表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

第12話 一足飛びに精霊術師として目覚めたみたいですよ

 神獣――それは、この世界の神が作った獣。神話の時代、神が作った獣たちである。その力は、敵の魔力を受け付けず、自身の力を無限に増大させ、生物の運命すら操ったという。

 時の権力者たちは、この力をを求めて数多くの権力者が手中に収めようとした。

 しかしそのこと如くは失敗に終わり、今後そのようなことが発生しない様、神は神獣を異次元に移動させたという。


※ ※ ※ ※


「助かった……のか?」


 視界が回復した拓海の目の前には半透明の壁が広がり、直撃すると思われたメンカルの攻撃はその壁に反射されて、拓海に届くことは無かった。

 メンカルの攻撃が当たると思っていた拓海は、目の前で発生した現象に目を見開き、続けて後ろから自分の名前を呼んだ少女に視線を移す。


「タクミ! 大丈夫?」


「シャンテ……これは一体?」


 自分に起こった事の説明を求め、拓海がシャンテの顔を見る。しかし、


「分からない。残っていた召喚ポイントを使ったんだけど」


 シャンテ自身、自分が召喚したのが何なのかわからず、首を振って目の前の光景に唖然としているようである。


「神獣を召喚するとは思いませんでしたが……どうやらまだ完全に覚醒していないようですね?」


 シャンテの様子を見て、メンカルが口を開く。口元に血が滲み、先ほどよりも表情から余裕が消えているのが分かる。


「神獣?」


 聞いたことのないメンカルの言葉に、拓海が眉根を寄せ、剣を支えに立ち上がる。


「おや? 神獣を知らないのですか? それでは始末する前に教えて差し上げましょう。神獣とは、かつてこの世界の神が作った獣たちの事です。絶大な力を持ち、時の権力者がこぞってその力を手に入れようとしました。そこには我々魔族も含まれます。しかし、神の名を冠する獣たちです。その力を手に入れることは出来ず、神獣たちは神の意思により、異次元に行ったとされています」


 教師然とした口調でメンカルが話し終えると


「これで神獣については終わりです。私ごときが神獣と対峙すれば、その場で消えているのですが、どうやら完全に覚醒していないようですね?」


 そう言うとメンカルが口を不気味に歪め、「では」と言ってから全身い黒いオーラを身に纏い、冷たい声で言い放つ。


「死んでください!」


 その瞬間、メンカルの纏う黒いオーラがその大きさを増大させ、周囲の生物から生命力を吸い上げる。立っている場所の草木は黒く枯れ、近くの樹木は自身の重量に耐え切れず、半ばから折れる。


 ――あれって今までみたいなのと違って、あの黒いオーラに触れたら生命力が奪われるってことだよな。近づくことも出来ないってことか……。


「どうすりゃ良いんだよ」


 ――剣を構えてはみるが、どう見ても剣の届く距離ではない。周囲にあるオーブは……体力を以上に使う光と闇のオーブだけ。シャンテが召喚した神獣は、さっきの一瞬で消滅しちまったし、こりゃあマジにヤバいよな。こうなったら一か八か、二つのオーブで同時に精霊術を行使してみるしかないか。ウィスプ、シェイド! 頼りはお前らだ。頼むぜ。


 意を決して二つのオーブに触れると、拓海の考えに呼応するように、紫と黄色のオーブが一際激しく輝き、拓海の意識を別次元に誘う。


「また会えましたね」


「私に心を委ねる覚悟が出来ましたか?」


 高貴な佇まいのウィスプと、妖艶な笑みを浮かべるシェイドが順番に拓海に話しかける。二人の姿を見た瞬間、拓海の身体を倦怠感が襲うが、奥歯を噛み締めてその場にとどまり、努めて普通を装いながら口を開く。


