23.しずる4
しずるは降りだしてきた雨の音を聞いていた。
梓から聞いて悲しかった。
しづくがそんな夢を見ていたなんて。
子供好きなしづくの夢は保育士になることだった。
その夢を断念しなければならなくなったのはあの交通事故だ。
大型トラックが右折待ちをしていた家族の車に突っ込んできた。居眠り運転だった。
両親は即死だった。潰れて誰か分からない姿だった。
後部座席にいたしづくは腹部から下を瓦礫と化した車に挟まれ、歩くのが危ぶまれたほどの大怪我を負った。
今でも覚えている。
客席を見渡して、家族の姿を探していた自分を。
やっと掴んだレギュラーのユニホームを着て、病院へ行ったことを。
白い布をかけられた二つの遺体。
中々消えない手術室のランプ。
ベッドに寝かされた包帯だらけのしづく。
勝手に進められていく両親の葬儀。
病院から出られないしづく。
猫なで声ですり寄ってくる親戚。
入ってくる保険金と慰謝料が目当てなのは分かっていた。
しづくだけは守らなきゃと思ってた。
けど、どう守ればいいのか分からなかった。
正哉兄ちゃんがいなかったら、親戚に食いものにされてただろう。
八歳年上の正哉兄ちゃんはもう会社を経営していて、すごい人になっていた。
親戚の反対を押切り、正哉兄ちゃんが後見人になってくれた。
しづくは半年間高校に通えなくて留年した。
普通に歩けるようになっても、もうしづくは夢を叶えることが出来なった。
保育士は子供相手だ。肉体労働的なところもある。
一度、粉々に砕けたしづくの骨はそれに耐えられないと診断された。
しづくは一年遅れで高校を卒業し、一般企業の事務職に就職した。
しづくは両親の死以来、泣いているところを見たことがない。
俺には見せない。俺が気にするから。
そして、俺に幸せになれと言う。
「しずるさん、お風呂、空いたよ」
梓が髪をタオルで拭きながら、部屋に入ってきた。
「梓、先に謝っておく」
梓は友達の紹介で知り合った。
明るくて一緒にいて楽しかった。
すぐ恋人になったがその先に足を踏み出せなかった。
俺が幸せになっていいんだろうか?
俺が見に来てと言わなかったら、両親もしづくも事故に遭わなかったかもしれない。
しづくも夢を叶えていたかもしれない。
足踏みしていた俺の背中を押したのはもちろんしづくだった。
結婚には向こうの両親にもちろん反対された。
両親がいない、しっかりした後ろ楯もない。
認められたのはしづくの嫁ぎ先のおかげだった。
そのしづくが離婚した。
もう結婚準備が進んでいるから、向こうの両親は何も言ってこない。だが、延期にしたらこの話は流れただろう。
しづくはそれを嫌がった。
「なあに?」
梓は結婚式は止めても婚姻届は出すわよと笑った。
しづくは自分の離婚のために梓が不幸になるのを許さないと言った。
しづくはあんな目にあったのに人のことを考えている。
だから、俺は何よりも優先する。
「しづくに何かあったら、梓よりもしづくを取る」
梓はキョトンとした顔になった。
そりゃあそうだろう、どれだけシスコンだと思われたのか。
「私もしずるさんに謝っておくね」
梓はにっこり笑った。
「私もしずるさんよりしづくさんを取るから」
梓は幸せになろうと言ってくれた。
しづくと一緒に幸せになろうと。
だから、俺は幸せになる。
幸せにする、二人とこれから増えていく家族を。
いつもありがとうございます。
平仮名の名前は、次作から止めようと思います。




