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一口に公務といっても、多岐にわたる。
国家運営に必要な政治的なものは私に来ないが、かわりに国家が主体となって運営している組織や機関への視察、鑑査、激励などは私に振られる。
マクシミリアン殿下を案内するのもその役割の一つと言えるが、実際に行ってみると様々な手続きや申請、報告が必要となり、何ヵ月も前から用意されたものとなるのだ。
そのため、体調不良だと言って簡単に休めるものでもないのである。
常に体調管理がされ、厳しい食事制限と決められたタイムスケジュールの中で生活をしなければならない。
しかしオメガの肉体は根本的に弱く、体調をくずしやすい上に発情期と呼ばれるものが存在する。
オメガという第二性が日の目を浴びない理由のひとつがこの体調面でのことだ。
ごく普通の健康体であれば出来る様々なことが物理的に不可能になり、加えて優秀なアルファを誘うとなればオメガを忌避する気持ちもわかるだろう。
だからこそ、オメガはアルファを慰めるだけの美しい骨董品となっているのだ。
「殿下…、今日は早めにお休みになりましょう」
「あぁ、そうですね」
青ざめた頬や芯の抜けた身体を見れば体調を持ち崩しているのは端から見ても明らかだが、公務を休むことも出来ない。
昼は国立美術館に行って展示を見て、そのまま隣接する王立美術学校を訪問する予定だ。
夕食は国内でも有数な美術家たちと会談を重ねながら今後の美術会について議論し、パーティーでは若手の美術家たちの作品を見る。
就寝して、明日はバール戦線における追悼式典に参加する。
ご遺族と顔を会わせ、当時を偲びながら彼らの魂が天国へ向かうことを祈る。
明後日は、その翌日は、とスケジュールはきっちりと立てられ、整然と並んで私を待ち構えている。
「殿下、今日の美術家たちとの夕食会にマクシミリアン殿下も参加予定となりました」
「……そう、ですか。ずいぶんと急ですね」
「数日前にマクシミリアン殿下から妃殿下にお話を通されたようです。本日の流れや食事の変更は御座いません」
「母上が…。そうですか」
母にわざわざ話を通して夕食会に来るなんて、向こうは婚約に乗り気なのか。いや、ハイデラルの美術家は国内外にファンが多い。そういった者たちとの繋がりを欲しているのかもしれない。
そういえば今日は国際的に人気のある巨匠もいらっしゃる。
彼のファンは多いが何年も予約が埋まっていて、今は新たに依頼を受けていないらしいから、そっちの方にアプローチしたいのかもしれない。無理な依頼をする方ではないが、あまり強引であれば私が止めなければならないだろう。
ずん、と重い頭を押さえながら食事を済ませ、今日の公務のために馬車に乗り込んだ。
「こちらはヤハール時代に王室御用達の肖像画家として名声を誇った……」
「メイリーヌはハイデラルでも珍しい女性画家でして……」
「この時代から画材が変わり、あらたな技法としてーー」
国立美術館と王立美術学校での公務を終えたころには少し歩くだけで頭がガンガンと痛んでいた。
寒気が酷くて足先から冷えていくような感覚に肌を擦りながら一度きつく目を閉じ、気力を振り絞ってなんとか立つ。
痛みに歪んでいた顔に笑顔を貼り付ける。
「王立美術学校で長年教鞭をとらせていただいているサミュエル・ジャクソンと申します」
「ラビータ賞を受賞されたジャクソン氏ですよね。黒い海に迫力ある「白鯨」が描かれていたのを覚えています」
「おお、まさかダニエル殿下に覚えて頂けるとは……。ダニエル殿下は芸術方面への才が素晴らしいと皆が褒め称えておりますからね。そんな方に覚えて頂けるとは思っていませんでした」