「心を委ねる気はないが、今は頼りに出来るのが二人しかいない。俺に力を貸してくれるか?」


 ――さっきこの二人の力を使った精霊術で体力が大きく奪われることは分かってる。でも今は出し惜しみをしている場合じゃない。全力で奴を倒す。


 一つの決心と共に拓海が集中し、これから発動する精霊術をイメージしていると、ウィスプが口を開く。


「私達の力を行使する事に大分躊躇いがあるようですが、その心配はないかも知れないですよ」


「え? それはどういう……」


 拓海がそこまで言いかけた時、拓海の精神がズレた次元から元の次元に引き戻される。


「タクミ、もう大丈夫だよ」


 無理矢理に引き戻された精神が、元の次元の重力を感じて意識がはっきりとしてきた拓海に、隣から声が掛かる。

 聞き間違えるはずもない、シャンテの声である。拓海がシャンテの方に視線を移し、眉根を寄せて聞き返す。


「どういうことだ?」


 そう尋ねる拓海に、そちらの方向を見る様にとシャンテが前方を指差す。

 シャンテが差したその先の光景に拓海が驚愕の表情をする。完全に言葉を失い、目の前の光景に魅いられている拓海に、シャンテが再び話しかける。


「あの人が拓海に襲い掛かろうとした瞬間、さっき召喚した神獣が私の意識に話しかけてきたの。『封印を解きし者、今一度我の名を呼べ。我の名は聖域ゾディアックを守護する神獣の一角、”メサルティム=アリエス”だ』って」


「メッサルティム=アリエス……ゾディアック……」


 神獣の名前と聖域の名前に何か引っ掛かるものを感じつつ、拓海が意識を視線の先に移す。

 メンカルを包み込む黒いオーラが、散弾の様に拓海たちに襲い掛かるが、その全ては輝く壁に飲み込まれ、それを凝縮した巨大な闇の矢となってメンカルを襲う。


「どう、なってるんだ?」


「あれが神獣、メサルティム=アリエスの力。全ての魔力を反射する。生命力を奪うメンカルの力も例外ではないの」


 シャンテの話をが本当ならば、メサルティム=アリエスの力の前では、どんな魔力も意味をなさないことになる。

 魔術師や法術師、精霊術師すら奴の前では無力という事だ。


「これが、神獣の力……」


 拓海が呟いたのとメンカルが自らの魔力で後方に吹き飛ばされたのはほぼ同時であった。


「くっ、少し見立てが甘かったようですね。まさか覚醒するとは思いませんでしたよ。でも、覚醒したてでは少し無理があったようですね?」


 メンカルが口元の血を拭ってからシャンテを指差しながらそう口を話しかける。


「シャンテ? どういうことだ?」


 メンカルの言葉が何を意味しているのか理解できず、シャンテに向きなおって拓海が尋ねると、歯を食いしばりながら汗を流すシャンテの姿があった。


「悔しいけどあの人の言ってることは本当。あの神獣をこの世界に召喚し続けるのはちょっと辛いかも」


 どうやら神獣を召喚して力を行使するのには、それ相応の負担があるようだ。

 今までは必死に耐えてきたのだろうシャンテの身体が、膝から崩れ落ちる。


「シャンテ!」


 そのシャンテの身体が完全に倒れる前に抱え上げ、拓海が名前を叫ぶ。


 ――軽い。シャンテはこの細い身体であの神獣を召喚したのか。神獣と呼ぶからには、必要となる召喚者の力もそれ相応の物が求められるはずだ。こんな状態になってもメサルティムは顕現してるってことは、今でも無理して……くそ。


「女の子に守ってもらう男ってのは格好悪いよな?」


 拓海がシャンテに語り掛ける。


「タクミ?」


 息も切れ切れにシャンテが力なく名前を呼ぶ。その様子を見てから拓海が頷き、


「後は任せろ。だから今はゆっくり休め」


 拓海の言葉にシャンテが「分かった」と言うと、目の前のメサルティムが姿を徐々に消してゆく。

 消える間際に「すまないが任せる」とメサルティムが聞こえたが、もしかしたら気の所為かも知れない。


「大分消耗しましたが、それでもあなた一人ではどうすることも出来ませんよ」


 ――確かにその通りだ。メサルティムのおかげでメンカルはかなり消耗しているだろう。でも今の俺に奴と戦って勝てる見込みは、残念ながら見当たらない。とは言え、大見栄を切っちまったし何とかしなくちゃだよな。運良く精霊のオーブは回復しつつある。


