第32話 キャンプ場②
外に出ると一瞬にして夏の暑さに包まれる。だが自然の中だからなのか不快なものではなく、俺は伸びをしてからぴょんと地面に飛び降りた。
「奥から回ってみるか」
コテージは管理棟から反時計回りで八時くらいの場所にある。ここから六時の方向の林間サイトのほうへ足を伸ばし、そこからぐるっとキャンプ場を一周してみることにした。
無意識に胸ポケットにさしていたサングラスを手に取ったが、一瞬考えて元に戻す。太陽の光は眩しいが、なんとなく今はフィルターをかけてはいけないような気がしたのだ。
(何かを見つけるためとか?)
ふと浮かんだ自分の言葉に半分呆れて首を振る。
なんとなくだが、今サングラスを掛けたらジェイの中に戻れそうな予感があった。でもそのためには、まだもう少し助走のようなものが必要そうな気もする。
……なんていうのは、願望が強すぎかもしれないが。
そんなことを考えつつ、林間サイトをふらっと歩く。
温度が少し低くなったそこは木漏れ日が気持ちよく、遊んでいる子供たちがいて賑やかなくらいなのだが、他のサイトよりも落ち着いた雰囲気があった。
ふと甘い匂いがするほうへ目をやると、少し先のほうで高校生くらいの女の子と、よく似た雰囲気の女性――たぶん母親――が、小さなフライパンのようなもので何かを焼いているのが目に入った。
「やった! お母さん大成功だよ!」
「わあ、綺麗に焼けたわね。お店みたい」
「うん! パンケーキにマヨネーズを入れるといいなんて意外だったよね。あ、さっき買ったハニーメープルもかけようよ」
「ナッツが漬けてあるやつね。美奈子ちゃんお勧めの」
「うん、これいいよね。お土産にも買って帰ろう」
話す声が特別大きいわけでもないのだが、二人の声質のせいだろうか。とぎれとぎれ風に乗ってきた楽しそうな会話が微笑ましい。
(パンケーキにマヨネーズ?)
偶然耳に残ってしまった情報に驚きつつも、なんとなく心のメモに書いておく。
楽しそうな母子の姿が真珠さんに重なり、彼女が戻ってきたときに、おいしいパンケーキを作ってごちそうしてあげられたらいいなと思った。
(パンケーキミックスは売店にあったかな? なければスーパーに足を伸ばしてもいいか)
マリリアート様はベリー系が好きだったから、イチゴジャムを添えるのもありかもしれない。たしか神沼はいちごの町だったはずだから、季節外れでも苺の加工品は多そうな気がする。
そんなことを考えながらぶらぶら歩くと、炊事場に着く。
チェックイン時の説明によれば、ここの水道はお湯も出るらしい。
炊事場近くは電源付きのサイトになっていた。ここは車が横付けできることもあってか、ファミリー仕様の大きなテントが多いと感じる。こちらは小さい子供が多いかと思いきや、意外と十代くらいの子が目に入った。
まわりの楽しそうな様子に目を細め、そのまま管理棟の方角に足を進めると後ろから強い風が吹き抜ける。瞬間後方に何かの気配を感じ、振り向きざまにその何かを捕まえた。
「帽子?」
手に取ったのは、今の風に飛ばされたらしい麦わら帽子だった。
「すみませーん」
そう言ってキャップをかぶった小学校高学年くらいの女の子と、おそらくこの帽子の持ち主と思しき高校生くらいの女の子が走ってくる。
「舞宝ちゃん……お姉ちゃんの帽子捕まえてくれてありがとうございます!」
普段姉を名前で呼んでいるらしい女の子がぺこりと頭を下げると、少しだけ遅れてやってきた姉らしき女の子も丁寧に頭を下げた。礼儀正しい姉妹に微笑んで、持ち主らしい姉のほうに帽子を返す。日焼けして元気はつらつといった雰囲気の妹と、抜けるように白い肌でおとなしそうな姉は一見正反対に見えたが、目元がよく似ていた。
さっきの母娘といい、ずいぶん美人が多いキャンプ場だなと少し感心してしまうくらいだ。
二人に会釈して立ち去ろうとしたが、妹のほうに声をかけられて立ち止まった。
「なに?」
「あ、あの。お兄さん、芸能人?」
目線を合わせるため少しかがんだ俺に身を寄せ、まるで内緒話をするような声でそう聞かれ、思わず吹き出しそうになった。
「ちょ、ちょっと、美緒ってば」
慌てたようなお姉さん――舞宝さんだったか――にたしなめられているものの、どうも間違いないと確信しているようだ。俺に似た芸能人でもいるのだろうか?
