捨てられた世界
部屋の空気は、妙に乾いていた。
外では掃除屋が扉を叩いている。
ドン。
ドン。
だが音は遠い。
まるで“音だけが削られている”みたいだった。
ミナは壁にもたれながら息を整える。
「……捨てられたって、何」
男はランプを調整しながら答える。
「そのままの意味だ」
「ここは“使われなくなった層”」
リシアが周囲を見る。
壁の地図。
無数のメモ。
何重にも引かれた赤線。
人が長く住んでいた痕跡がある。
「でも……人いたんだよね、ここ」
男は少し黙ってから頷く。
「ああ」
「昔はな」
セリアが目を細める。
「“処分”されたのね」
男は苦笑した。
「察しがいいな」
その瞬間。
外側から、ギギ……と嫌な音が響く。
扉の隙間に、“黒い指”が差し込まれていた。
ミナが悲鳴を飲み込む。
「入ってきてる!!」
男は冷静だった。
「まだ平気だ」
「ここの遮断材は古いが強い」
レインは部屋の中央を見る。
机の上に、奇妙な装置が置かれていた。
黒い円盤。
その周囲を、細い針が回っている。
ゼノスが一瞬だけ反応する。
『旧式……観測遮断機……』
男の目が細くなる。
「……その声」
「やっぱりお前、“中側の管理補助”を連れてるのか」
ミナが聞き返す。
「中側って何なの?」
男はランプの光を見つめながら言った。
「お前らの世界だよ」
「空があって、地面が安定してて、存在が固定されてる場所」
リシアが小さく言う。
「……普通の世界」
男は首を振る。
「違う」
「“飼われてる世界”だ」
静寂。
ミナが固まる。
「……は?」
セリアは黙っている。
ネアも否定しない。
男は続けた。
「外側には層がある」
「管理された世界」
「失敗した世界」
「廃棄された世界」
「観測だけ続けられてる世界」
リシアが震える。
「じゃあ……私たちの世界って……」
男は静かに答えた。
「“維持されてる側”だ」
ドン。
外側からまた衝撃。
今度は部屋のランプが揺れる。
ミナが青ざめる。
「これほんとに大丈夫なの!?」
男は壁際のロッカーを開ける。
中には古びた銃のようなものが並んでいた。
だが普通の武器ではない。
全部に“札”みたいな紙が貼られている。
レインが眉をひそめる。
「武器か」
男は一本を取り出す。
「半分違う」
「これは“曖昧化装置”だ」
ミナが顔をしかめる。
「名前からして全然分かんない」
男は装置を机に置いた。
「ここじゃ強い存在ほど危険だ」
「だから“弱く見せる”」
セリアが静かに言う。
「存在密度を落とすのね」
男は頷く。
「そうしないと掃除屋に追われ続ける」
その時だった。
レインの剣がまたノイズを走らせる。
バチッ。
部屋の灯りが一瞬消える。
同時に。
外の掃除屋たちの動きが止まった。
男の顔色が変わる。
「……おい」
静寂。
そして次の瞬間。
外側から、“大量の足音”が聞こえた。
今までの一体じゃない。
複数。
いや――数えきれない。
ミナの声が震える。
「……増えてる?」
男はゆっくり後退した。
「違う」
「“集まってきてる”」
リシアが青ざめる。
「なんで……?」
男はレインの剣を見る。
そして低く呟いた。
「そいつだよ」
「そいつ、“外側じゃありえないレベルで存在が濃い”」
その瞬間。
壁の向こうから、無数の声が重なる。
『発見』
『発見』
『発見』
『未登録強度存在』
『処理優先対象へ更新』
部屋の空気が凍る。
ミナが小さく呟く。
「……レイン」
レインは黙って扉を見る。
そして静かに言った。
「つまり」
「俺がいる限り来るってことか」