「そうかもしれないな。でも俺にはまだ精霊術師の特権、魔法連携(スペルコネクト)がある」


 ――って言ってもまだ一回も使ったことないけどな。むしろ使い方が分からないから、どうやって使うのか誰かに教えて欲しいぐらいだ。


「そういえばあなたの魔法連携(スペルコネクト)はまだ見たことがありませんね。二属性の精霊術の同時行使は確かに有効かもしれません。でも、今のあなたにその技量があるのでしょうか? 先ほどの一風変わった精霊術も、術の同時行使ではなく、別々に発動させただけに過ぎません。失礼ですが、あなたの精霊術師としての実力はそんなに高くないのではありませんか?」


 ――ちっ、見抜いてやがる。そりゃまだこの世界に来てから三日目だ。実力も何もあったもんじゃない。ん? それを考えたら、今こうして普通に戦えてるあたり、結構すごいことなんじゃないの? って、今はそんなこと考えてる場合じゃないよな。


「知らないのか? 俺の元々いた世界では『能ある鷹は爪を隠す』っていうことわざがあるんだよ」


「……それはつまり、あなたにはまだ隠している力があると、そう言いたいのですか?」


 腕を組んで顎に手を当て、考える仕草をしながらメンカルが拓海に問いかける。その表情から一瞬余裕が消えるが、すぐに元の顔に戻る。


「強がりはやめた方がよろしいですよ。紳士たるもの、見苦しいのはみっともないですよ」


「なら、試してみるか?」


 ――魔法連携(スペルコネクト)……知識としてはシルフに教えてもらったから解るけど、具体的にどうすればいいのか全然わからん。多分複数のオーブを同時に使って精霊術を行うんだろ。でも、それならさっきのも魔法連携(スペルコネクト)になるはずだよな。いや、待てよ……もしかして。


 頭の中をドーパミンが駆け巡り、一つの閃きを拓海に与える。その閃きが更にイメージを具体化させ、一つの解答へと拓海を導く。


「属性を……生成する……のか?」


 拓海が閃いた一つの解答は、二つ以上の属性を融合させてまったく新しい属性魔法を生み出すことである。


 ――出来なくて当たり前、出来たらラッキー。男は度胸、何でもやってみろだ!


「いっけぇぇ! 幻想空間(イリュージョンパレード)


 拓海の周囲に浮かんでいるオーブを全て使い精霊術を行う。

 残念ながら拓海の考えは魔法連携(スペルコネクト)ではなく、術式融合(ソーサリーフュージョン)と呼ばれるもので、魔法連携の上位互換である。

 本来の魔法連携は、複数の魔法を同時に使用して複数の属性を持たせることである。それに対して術式融合とは、属性そのものを融合させ新しい属性を生成するものである。

 精霊術師の中でも術式融合を行える術者は少なく、英雄ラサラグェ=オフィウクスですら、それを成功させたのは晩年だと伝えられている。

 その術式融合を偶然とは言え拓海は成功させてしまったのだ。


「これは幻覚魔法! まさか幻属性を生成したのか!」


 拓海が生成した属性――幻属性が発動したことに驚愕の表情と共にメンカルが叫び声をあげる。


「取りあえず成功したが……思った以上に消費が激しい」


 拓海が発動させた精霊術は、水と光のオーブを同時に使用し、霧の中に幻を作り出す幻覚魔法である。直接的な攻撃力は無いが、相手が幻に飲まれている間に態勢を立て直すことが可能である。

