第十二話「京の簪」~第一シーズン最終話~
第一場 京都の夜
ハイエースが京都に入ったのは、夕暮れだった。
山が近かった。東山の稜線が、暮れていく空に黒く浮かんでいた。道沿いの木々が赤く染まっていて、風が吹くたびに葉が舞った。
「きれいだねえ、紅葉」
「散り際が一番きれいと言われてる」
「散るから、きれいなのかねえ」
「そうかもしれない」
美月は窓の外を見ながら、黙っていた。
旅してきた街々が、頭の中を流れた。
鞆の浦の彩花。呉の克己と沙希。倉敷の智恵子。中洲の莉央。熊本の陽子。鹿児島の結衣。阿波の遥。四万十川の園子先生。宮島の健太と蓮。神戸の修一。大阪の健二。
みんなの顔が浮かんで、消えた。
それぞれの街で、それぞれの時間があった。美月が何かを渡した時も、美月が何かをもらった時も。全部が、今の美月の中に残っていた。
紅葉が、また風に舞った。
第二場 祇園の路地
祇園の石畳を歩いた。
夜の提灯が灯っていた。橙色の灯りが、石畳に映っていた。どこかから三味線の音が聞こえた。静かで、でも生きている街だった。
「いい街だねえ」
「まだ着いたばかりだろ」
「なんとなく、わかるんだよ」
路地の奥に、小さな料亭があった。格子戸に、小さな行灯が灯っていた。
「入ってみようか」
辰夫が頷いた。
第三場 澄江との出会い
格子戸を開けると、女将が出てきた。
七十代だろうか。白髪を綺麗に結い上げていた。背筋がしゃんと伸びていて、目が温かかった。でも、その奥に鋭さがあった。長い年月を生きてきた人間の目だった。
「いらっしゃいませ。お二人ですか」
「突然すみませんねえ」
「いえ、どうぞ」
通された部屋は、小さくて静かだった。庭に面していて、紅葉が見えた。
料理が出てきた。一口食べて、美月が目を細めた。
「旨いねえ」
「ありがとうございます」と女将が微笑んだ。
「長いんですか、この店」
「五十年になります」
「すごいねえ」
「すごくないですよ。続けてきただけで」
美月はその言葉を聞いた。
どこかで聞いたような言葉だと思った。この旅で、何度か聞いた言葉だった。すごくない、ここしかなかった、続けるしかなかった。そう言う人たちが、みんな強かった。
第四場 澄江の話
料理を食べながら、話が続いた。
「美月さんはどんなお仕事を」
「ストリッパーだよ」
澄江が少し目を細めた。
「踊る仕事ですね」
「そう。脱いで踊る仕事」
澄江が静かに頷いた。
「私も若い頃は踊っていました。芸妓で」
「そうなんですか」
「女が自分の道を選ぶのは、命がけだった時代があったんですよ。今は少し、自由になったけれど」
美月が澄江を見た。
「夢はあるんですか、美月さん」
「ある。自分の小屋を持つこと」
澄江が静かに微笑んだ。
「それは、いい夢ですね」
その言葉が、胸の中に落ちた。いい夢ですね、という言葉が。否定もしない、驚きもしない。ただ、いい夢だと言う。それだけで十分だった。
第五場 かんざしの話
食事が終わって、お茶を飲んでいた。
澄江が立ち上がって、奥に入った。しばらくして、小さな箱を持って戻ってきた。
「これを、持っていってください」
美月が受け取った。箱を開けると、かんざしが入っていた。鶴の細工が施された、古いかんざしだった。金色の細工が、灯りを受けて微かに光っていた。
「いいんですか、こんなもの」
「かんざしはね、魔除けの意味があるんですよ。旅をする人間には、守ってくれるものが要る」
美月が黙った。
澄江が辰夫を見た。
「あなたを守るものは、もうそこにいる。でも、形になったものも、一つあってもいい」
辰夫がお茶を飲んだ。何も言わなかった。でも、耳は聞いていると美月にはわかった。
美月はかんざしを両手で包んだ。温かかった。
第六場 夜道の言葉
宿に戻る夜道、美月が黙っていた。
かんざしの箱を両手で持ちながら、石畳を歩いた。提灯の灯りが、二人の影を長く伸ばしていた。
「辰夫さん」
「何だ」
「あたし、小屋を持つよ。絶対に」
辰夫が黙って歩いた。
「今まで、なんとなく夢だと思ってた。でも、そろそろ本気にしないといけない気がして」
辰夫が少し間を置いた。
「いくら足りない」
「まだ全然足りない」
「そうか」
それだけだった。
でも美月には、辰夫が「一緒に貯める」と言った気がした。言ってないけど、そういうことだと思った。それが辰夫という人間だから。
提灯の灯りが、風に揺れた。
第七場 翌朝の澄江
翌朝、料亭の前を通ると、澄江が格子戸を拭いていた。
「おはようございます」
「おはようございます。今日、発つんですね」
「はい。次の旅に」
澄江が美月を見た。
「美月さん、小屋ができたら教えてください」
「来てくれるんですか、京都から」
「もちろん。女が自分の道を切り開いた瞬間は、見届けたいから」
美月の目が少し光った。
「約束だよ」
澄江が微笑んだ。
「約束です」
風が吹いて、紅葉が舞った。澄江の白髪が、少し乱れた。澄江はそれを手で直しながら、美月をまっすぐ見ていた。
五十年、この場所で生きてきた女の目だった。
第八場 出発、そして続く旅へ
ハイエースに荷物を積んだ。
美月がかんざしを取り出した。鏡を見ながら、髪に挿した。鶴の細工が、朝の光を受けて微かに光った。
「似合うかい?」
辰夫がちらりと見た。
「ああ」
「そっけないねえ」
「似合ってる」
美月が少し驚いた。辰夫が滅多に言わない言葉だった。十二話分の旅を経て、初めて出た言葉だった。
美月が笑った。
「行こうか」
「ああ」
ハイエースが走り出した。祇園の石畳を抜けて、京都の街が流れていく。東山の山並みが、朝の光の中に浮かんでいた。紅葉が、風に舞っていた。散り際が一番きれいと言われている。
「また、いい街だったねえ」
「そうだな」
しばらく走ってから、美月が言った。
「辰夫さん」
「何だ」
「第二の旅は・・・・」
辰夫が少し間を置いた。
「ああ、どこからでもいいよ」
ハイエースが国道に入った。北へ向かう道だった。
美月の夢貯金は今回も少し減った。でも、かんざしが髪の中で光っていた。
守ってくれるものが、形になった。そして、守ってくれる人間が、隣にいた。それだけで、どこへでも行けた。
~第一シーズン 了~
次の旅は・・・




