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1話 突然

20xx年。

その日は突然訪れた。

日本国家が財政破綻を宣言した。

太陽が西に傾き始め、空を茜色に染める頃、いつものように正午に目を覚ました俺、田中翼たなか つばさは、腹の減りを感じていた。朝なのか昼なのか、もはや曖昧な時間感覚で、空腹を満たすために階下へと降りていく。


「あら、起きてたの」


母さんの意外な声に、寝ぼけ眼のまま顔を上げた。父さんと母さんは、近所で小さな商店を営んでいる。俺が部屋に引きこもりがちなこともあり、日中、ましてや昼過ぎに鉢合わせるなど、普段ならありえないことだった。


「あぁ」


気まずさを誤魔化すように短く応え、食卓へ向かう。母さんは「ご飯はできてるから、食べなさいね」と言い残し、すぐに仕事に戻っていった。咎められることもなく、かといって気遣われるでもない。その距離感が、今の俺にはむしろ心地よかった。


うちの店は、近所の顔馴染みには支えられていたが、大型店舗の波に押され、経営は苦しかった。本当なら、もう畳んでしまっていたはずだ。それでも続けてくれていたのは、俺を大学に行かせるため。その親の想いを思うと、寝起きで無為に過ごす自分自身が、重くのしかかってくる。


それでも、腹は減る。そして、午後にすることがないのも変わらない事実だ。


とりあえず食事を済ませ、再び二階の部屋へ。退屈をもてあまし、ネットサーフィンをしていた。ふとテレビをつけると、今日も今日とて、国家財政に関するニュースが流れていた。どうせ、いつもの偉い人たちが何とかしてくれるだろう。社会に参加していない俺には、遠い世界の出来事だ。


大学を卒業してから、俺は定職にもつかず、ただぶらぶらしていた。いわゆる、ニート。この状況を望んでいたわけではない。漠然と都会に憧れて家を飛び出し、それなりに楽しく大学生活を送っていたはずなのに。就職活動で、自分というものが分からなくなり、結果、何もできないまま地元に舞い戻ってきた。


「~卒業したら最後、今は新卒採用の時代らしい。~」


親に仕送りをもらいながらの留年は許されず、なんとか単位は取った。だが、就職活動は、やればやるほど自分が何をしているのか分からなくなった。自己PRも業界研究も、自分なりに精一杯やった。けれど、不況も重なり、内定は一つも得られなかった。精神的に疲れ果て、俺は「何者でもない」人間になった。


「~何者でもない人たちに、今の時代は名前がつけられ、それがニートだった。~」


閉塞感が強くなるばかり。この国に、希望を持てなくなっていた。


数ヶ月が経ったある日、地元の友人たちが飲みに誘ってくれた。会わせる顔がないと思いつつも、気付けば居酒屋にいた。


「久しぶりだな、元気か」


中学の同級生は、昔と何も変わっていなかった。夢を見て都会に飛び出し、何も成し遂げず帰ってきた俺を、彼らは温かく迎えてくれた。


「お前、実家の八百屋を継げばいいじゃないか」


厳密には八百屋ではない。だが、「最近は小さな商店は厳しんだ。親も、継ぐなと言っている」と返すのが精一杯だった。申し訳なく思う。今の俺には、彼らに返せるものが何もない。


高校生だった頃、自分の可能性は無限だと思っていた。東京にくれば何者かになれる気がして、成績も平均、部活もそこそこ、どこにでもいるような自分だったが、夢だけは見ていた。だが、現実は、ただの「普通の大学生」だった俺に、夢を追う力などなかった。


「~そろそろ、今の現実を見て考えるべきだ。~」


うちの両親は、俺が職がなく戻ってきても、「しばらくはゆっくりしていけ」としか言わなかった。父さんは「運動くらいはした方がいいぞ」とだけ言った。母さんは「お父さんがそう言ってるから」と。彼らは何も言わなかったが、その言葉の裏には、俺への期待と、そして諦めが滲んでいたのかもしれない。


「~1年以内に、社会に戻りたい…でも、何をしていいか分からない~」


「~そうか、その気があるなら何も言わない~」


父さんの言葉に、俺はいつの間にか涙を流していた。

漠然と考えていた。けれど、現実は、もっと過酷なものだった。


今日も昼過ぎに起きた。テレビをつけると、どのチャンネルでも同じニュースを流していた。日本国家が、とうとう借金を返せなくなったと。そして、デフォルトを宣言した。


それがどういう意味なのか、俺には正確には分からなかった。ただ、世の中が大きく変わろうとしている、その予感だけはあった。


「~日本は、平和なんだから。~」


そう自分に言い聞かせた、ほんの数日前までの俺が、どれほど愚かだったのか、まだ知る由もなかった。


数日前まで、俺は「日本は平和だ」と信じていた。それが、いかに現実から目を背けていたかの証拠だった。テレビのニュースは、デフォルト宣言がもたらすであろう混乱を、まだ他人事のように伝えていた。だが、その空気は明らかに変わっていた。街行く人々の顔に、以前のような余裕はなかった。スーパーでは、一部の棚が空になり始めていた。




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