 閃きによって幻属性の生成に成功した拓海であるが、術を発動した瞬間に膝から崩れ落ちてしまいそう呟く。

 どうやら術式融合(ソーサリーフュージョン)はそれ相応の体力を消費するようである。拓海が肩で息を切らしながら考えを巡らす。


 ――さて、問題はどうやって奴を倒すかだ。奴のあの黒いオーラに触れたら生命力が吸収されてしまうし、かといって今のままじゃ奴を倒すことは出来ない。幻想空間の効力が切れる前に手を打たないとだが、さっきので水と光のオーブは使い切っちまった。多分また新しく生成されるまでには時間がかかるだろう。今目の前にあるオーブは、火と闇のオーブのみ……か。


「そんなに悩む必要はございませんわよぉ」


 次の手を考えていた拓海の耳に、甘く濃密な声が届く。今日三度目になるシェイドの声だ。


「何が必要ないって?」


「先ほどの術式融合(ソーサリーフュージョン)、お見事でした。これからは私の力を存分にお使いください」


 そう言うとシェイドは拓海の目の前に闇のオーブを顕現させる。それも一つや二つではない。拓海の視界が全て闇のオーブで満たされている。


「でも闇の精霊術は結構体力使うんだよなぁ」


 ――今の状態ではとてもじゃないが使えそうな気がしない。いや使用する闇のオーブを三つにすれば何とかなるかもしれないが、奴を倒すのは無理だろう。


「タクミさんにこれ以上体力は使わせませんよぉ」


「え? でもそしたらどうやって?」


「先ほどシルフがしたことと同じことをしてみようと思いますぅ」


 シルフがしたことと同じという事は、術者の意識外から精霊術を使うという事だろう。先ほどシルフはそれをやって力を使い切ってしまったはずである。


「そんなことして大丈夫なのか?」


「本当は厳しいんですけど、今はメンカルを倒さなければなりません」


 ――確かにシェイドの言ってることは当たっている。でも、それをしたらシェイドも力を使い果たしてしまうんじゃないのか?


「色々悩んでいるようですが、気にされなくて大丈夫ですよぉ。シルフも私も、タクミさんの力を信用しています。異世界より召喚され、精霊術師の知識も無しに術式融合を成功させた……思い付きや閃きでどうにかなるものでもありませんからぁ。それがタクミさんの才能なのでしょうね。なので、その術者に私たちの力を分かってもらうのも、私達精霊の役目ですぅ」


 そう言うとシェイドは周りに闇のオーブを数十個顕現させ、拓海の目を見つめる。先ほどの誘惑するような目ではなく、信頼している視線である。


「そんなに信頼の目を向けられるとちょっと緊張するんだけど……」


「メンカルの攻撃は私が防ぎます。タクミさんはイメージを集中してください」


「……わかった」


「くれぐれも私たちを失望させないでくださいね」


 シェイドが挑発めいた発言をする。シェイドの口元が微かに歪んでいるのが分かる。負の感情によるものではなく、期待によるものである。


「……見ていてくれ」


 そう言ってメンカルに向きなおると、幻想空間(イリュージョンパレード)を抜け出したメンカルが鬼の形相で拓海を睨みつけているのが見えた。


「術式融合……なかなか厄介でしたが、もう力は残っていないでしょう。それでは今度こそ、死んでくださいね!」


 メンカルが叫び、拓海に襲い掛かる。先ほどのスピードは無い。メサルティム=アリエスの猛攻でかなりのダメージを受けているのは明らかである。


 ――しかしそれでも、今の俺じゃ躱しきれない。


「大丈夫ですよ。イメージすることに集中してください」


 拓海がメンカルの攻撃を覚悟した時、重くて鈍い音が虚空に響く。シェイドが拓海の意識外から精霊術を使い、シャンテを閉じ込めていた闇の壁と同じものを顕現させたのだ。


「シェイド!」


「私なら、まだ大丈夫です」


 そう言うシェイドの額に汗が滲んでいるのが見える。表情からも大丈夫でないのは明らかなのが見て取れる。


「タクミさん集中してください!」


 声を掛けた拓海にシェイドが叫ぶ。


 ――そうだ。今はイメージすることに集中する。これだけの闇のオーブがあれば、大規模な精霊術が使えるはずだ。生命力を奪う奴の能力に対抗するには、どんな術が良い? 全てを飲み込む……さっきの狭域暗黒星(リミテイション・ブラックホール)、いやそれよりも強力な……。