ジャクソン氏に会場を案内され、巨大なダイニングテーブルに着席する。体調は最悪だがここからは夕食をとりながら談笑するだけだから、踏ん張りどころだ。
私の侍従は朝から随分と心配かけてしまっている。先程からソワソワと合間を見ては私の側を彷徨いているが、いつでも体調不良で引っ込ませられるようにしているのだろう。
確かに、先程から椅子に座っているのに視線が覚束ない。
「……大丈夫か?」
「マクシミリアン殿下…、ええ、大丈夫です。今夜はよろしくお願いいたします」
夕食会が始まる前、会場に集まっていた人々がひとりひとり話をしている。そのざわめきを縫って現れたマクシミリアン殿下は、私の顔色の悪さに気がついたのか眉を寄せた。
ひっそりとした声に苦笑で返すと、マクシミリアン殿下は小さく溜め息を落として二本の指でピースサインを作り、見ているぞとサインをした。
存外やさしい対応に笑って見送り、着席する。銀食器を握る手すら震え、貼り付けた仮面すらもぎこちないだろうが、今を越えればようやく公務を終えられる。あとしばしの辛抱だ。
芸術界への貢献や今後の未来を議論しているが、時間は遅々として進んでくれない。じれったいほどゆっくりと進む時計の針に腹の内で舌を打ち、自分が話すかわりに他の人に話を振って出来る限りの時間稼ぎをする。
回らない頭では余計なことを口走ってしまいかねないため、私は控えめに頷くに勤め、芸術家たちに質問を重ね、その返答を得ることで少しでも自分の口を塞いだ。
「ハイデラルでは珍しい画材があると聞いたが、あれはどのようにして使うのだ?」
はっ、と顔を向けるとマクシミリアン殿下が近くにいた肖像画家に声をかけた。
全員の視線がマクシミリアン殿下に向かうと、彼は場の空気を支配し、様々な芸術家たちの口をするすると開かせた。
場の空気を掴んだ彼は私に視線だけで微笑む。
私が行っていたちまちまとした時間稼ぎではなく、マクシミリアン殿下が流れを決めている。
「大変有意義でした。そろそろ時間も遅いですね。みな今日はゆっくり休んで下さい」
なんとかそれだけ口にすると、客人たちは一人また一人と帰宅し、ようやくマクシミリアン殿下と私の侍従たちだけになる。
マクシミリアン殿下は目もとろんとして生気がない私に外套を纏わせ、ぐっと抱え上げた。
「わ……」
「帰るぞ」
マクシミリアン殿下のたくましい腕では私のような脆弱は者は苦でもはいのだろう。軽々と持ち上げ、まだ人が多いロビーではなく隣室の控え室に連れられる。
断ろうとしたのだが体調が悪すぎて吐き気が込み上げ、口許を押さえてなにも言えなかった。
ソファーに横たわり、身体をくの字に折り曲げる。喉が痛み、身体中がギシギシと痛む。足の爪先から冷えていくような寒気にふるふると震えてくる。
マクシミリアン殿下の外套を掻き抱き、寒さに足元を足を擦り合わせる。
「殿下……」
「すまない…ね…、マクシミリアン殿下も。ありがとう」
「……いや、かまわない」
マクシミリアン殿下がぐったりする私の髪を長い指で撫で付ける。
心配そうな侍従があわてて膝掛けやショールを持ち寄ってくると、マクシミリアン殿下がそれを使って私を包んでいく。息苦しいほど蓑虫になりながらも寒くて寒くて堪らない。
酷い喉の痛みに炎症を確信する。
「熱が上がってきているな。そろそろ人も減ってきただろう。……すぐにでも馬車に乗せてやりたいが…」
「……そうですね。外を見て参ります。お任せしてもよろしいでしょうか?」
「任された」
部屋を出ていく侍従の背を目で追って、黙り込む。
ぐるぐると頭が渦を巻いて、吐き気が止まらない。思考が纏まらずに踞って丸まってると、マクシミリアン殿下に抱き上げられた。
「おやすみ」
その言葉を最後に、すう、と意識が沈んだ。




