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異世界訳アリ料理店〜食のお悩み承ります〜  作者: 地野千塩


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肉と塩(5)完

 数週間、異世界キッチンに通っていた。といっても異世界キッチンは不定期営業なので、毎日通うわけにはいかなかったが。


 だんだんと店員のルイスとは顔見知りになってしまい、会話するようになっていた。「食に関するお悩み相談に乗ります」というメニューをごくごく自然にやっていたわけだ。


 いくら美味しい物を食べても満たされない事や、不味い店まで探すようになってしまった事、厳しかった親やパパ活の事までペラペラ喋ってしまった。


 硬いパンや酸っぱいスープに何か秘密があるのかも知れないとも思ったが、おそらくルイスの人柄だろう。舞子の悩みも、ちゃんと聞いてくれた。そしてニコニコと安心させる笑顔を見せてくるものだから、舞子の口も綿菓子より軽くなってしまった。


「ルイス、もうこの店の料理も飽きちゃった」


 ある日、カウンター席で、ついつい本音を漏らしてしまった。ルイスの国のお酒を飲んでいたせいかもしれない。甘い酒だったが、度がつよく、一口飲んだだけで酔っ払いそうだ。深夜で他に客がいない事もいい事に、本音が漏れる。


「舞子さん、酔ってる? 大丈夫?」

「大丈夫じゃないです。もう何を食べても美味しく感じないんです」


 料理人の前でこんな事を言うなんて、我ながら性格が悪い。でも、本音はポロポロと溢れていく。


「ふふふ。そんな舞子さんの為に、特別な料理を作るよ」

「特別?」


 ルイスが酔っ払って絡む舞子には全く怒らない。それどころか、いつものようにニコニコと笑顔だった。


「舞子さんの為です」


 ルイスは、なぜかこの言葉を強調して、厨房で作業をはじめた。


 冷蔵庫から肉を取り出して、切り、焼いていた。単なるステーキのようで、舞子はあまり期待できない。和牛も食べ尽くしていた。ただ、丁寧に仕事をしているルイスの横側は、悪くはない。確かに一生懸命仕事をするルイスは、イケメンだった。


「どうぞ」


 ルイスは、最後に焼いた肉を白い皿に盛り付けた。そしてパラパラと塩を振り、舞子の目の前に置く。全く音もたてず、丁寧に皿を置いた。


 和牛を薄くスライスし、焼いただけのシンプルな料理のようだ。赤身が目にも鮮やかだ。その上にビーズのように輝く天然塩。粒が大きい塩のようで、キラキラと反射している。


「僕の祖国の料理は、残念ながら日本より発達していないんだ。だから、こういうシンプルな料理が一番って事ですね」

「それはわかるわ」

「でも塩は祖国の良い物を使ってるから、食べているうちに味が変わるよ」

「知ってる。そういう高級店で食べた事ある」

「そっか。でもこの料理は舞子さんの為に作りました」


 再びこの言葉を強調している。どういう事?


 舞子の心はざわざわとしてきた。そういえば誰かが自分の為だけに料理を作ってくれた事はあっただろうか。親ぐらいだ。あとは、全部仕事だ。


 そういえば、この肉料理はメニューの載っていない。完全に自分の為だけに作ってくれたようだ。


「いただきます」


 舞子はフォークとナイフを使い、肉料理を食べ始めた。シンプルそのものだった。塩と肉汁が溶け合う。塩も良いものを使っているようで、単に塩っぱくはない。むしろ甘みも感じるぐらいだ。それに最初に食べた時と後味もだいぶ違い、シンプルながら、圧倒されてしまった。


 似たような肉料理は、食べたことがある。味的には、この料理が特別美味しいわけでもない。しかし、確かに自分の為に作ってくれたと感じる。舞子が追い求めていたものは、「美食」ではなく、シンプルなものだった。自分の為だけに作ってくれた料理という事に気づいた。


「お、美味しいかも」

「よかったです。たぶん、これは舞子さんが気にいると思ったんです」

「そ、そうね……」


 思えば親には健康的なものを食べろと縛られていた。自分の為に料理を作って貰えた実感も持てなかったのかもしれない。いくら「美食」を求めても、穴が埋まらないわけだった。


「舞子さん、この料理は本当に簡単だし、自分の為に料理を作ってみたらどうですか?」


 ルイスは不器用な日本語で、そんなアドバイスをしてきた。


「自分の為?」

「ええ。食材から、ゆっくりと時間をかけてね。実はこのお肉も塩も、舞子さんが気にいるかなーって何時間も考えていました」

「そっか」


 道理で美味しく感じるわけだ。この料理には目に見えない何かが詰まっているように感じていた。


「ルイス、ありがとう。もう美食めぐりの旅は終わりそう」

「なら良かった」

「ええ。そうだな、自分の為に自炊をするのも楽しいかもね。その観点はすっかり抜け落ちてた」

「簡単なレシピも教えてあげるからね」


 ルイスはカウンター越しに笑顔を見せた。


「ところでルイスって異世界人?」


 ずっと気になっていた事を聞く。この塩は、美食三昧していた舞子でも食べた事ないものだった。


「さあ?」


 案の定、ルイスははぐらかした。


 ただ、その答えはわからなくても良い気がした。簡単に答えがわかってしまったら、この店に通う理由もなくなる。美味しいものも簡単に見つけてしまったら、つまらない。


 ゆっくり時間をかけてルイスの正体を探っても悪くはないだろう。再び、舞子の胸はワクワクで満たされる。こんな気持ちは、高級寿司店では絶対に得られないはずだ。


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