「シェイド出来たぞ!」


「待ってましたわ!」


 拓海がシェイドにイメージ完了の声を掛け、イメージを一気に術式として組み上げる。


無限破壊(インフィニティ・ディストラクション)!」


 拓海が目の前にある闇のオーブを全て使い、組み上げた術式を叫ぶ。

 視界の全てが黒く塗りつぶされ、それはメンカルだけでなくタクミ、シェイドそしてシャンテをも覆いつくす。


※ ※ ※ ※


「タクミさん……大丈夫ですか?」


 濃密で甘い声が拓海の耳朶を打つ。どろりとした粘着質な声だが、どこか慈しむようなそんな感情を抱かせる声だ。


「お兄さん! 大丈夫?」


 今度は元気で爽やかな声が聞こえる。

 まどろむ意識を無理矢理に覚醒させ、重い瞼を開ける。


「シルフ……シェイド……ここは?」


 目の前にいた美少女二人の名前を呼んで上半身を起こし、周囲を確認する。


「良かった。気が付いたんだね? ここは僕たちといつも話をしてる次元だよ!」


 ――そうか。ズレた次元の世界……か。現実世界はどうなったんだ?


「メンカルは……どうなったんだ?」


「私が顕現させた闇のオーブを全て使い切っての精霊術、お見事でした」


 ――って言う事は、メンカルは倒したってことか……。


「そしたら、シャンテは? シャンテはどうなった?」


「それも大丈夫! 今は気を失ってるみたいだけど、お兄さんよりも軽傷だよ」


「そうか、良かった」


 そう言うと再び目の前が暗くなり、その場に倒れ込んでしまった。

 どのくらい眠っていたのだろう。拓海の意識に働きかける声が聞こえる。


「タクミ! お願い目を開けて!」


「……あ? シャンテ? ここは?」


「私の部屋よ! 良かった気が付いて」


 起き上がり、拓海が周囲を見回してみると、そこはシャンテの部屋のベッドの上であった。


「あれ? 俺、どうやって……」


「私が連れてきたのだ」


 拓海の背後から溜息混じりの声が掛かる。聞き間違えるはずもない、つい数時間前に聞いたばかりの声だ。


「エリーヌさん」


 拓海が振り返るとそこには見慣れた女教官、エリーヌが立っていた。いつもの軍服のような服ではなく、私服である。

 赤いショールを羽織ったパンツ姿だ。しかし凛とした雰囲気は変わらずといったところである。


「タクミ、今回はすまなかった」


 そのエリーヌが拓海に頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。


「へ? 何がですか?」


 そのエリーヌの行動に、どうしたものかと口を開きながら首を傾げる。


「救助に行くのが遅くなってしまったことだ」


 その言葉を聞いて拓海は得心したようである。


「いやでも、確か今回の件についてはエリーヌさんは助力出来ないって……」


「それでも、だ。君にすべてを任せてしまったのだ。このぐらいはさせて欲しい」


 どうやら今回の件で自分に何も出来なかったことをかなり悔いているようである。エリーヌが自分の拳を握りしめ、その拳が震えているのを拓海が発見する。


「大丈夫です。取りあえず全員無事だったんですし、ここに運んでくれなかったら、今どうなっていたのか分かりませんから」


 拓海がエリーヌに近寄り、そう声を掛ける。


「……君は優しいな。さて、シャンテも君ももう少し休むと良い」


 そう言うとエリーヌは窓の外に視線を移す。その行動につられるように拓海が外を見ると、まだ日が昇っていないのが分かった。

 シャンテを救い出すためにここを飛び出してから、まだ数時間しか経っていなかった事に驚く拓海であったが、エリーヌの言葉を聞くと一つ頷き、


「そうですね」


 その言葉に従う事にした。


「明日……というか今日、目が覚めたらシャンテと一緒に学長室まで来たまえ」


「学長室……ですか?」


