらを見る。
そうして今度は名前を考えているのか、先とは違った難しい顔をしたあと、思いついたかのように相槌をうって―――
「じゃあ、僕の事はこれから〝ジン〟と呼んでください」
―――そう言った。
あぁ、なるほど……剣だから、刃だから……ジン。
なんとも解りやすい名前だった。
【接続】
いつもの夢だ。
だが今日の夢もまた少し毛色が違っていた。
なにが違っていたかと言えば、映像が鮮明になったお陰で、周りの風景、建物、そして自分の持っているものが解るようになったのである。
しかし、残念ながら、その光景は優愛の知っている場所ではなかった。そもそも、ビルの屋上と言う時点で、そこまで縁がある場所ではなかった。学校の屋上には何度か登った事があったが、どれも授業で風景写生などをするぐらいだ。ちなみに普段あそこは閉まっている。
夢のなかの自分が、なんの目的でここに来ているのかはまだ解らない。
ただ、これからまた戦いが始まる事は解るのだ。
……ふと、そこで思うのはこの夢は今日説明された『心象』の戦いなのではないのだろうか、と思うのである。自分が異形の剣を持って、訳の解らない存在と戦いを繰り広げて、最後は自殺をしてしまう。
もしこれが本当に心象での出来事であれば、自らは予知能力を持った存在だと言える。無論、これは自分の想像が作り上げた空想で、現実とは違う。しかし、心象を知る前から、それに近い光景を脳はイメージしていたのである。
偶然だろうか?
解ったものではない。
世の中に魔女がいるかどうかと言われれば、昨日までなら間違いなくノーと言っただろう。今ならイエスと言える。彼女なら、人の脳ぐらい簡単にいじれるのではないのだろうかと考えてしまった。
メリットなど考えない。彼女たちには一般市民には想像もできない事を考えて生きているのだから。なにか思惑があって物事に干渉しているのだろう。
色々と考えるが、体の方は夢の世界に忠実だ。自分が命令を下さなくても、勝手に話は進んでいくのである。ビデオと同じで、淡々と話は進んでいくのである。ビデオと言いつつも、リモコンはないので一時停止や早送り、巻き戻しなどはできないが……
鮮明になった光景を注意深く眺めると、手に握られた剣は、やはりぼやけている。見せてはいけないものなのか。
映像は先に進む。
同じだ。
剣を持った男と戦う。
鮮明になった映像は背景だけではなく、その人物の姿も、少しだけ、鮮明にしてくれていた。相変わらず顔などは解らないが、その手に持った剣の姿は鮮明になっていたのである。
―――剣、と、言うのだろうか?
剣らしくない。先端はとがってもいなければ、そもそも刃なのに薄くも無ければ、物を斬るようには到底思えない。
なんだろうか、あれは。
もっとよく観察しなくてはならない。もっと、よく……鮮明に……その姿を目に焼き付けたいと願った。
理由は良く解らないが、そうしなければならないと思った。姿形を知って、もっと、能力を、情報を、知らなければならない。
その間にも戦いは続いていく。情景は移り変わり、戦いが始まっている。
続きは知っている。どうせ、このまま自分が目の前の男を剣で貫いて、殺してしまって……
自分は飛び降りる。
【切断】




