森の違和感
森は静かだった。
静かすぎるほどに。
風は吹いているのに、葉はほとんど揺れない。
音はあるのに、遠くに吸い込まれていくように薄い。
ミナは足元の土を見て、小さくつぶやく。
「ここさ……ちゃんと現実だよね?」
セリアはすぐに否定しない。
少し間を置いてから言う。
「“現実の形はしてる”わね」
リシアが不安そうに周囲を見る。
「形はしてるって……中身は?」
ネアは静かに答える。
「まだ決まってない」
レインは森の中を歩いている。
剣は抜いていない。
それでも、どこか戦場より気を抜いていない。
「めんどくせぇな」
ミナがすかさず反応する。
「今の空気でそのセリフ出すのやめて!逆に怖いから!」
セリアは小さく息を吐く。
「でも確かに……ここ、変よ」
森の奥で、再び音がする。
ガサ……
今度はさっきより少しだけはっきり。
だが獣ではない。
“人の足音に近いリズム”。
リシアが固まる。
「誰かいる……?」
ネアは首を振る。
「違う」
「“人に似せた何か”」
ミナが顔をしかめる。
「やめてその言い方……怖いって……」
セリアは視線を森の奥に向ける。
「でも、攻撃性はないわね」
「“観測される前の模倣”に近い」
森の影から、それは現れた。
人の形をしている。
だが顔がない。
服もない。
ただ“人間っぽいシルエット”。
ミナが一歩下がる。
「なにこれ……NPC?」
セリアは静かに答える。
「違うわね」
「“まだ役割を割り当てられてない存在”」
その“影”は、こちらを見たように見える。
だが視線は合わない。
合う前に、ずれる。
リシアが震える。
「見てるのに見てない感じ……」
ネアは静かに言う。
「うん」
「“観測の途中で止まってる”」
レインはその影を見ている。
「敵か?」
ゼノスが静かに返す。
『分類不能』
『攻撃性未定義』
『存在安定度:低』
ミナが叫ぶ。
「またそれ!?もう怖い単語増やさないで!!」
影は一歩だけ動く。
それだけで、森の空気が少し変わる。
“何かが決まりかける気配”。
セリアが低く言う。
「まずいわね……これ、固定される前の状態よ」
リシアが不安そうに言う。
「固定されるって何が?」
ネアは静かに答える。
「“世界の役割”」
ミナが顔をしかめる。
「役割って……また大きい話きた……」
レインは影に近づく。
「めんどくせぇな」
影は逃げない。
攻撃もしない。
ただそこに“在り方を決められていないまま存在している”。
その瞬間。
森全体が、ほんの少しだけ“揺れる”。
まるで誰かがページをめくりかけてやめたような揺れ。
ミナが息を呑む。
「今の……なに?」
セリアは静かに言う。
「“定義されかけた”」
ネアは森を見渡す。
「ここは初期化領域じゃない」
リシアが振り向く。
「じゃあ何なの?」
ネアは短く言う。
「“仮設世界”」
レインは影の前に立つ。
「なら決まってねぇってことだろ」
一歩踏み出す。
影が一瞬だけ“揺れる”。
形になりかける。
だが――止まる。
ミナが叫ぶ。
「今のやばい!何か決まりかけた!!」
セリアは目を細める。
「ええ……“触れると決まる状態”ね」
リシアが青ざめる。
「それって……触ったら終わりじゃない?」
ネアは静かに言う。
「終わりじゃない」
「“始まる”」
森は静かだ。
なのに、すべてが“決まりそうで決まらない”。
世界の最初の頃のような、不安定な静けさ。
ミナは小さくつぶやく。
「これ……昔の地下より嫌かも」
セリアは静かに頷く。
「ええ」
「“まだ壊れていない分、何になるかわからない”から」