 エリーヌの言葉を聞き、そう言えばサモールは学校なのだと改めて気付いたようである。学校であれば、当然その学校の校長がいるはずである。


「どうして学長室に?」


 シャンテもエリーヌの言葉に疑問を抱いたようである。

 拓海は当然学長を見たことは無い。しかしエリーヌの言葉はシャンテをも驚かせるものだったようである。


「それは学長から直接聞いた方が良いだろう。今は休みたまえ。時間の指定はしない。起床したら来れば良い」


 そう言うとエリーヌは部屋から出て行ってしまった。


「「……」」


 部屋に取り残された二人はお互いに見つめ合い、部屋を静寂が満たし始めた。

 風の音だけが窓の外から聞こえる。徐々に陽が昇って来たようで、部屋の中にうっすらと陽の光が差し込んで来る。

 拓海とシャンテが見つめ合ってから数分が過ぎようとした時、部屋の隅からガサガサと物音が聞こえ、二人同時に音のする方を振り向く。


「誰だ!?」


 拓海が静かに叫び、ベッドから出て背後にシャンテを庇うように立ち上がる。

 早朝とは言えまだ辺りは暗く、視界も悪い。


 ――まさか、メンカルに継ぐ大罪王の刺客か……。だとしたら分が悪い。こんな状態じゃ俺は愚か、シャンテだってまともに戦えない。


 拓海の額を冷たい汗が流れ、何か打つ手は無いかと思考が加速してゆく。


 ――先手必勝、姿が見える前に精霊術を……。


 拓海の考えがそこまで至ったのだが、


「(ム! パパ、ママ、お帰りム!)」


 どうやら拓海の考えは徒労に終わったようだ。

 暗がりの中から出てきたのは、モフモフの毛皮で全身を包んだムササビのような小動物。推定拓海とシャンテの子供である「ムサフィー」であった。


「ムーちゃん!」


 数時間ぶりの我が子と会え、拓海を突き飛ばしてシャンテがムサフィーに駆け寄り、抱き上げる。


「痛っててて……」


 シャンテに突き飛ばされた拓海が頭を抑えながら起き上がり、シャンテに冷たい視線を送るが、どうやらシャンテはムサフィーに夢中の様で気付いていないようだ。

 拓海が溜息を一つ吐き、布団に潜ってしまったことも、シャンテは気付かなかった。

 召喚士育成学校「サモール」の学長室は、例にもれなく学校の一番高いところにあり、その学長室に入れるのは、一部の教員だけである。

 召喚士は今や大罪王に対抗する人材であるため、その情報を守るための寮制度であり、試験があるのだ。


「よく来た。我はこのサモールの学長をしている、アーデルベルト=アーライという」


「「……は?」」


 昨日の深夜、いや正確には今日の早朝の事である。

 シャンテを助けた拓海が、エリーヌの救援でサモール内にあるシャンテの部屋に運び込まれ、起床したら学長室に来るようエリーヌから言われた。

 拓海とシャンテは、言われたように起床したら学長室を訪れ、エリーヌの案内に従って中に入ったのだが、


「いやいや、おかしいでしょ?」


「どうして伝説の大召喚士、アーデルベルト様がここに?」


 二人は同時に驚愕の表情と声を上げた。

 もっとも、驚いている理由は二人ともに違っていた。拓海が驚いていたのは、


「状況が全然理解出来ん! そもそも人の形してないし!」


 アーデルベルトと名乗った者が人ではなく、光り輝く丸い物体だったからであり、


「数百年も前の大召喚士様がなぜサモールに?」


 シャンテが驚いているのは、そのアーデルベルトが何故ここに存在しているのかという事であった。

 その二人の反応を予期していたように、隣に立つエリーヌがゆっくりと口を開き、話し始める。


「世間では知られていないが、ここにいらっしゃる方は間違いなくアーデルベルト=アーライ様だ。私が高等召喚で魂を呼び出し、この学校の学長をしてもらっている」


 エリーヌがそう答えると、二人の前に存在するアーデルベルトの魂がより一層輝き、二人に話しかける。


