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第一話 大国と国境紛争

 簡素なテントの中で地図を眺めている。


「軍師閣下は悠長で良いですな。もう鉱山は帝国の手に落ちましたぞ」


「何を焦っていられるのか理解ができません。鉱山を一時的にとられたぐらいで」


「あの鉱山がなければ! 軍隊はおろか市民の生活も立ち行かない!」


「そう感情的になるから負けるのですよ。なに、好機というのは転がり込んできます」


 士官学校を卒業して直ぐに大国との国境線に派遣された。学校で暴れ過ぎた故にお灸を据えられる。そう簡単に据えられては困った。お灸はポイントを抑えなければ効果を発揮しない。そもそも若い人材を使い潰そうとする狙いが見え見えだった。なるほど、いかに優れた工業力と無数の資源があっても弱小国であるわけ。


 このレオニア共和国は前世のチェコ・スロヴァキアと似ていた。国土や人口だけでなく、周囲を大国に囲まれており、常に武力侵攻の脅威に晒される。外交で何とか引き延ばしているが所詮は時間稼ぎに過ぎなかった。現にレオニア共和国と隣接する超大国のグランディア第三帝国が国境線を越えてくる。


 現在の状況は芳しくなかった。奴らは歴史的な背景を理由にレオニアを支える鉱山を不法に占拠する。多くの作業員が取り残された。あまりにも手際がよい。ずっと前から練られていた作戦を今にやってきた。大国らしい不法行為を批判するが口だけである。うちの外交官は腰抜け連中だった。したがって、若き天才ことイシハラ・カンジが大逆転を見せる。


「鉱山に向かう道は何本ですか?」


「地図を見ればわかる。この道しかない。共和国の管理下だが今は奴らが押さえている」


「一本道ですね。彼らの補給はここに頼っている。鉱山で自給自足ができるはずもない。いずれ倉庫の食料と水は尽きる。ならば、ここを遮断すればいい」


「無理だ。帝国の大軍だぞ。これだから学校育ちは…」


「LT-32はありますか?」


「ただの牽引車だが、12両残っている。鉱山の荷物も運べんがな」


「それを動かします。これより作戦を発表します」


 先任者はポカンと口を開けていた。誰もが無理だと言う鉱山の奪還作戦をぶち上げる。このまま穏便に明け渡すことが一番だと思っていた。そんな負け犬根性はいただけない。窮鼠猫を嚙むと言うように大逆転を世界に見せつけるんだ。ここで局所的でも勝利を挙げておき、国際会議での責任追及を行い、外交の勝利を目指そう。正攻法でない搦め手は石原莞爾の得意とするところだ。


 この世界ではイシハラ・カンジと珍しい名前のためか覚えてもらえる。先任は皮肉たっぷりに軍師閣下など呼んでいるが気にしなかった。負け犬に呼ばれる筋合いはない。士官学校の成績は2番目で卒業した。1番は何かと面倒なので嫌いである。同期たちは本部に召し抱えられる中で国境地帯の危険地域へ送り込まれた。ここからイシハラ・カンジの大逆転が始まろう。


「これより山猫作戦を開始します。闇夜にLT-32の中隊を送り込み補給路を完全に絶つ。鉱山に行く必要はありません。道を検問すればよいのです。我々の管理下にありますので責められることはない」


「絶対に反撃に来ます。無茶です」


「あなたは山岳地帯に重火器を持ってこれるとでもお思いですか?」


「装甲車やトラックが精々だ。俺たちを侮っているから戦車なんて持ってきていない。だが増援が来たら…」


「その時は速やかに離脱するだけです。数日だけで結構です。私の手駒で迫撃砲部隊がいますから」


「何がしたいのかわからない」


「わからなくても結構ですよ。私が指揮を執りますから」


「ほう、お手並み拝見だな」


 山猫作戦に決まった。最前線の緊急事態を盾にして指揮系統をすっ飛ばす。軍師の参謀の立ち位置であるが臨時司令官として指揮棒を振った。本来の司令官は何をしているのか。つい数日前に名誉の戦死を遂げた。特段のことでない。鉱山の不法占拠を受けて「自らの目で確かめる」と言って勇ましく出かけていった。きっと敵狙撃兵に撃たれたのだろう。どの国もだが指揮官が無能ではどうにもならなかった。


 それはさておき、山猫作戦の始動よりガソリンエンジンの音が響き渡る。闇夜に紛れての移動だ。出力を絞って静音を重視する。鉱山に向かう一本道に向けて道なき道を走破した。素早さは求められていなかった。イシハラ・カンジという士官学校上がりの参謀が指揮官代理を名乗っている。ガキがと笑う暇はなかった。


「歩兵のお守りじゃなくて道を封鎖しろときやがった。それも鉱山に向かう道を封鎖するだけで奪還はしないときた。大尉はどう考えます?」


「確かに、今までにない命令を受け取った。やるべきことをやる。俺たちは無駄なことを考えちゃいけない」


「さすが名目貴族生まれは違うねぇ」


「うるさい。さっさと前に進ませろ」


「へいへい」


(何かが違う。それがわからない)


 LT-32は純国産の軽戦車である。大国を刺激しないために牽引車と偽装しておいた。偽装を解除すれば立派な戦車が姿を見せる。リベット打ちやリーフスプリングなど古臭い設計であるが堅実に纏まった。レオニアの工業力は侮れないところ大国の主力戦車に比べて貧弱が否めない。現に他の国境線では一方的に撃破されていた。歩兵の盾と運用しているが歩兵もろとも粉砕の目に遭う。


 今日もやられるだけとため息をつく者は乗せなかった。LT-32の12両を率いる中隊長は名門貴族の出身である。共和国だが昔ながらの貴族は生き残った。もちろん、特権を振りかざすことはない。平民と同じく軍務に従事した。先頭車のキューポラから頭を出す若い大尉も例外に当たらない。しかし、若いなりに祖国を想っていた。この鉱山をむざむざと明け渡すものか。


「みえた。ちょうどいい。トラックの車列を認めた」


「やりますかい」


「あぁ、榴弾でいける。全車に告ぐ。敵輸送車列を認めた。先端と後端を叩いて動きを封じる。一気に雪崩れ込むぞ」


「了解」


「ここは通さないぞ」


 鉱山へ向かう一本道をトラックの車列がヒイヒイ言いながら登っていた。それなりに勾配のある道を非力なトラックが軽快に走れるはずがない。本来は荷台で便乗する兵士が押し上げていた。こういう時に国産軽戦車の軽便がありがたい。皆が非力というが120馬力ガソリンエンジンは最速40キロを発揮した。車体も軽量なため無理を慎めば十分に登坂できる。


 もっとも、今は目の前の車列を襲うことに集中した。これは自衛行為である。先に手を出したのは帝国だった。我ら共和国が正義を帯びている。輸送車列のトラックに照準を絞った。一本道のため先端と後端を狙撃する。これで逃げ道を奪った。あとはじっくりと焼き払うのみ。是非とも、物資を分捕りたいが遮断が任務のため残骸を放置し通行不能を掲示した。


「撃て!」


 37mm砲の軽い音が響き渡る。大国は75mmや105mmの大口径を主流にする中では豆鉄砲だ。威力も貫徹力も足りていない。トラックを破壊するには十分だ。それも非装甲なため榴弾を使用する。先頭車は荷台が燃え上がった。最後尾は前のめりに静止する。帝国の輸送車列は瞬く間に大混乱と陥った。まさか攻撃を受けるとは予想だにしていない。


「全車に告ぐ! 突撃せよ! 帝国の蛮行に共和国の正義を下す!」


 大逆転が始まった。


続く

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