代償
静寂。
誰も動けなかった。
『君が消える』
E-マイナス1の言葉が頭から離れない。
風の音すら聞こえない。
世界そのものが止まったようだった。
最初に反応したのはミナだった。
「却下」
即答。
あまりにも早かった。
E-マイナス1ですら少し驚く。
「まだ説明していないけど」
ミナは腕を組む。
「聞かなくても却下」
男が頷く。
「珍しく同意見だ」
リシアも頷く。
セリアも。
アヤも。
誰も反対しない。
レインだけが黙っていた。
E-マイナス1は小さく笑う。
「仲間想いだね」
その言葉に皮肉はなかった。
純粋な感想だった。
「でも事実だ」
銀色の瞳がレインを見る。
「アークは第七席の設計だ」
静寂。
「世界を再起動するための装置」
風が吹く。
「そして」
「その起動条件は」
一拍。
「第七席そのもの」
誰も言葉を発せない。
レインは理解してしまった。
なぜ昔の自分が誰にも話さなかったのか。
なぜ最後の保険にしたのか。
なぜ記憶ごと封印したのか。
全部繋がる。
第三管理者が震える声で聞く。
「つまり……」
E-マイナス1は頷く。
「第七席を燃料にする」
静寂。
塔の頂上。
第七席が目を閉じる。
否定できない。
事実だからだ。
レインの脳裏に断片が流れる。
過去の自分。
第七席。
世界分割の日。
そして。
誰もいない部屋で設計図を書いている。
『もし僕が壊れたら』
ペンを走らせる。
『誰かが止めてくれるように』
設計図に最後の一文を書く。
『代償は僕自身』
記憶が終わる。
レインは拳を握る。
昔の自分らしいと思った。
最後まで。
自分を犠牲にする前提で考えている。
その時。
第八席が前へ出た。
「なら駄目だ」
全員が見る。
金色の瞳が真っ直ぐレインを見ている。
「絶対に駄目だ」
静寂。
その声は強かった。
「三百年前と同じじゃないか」
風が吹く。
「また自分だけ消える気か」
レインは答えられない。
第八席の顔には怒りがあった。
悲しみも。
後悔も。
全部あった。
「だから失敗したんだ」
その言葉に。
第七席も目を伏せる。
反論できない。
それが真実だから。
終焉因子が脈動する。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
世界の崩壊が進む。
ゼノスが警告する。
『残り時間』
『二十日』
減っている。
どんどん。
容赦なく。
世界は待ってくれない。
その時。
ミナがレインの前へ立った。
「聞いて」
静寂。
レインは顔を上げる。
ミナは真剣だった。
珍しいくらいに。
「もしレインが消える方法しかないなら」
一拍。
「その方法は間違ってる」
風が吹く。
「だって」
「それで救われる世界って」
「絶対に変でしょ」
静寂。
誰も笑わない。
単純な言葉。
でも。
強かった。
地下世界の頃からずっとそうだ。
難しい理屈じゃない。
当たり前のことを言う。
だからこそ刺さる。
E-マイナス1は黙って聞いていた。
そして。
少しだけ目を細める。
「なるほど」
銀色の瞳が揺れる。
「だから君だったのか」
ミナは首を傾げる。
「何が?」
E-マイナス1は答えない。
だが。
その表情には初めて迷いがあった。
終わりしか知らなかった存在。
その考えが少しだけ揺れている。
その時だった。
ゼノスが突然叫ぶ。
『発見』
全員が振り向く。
『アーク設計図の隠し領域を確認』
静寂。
レインが目を見開く。
「何?」
光の設計図が変化する。
今まで見えなかった部分。
最深部。
そこに新しい文字が浮かぶ。
誰も知らなかった最後の記録。
そして。
第七席の声が再生される。
『もし君たちがここまで来たなら』
全員が息を呑む。
『たぶん僕は失敗している』
苦笑混じりの声。
『だから最後の本命を残しておく』
静寂。
第八席の顔色が変わる。
第三管理者も。
E-0も。
全員が設計図を見る。
そして。
次の言葉に凍り付く。
『アークは保険だ』
一拍。
『本当の計画は別にある』
世界が静まり返る。
三百年前の第七席が隠していた。
本当の最後の切り札。
その名前が。
ゆっくりと設計図に浮かび上がった。
計画名
リユニオン計画
(第65話へ続く)