精一杯小声だったのは、周りに知られたら俺が困るかもしれないと気遣ってくれたらしい。
(兄貴なら大学時代、結婚式場のパンフのモデルとかやってたけど、小学生じゃ見ないよな?)
似てるとしたら兄くらいかと思い、そんなことを考えてみたが、どちらにしても人違いだ。などと妹をたしなめながら、「すみません」と頭を下げる姉のほうを見て、俺は気にしないでという意味で首を振った。
「いや。ただの学生だよ」
「そうなの?」
「うん」
俺の答えに美緒さんだけでなく、舞宝さんのほうにまでが絶対嘘だみたいな目になる。二人のそっくりな表情が可愛くておかしくて、自分でも笑みが深まるのが分かった。
(あれ? この子、前にどこかで会ったことがあったかな?)
サラサラとしたロングヘアが印象的な舞宝さんと目が合った瞬間、ふとそんなことを考え、内心首をかしげる。なぜか少し懐かしいと感じたのだ。
(でもこれで勘違いだったら、ただのナンパ野郎だよなぁ)
しかし彼女のほうも瞬きをして不思議そうな表情をしたので、あながち俺の勘違いというわけではないのかもしれない。一応確かめるか?
そう思い口を開こうとした瞬間、俺の後ろから男の声が聞こえた。
「あれっ、小池さん?」
「九条君⁈」
(っ! あっぶな!)
思わぬところで知り合いに会った驚きと嬉しさを混ぜたような彼女の反応に、勘違い野郎な声をかけなくてよかったと心底安堵する。要は俺の後ろに知り合いを見つけた表情だったわけだ。
振り返って声の主を見ると、長い前髪で顔を隠すようにしている十五、六歳の少年と、二十代後半くらいの男性が立っていた。
(あれ?)
またもやデジャヴだ。
高校生らしき少年は、一見するとどこにでもいそうな地味な見た目だった。髪型のせいでずいぶん野暮ったく見え、初対面の女の子なら少し怖いと思われそうな雰囲気がある。身長は俺の肩くらいだろうか。彼のそばに移動した舞宝さんとの身長差を見ても、それほど差がない。だがスタイルと姿勢のよさで実際よりも背が高く見えるし、彼女と話す雰囲気は柔らかいのが印象的だ。
でも、彼の持つ何かが俺の中で引っかかった。
例えるなら、知り合いに似た人を知っているみたいな感じだろうか。
(さっきの妹さんにつられたかな?)
「大翔、知り合いか?」
「あ、うん。クラスメイトの小池さん」
隣のアラサー男性に聞かれた九条少年が彼女を紹介する。
男性のほうは九条少年の叔父らしい。
そんな様子を横目に見ながら、俺は美緒さんのほうに「じゃあね」と小さく手を振った。九条少年と話してる舞宝さんが会釈してきたのでそれに会釈を返し、今度こそ管理棟のほうへ歩き出す。
自分の中の既視感に、さっきの光景を思い返してみる。考えてみると、九条少年というより、舞宝さんと二人で並んでいる姿のほうが既視感が強かったような気がした。
「現役高校生に向けた懐かしさ、とか?」
なんとなくそれが正解のような気もする。
高校時代など遠い昔のような、ちょっと年寄りじみた気持ちになって、俺は日差しに目を細めながら無意識にサングラスをかけた。
瞬間、まわりの景色がどろりと溶けたような気がし――
(――戻れた!)
ようやく俺はリュシアーナに戻ってくることができた。
(今はいったいいつだ?)
ということで、クロスオーバー回でした。
作品の時間軸としては、
「月光の舞姫と白の騎士 ~異なる世界と私と私~」のその後、
「いつか、かぐや姫のお母さんだった話をしましょうか」の浅倉が忍に一目ぼれする直前くらい。
この回については今から活動報告を書くつもりなので、ご興味ありましたら後程覗いてみてくださいね。
次回、舞台はリュシアーナへ。
時間はどれだけたっているのでしょうか。