「いまそこのクルーグハルトが言ったように、我は死者の世界から召喚された魂だけの存在だ。そこのシャンテと言う学生の質問にはこれで答えになったかな?」


「あ……はい」


 シャンテが頷き、納得したように返事をすると、その魂は「次に」と拓海に向けて話しかける。


「そちらのタクミという精霊術師の質問には答えになっていないかと思うが、これがこの世界の常識……と言えばわかるかな?」


 この世界では死んだ者の魂は無くなるのではなく、死者の世界に行くという。その死者の世界からエリーヌが高等召喚で召喚し、現在この学校の学長をしている。

 召喚先は異世界であり、その異世界には死者の世界も当然含まれるという事である。そして召喚した死者の魂は、話すことも可能で、場合によってはこうして学校運営も可能だと、重々しい口調で語る。



「……えっと……納得するしか、ないですかね?」


 しかし、どこか納得できないといった表情の拓海だが、「それが常識」と言われれば頷くしかない。しぶしぶ拓海が頷き、話の続きを促す。


「納得できていないようだが、それは仕方がない。世界が違うからそれも仕方ないというところか……。さて、我がここに君たちを呼んだ理由だが……」


 いまだ納得していない拓海を「世界が違う」とまとめ、二人を学長室に呼んだ理由を話し出す。


「――と、言うわけだ」


 アーデルベルトは、死者の魂であるがゆえに感じ取れることがあるとのことである。

 アーデルベルトは、シャンテが神獣を召喚したこと、拓海が精霊術師として目覚めたことなどを話し、それはこの世界の終焉が近づいているからだという。

 大罪王に太刀打ち可能なのは、二人しかおらず、現在暴食の大罪王の侵略を受けているドゥーベでは壊滅的な被害が出ていると語った。


「ドゥーベは星の祭壇に向かう通り道でもある。タクミ、私たちに協力してはくれないか?」


 アーデルベルトの言葉を引き継いでエリーヌが話しかける。

 エリーヌの言葉に拓海が考え込む仕草をし、考え込む。


「タクミ! 元の世界に帰らないといけないんでしょ?」


 拓海の肩をガクガクとゆすりながらシャンテが続けて言う。


「……はぁ。美女と美少女にそう言われたら、引き受けざるを得ないよね」


 ため息混じりにそう言うと、力強い光を目に宿し、ドゥーベに向かう事を了承し、シャンテと一緒に部屋に戻り、旅の支度を始める。


「あ、そう言えばムーはどうする?」


「連れて行くに決まってるじゃない!」


 ――そうだろうなぁ……。シャンテはムーの事大好きだからなぁ。あいつがいると術が使えないんだけどなぁ……。その事分かってるのかな?


「ね、ムーちゃん。ママが守ってあげるからね!」


 ――分かってないなこりゃ。もし戦闘になったらムーには魔力を食べるな、って言っておかないとだめだな。


「さて、それじゃ準備完了! エリーヌさん、お世話になりました!」


「うむ。いつでも帰って来て良いのだぞ。シャンテもな」


「はい! それじゃ、行ってきます!」


 エリーヌに別れを告げ、星の祭壇を目指して二人と一匹は次なる都市、ドゥーベに向かうのであった。

 この時誰も気づいていなかった。ドゥーベに向かうには、船に乗らなければならないことに。そしてその船に乗るためには、乗車賃が必要で、二人の所持金はほぼゼロで会ったという事に。

 二人して簡単な依頼を達成して報酬をもらい、旅立ったのはそれから一週間も先の事であった。


――――――――――――――――――――


これで第一章完結とします。

仕事との関係で更新が遅れてしまい、待っていた方には大変申し訳なかったです。

これから第二章を作り始めますが、少し書き溜めてからの更新になりそうです。

目標は三ヶ月で二章を書き上げる事……無理でしょうねぇ。

感想などがありましたら励みになります。

今後ともよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