鍵と剣
黒い鍵。
それは、終律剣の柄そのものだった。
レインの手の中で、ゆっくり脈打っている。
まるで生き物みたいに。
ゼノスが静かに告げる。
『終律封印機構、照合完了』
『鍵認証を確認』
ミナが顔を引きつらせる。
「剣の鍵ってこと……?」
白衣の男は、壁へ叩きつけられたまま笑った。
「正確には逆だ」
「終律そのものが、“扉”なんだよ」
巨大な目が教室を覆う。
無数の視線。
圧力だけで空間が軋む。
リシアが呼吸を苦しそうにする。
「空気が……重い……」
帰還者は静かに目を閉じる。
「完全接続が始まってる」
「もう境界が持たない」
その瞬間。
教室の床へ、黒い亀裂が走る。
ズズズズ……。
裂け目の奥には、“地下世界”が見えていた。
王都。
地下層。
列車。
全部が落ちていく。
ミナが目を見開く。
「世界が……!」
白衣の男が叫ぶ。
「E-17!!」
「今ならまだ閉じられる!!」
レインが睨む。
「どうやって」
男は苦しそうに笑う。
「終律で、“接続そのもの”を切るんだ」
静寂。
ミナの顔色が変わる。
「そんなの……」
ゼノスが低く告げる。
『可能です』
『ただし現在のレインでは、成功率は極めて低い』
男が続ける。
「失敗すれば、お前自身が消える」
「でも成功すれば、地下は閉じる」
リシアが震える。
「そんなのダメ……!」
だが。
レインは黒い鍵を見る。
思い出しかけていた。
最初の日。
黒い月。
“世界の外側を見たい”と思った感情。
確かにあった。
でも。
今は違う。
ミナ。
リシア。
セリア。
地下で出会った全部。
それを消したいわけじゃない。
ミナがレインの服を掴む。
「行かないで」
その声で。
レインの輪郭が、少しだけ安定する。
ゼノスが反応する。
『自己同一性、部分回復を確認』
白衣の男が目を細める。
「……なるほど」
「それが今の“鍵”か」
巨大な腕が再び迫る。
教室が崩れる。
黒い月が近づく。
世界そのものが裂け始めていた。
その時。
帰還者が前へ出る。
男が目を見開く。
「おい、お前……」
帰還者は静かに笑った。
「僕はもう、帰ってきちゃったから」
意味が分からない。
だが彼は構わず、自分の首元へ触れる。
黒い痕が、赤黒く発光する。
空間が悲鳴を上げた。
ゼノスが即座に警告する。
『危険』
『帰還者個体、自己崩壊を開始しています』
ミナが叫ぶ。
「何する気!?」
帰還者は振り返らない。
「境界を一回固定する」
「その間に切って」
次の瞬間。
帰還者の体が、“空間へ溶け始める”。
皮膚がノイズになる。
骨が光へ変わる。
それなのに。
彼は笑っていた。
「僕も昔、失敗したから」
「今度はちゃんと閉じてよ、E-17」
直後。
世界が静止した。




